「強くなりたいか?」
「は?」
「強くなりたいか? ザクよ」
いきなり意味不明なことを言われたザクは、首を傾げ少し悩んだ後答えた。
「まぁそりゃあ強くなりたいと言えば強くなりたいが……それよりも、なんでそんな格好しているんだ君麻呂?」
言われた君麻呂は自分の姿を見てみる。
確かにいつもの服装とは違う。いつもの服は着ていることは着ているのだが、今日はその上から黒の布を纏っている。
「変か?」
「変というか─」
ザクは視線を窓の方に向け続けた。
「それ教室の暗幕だろ。一枚無くなってるし」
「…むぅ、よく気付いたな。今日からはその観察眼に敬意を払い、ザク強行偵察型と呼んでやろう」
「…できれば普通に呼んでほしいのだが」
「…そうか」
目を閉じて、残念そうに肩を落とし
「ならザクフリッパーで」
「……おい」
「どうした、やっぱり強行偵察型の方がいいか? 個人的にも強行偵察型のほうが好きだったりするんだが」
「……どちらも嫌なんだが、というかフリッパーってなんだよ」
「そうか、やっぱり強行偵察型だよな」
どうやら君麻呂は話を聞く気はないらしい。
ザクは大きな溜め息をつき、改めて教室を見渡した。今日は半日授業という事もあり何人かは帰宅していたが、まだ大くの生徒は残っている。まぁその殆どが、居残りで勉強しているわけでもなく、君麻呂とザクのやり取りを見て楽しんでるわけだが、当事者となっているザクにとっては何の楽しみもない。
今度は助けを求めるような視線で辺りを見渡したが、皆一斉に視線をそらしてしまった。頼みの綱のドスでさえ下を見て関わらないようにしている。
これが君麻呂という人物なのだ。
見ている分には面白いが決して関わってはいけない存在。
(大蛇丸様でさえ、君麻呂を苦手にしてるっていうしな)
ザクは、声を出さずに肩をすくめて独りごちた。
本当か嘘か分からないが、そういう噂を聞いたことがある。
(結局、自分一人でどうにかするしかないのか…)
と何かを決意したように君麻呂に視線を移し
「もうなんでもいい」
とりあえず、君麻呂とのやり取りを一秒でも早く終わらせたかったのだ。
「そうか! なら強行偵察型で決定だな!」
満面の笑顔で君麻呂は言ったのだが、ザクの顔からは疲れが見えていた。
「そういえば、強くなりたいとかどうのこうの言ってたのは何だったんだ?」
「…………」
「…………?」
「……いやぁ、すっかり忘れていたよ」
先ほどの笑みとは違い、どことなく胡散臭い笑みを君麻呂は浮かべている。
ザクは、自分が余計な事を言ってしまった事に気付いたが、もう手遅れだった。折角君麻呂が忘れていたというのに。
「というわけで、鬼童丸。例のものを出してくれたまえ」
いつの間にか君麻呂の後ろに来ていた鬼童丸が、懐から一枚の紙を取り出しザクに手渡した。
手書きで書かれていたそれは、若干読みづらかったのだが内容はすぐに理解できた。
「は? なんだこれ?」
「何って、内容そのままだが」
「内容って、『自分がどうなっても、それが自分の責任である事をここに誓います』しか書いてないじゃないか」
「分かりやすいだろ」
「分かりやすいとかじゃなくて……なんだその手に持ってる本は?」
「…本?」
きょとんと言い返す君麻呂だったか、自分の左手にある本に気付き、ザクから隠すように懐にしまっってしまった。
「ちょっと待て、今の本見せろ!!」
君麻呂の行動に納得できないザクは見せるように言ったが、
「ヤダ」
そう簡単に見せる君麻呂ではなかった。
「見せろ!」
「ヤダ」
「いいから見せろ!」
「ヤダ」
そんなやり取りを続けていたのだが、やがてザクが業を煮やし、本を奪い取ろうと君麻呂の懐に手を入れた。
「いやぁ~変態~」
君麻呂のふざけている叫び声も物ともせず、やっとの事で本を抜き取ったのだが、何故か手には二冊の本が。
一冊は『誰でも出来る催眠術のススメ』と書かれている。
もう一冊は『持ち出し厳禁』とだけ書かれていた。
「…………」
ザクの冷たい視線が君麻呂を襲う。
「…………」
君麻呂は、視線を合わせないように斜め上を見上げて口笛を吹いていたが、突如としてザクに向き直ると
「てやっ!」
「はうっ!?」
君麻呂が掛け声と共に打ち下ろしたチョップは、正確にザクの首筋をとらえ、ザクはそのまま気を失った。
「ふぅ……」
君麻呂は、かいてもいない汗を拭う動作をし、鬼童丸にザクを連れて行くように指示を出した。そして、自身もその後に続いて教師室を出ようとしたが─
「ザクをどうするつもりですか?」
そう後ろから声を掛けられ、君麻呂は歩みを止めることになった。振り返り声の主を確認したが、どうやらザクと良く一緒にいるドスが、先ほどの声の主らしい。
「安心しろドス。強行偵察型は、赤く生まれ変わるだけだから」
「赤く、ですか?」
「そう、赤く」
ドスはその赤が血の赤なのか、それとも別の赤か気になったがそれは聞かないでおいた。
ザクのことは気になるが、自分が巻き込まれてしまっては元も子もないからだ。
「というわけで俺たちは行くから」
そう言い残し、君麻呂と鬼童丸は訓練場を目指し教室を後にした。
「そういえば君麻呂、ザクの奴も言っていたが、何で暗幕なんて身に纏ってるぜよ?」
「これ? 特に意味は無いけど、なんかこっちの方が催眠術とか使えそうな雰囲気じゃない?」
「…それだけ?」
「うん、それだけ」
まともな答えが返ってかないのは分かっていたが、予想以上の馬鹿な答えに鬼童丸は肩を落とし、その拍子で背負っていたザクが落下した。
訓練場。
以前此処は君麻呂が鬼童丸たちとの戦いで破壊した場所だが、今では立派に修繕、というか立て直されて綺麗になっている。
「で、今回は具体的にどうするぜよか?」
鬼童丸は訓練場の扉を開け、中に入るなりそう聞いた。背負っている強行偵察型(ザク)はまだ気を失ったままだ。
「…? どうするって、赤くするだけだけど」
「いや、その赤くを具体的に知りたいぜよ…」
「これとこれで」
君麻呂は懐から二冊の本を取り出し、鬼童丸に渡した。
鬼童丸は突き出された本に疑問を抱きつつも受け取り、その表紙に目をやりタイトルを確認する。
「? 催眠術と……持ち出し厳禁? 君麻呂これって…」
「禁術とか色々載ってる本だよ」
あっけらかんと答える君麻呂に、鬼童丸はただ呆れた。
だが鬼童丸が呆れるのも無理はない。禁術の載っている巻物や本というものは、この里では大蛇丸が厳重に保管している筈なのだ。なのに、なぜか今はその中の一冊が自分の手の中にある。
「……なんでこんな本を君麻呂が持ってるぜよ?」
「なんでって言われても…とりあえず座って話さない? ザクもまだ起きそうにないし、こうなった経緯も話すから」
鬼童丸は頷き、背負っていたザクを床に置いて、自分もその横に腰をおろした。
君麻呂も鬼童丸と同じく腰をおろし、今はザクを挟んで向かいあっている。
「で、その本を持ってる理由だけど、屍骨脈を使って新しい術でも開発しようと思ってね。その為の何かいいヒントでも貰おうと思って大蛇丸様の所に行ったわけ。でも大蛇丸様はいなくて、そのまま帰るのも嫌だったから、ヒントの変わりになるかと思い、禁術の本を借りてきたわけ」
「………それって」
鬼童丸は半眼になり君麻呂に聞いた。
「無断で禁術の本を持ってきたって事ぜよ?」
君麻呂は、うん、とだけ頷いた。
「あ、でも借りてきますってメモは置いてきたから」
「そういう問題か? 大体、この本って大蛇丸様が厳重に管理していた筈ぜよ?」
「厳重? 普通に机の上に置いてあったけど…」
「……………」
鬼童丸は再度呆れる事となった。 メモだけを残して借りてくる方もだが、それ以上に、禁術の本を机の上なんかに無防備で置いていた大蛇丸にだ。
そんないい加減な二人に疲れを覚えつつ、鬼童丸は次の話題に移す事にした。
「…もういいぜよ。で、この禁術の本とザクの関係は?」
「栞が挟んでるところ読んでみて。それで分かるから」
君麻呂に言われたとおり、鬼童丸は栞の挟んであるページを開き、視線を落とし読み始めた。
「八門遁甲?」
八門遁甲。チャクラ穴の密集した場所、頭部から順に開門、休門、生門、傷門、杜門、景門、驚門、死門、この八つを八門と言う。この八門は、体を流れるチャクラに常に制限をかけているが、本には、その制限をチャクラで無理やり外す事についてが書かれている。
「こんなのをザクに? 絶対無理だと思うぜよ」
それを聞いた君麻呂は反論するわけでもなく、ただ同意した。
「俺もそう思うよ。だからソレの出番なわけ」
君麻呂はそう言い、催眠術の本を指差し続けた。
「それに、開くのは三門の生門までだし」
「生門まで?」
「そう生門まで、生門について書かれているところ見てみれば分かると思うけど、それ以上の門を開いても今回は意味ないし。」
鬼童丸は言われたとおり、また本に目を落とした。
生門の項目にはこう書かれている。
体の色が赤くなる、と。
「………これが理由?」
鬼童丸が見た生門の項目にはそれ以外に目立ったことは書いてなかった。
開門の項目には脳の抑制を外すや、休門の項目にはむりやり体力を上げるなど、それらしい事が書いてあるのにもかかわらずだ。
「それが理由」
鬼童丸はここでやっと理解した。ザクを赤くするとはこの事なんだと。
だがそこでもう一つの疑問が浮かび上がった。
「君麻呂、一つ聞きたいんだけど、なんでそんなにザクを赤くしたがるぜよ?」
「鬼童丸─」
君麻呂は鬼童丸の肩に手を置き、諭すような口調で続ける。
「ザクというのは、赤くなきゃいけないんだ。赤くなると通常とは3倍もスピードが違うんだから」
サッパリ意味が分からなかった。
とりあえず─
「それは凄いぜよね~」
鬼童丸は、もういい加減どうでもいい感じで頷いておいた。
「でも、催眠術なんかでほんとに出来るぜよ?」
もっともな質問を鬼童丸はしたが
「出来るさ、信じていれば必ず」
グッと親指を突き出して君麻呂は断言した。
こんな状況じゃなければかっこよかったかもしれない。
「…ん」
二人の間で気を失っていたザクが声を出した。
そろそろ気付きそうだ。
「ここは…?」
そう呟き、目を開いて一番に視界に入って来たのは、二人の顔だった。
(君麻呂と鬼童丸? なんで二人が? というかここはどこだ?)
二人から視線を外し、周りを見てみる。
(訓練場…? なんでこんなところに)
自問自答してみたが答えは見つからなかった。
とりあえず体を起こし、記憶を整理してみる。
……
…
(思い出した! たしか君麻呂に殴られて…)
「どういうつもりだ君麻、呂? 何やってるんだ??」
文句を言おうと思ったが、目の前の君麻呂は意味不明なことをしていた。
糸の先に丸い物体がついたものを、此方の目の前で揺らしている。
「あなたはだんだん眠たくな~る」
ザクは益々意味が分からなくなった。
だがそれでも君麻呂は続ける。
「あなたはだんだん頭の中がボーとしてく~る」
君麻呂から視線を外し鬼童丸の方を見るが、鬼童丸も同じ物を持って揺らしていた。
「こっちを見るんだザク。お前はだんだん自分の意思がなくな~る」
馬鹿なことを言っている。「フン」そうザクは鼻で笑ったが、何故か自分の意思に逆らい顔は君麻呂の方を向いていく。
(なんで!? そうか、催眠術の本!!)
ザクは、先ほど気を失う前に君麻呂が持っていた本の事を思い出したが、もう手遅れだった。
そこまで思い出し、ザクはまた意識を失ったのだ。
パン
手を叩くと同時にザクは目を覚ました。
「あれ、俺何してるんだ?」
「成功ぜよ?」
「多分大丈夫だろ」
ヒソヒソと話す声が聞こえ、声のしたほうを見ると、君麻呂と鬼童丸がこちらを見ていた。
「お前ら、何やってるんだ?」
ザクの問いかけにも答えず二人は話し続ける。
「やってみるぜよ?」
「やってみるか」
二人はヒソヒソ話をやめザクに向き直った。
そして君麻呂が一言。
「ガルマ・ザビは死んだ。なぜだ!?」
「坊やだからさ」
ザクは思わず口を抑えた。
君麻呂の言った事は全く判らなかった、なのに勝手に言葉が出てしまったからだ。
(なんだ? 全く知らない言葉だったのに、どこか懐かしい気が。それに何故だか体が熱い…)
刹那
「ウアァァアァ!!」
ザクが吼えた。今までの彼からは想像できない様なチャクラを放出しながら。
そして体の色も赤く。
「ヒャッホーイ 成功だぞ鬼童丸」
思わず二人はハイタッチをして喜び合う。
「よかったぜよ君麻呂。でもそろそろ催眠解除してやめさせた方が良くないぜよ?」
「それもそうだね」
第三門といえど、体への負担は半端な物じゃない。このまま続けていれば、いずれザクの体は崩壊していくであろう。それ程危険なのだ。八門遁甲という術は。
「モビルスーツの性能「斬空極波!」なッ!!」
予想外の出来事だった。
解除のキーワードを言い終わる前に、ザクが攻撃を仕掛けてきたのだ。
二人は突然の攻撃に対応できず、衝撃波は床を粉々に砕きながら襲い掛かった。普段のザクとは比べ物にならないほどの威力。二人を巻き込んでも威力は衰える事は無かった。
「ああぁぁあぁあ!!」
二人は絶叫し、なすがまま吹き飛ばされていく。もう、どちらが天井で地面かさえも分からなくなっている。
二人は壁を壊したところで止まったが、訓練場は半壊といって良いほどのダメージを受けていた。
「クッ…生きてるか君麻呂?」
鬼童丸は、瓦礫の下からやっとの思いで顔をだし尋ねる。
が、返事は無かった。
「君麻呂?」
今度は瓦礫から這いずりでて、君麻呂がいると思われる方に声を掛けたがやはり返事は無かった。
(…まさか、やられた?)
それはありえない事だった。
君麻呂がやられるというイメージを鬼童丸は出来ないのだ。
「君麻呂!」
今度は目を凝らして辺りを探してみる。
一面瓦礫だらけで良く分からなかったが、かろうじて君麻呂の腕を見つけ、 急いで駆け寄り掘り起こそうとしたが、君麻呂の腕はピクリとも動かなかった。
(クソッ間に合うか!?)
暴走状態のザクは此方に向けて二発目の術を発動させようといたのだ。
鬼童丸も急いで君麻呂を掘り起こそうとするが、どう考えても相手の術の発動の方が速い。
そして無常にも術は放たれた。
「斬空極波!」
が、その衝撃は二人の下には届かなかった。
骨の壁が二人を守るようにそびえ立っていたからだ。
「君麻呂、生きていたぜよね!!」
鬼童丸は嬉しさのあまり涙を流し、君麻呂の救出にかかった。
「 」
「ん? 何か言ったぜよか?」
「上等じゃねぇか!! ぶっ殺してやる!!!」
叫びと共に発動した早蕨の舞が、全てを吹き飛ばした。
ザクは勿論、
「何でぜよぉぉぉぉぉ」
鬼童丸でさえも。
そして訓練場は全壊に…
こうして長かった一日は終わりを迎えた。
「君麻呂、あなたまた壊したのね…」
怒りに肩を震わせながら大蛇丸は言った。
「いや、今回は俺だけのせいじゃ」
「新しく立て直す費用と、ザクの入院費、あなたが出しなさいよ…」
「へ…?」
「始末書も書いときなさいよ…」
「あうぅぅぅ」
君麻呂は泣いた。
ちなみにザクは全治三週間。鬼童丸は翌日ピンピンしていた。