突然だが、今俺は小さな幸せを感じている。
何故だろう?
清々しい朝のせいだろうか、それともおいしい朝食のせいだろうか?
自分でも良く理由は分からないが、まぁどっちだっていい。今はこの時間を満喫する事が大切なのだ。
それなのに─
「あー疲れたわ」
ささやかな幸せは、酒の匂いを身に纏わせた来訪者によって一瞬で崩れ去ってしまった。
悲しい事だが、来訪者は確認しなくても誰か分かってしまう。
「もう大蛇丸様も歳ですからね…」
朝食の箸を置き、溜め息ついでにボソッと呟いてみたが
「あら、言ってくれるじゃないの」
しっかりと聞こえてたらしい。
「でも事実ですよね…」
「確かにね…あなたに比べれば歳だけど、肉体はピチピチよ。なんてったて変えが効くんだから」
変えが効くか、さらっとありえない事を言ってくれるもんだ。
「で、どうだったんです。楽しめたんですか?」
「ええ。最高に盛り上がったわよ」
盛り上がったか…酒を飲んだ大蛇丸の相手をした人は大変だったろうな。飲んでない大蛇丸でさえ相手にするのはめんどくさいというのに。
「それにね、偶然組合仲間にも会っちゃてね。今まで話しっぱなしの飲みっぱなしだったわ。君麻呂、あなたも今度どうかしら? あなたたち五人衆のこと話したら、皆が会ってみたいって言ってね」
「………丁重にお断りいたします」
「そう残念だわ」
そう言った大蛇丸は本当に残念そうにしていた。
それにしても組合って…やっぱりアレの組合だろうか?
若干、どんな人間が集まっているのか見たい気もするが、もし行ったしまったら、自分にとって何か大切な物を失ってしまう。そんな気がしてならなかった。
今度鬼童丸でも逝か…行かせてみよう。あいつなら何を失っても大丈夫だから。
「君麻呂、お昼になったら起こしてね…それから出発するから」
先ほどまで大蛇丸が居た場所とは別の場所から声が聞こえた。その場所に視線を向けると、いつの間にか大蛇丸は布団の中に移動していた。
布団は押入れの中にしまってあったはずだが、いつ出して、いつ引いたのだろう?
そんな疑問が頭をよぎったが、深く考えるのは止めておいた。
相手は大蛇丸。一瞬で布団を引いて、同じく一瞬でその中に潜り込むなんて芸当を持っていても、なんら不思議ではない。
とりあえず、
「分かりました」
簡単な返事を返し、朝食の続きをとることにした。
「ウフフ…大丈夫よ、痛くしないから…」
時折聞こえてくる大蛇丸の寝言は、恐怖以外の何物でもなかった。
「…ほら恐がらないで…」
「………………」
青い空。
白い雲。
清々しい空気。
あぁ外は最高だなぁ。
当初、部屋でテレビでも見て時間をつぶす予定だったのだが、酷い酒の匂いと、なによりキモイ大蛇丸の寝言に、精神が耐え切れず今に至るわけだ。
「で、これからどうしよう」
頭の中でこれからの予定を組みつつ、辺りを見てみる。大蛇丸のせいで夜の街というイメージが強かったが、幸い、温泉街としてもちゃんと機能しているようだった。
今の時間でもそれなりの賑わいがあり、土産屋などいろんな店があるので時間つぶしには困りそうにない。
「任務のお金も入る事だし、あいつらに何か買ってくか」
誰に言うでもなく口に出し、お土産を求めて歩き出した。
何店舗か見て回ったが、コレだ!! という物にはまだ出会う事が出来ていなかった。
どこも似たような品しかおいてなく、値段も殆ど同じ。まぁ一店舗だけ安かったりしたら、それはそれで問題になると思うが。
「それにしても、コレはどこにでもあるんだな」
そう言い手にとったのは木刀だった。
元の世界では、修学旅行先の土産屋に必ずと言っていいほど売っていた品だが、まさかこちらの世界でも土産屋で普通に売っているとは…
やっぱりこの世界はよく分からない。
そう思い、溜め息を吐きながら木刀を戻そうとしたときだった。ある物が目に入ってきたのだ。
「こ、これは」
今度はそれを手にしてみる。
袋にはこう書かれていた。
≪ヒーロー戦隊スーツ≫
赤、青、ピンク、黄、緑の五色がセットで入ってるらしい。
……かなり良いかもしれない。丁度五色で皆の分があり土産代わりにもなる。
「値段は?」
値札を見てみると、そこには大きな字で五千両と書かれていた。
「た、高い…だが!」
即座に自分の財布の中身をする……戦隊スーツをそっと元の場所に戻し、皆で食べれる温泉饅頭を買う事にした。
「はぁ~。欲しかったな戦隊スーツ」
戦隊スーツに後ろ髪を引かれつつ、宿に戻る前に少し早めの昼食を取ろうと考えていた。
ちなみに今の手持ちは三百両。
今日は折角なので少し豪華な昼食をとろうとお店を探していたのだが
「ん? なんだあの人だかり」
何か面白い事でもやってるのかな? と思いつつ近づいていく。
「別にいいじゃないのよっ!!」
「ですからこちらの品はカップル限定の品となっておりまして」
初めに聞こえた声は女の怒鳴り声だったが、後から聞こえた男の方の声は、マニュアルにでも書いてあるような丁寧な対応だった。
このまま無視して先に進んでも良かったのだが、少し面白そうだったので、野次馬根性を最大にし、人込みを掻き分けて一番見やすい場所へと進んで行く。
一番先頭へ行こうと人込みと格闘している間も二人のやり取りは続いていた。そして、周りからは当然のように野次が飛んでいる。
踏んだり突き飛ばしたりと、無理やりながらもなんとか人込みから抜け出す事ができ、やっとの思いで騒ぎの中心人物となっている二人を視界に納めることが出来た。
男の方は、物をのせるための盆を持っている。傍には『甘味処 庵』と看板があるので、多分ここのお店の店員だろう。
もう一人、女の方はというと……結構美人だ。でも何故だろう、どこかで見たことがあるような気がする。 これだけ美人の人だったら覚えているはずなのに思い出せない…
「お客なのよ、私は!!」
「それは分かっております」
「ならアレを食べさせなさい!! 私はアレが食べたいのっ!!」
彼女が指差した先に視線を移す。
『カップル&期間限定品 庵のラブラブスペシャル』
とデカデカと書かれている。ご丁寧に商品の写真も載っているのだが、商品の名前、もっとマシなのはなかったのだろうか?
「何度も申しておりますが、こちらの品はカップル限定の品ですので」
「あーもうっ! アンタじゃ話にならないわ。店長よんで来なさい、店…」
その瞬間だった。彼女と目が合ったのは。
一瞬だった。背筋に悪寒が走ったのは。
「ねぇ、カップルだったら良いのよね?」
「?? えぇもちろんそうですが」
本能が告げている。さっさとこの場から立ち去れと。
その本能に逆らう理由など全く無く、立ち去ろうと歩き出そうとした時だった。
「ちょっと」
その言葉と共に肩を捕まれたのだ。そう全ては遅すぎたのだ。
美人のお姉さんに肩を捕まれている。本来なら喜んで受け入れる状況の筈だ。なのに今は不快感が溢れてくる。
「…何か?」
振り返りながらそう聞いたが、相手の反応は無かった。ただ此方の顔をじっと見て、
「合格~」
「……は?」
意味が分からない、何が合格なのだろうか。
「と言う訳で店員さん、庵のラブラブスペシャルと、抹茶二つよろしくね~」
「畏まりました。では席にご案内いたします」
店員のその言葉を聞き美人のお姉さんは満足したのだろう。左手でガッツポーズを作り喜んで笑っている。右手は? というと何故か俺の襟首を掴んでいた。そして案の定引きずられて行く。
「いや、あのちょっと」
「ん、なに?」
無邪気に聞き返してくる彼女に文句でも言おうと思ったが、
「あ、大丈夫よ。お金なら私が出すから」
俺は黙って引きずられることにした。
昼食が甘味屋か……甘いものは嫌いじゃないし、まぁタダならいいだろう。
席に着き待つ事数分。初めに飲み物の抹茶が運ばれてきた。
庵のラブラブスペシャルはまだ少し時間がかかるらしい。さっきから、美人のお姉さんが何度も店員に「まだぁ~?」と聞いている。よほど甘いものが好きなのだろうか?
それにしても、やはりこの人はどこかで見た記憶がある。あるのだがやはり思い出せない。いつだったかな? 最近ではないと思うが…
「どうしたの? そんなに難しい顔して」
どうやら、いつの間に顔に出てたらしい。
「そんな顔してました?」
「えぇ。ここにね」
そう言い自分の眉間の部分を指差し、
「これでもかっ!! ってくらい皺がよってたわよ」
言い終わった後お姉さんは笑っていた。
「悩み事? 何だったら私が相談に乗ってあげるわよ。今日は付き合ってもらってるしね」
悩みか…とりあえず無駄だと思うけど、以前会った事があるか聞いてみよう。これ以上考えても何も思い出せそうに無いし。
「あの、以前お会いした事ありますよね?」
「………へ?」
キョトンとした顔で聞き返された。
「口説いてるの?」
「いや、真剣に」
「……………」
「……………」
先ほども述べたとおり、此方は真剣なのだ。無言になりお互いの目を見詰め合っている。
時間にして十秒ほどだろうか、短いようで長かった無言の時間は、お姉さんの発した笑い声によって崩された。
そして一息つくために抹茶を一口飲み、
、
「あ~久々に面白かったわ、でも残念ながらアナタ…そういえば名前聞いてなかったわね」
「君麻呂です」
「君麻呂ね、私はみたらしアンコ。アンコでいいわよ。で、話を戻すけど、残念ながら私が覚えてる限りアナタと会った事は無いわ」
「そうですか…」
会ったこと無いか、聞いといてなんだがそれもそうだろう。もし会った事があるならアンコさんの方が気付いてるはずだし。
「多分人違いでしょ、それでも飲んでゆっくり思い出してみたら」
「…そうします」
言われたとおり器を手に取り、抹茶を一口口に含む。
みたらしアンコさんか、なんか甘そうな名前だな。
………
……
…
ん? みたらしアンコ…
「あ、あのちなみにご職業は何を?」
「くノ一よ」
アンコは隠すでもなくアッケラカンと言った。
「ど、どこの里のですか?」
「木の葉の里だけど、それがどうかしたの?」
ま、間違いない。大蛇丸が木の葉の里に居た時に弟子だったみたらしアンコだ。
確か呪印も持ってるはず。
ヤバイ、落ち着け、落ち着くんだ俺。とりあえず抹茶でも飲んで落ち着かなくては。
アレ? そういえば、アンコって大蛇丸殺そうとしてたよな…
都合よく今この街には大蛇丸いるし、バッタリ出くわして戦闘なんて事に…
「ぶっぅぅぅ!!」
「きゃっ!」
戦闘になったときのことを考えてしまった俺は、口に含んでいた抹茶を盛大に噴出した。
幸運にも噴出した抹茶はアンコの顔にかかり、今は顔を拭いていて隙が出来ている。
逃げ出すなら今しかない。そう思ってからの俺の行動は早かった。
急いで甘味屋を抜け出し、そのままの足で宿へと向かう。
そして大蛇丸を起こして、音の里への道を急ぐ事にしたのだ。
予定より早く起こされた大蛇丸は若干不機嫌で恐かったが、二人の戦闘に巻き込まれるよりはマシだった。
「なんなのよ一体。どういうつもり、いきなり噴出す……あれ?」
顔を拭き終わった後、目を空けた先には今までそこに居たはずの君麻呂が居なかった。
「どこに行ったのかしら…?」
文句を言おうと思っても本人がいないので言えず、徐々に苛立ちが募ってく。
だが─
「お待たせいたしました」
この一言で苛立ちは吹き飛んでしまった。
「待ってたわよ~」
早く頂戴とアンコは催促するが、中々店員は商品を置こうとはしなかった。
「お連れの方は?」
「いや~それがどっか行っちゃってね~。でも大丈夫よ、私が一人で全部食べるから」
満面の笑みでアンコは言う。
「……失礼します」
そういうと店員は商品を置くのではなく、そのまま持っていってしまった。
「え、ちょっとどこ行くのよ!?」
「お連れのがいないのなら、此方の品はお出しする事が出来ません」
平然と言ってのける店員。
数秒後、
「イヤーーー!! 私のラブラブスペシャルーー!!」
アンコの絶叫が響き渡った。