音の里への帰り道、気分は最悪だった。
呪印を発動させてないのに、発動している時と似た感覚。
血が騒ぐ、とでも言えばいいのだろうか?
ただ何かを壊したくて、ただ誰かを殺したい。
そんな衝動に駆られていた。
ガトーを殺したせいだろうか?
何度かこの感覚を体感しているが、やはり好きになれない。
自分が自分で無くなる様な感じがするから。
だけど、この感覚こそがかぐや一族のもう一つの力、屍骨脈を使う者にとっての代償、殺戮の力。
この力があるからこそ、かぐや一族は滅んだのだろう。勝てもしない戦いに挑み、己の死さえも恐れずただ殺戮を楽しんだ挙句、俺を残して絶滅という馬鹿な最期を迎えた。
やはり最悪な気分だ。
馬鹿な一族の気持ちが、戦いたいという気持ちがハッキリと自覚できるほどに血が騒ぐから。
「君麻呂…この近くに良い温泉街があるのだけど、どうかしら…?」
たったその一言で血の気が引いた。
大蛇丸の方に顔を向けると、真剣な眼差しで此方を見ている。
命の危険、いやこの場合は貞操の危険か……どちらにしろ危ないのには変わりないのだが─
「…と、いうわけで全力で拒否します」
「どういうわけよ…?」
「そういうわけです」
「はぁ…なら野宿でいいのね…?」
大蛇丸は大きな溜め息をつき、疲れたような顔で辺りを見渡しながら言った。
「…………」
無言になって、同じく辺りを見渡した。先ほどまで気付かなかったが、いつのまにか太陽は沈み始め、空は赤く染まってきている。そして何故か風で騒がしく揺れていた木々も、今はその動きを止めていた。
野宿か温泉宿。どちらにも大蛇丸がセットで付いてくる。
………
……
…
やはりどちらも拒否したい。
「ちなみに、温泉宿は混浴よ…」
今日の宿は温泉宿に決定した。
大蛇丸と一緒っていうのがかなり危険を感じるが、別々の部屋に泊まればいいだろう。
最悪、状態二でも何にでもなって戦ってやる。まぁ多分というか絶対に勝てはしないけど。
それにしても混浴か、なんて魅力的な言葉なんだ。
混浴なんて、誰がどう考えてもウッカリドッキリのハプニングが待っているに決まっている。
「…呂、君麻呂…聞いてるの…?」
「は、はい! 聞いてます。聞いてますとも」
「…ならいいわ…」
そんなやり取りをしつつ大蛇丸の言う温泉宿に向かった。道中、混浴の事を考えると顔のにやけが止まらなかったが…
温泉街に着いたとき、もう日は沈んでいたが温泉街は賑やかだった。
とりあえず大蛇丸について行き宿に入ったのだが─
「ひ、一部屋しか空いてない!?」
「はい、申し訳ありませんが只今一部屋しか御用意できません」
思わず叫んでしまった俺とは対照的に、宿の主は冷静に答えた。
「そう…ならその部屋でいいわ…」
こちらも同じく冷静だったが─
「まっ、待ってください大蛇丸様! 他の宿にしましょう!!」
幸いにもここは温泉街、宿はここ以外にも沢山あるはず。
「…君麻呂、混浴なのはここの宿だけよ…」
「……本当ですか?」
「嘘ついてどうするのよ…」
大蛇丸は疲れたように答えたが、俺はその答えを聞き肩を落とした。
そして、今度は宿主の方に視線をやり、
「本当に…?」
「本当でございます」
申し訳なさそうに答えたがそれでは納得できず、右手を宿主の方に置き力を加えながら聞いてみた。
「マジで?」
「マジでございます」
かなりの力を込めてるのにもかかわらず、宿主は冷や汗を垂らしただけでそれ以外は痛いそぶりを見せずに答えた。これが接客業の根性か、なんて感心しつつも今度は左手を置こうとしたが─
バコッ!!
何故か殴られてしまった。
殴った方、大蛇丸のほうに向き直って、
「何するんですか?」
「何するんですか? じゃないでしょう…」
と、溜め息を一つ。
「大体一部屋のどこに不満があると言うの…? というか二部屋も頼んでどうするのよ…」
大蛇丸は宿主の方を向き、
「じゃあお願いするわね…」
「かしこまりました、では此方の方にご記入を」
そう言い宿帳を出し、大蛇丸に差し出す。大蛇丸は言われたとおり記入しようとしたが、
「いやだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の叫び声で手を止めた。
二人ともいきなりの事に驚いているようで、目を見開いて此方を見ている。
「何が嫌なのよ…」
若干大蛇丸の口調から苛立ちか感じ取れたが、そんな事は問題じゃない。
「く・わ・れ・るぅぅぅぅっ!!」
いつの間にか叫び声には涙が混じっていた。
「何を喰うのよ!?」
「同室は、同室だけはいやぁあああぁっ!!」
大蛇丸の疑問には答えず、一際大きな泣き叫び声をあげたが
「同室…? やっぱりあなた話し聞いてなかったわね…」
大きな溜め息をつき、かなり疲れたような仕草で続けた。
「私は用があって別のところに行くから、あなたは一人で泊まるように言ったのだけど…」
「…へ?」
「だから、私は此処には泊まらないの…」
「…へ?」
「……もういいわ、記入するわよ」
大蛇丸はぐったりとして、宿主の持つ宿帳に記入し始めた。
こうして貞操の危機は去ったのだが、
「別のところって、どこに行くんです?」
疑問に思った事をそのまま聞いてみた。
大蛇丸は此方に視線をやる事もなく、ただ宿帳に記入しながら一言。
「外見てみなさい…」
外? 意味が分からなかったが、言われたとおり外に出て周りを見てみる。来たときよりネオンがやけに眩しかったり、客引きらしき人がいたが、実際これがどう関係しているかは分からなかった。
「感想は…?」
いつの間にか隣りに来ていた大蛇丸が聞く。
「夜の街って感じですね」
見たままの感想を伝えた。
「で、これが大蛇丸様と何の関係があるんです?」
「この街はね、温泉街としても有名だけど、いいホスト達が居る事でも有名なのよ…」
うふ、と付け足したのが気持ち悪かったが、すごい納得してしまう内容だった。
従業員の案内で今日泊まる部屋に来たが、大蛇丸はいない。結局大蛇丸は、担当上忍として任務を見に来たわけではなく、ホストのついでに俺のところに来たのだろう。
まぁそっちの方がありがたいわけだが。
「温泉に行くか…」
誰に言うでもなくボソッと呟いてみた。
今は大蛇丸のことは忘れて混浴を楽しむ事にしよう。
露天風呂だったそこは、思っていたよりも広かった。
見える景色も、ネオンがある路地とは反対なので落ち着いたものだった。
そして何よりも良かったのが、湯気の先に見えた長い髪。
流石は混浴、いきなりこんな演出が待っているなんて…
ついつい駆け出しそうになる気持ちをなんとか抑え、身体を流した後に湯船に浸かった。長い髪の人とは離れたところに浸かったので、まだはっきりとした姿は見えない。
思わず、「濃すぎだろ!」 と言いたくなる程湯気は濃かったが、これはこれで良い演出にも思えてきた。
その後、少しずつ俺の方から距離を詰めていき、二人の距離は大分縮まった。
相手の顔を見るがまだハッキリと見えない、が乳白色の湯船から見えた手は細くて綺麗だった。とだけ言っておこう。それにしても、やはりこの湯気は以上かもしれない。これだけ近距離に居るのに顔だけ見えないなんて。
そう思っていたとき、突如として目を空けていられないほどの強い風が吹いた。これほど強い風なら湯気も吹き飛ばしてくれているだろう、そう思い徐々に目を開けていったのだが、予想は的中したようだ。
そして視線を長い髪の人に向ける。
「あら君麻呂…」
俺は泣いた。
どうやら大蛇丸は、ホストクラブに行く前に温泉で身も心も綺麗にしてから行くらしい。
大蛇丸が温泉を出た後、誰か来るかと思いのぼせるまで粘ってみたが誰も入ってはこなかった。
俺はまた泣いた。
あとがき?
やはり温泉で、綱手がアンコでも登場させたほうが面白かったのかもしれない…