イナリに橋の場所を教えてもらってから約十分。濃い霧のせいで目の前に迫っていた木の枝に気付かず顔面を強打したり、突如として感じた禍々しいチャクラに気を取られ足を滑らせたりと散々だったが、なんとか橋までたどり着く事が出来た。
そして戦闘が行われているだろう場所まで歩いていく。
若干一名、変なのが一緒だが─
「で、なんで大蛇丸様がいるんですか? それに、わざわざ顔まで変えて…」
隣にいる大蛇丸の顔を見上げ、嘆息をつきながら聞いた。
「…べ…べつにアンタが心配で来たんじゃないからね…」
「……………」
「……………」
お互いが沈黙する。
というか此方は沈黙しか出来ない。大蛇丸は此方の反応を待っているようだが…
頭の中では、あれは本当に大蛇丸か? という目の前に置かれた問題から、一昨日の晩御飯なんだっけ? といったどうでもいい問題などが浮かんでは消えていく。
これが現実逃避か…なんて馬鹿な考えを頭の隅にやりつつ、改めて現状を把握するために大蛇丸を見た。
その顔は普段見ている顔、色白で爬虫類のような目をしている顔ではなく、どちらかと言えば綺麗な部類に入る顔立ちをしている。
顔が違うなら他人じゃん。そう思うかもしれないが、あれも紛れも無く大蛇丸の顔だ。むしろ今の顔の方が本当の顔と言えるかもしれない、今の顔は大蛇丸の器となった人間の顔なのだから─
「…おかしいわね……ああ言えば男の子はドキッってするって本に書いてあったのに…」
「本ですか?」
「…そうよ…多由也が持ってた本だったんだけどね…」
多由也か…多由也が言ったならドキッってしたと思うけど、男、しかも大蛇丸に言われても…
というか、それ以前に大蛇丸ってあんな事言う奴だったか? いや言わない。
じゃあ何故だ? 何故大蛇丸が……そう言えば以前、器となった人間の思いは残留思念として残る、というのを大蛇丸から聞いたような気がする。ならあれも残留思念のせいなのだろう。そうでなければ気持ち悪すぎる。
推測だが、顔が身体の持ち主だった物に戻った事により普段より残留思念が強くなっているのだろう。普段の大蛇丸も気持ち悪いが、ここまでは酷くなかったから。
「今度カブトに言ってみようと思うのだけど、どうかしら…?」
「…いいんじゃないですか」
本命はカブトか、なんてことも考えつつ適当に答えた。カブトには可哀想かもしれないが、此方に被害が無い以上、関わりたくないのだ。
それにしても、大蛇丸の性格をここまで変えるほどの残留思念の持ち主か…
実は器となった人間って、大蛇丸に劣らないほどの変態だったのでは? それに器に選ばれるほどだからかなりの実力者の筈。さ、最悪だ。大蛇丸みたいなのがもう一匹いたなんて……
もうこの事について考えるのは止めておこう、鳥肌が立ってきたし。
「で、先ほどの質問ですけど、なんで大蛇丸様がここにいるんですか?」
「何でだと思う…?」
「質問に質問で返さないでください」
「…そんなに目くじらを立てて言わなくてもいいじゃない…前にも言ったでしょう? 貴方達の担当上忍は私。別に私がここに居ても不思議ではないと思うけど…?」
確かに大蛇丸の言う事は間違ってはいない。間違っていはいないが─
「多由也達に術を教えるのではなかったのですか?」
「もう教えたわよ。そんなに会得難度は高くない術でね、印だけを教えて今は自主練習しているわ…」
そこまで言うと視線を前方から外し、此方を見下ろす形で続けた。
「それよりも君麻呂、貴方に与えた任務はガトーの殺害よね…? それとこの橋は何か関係があるのかしら…?」
「関係ですか…」
どう答えるべきか? 本で読みましたなんて馬鹿な事言えるはずもないし、言ったとしても相手にされないだろう。
まぁ適当に答えておけばいいか。
「独自のルートからの情報でしてね、ここにガトーが来るらしいです」
嘘は言ってない。原作というこの世界では自分しか知らない独自のルートなのだから。
「独自ね…まぁ深くは詮索しないでおくわ…」
大蛇丸には引っかかるところがあったのだろう。やはり独自のルートなんてカッコイイ言葉を使わず、普通に町で仕入れた情報と言っておけば良かったのかも知れない。いなさら悔やんだところで、後の祭りなのだが。
「止まりなさい君麻呂…」
呟くように発せられた大蛇丸の声に反応し、その場で歩みを止める。
大蛇丸は何歩か後方にいた。考え事をしているうちに、大蛇丸が止まった事に気付かなかったのだろう。
「再不斬さんにとって弱い忍びは必要ない……君は僕の存在理由を奪ってしまった」
「なんであんな奴の為に…悪人から金貰って悪い事してる奴じゃねーか!!」
…ナルトと白の話し声。霧で姿は見えないが、何時の間にか二人の声が聞こえるほど近くに来てしまったらしい。
「この先で行われている戦闘はガトーに関係あるのかしら…?」
大蛇丸は、ナルトと白の声がした方よりもっと先を見つめる感じで聞いてきた。恐らく、カカシと再不斬の事を聞いているのだろう。
「関係ないと思います」
迷わずそう答えた。関係あると言ったら、何故か戦闘に巻き込まれるような気がしたから。
「…そう、ならあそこで見物でもしていましょう…いずれこの霧も晴れるでしょうし」
大蛇丸が指差した先には、橋を作るため使うと思われる機材や材料が置かれていた。とりあえずその場所まで歩き姿を隠したのだが、霧のせいでカカシや再不斬はおろか、話し声が聞こえるナルトや白でさえ見えず、仕方なく二人の話を盗み聞きする事になった。
白は言った「人は…大切な何かを守りたいと思ったときに、本当に強くなれるものなんです」と。
その言葉どおり白は強かった。カカシの雷切のスピードを超えるほど。そして、その身を犠牲にして再不斬を守ったのだ。
白は聞いた「大切な人はいますか?」と。
俺にとって大切な人は誰だろう? 改めて考える。白のように命をかけて守りたい人を。
いろいろ考えてみて気付いた。俺達と白は似ていると。
再不斬の武器として存在する白。大蛇丸の盾として存在する音の五人衆。
同じ状況に立ったのなら、あいつ等も白の用に命を捨てて大蛇丸を守るのだろうか?
大蛇丸の為に…そう思い大蛇丸を見たが、大蛇丸は真剣な顔で屍となった白を見ていた。そして呟くように一言。
「彼の爪の垢を煎じて、あなた達五人に飲ませたいわね…」
…多分、というか絶対、俺が大蛇丸の為に命をかけることは一生無いだろう、今ならそう断言できる。
「来たみたいね…」
大蛇丸の言葉どおり、ガトーが大量の手下を引き連れてきていた。そして倒れている白に近寄り顔を蹴り上げる。何度も何度も…まるでボールでも蹴るかのように。
今すぐにでも飛び出してガトーを殺してやりたい。その気持ちで一杯だったが、行く事は出来なかった。
再不斬が、泣いていたから。
白の為に涙を流していたから。
だから俺は我慢するしかなかった。
「小僧、クナイを貸せ」
そう再不斬は言い、ナルトからクナイを受け取った。両手はカカシとの戦いで使い物にならなくなっているので、口にクナイを加えガトーに向かっていく。
「お前ら、あいつらをやってしまえ!!」
ガトーのその言葉に手下達は動き出し、すぐに再不斬を取り囲んでしまう。しかし再不斬は止まらなかった。その身を刀で切られても、その身に槍が突き立てられても、再不斬はガトーを目指し進んで行く。鬼人再不斬の名のとおり、正にその姿は鬼だった。
満身創痍になりながらも再不斬はガトーの元にたどり着いた。が、殺すことは出来なかったようだ。限界なんてとっくの昔に超えていたのだろう。ガトーの腹にクナイを突き刺したところで再不斬の動きが止まってしまった。そしてその背中に、止めと言わんばかりにいくつもの槍が突き立てられる。
「行きなさい、君麻呂…」
不意に隣りに居た大蛇丸から声を掛けられるが、言われなくてももう行くつもりだった。
体内で骨の剣を精製し、肩口から取り出し構え一気に駆け抜ける。
ナルト達の横を通り過ぎた時「え?」という声が聞こえたが、構っている余裕など無かった。相手も此方に気付きガトーを守るように立ち塞るが、はっきり言って遅かった。相手が構える前に、此方はもう切りかかっているのだから。
ガトーの元にたどり着くのには大して時間は掛からなかった。次々と出来ていく死体に、在る者は腰を抜かし、在る者は逃げ出して行ったから。ガトーもその内の一人だった。腰を抜かし、地面に座り込んでいる。
「な、なんなんだお前は!?」
震える声でガトーは言うが、俺は無言で顔を蹴る。白がそうされた様に。
鼻の骨が折れたのだろう。手で鼻を抑えながらうめいているが、もう一度その手の上から蹴りつけた。今度は若干位置ずれ、少し下を蹴ってしまった。結果として口の中は血だらけになり歯が何本か折れる事になったが。
「だ、たしゅけて…」
血のせいで上手く喋れないのだろう。 それにしても、この状況で命乞いなんて見上げた根性だと思う。が、今の俺にとって、それは不快でしかなかく、もう一度足を上げた。
「ひぃっ…!?」
脅えながらガトーは鼻と口を守るが、今度は腹を踏みつける。再不斬が傷を付けた部分を。ガトーの口からは悲鳴が漏れるが、それに構うことなく左手を頭に向ける。
「バイバイ」
「や、やめッ─」
「十指穿弾」
踏みつけていた足の感触から、ガトーが動かなくなったのを確認して足をどかす。
「終わったかしら…?」
「えぇ」
大蛇丸の質問に、ただ短く答える。
そしてそのままナルト達のほうを振り返らず、俺達は橋を後にした。