「しまったぁぁぁぁっ!!」
突如として発せられたその叫び声。
発生源はいつものトラブルメーカー一号。
そしてその発生源は、自分が授業の邪魔をしてるのも気にせず後を続る。
「大変だぁぁぁぁぁっ!!」
もうこうなってしまっては授業は続けられない。
生徒の誰一人として私を見てないから。
「何ぜよ君麻呂、いきなり叫んでだりして…ついに頭が逝かれたぜよか? 大体いつも君麻呂は──」
トラブルメーカー二号の奴だ…
しかし彼は気付いてないのだろうか? 一号が拳を握り締めている事に。
彼には学習能力という物がないのだろうか? もう何度もこのパターンで殴られていると言うのに。
「うっさい鬼童丸!」
ドカッ!!
…ほら殴られた。
しかし、何度も見ているが彼の繰り出す一撃はすばらしい。
流石は大蛇丸様のお気に入り…というべきなのか。
何にしても、彼は私なんかよりずっと強い。それだけが絶対的な事実として存在しているのだ。
「鬼童丸の事はほっといて…何が大変なんだ君麻呂?」
「聞いてくれ左近に次郎坊! 俺たちは大切な物を忘れていたんだ!!」
「大切な物??」
「ケーキだよケーキ! 流石に次郎坊でもケーキは作れないだろ?」
「…あぁ。ケーキは無理だな」
「だろ!? アカデミーが終わるまで待ってからケーキを買いに行っても間に合わない……という事はだ、今から早退して買いにいくしかないんだ。 ついでにお前らも早退して準備に掛かるぞ」
…早退?
私がそんな事を許すと思っているのだろうか?
しかも病気や怪我で早退ならともかく、理由がケーキを買いに行くから、だと。
舐めている…彼等は教師というのを、私という教師を舐めているのだ。
「先生~と言う訳で俺たち四人早退しますから」
「あぁ気を付けて行ってこいよ」
…神様。私にもう少しだけ力があったのなら、彼等を止めらたのでしょうか?
私にもう少しだけ勇気があれば、彼等を注意できたのでしょうか?
私にもう少しだけ……
「鬼童丸! いつまで寝てやがるんだ!!」
バキッ!! トラブルメーカー一号の拳が、気を失っている二号に襲い掛かった。
…少しじゃ無理なようです神様。あれを止めるには。
「……で、先日は二日間の休み。そして今回はアカデミーの早退許可ですって…?」
「その通りでありますボス」
ため息をついて大蛇丸は君麻呂達四人を見る。
「あなた達ねぇ…早退許可、と言いながら今ここに居るのはどういう事かしら?」
「………?」
分かっていないのだろうか…君麻呂達は首を傾げている。
そして大蛇丸はため息をもう一つ追加する事になった。
「私の言い方が悪かったかしらね…早退許可は普通、早退する前に取るものでしょう…な・の・に・今あなた達が私の前にこうして立っているのはどういう事かしら?」
「…!? お、俺たちは知らず知らずのうちに早退をしていたと…」
君麻呂はそう言ってみせたが、大蛇丸は軽く頭を抱える事になった。
分からないのだ。幼いころからの彼を見ているが、どこまでが本気で、どこからが呆けているのか。
「いやぁ流石大蛇丸様。まさか俺達がもう早退してたなんて思いもしませんでしたよ」
「ハハハ」と嘘臭い笑い声を発しながら君麻呂は頭に手をやっていた。
そして大蛇丸はため息をまた一つ…
「大蛇丸様。そんなにため息ばかりついてると幸せが逃げていきますよ?」
あんた達がつかせてるんでしょうが!! そう大蛇丸は叫びたかったが何とかこらえる事が出来た。
いつからだろう? 彼等を相手にするのが疲れるようになったのは。
自問自答してみたが答えはすぐに出た。
音の五人衆を結成してからだ。
音の五人衆…音の里のエリートと呼ばれる存在。呪印を持つ者たちで構成された彼等は、大蛇丸の為に存在するといってもいいだろう。
(君麻呂を入れたのが間違えだったかしら…)
そう、なにか問題事が起きると彼が中心にいるのだ…
他のメンバーにしてもそうだ…
例えば鬼童丸。彼は君麻呂と出会う前はもっと普通だった、はずだと思う。 なのに今では君麻呂の殴られ役になってるし…
「ハハハ」問題の君麻呂はまだ笑っている。そして何故かそれに鬼童丸も加わっている。
「…もういいわ…好きなようにして頂戴…」
「イエッサー!! 好きにさせて貰います。 というわけで各自準備に掛かれ」
その言葉を待っていたかのように君麻呂は他の三人に指示を出している。
そしてもう私への用は済んだのだろう。「失礼しました」と言い残し彼は部屋を後にした。
(まるで嵐の様ね…)
君麻呂達が居なくなり、大蛇丸は机に目を向けた。
そこには、彼等が来るまで作業に取り掛かっていた大量の書類があり、あらためて作業に戻った大蛇丸は、一枚、また一枚と着実に書類を減らしていく。
その中で大蛇丸は一枚の書類を目にし、作業の手を止める事になった。
(アカデミーからの書類? 珍しいわね…)
大蛇丸は週に一度くノ一教室で教鞭を執っているため、アカデミーでの問題事などはその時に聞いていた。それ故、今回のようにこうして書類として部屋に送られてくる事など今まで無かったのだ。
内容は、というと…『君麻呂達のせいで授業が中断される!! どうにかしてください』や『胃に穴が空きそうです』等の事が長々と書かれていた。
(…あ…あの子達は…)
大蛇丸はまたため息をつき、そして頭を抱えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝。
それは当たり前の如く訪れ、当たり前の如く去ってゆく。
時が経てば昼になり、また時が経てば夜になる。そしてまた朝はやってくるのだ…
そう、人間がどんなに頑張った所で変えられないものなど山のようにある。
今日は二月十五日。
つまり何が言いたいかというと、時を戻したいのだ。
彼等に嫌われる前に、彼に嫌われる前に…戻りたいのだ。訳も分からず嫌われてしまったなんて悲しすぎるから。
ほんの一週間でいい。一週間だけ時を戻したい…五人で馬鹿な事で笑っていた時に。
(馬鹿らしい…そんな事不可能だと分かっているのに……)
彼女、多由也はアカデミーの教室でただ時が進むのを待っていた。
まだ教室には誰も居ない。
普段より朝早く目覚め、気分的に誰にも会いたくなかった彼女はそのままアカデミーに来たのだ。
いつもと同じ教室。けれどいつもと違う風景。今は彼女だけの空間として存在しているこの教室も、いずれはいつもと同じ風景に変わり、いつもと同じ騒ぎ声で満たされてしまうのだろう。
あと一時間。
授業開始までの時間を、黒板の上でカチカチと無機質な音を立てる時計で確認した。
…と不意に廊下の方から足音が聞こえてきた。足音はこちら、くノ一教室に向かってきている。どうやら一人で過ごせる時間はお終いらしい。
とりあえず今は誰とも話したくないので、机の上に手で枕を作り、そこに顔をうずめて寝る事にした。
ガラガラ。と勢いよくドアが開かれた。
開かれたのは後ろの方のドア。そして開いたドアから声が掛けられた。
「あれ? 多由也珍しく早いね。何かあったの?」
この声はキンだろう。多由也がくノ一クラスで一番よく話す生徒の声だ。
話し掛けられた多由也は何の反応も返さなかった。だがキンは多由也のその反応が気に入らなかったらしい。
多由也に近寄り、というか席が多由也の隣の席なので必然的に近ずくことになるのだが…キンは自分の席に座り、改めて聞いた。
「多由也…最近アンタ変だよ。何かあったんでしょ…?」
「……………」
どうやら多由也は答えるつもりはないようだ。
その反応をみてキンは座ったばかりの席から立ち上がり、多由也の席の後ろに立った。
そしておもむろに多由也の脇の下に手を入れ─
「えいっ!」
「キャッ!」
キンが掛け声とともにコチョコチョと脇の下をくすぐり、多由也は悲鳴を上げて飛び上がってしまった。
「な、何しやがるんだ! このクソアマッ!!」
「クソアマねぇ…まぁ私は多由也みたいに『キャッ!』なんて可愛い悲鳴上げれないからいいけど…」
「ひ、悲鳴は関係ないだろ!!」
「まぁまぁ、とりあえず落ち着いて─」
それだけ言うとキンは自分の席に戻り、あらためて多由也の方に向き直り続けた。
「─で、本当は何かあったんでしょ?」
「キンには関係ない」
「関係ないね…確かにアンタが関係ないって言ったらそれまでなんだけど─」
「そうだ…だからもうウチに関わるな」
それは拒絶だった。自分を心配してくれる彼女への…
だけどそんなので納得するキンではなかった。
「あのねぇ…言わせて貰うけど最近のアンタを見てるとこっちが痛々しいの! 『関係ない』ふざけるんじゃないわよ!! 全身から私は悲しいです。みたいな不陰気を出しておいて、心配して聞いてみれば『関係ない』ですって!!」
バンッ!! と机を叩いて怒りを露にした。
多由也はキンの豹変振りに、目を見開いて驚きを表している。
「私はね、アンタを見ていて可哀想とかで聞いてるんじゃないの! 本当に心配だから、友達として悲しそうなアンタなんか見たくないから聞いてるの!!」
「…………」
「それとも私だけだったの、友達だと思ってたの…?」
「違うっ!! ウチだってキンの事大切な友達だって思ってる…けど…」
多由也は咄嗟に叫んだ。
それを聞いてキンは安心して、ふっと息をついた。
「なら話しなよ…その方が楽になるし、全部聞いてあげるから」
その言葉を聞き、多由也はあらためてキンを見た。そして重かった口を開き、一つずつ話していく。この一週間に起こった事を…それをキンは黙って聞いていた。呟くように話しているのを聞き漏らさないために。
………
……
…
「で、要点だけ言うと、いつのまにか君麻呂君に嫌われていて悲しいと」
「違う」
「それにしても青春よね~ 好きな人に嫌われてるかもしれない。 それだけで、あれだけの哀愁を漂わせれるんだから~」
「おい!」
「あっ、ゴメンゴメン。多由也にとっては君麻呂君が一番だもんね~」
キンは悪びれた様子も無く、あさっての方向を見ながら一人でウンウンと頷いている。
「…もういい」
多由也は、今のキンには何を言っても無駄だと悟り、疲れたように教室を見回した。
何時の間にかほとんどの生徒が集まっている。授業開始までもう時間が無いので当たり前といえば当たり前だが、やはりあまりいい気分にはなれなかった。別に誰かに話を聞かれた、という訳ではないけれど、やはりこういった話は二人だけの空間で話したかったから…
「─という事で、昼休みになったら本人に直接聞きに行きましょ。『私の事嫌いになったの?』って」
「…………は?」
やはりキンに話したのは間違えだったかもしれない、と多由也は後悔した。