あの山を越えた先には、きっと大きな町があると信じていた。
その町に行けば、友達が何十人もできると思っていた。
あの川を下った先には、海というものがあると聞いた。
湖の何倍も何十倍も何百倍も大きく、涙よりしょっぱいと聞いた。
世界は広い。けれど、ウチにとっての世界は狭かった。
小さな家に、父と母、そしてウチの三人。それがウチにとっての世界だった。
他人というものは存在しなかった。周りに他の家なんて無いのだから。
ウチは父の事が嫌いだった。でも、それ以上に父はウチの事が嫌いだったと思う。
何度も殴られた。何度も蹴られた。何度も謝った。何度も泣いた。
殴られる理由も、蹴られる理由も判らぬまま、ウチはただ「ゴメンナサイ」と泣き続けた。
ウチは母が大好きだった。
ウチをいつも庇ってくれた。代わりに殴られ、代わりに蹴られ、「ゴメンネ」とウチに言い続けた。
殴られても、蹴られても、母はウチに「大丈夫よ」と笑いかけてくれた。
父と母はよく喧嘩をしていた。
二人が言い合うと、ウチは別の部屋に行く。それでも父の声で「あんなガキ売っちまえ!!」と聞こえる。
ウチはいらない子なのだろうか…そう聞くと母はいつも優しく抱きしめてくれた。
いつだっただろう? 母がウチに笛を教えてくれるようになったのは…
母の奏でる音色はとても綺麗で、ウチの出す音とは大違いの音だった。
そんなウチの音を聞きながら、母は優しく丁寧に教えてくれる。
いつだっただろう? 母は笛の音で、ウチに幻術を使って見せてくれた。
それはとても綺麗で、 とても幻想的なものだった。ウチはその光景を一生忘れないだろう。
この日から、ウチは笛を使った幻術も母に教わるようになった。
ウチは幸せだった。父は嫌いだけど母がいたから。
けれど、そんな幸せも一瞬で崩れ去った……すべてはあの日に…
父が母を刺したのだ…ウチの目の前で…
ウチには何も出来なかった…
母を助ける事も…父を止めることも…
ウチに出来たのはただ逃げ出す事だけ。
けれど、子供の足で逃げたところで逃げれる距離などたかが知れてる……ウチはすぐ父に捕まった。
殺される 純粋にそう思った…
死にたくない! 死にたくない! ウチは父の腕の中で必死にもがいた。
でも父はウチを殺すつもりなど無かったらしい。「少し黙ってろ!!」という声と共に頭に衝撃を受け、ウチは気を失った。
目を覚ましたときそこはまったく知らない場所だった。
まだ頭がボーとする…
父と誰かが話しているのは分かった。そして父がお金を受け取っている事も…
ウチはどうやら売られたらしい…
二人の会話の中で大蛇丸という名前が聞こえた、多分ウチを買った奴の名前だろう。
ウチが目が覚めたのに気付いたのだろう。
その大蛇丸とか言う奴と目が合った……目が合った瞬間、身体の震えが止まらなかった…父なんかと比べ物にならないほどの恐怖がそこにはあった。恐いとかそいういレベルの物じゃない。自分の心臓はこの人に握られてるそんな感じだ。この人の気まぐれでさえウチは死ぬんだ、そう感じさせるほどの視線だった。そしてその恐怖に耐えられずまたウチは気を失った。
次に目が覚めたときは、蝋燭の光だけがある暗い場所だった。いや、牢獄と言った方が正しいのかもしれない。窓も無く、昼か夜かさえも分らない状況。でも、傍らには母からもらった大事な笛があった。
(いったいどいういう事なのだろう? ウチは売られたのに笛もあるなんて…)
だけど、そんな悩みはすぐになくなる事になった。
大蛇丸と呼ばれてた奴が現れ、ある場所に連れて行かれたのだ…
そこにはウチと同年代の子供達が何人もいた。
何をするのか不思議だったが、やらされる事は簡単だった…
大蛇丸と呼ばれてた奴はこう言ったのだ。
「…生きたければ殺しあいなさい 唯の一人になるまで…一人だけ生かしてあげるわ…」
ウチには理解できなかった。
何故殺しあうのか? 何故そんな命令をされなければいけないのか?
けれど、そんあ疑問を持っている余裕なんて無かった。
周りでは殺し合いが始まっていたのだ…
ある者は首を切られ血が噴出し、ある者はクナイが刺さり倒れていたり…
皆本気だ…一人がこちらにクナイを構え向かってきたいる。
ウチの手にあるのは笛のみ…どうする事も出来なかった。
振り下ろされたクナイを何とか笛で防ぎ、相手との距離をとる。
ウチにはクナイも手裏剣も刀もおよそ武器と呼べるものが無かった。
そんな中で生き残るために出来る事……母から習った幻術だ…
ウチは一心不乱に笛を吹いた。自分でも不思議なくらい落ち着いて吹ける事が出来た。後はただ母から教わったのを間違えないようするだけ。
効果はあったようだ。
ウチを狙っていた奴は標的を見失ったかのようにクナイを振り回し、最後は自分の首を切って絶命した。
そして、ウチは生き残った。周りには大量の死体が出来上がっていたが、何故か気分は悪く無かった。
ウチの中で何かが壊れたのかもしれない…
そこに大蛇丸から声が掛けられた。
「あなたが生き残ったようね…名前は…」
「…多由也です」
「そう多由也ね…なかなかよかったわよ、あなたの幻術…誰に教わったのかしら…?」
「母に…母に教えてもらいました」
「そう母親にね…中々優秀な忍びだったのかしら……まぁいいけど、あなたはこれから私の為に働いてもらうから…その為に強くなってもらうわよ…」
そう大蛇丸は言い歩いていった「ついてらっしゃい」という言葉を残して。
ウチは走り大蛇丸の隣に並び歩いた。
ただ気になっていた…強くなってもらうと言う言葉に。
「ウチは強くなれますか…?」
自分でも不思議だった。
話し掛ける気などまったく無かったと言うのに口が勝手に開いていた…
「なれるわよ…でも、何か強くなりたい理由でもあるのかしら…?」
理由…殺したいだけだろう。
大切な母を奪ったあいつを…だからウチはそのまま口にした。
「殺したい奴がいるんです…」
「そう…なら大丈夫よ…唯強くなりたいのなら、その殺意…復讐心忘れない事ね」
大蛇丸はそう言い笑った。
あれから何年経っただろう?
ウチは強くなった。
そして、ウチはより強くなるため呪印を授かった。
自由という代償を払い。
でも、今のウチには仲間が出来た。
馬鹿な鬼童丸。何かと注意してくる次郎坊。よく分らない左近と右近。そして何より君麻呂がいる。
今のウチにはそれだけでいい。
たとえ自由なんてなくても、コイツ等がいるだけで十分なのだから…
母さん…ウチは今までにいろんな物を失った。
けれど、今なら言えるよ。
「ウチは幸せだよ、母さん」