「・・・・・・刹那」
「・・・・・・何かな?我愛羅」
「・・・・・・この状況を、打破するには、」
「ごめん、無理。もうやってみた」
「・・・・・・そうか」
悄然とうなだれる我愛羅の姿。・・・・・・原作では見ることもかなわないレア映像だけど、それを楽しむ余裕は僕にはない。・・・・・・ごめんね、我愛羅。こんなことになってしまって。
目の前では、全員明日の朝には屍と化すと知りながら暴れ騒ぐ約20名。
広がる惨状。飛び散る液体。とどまるところを知らない喧騒。時折すえたような臭いが漂ってきて、顔をしかめる。
ああ、何故こんなことになってしまったのだろう。我愛羅を招待して、ゆっくり話をしようと思っただけなのに。
何故こんな、こんな・・・・・・・・・・・・
「大宴会になってるんだか・・・・・・」
ひっそり呟いた僕のところへやってくる騒ぎの元凶。
「おうお前ら、楽しんどるか!?」
一升瓶片手に未だほろ酔い程度のカシワさん(72歳)。・・・一人で4本ぐらい空けてたはずだけど、どういう肝臓をしているのだろう?
「楽しんでるわけないでしょ!まだお酒も飲めない子供が宴会に出てどうしろって言うんですか!?」
「わっはっは!そういうな!ほれそこの、ガアラだったか?お前も飲め!」
「7歳の子供にお酒を勧めないでください!」
「よし、飲め!」
「話を聞けーーーー!」
猛然と食って掛かる僕の抗議もどこ吹く風。カシワさんは飄々と笑いながら若い衆のところへ歩いていった。
カシワさん企画の魔宴は恐らく訳ありの我愛羅を元気づけようとかいう試みだったのだろうが、途中から自分達で騒ぐだけになっていたり。・・・・・・人との触れ合いは、我愛羅にとって良いことだけどさ。
ぜいぜいと今にも息を切らしそうな僕。体力不足とか言わないでほしい。本気で相手しないといつまでも誘ってくるのだ。酒が入ってるから飽きることなく延々と。・・・・・・くそ、宿の経営者連中に幻術なんかかけるんじゃなかった。いやでもそうしないと我愛羅が宿に入れなかったし食事の方も・・・・・・けどこの魔宴に比べれば・・・・・・
「・・・・・・刹那」
「何!?」
「おまえでも、怒鳴るんだな」
「・・・・・・それは言わないでほしい。こんなの僕のキャラじゃないって分かってるから」
「・・・なら、何故」
「怒鳴りでもしないとまともに話聞いてくれないんだよっ!あーもうっ、こうなったら強行手段だ!我愛羅、食べたいものだけ適当に集めて。さっさとこんなところ脱出しよう」
「分かった」
返事が共同戦線のときより速かったのは気のせいだろうか?
さておき僕等は適当な料理だけくすねて宴会場という名の魔界からの脱出に成功するのであった。
――――およそ1時間前。
「ただいま~」
「お、帰ったか刹那。遅かったな。・・・・・・そっちの子、名前は?」
宿にたどり着いたらちょうどカシワさんに出くわし、我愛羅がその目に留まった。
「・・・・・・」
「ほら、自己紹介自己紹介」
普通の対応に慣れてない我愛羅から視線で助けを求められたけど、これも経験。自分でがんばって。
「・・・・・・我愛羅、です」
敬語!?驚きつつも表には出さず繋げる。
「さっきいじめられてるとこ助けて、仲良くなったんだ」
「ほほう・・・そりゃーいいことしたなぁ、刹那」
「それでさ、一緒に晩御飯食べようと思ったんだけど、もう一人分お願いできます?」
「親の許可取ってるならかまわんが・・・・・・」
「我愛羅?」
「・・・問題ない」
「・・・・・・おい刹那、ちょっと来い」
「え?あ、我愛羅、ちょっと待っててね」
「・・・分かった」
何故か僕はカシワさんに引きずられ、少し離れた階段の辺りまで連れてかれた。振り返ったカシワさんの表情は、珍しく真剣なもの。
「カシワさん・・・・・・?」
「刹那、単刀直入に聞くが・・・・・・あの子、訳有りか?」
「うわ・・・・・・なんで分かったんですか」
本気で驚く僕。
「商人なんてのは人の顔色見てその裏を読み、自分に有利な交渉をするのが仕事だ。ガキの表情ぐらい読めねぇでどうする」
「・・・・・・カシワさんて凄かったんですね」
「そりゃ聞き捨てならねぇなあ。後でとっちめてやるから覚悟とけ。・・・・・・で、その訳有りの子相手に、お前さんは最後まで付き合う気があるんじゃろうな?半端な気持ちで関わるっつーなら、悪いことは言わん。やめとけ」
・・・ああ、なるほど。安い同情は相手を余計に傷つけるだけだからね。長年人の上に立ってるのは伊達じゃないな。
「・・・・・・あのですね、心配していただくのは大変ありがたいのですが、僕はそこまで馬鹿じゃないですよ?」
「・・・本当じゃな?下手なことして、取り返しのつかんことになってもワシらにはどうにもできんぞ?」
「甘く見ないでください。その程度の覚悟がないなら最初から関わろうとしません」
よく日に焼けた、齢70を超える隊の頭を、僕は真摯に見つめる。
「我愛羅はもう、僕の友達です」
「・・・・・・そうか。よし、分かった!そうと決まればワシらも後押し後押ししてやろうじゃあないか!」
この時、カシワさんの言葉の意味に気付けなかったのは、本日最大の失態だったと僕は思う。
「ありがとうございます」
だからこそ僕は満面の笑顔で返事をし、
「支配人!酒と馳走を用意せい!――何、急すぎる?客の要望に応えるのがサービス業じゃろうがっ!金は払うからさっさとせんかー!」
「・・・・・・・・・え?」
一気に慌ただしくなった宿内を前にして、僕は呆然と呟いたのだった。
「――で、尻尾を巻いて逃げ帰ったってわけね」
「・・・お母さん、いくらなんでもその言い方はないと思うよ?あと、お茶飲んでる暇があったなら助けてくれてもよかったんじゃない?」
「だって巻き込まれたくなかったもの♪」
「・・・・・・ホントに僕の親ですか貴女。息子を守ろうとか助けようとかいう母親魂はどこに?」
「子離れはいつか訪れるものなのよ」
「・・・ったく、ああ言えばこう言う」
「こう言えばそう言うものね」
「・・・・・・はあ」
こういうノリの会話では母さんに勝てたためしがない。・・・・・・むぅ、何故だろう?普通の議論なら簡単に論破できるのに。この世の7不思議か。
魔界(宴会場)から脱出した僕と我愛羅は、無事に当初の目的地たる宿の一部屋、白亜の親子に割り当てられた部屋へ逃亡を果たしていた。・・・・・・そこに母さんがいて、騒ぎにも気付いてるくせにまったりしていたのは予想外だったけど。
「もっと楽しんでくればよかったのに」
「冗談じゃないって・・・・・・カシワさん、なんでまた我愛羅歓迎会始めたりしたんだろう・・・」
「フフフ・・・我愛羅くん、あの馬鹿騒ぎは楽しかった?」
まだ硬い自己紹介を終えた後、会話に意識を払いつつも箸を止めず食べ続けていた我愛羅に母さんが話を振る。
「・・・・・・分か・・・りま、せん」
「・・・・・・ねえ我愛羅。カタコトだけど敬語使えるなんて知らなかったよ?」
「・・・・・・不慣れだ」
それはそうだろう。大人と接する機会は殺し合いしかないんだから。
「・・・さて、私はそろそろあの騒ぎに物申して来るわ。・・・二日連続なんていい迷惑じゃないの、まったく・・・・・」
後半は独り言と化しつつ母さんは部屋を出広間の方へと歩いていった。いずれあの饗宴も収まるだろう。最悪忍術使って強制鎮火させるから。
と、何か物問いたげな我愛羅の視線に気付く。
「・・・どうかした?」
「・・・・・・母親が、いるのだな」
「我愛羅と逆だよ。代わりに父さんがいない」
「だが・・・優しそうだった」
「まあ・・・ね」
否定はできない。たとえ遊ばれている感がひしひしとあれど、心の奥で想われてることぐらい分かる。我愛羅とは、違って。
「・・・・・・刹那は、優しい母親がいるのに・・・孤独だったのか・・・・・・?」
我愛羅の声には、わずかな不信があった。孤独だったと言いながら、愛情を注いでくれる母親がいる。・・・・・・それは確かに、大きな矛盾だろう。
「・・・・・・説明しづらい事情があってね・・・まだ、それに関しては答えられない。けど、いつか必ず話す。約束する」
「・・・いつだ」
「?」
「いつなら・・・話せる」
性急にすぎる我愛羅の言葉。・・・・・・僕はその内情を推し量って、微笑んだ。
「・・・・・・そうだね。僕と我愛羅が、親友になった頃かな」
「どうやったら・・・・・・親友になれる・・・?」
「くすくす・・・・・・親友はね、なろうと思ってなれるものじゃなくて、いつの間にかなってるものなんだ。時が過ぎればいつの間にか、ね・・・・・・大丈夫。僕と我愛羅なら絶対親友になれるから、焦らなくていいよ」
「・・・・・・」
「あ、さっきくすねてきたタン塩食べる?」
「あったのか・・・・・・!」
「あれ、もしかして好きだった?」
「・・・好物だ」
「そう。どんどん食べていいよ」
「・・・・・・ありが、とう」
前世で得た知識を使いとりあえず餌付けしてみる僕でした。
「・・・・・・と、いうようなことがあった」
「「・・・・・・・・・・・・」」
我愛羅から一通りの説明を聞き終え、寝巻き姿のテマリとカンクロウは顔を見合わせ絶句していた。
「(ちょっ、どういうことじゃん!?あの我愛羅が初めて会った奴のとこでご馳走になるなんて、信じられないじゃん!!?)」
「(わ、私に言うな!と、ともかくこのことは父様に報告して――)」
「言い忘れてたが・・・明日、ここに来るらしい」
ひそひそと相談をかます2人に更なる爆弾を落とす我愛羅。
「・・・・・・え?誰が来るの?」
「今言った・・・・・・白亜、刹那・・・だ」
「「・・・・・・・・・え?」」
「友達になったら・・・お宅訪問とやらは、当たり前らしい・・・」
嘘かホントかは微妙な知識を吹き込まれたらしい我愛羅の言に硬直する2人。
5拍の後。
「「なにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?(じゃんんんんんんんんんんんんん!!?)」」
「・・・・・・うるさいと言っている」
「「げふっ・・・・・・!」」
顎を砂で打ち抜かれ、その日2人は居間で寝る羽目になったそうな。
風邪を引かなかったのは、さすがと言うべきか。
・・・・・・そう言えば。
寝ることのない我愛羅は鼓膜を破ろうとする二人をのした後、自室の窓から砂漠の夜を見上げながら、刹那が別れ際に言った言葉を思い返していた。
・・・・・・自分の術に関しては、調べるのはいいけど誰にも言わないでと、頼まれていたな。・・・・・・これも親友になったら、説明してくれるそうだが。
友達の頼みだ。聞くべきだろう。
ごく自然にそう考えて、我愛羅は友達と過ごしたひと時の残滓に身を任せた。
我愛羅が去った後の白亜親子の居室にて。
「何か申し開きはあるかしら、刹那?」
膝を突き合わせ、威圧感たっぷりにじと目を向けるアゲハ。
「・・・・・・ご迷惑をおかけしました」
平伏し、修行時の言葉遣いで素直に頭を下げる刹那。
「分かってるならいいわ。けど、あまり軽はずみな行動は慎んで。お願いだから」
「・・・可能な限りは」
「・・・・・・」
どれだけの思いで言っているか分かっていながら、一線は譲らない刹那にアゲハは溜息する。
「・・・今回は何もなく終わったからいいけど、次もこうとは限らないのよ?」
「・・・・・・えー、一つ言わせてもらえるならば、最後に逃げた一人にはマーカーを付けてました」
一瞬沈黙に包まれる室内。
「・・・・・・本当に?」
「はい。ですから、仮に母さんがいなくても口封じは多分できてました」
「上忍相手でも?」
「恐らくは」
「・・・・・・」
「それと、我愛羅の方は心配ありません。ちゃんと友達になれましたから」
「・・・・・・あの子、守鶴の霊媒よね。知ってて近づいたんでしょう?」
それは質問ではなく、確認。確信した上で訊いてくる、問い。
「・・・・・・はい」
「まったく・・・・・・深くは聞かないわ。ただし、最後まで責任を持つこと」
その口ぶりに商隊の頭を思い出し、刹那は苦笑する。
「あはは・・・カシワさんにも似たようなこと言われました」
「・・・・・・あの人は変なところで勘が良いんだから・・・」
「お酒も程々にしてほしいですよね」
「薬を作る手間と費用も考えてほしいわ」
その後刹那の責任追及会は魔の宴に対する愚痴に変わっていったとか。
・・・・・・明日が楽しみだなー・・・・・・テマリとかカンクロウとか。
延々垂れ流される愚痴の数々に刹那が現実逃避を行ったのは、余談である。