世界は変わる
僕が変える
変革は僕の代名詞なのだから。
・・・・・・くそっ、何なんだあのガキは!
この任務で唯一の上忍であった男は、数分も経たず唯一の生存者となっていた。身を隠しつつ、男は報告のため風影邸向け手走り続ける。
元より最初の罠を破られた時点で任務は失敗だった。自分たちに砂の盾を破るほどの攻撃力はない。故に目撃者でもあり、アレに手を貸したガキだけでも葬ろうとしたのだが・・・・・・実力を見誤っていた。
――いや、違う。実力ではなく、能力を見誤っていたか。
だが、あのような術は見たことも聞いたこともない。起爆札千枚の爆発を容易く耐え、投じた苦無の軌道を変える・・・
・・・・・・待て。爆発は耐えられたのか?想定したよりも倍近い爆発受けて・・・・・・倍近い!?
最早お伽話に等しい伝承を思い出した男は、戦慄して口を開く。
「まさかあのガキは、水鏡の――」
「残念、気付いちゃったのね」
「っ!?」
突如として現れた声と気配に、男はギョッとして振り返る。
「どちらにしても、始末するのは変わりないけれど」
闇に紛れることもなく。
堂々と己の姿をさらす、長い水色の髪、水色の瞳の――女。
「その容姿・・・あのガキの母親か!?」
「フフフ・・・貴方に恨みはないのだけれど、私達のことを知ったからには生かしておけないのよ。様子を見てて良かったわ」
妖艶――まさにその言葉がしっくりくる美貌と・・・異質さ。どうにも捉えどころがないあのガキとは違い、明確に測れる、その器。
・・・・・・化け物が・・・!
汗のにじむ手を握り、心の中で罵る。
「酷いわね。こんな美女に向かって化け物だなんて」
「っ!!・・・・・・そ、そうか。心写し・・・いつの間に・・・・・・!」
「ずいぶんと博識なのね」
呆れたように女が言い、パチリと指を鳴らした。
とっさに身構える。・・・が、何も起こらない。
「・・・・・・何をした?」
「すぐに分かるわ」
まさしく気楽そのものといった態度で女は言い、男は油断なく周囲の気配を探った。
そして、前触れなく。
――――ヂイィィィィィィィィン!!!!!
備えをしていたにも関わらず、全身を衝撃で打ち抜かれた男は骨と内臓と筋肉とを均等に破砕され自らが死んだことにも気付かないまま全員から血を吹き息絶えた。
「【水鏡・残鏡増震の術】」
《・・・・・・1人相手にエゲツねぇ真似だな》
「だって手っ取り早いじゃない。それより眩魔、これ片づけて」
《へいへい・・・にしても、やぁっぱ厄介ごとに首をつっこんだみてぇだな》
「そうね。一応釘は刺しといたのに、何考えてるのかしらね」
《で?お前の見立て通り、あいつじゃ上忍クラスに勝てねぇか?》
「それが分かったら苦労しないわ。確実に勝てるレベルは分かるけど、どの程度強い相手に負けるのかは全然分かんないのよ」
《はあ?意味分かんねぇぞそれ》
「・・・底が知れない、っていうのが一番適切かしら」
《あー・・・・・・模擬戦中に新技考えて即使ってくるような奴だからな。どういう応用力してんだか》
「印やチャクラコントロールも1回覚えたら2度と忘れないし」
《巻物読ませたら流し見して一字一句間違えずに諳んじるしな》
「唯一のネックは体術だけど・・・こればっかりはねぇ」
《技術力はあるがな。チャクラで威力やスピードを上げても、7歳の身体じゃ限度ってもんがある》
「それは成長すれば解決することだし・・・天才って言葉を体言したような子ね」
《(・・・・・・精神面は気になるが・・・)》
「眩魔、何か言った?」
《いや、何も》
いつの間にか育児相談会みたくなっていた会話は、アゲハが宿に帰り着くまで続いたとか。
その日、風影邸は驚天動地の大事件に見舞われていた。
食事はいつも必ず摂る我愛羅が夕食の時間になっても帰ってこず、何かあったのか(とうとう殺されたのか)とカンクロウはテマリともども心配はしてないが気にしていた。
そして遅れること3時間。里が寝静まる頃合になって、ようやく我愛羅が帰宅した。
「お、遅かったじゃん。俺等はもう寝るけど、夕食はまだ残って――」
「必要ない」
一応これでも家族なため義務感から言ったのだが、真っ向から切り捨てられた。
「・・・・・・へ?何でじゃん?」
「・・・・・・食べてきた」
何故か視線を逸らしつつ答える我愛羅。・・・・・・い、今有り得ないこと言ったじゃん!?
守鶴の入れ物として嫌われている我愛羅が店で買い物できる訳がなく、つまりは買い食いも外食も不可能。・・・・・・な、はずなのだが。
よくよく見れば、無表情ではあってもいつになく機嫌が良いように見えた。7年も付き合っていれば(それが嫌々ながらでも)そのくらいは分かる。
「な・・・・・・何があったじゃん?」
普通というか平時であればカンクロウは何も聞かずに関わり自体を避けるのだが、さすがに無視するには事態が重すぎた。
我愛羅も我愛羅で黙殺するのが常の癖して、今日ばかりは機嫌の良さから説明のために口を開いた。
「・・・・・・友達が、できた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「その友達の家で・・・食べてきた」
「・・・・・・ちょっ、テ、テマリ!!頼む今すぐ来てくれーーーーーー!!!!!」
「・・・うるさい」
ごっ!
世界崩壊どころではない異常事態にカンクロウは絶叫に近い叫び声を上げ、耳元で声を張り上げられた我愛羅は兄の脳天に砂製の拳を落とすのであった。
――そして話は逆のぼり、刹那と我愛羅が刺客を撃退した後。
「あー疲れた!」
と今の今まで命の遣り取りをしていたとは思えない気楽さで、白亜刹那と名乗った少年は俺の隣で瓦礫に腰を下ろした。
「・・・・・・おい」
「んー・・・何?我愛羅」
その水色の瞳は化け物云々の話を聞いた後で欠片も変わることなく。
ただただ否定のできぬ現実として、俺の前にあった。
「何故・・・俺を助けた」
それでも俺は確認しなければならない。こいつが、どのような意図を持って俺に近づいたのか。
「助けない方が良かった?」
「俺は理由を聞いている」
「んー・・・・・・なんて言えばいいのかな。とにかく、見てられなかったし」
「・・・・・・いつから見ていた?」
「なんかねー、適当に歩いてたら上から死体が降ってきて、それからかな。ていうか、あいつら誰の差し金だろうね」
世間話のような気の抜けた会話。答えを聞いて、こいつはどう思うのか。
「決まっている。俺の実の父親だ」
「ふーん」
「・・・・・・」
あまりに薄すぎる反応に無い眉をひそめた。
「驚かないのか?」
「なんで?物事には必ず原因がある。我愛羅のお父さんがあいつらを雇ったのは、あいつらの言葉から考えてみると我愛羅・・・というよりその化け物が危険すぎるから。よって雇ったのが誰であろうと、それ相応の原因があるなら驚く理由は無いでしょ?」
「・・・・・・」
ね?と笑顔で首を傾げる、俺と同年代の少年を・・・俺は、理解できなかった。たとえ親であっても、そこに殺す理由があるのなら、何も驚くことはない、と。
一口で言ってその思考回路は異質なまでに突き抜けすぎている。原因があるから結果がある。それは世の理であり真理だ。そして刹那の考えは、その真理を飛躍させた・・・いや、飛躍させすぎたものだった。・・・・・・出会って10数分程度の俺でも分かるぐらいに・・・こいつは、こいつの価値観は・・・おかしい・・・・・・
端的に言ってぶっ飛んだ思考の持ち主。その認識は後にも先にも変わることなく我愛羅の中に残ることとなる。
とそこで、話がずれていることに気付く我愛羅。修正のためにも話題の転換をはかる。
「・・・わざわざ忍びの戦いに介入したのか?」
「・・・・・・ああ、なるほど。僕が君を利用しようとして近付いたんじゃないかって、疑われてるわけだ」
・・・・・・頭は回るらしい。
「くすくす・・・・・・君は利用されるようなタマじゃないでしょ?ま、すぐに信用しろというのは無理だし・・・・・・ああ、目的と呼べるものが、一応あったっけ」
「何・・・・・・?」
瞬時に身構える。どのような攻撃を仕掛けられようと防ぎ粉砕するつもりで生まれ持つ莫大なチャクラを練り上げ砂に流し込み――
「友達にならない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そのままの姿勢で、凍りついた。
予想の斜め上を地で行く言動の数々からぶっ飛んだ思考の持ち主と評した我愛羅でさえも、この斜め上を超越した言葉に前代未聞の衝撃を受け半ば以上前後不覚に陥いっていた。
砂の盾まで固まっていることからして、余程のものだったのだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」
今なら一般人でも殺れるんじゃないかなーという時間を20秒ほど費やして、どうにかこうにかそれだけ口にする我愛羅であった。
・・・・・・ちょっと・・・いきなりすぎたかな・・・・・・
友達になろう発言から凍りついている我愛羅を見て、自分の言葉から何を企んでいるのか看破しようと長考しているのだと、本気で思う刹那。
・・・・・・でもねー、下手に搦め手とか嘘とか使っても我愛羅気付くだろうし・・・直球が一番効果的、なはず。
後は逃げちゃった隊長さんだけど・・・・・・あー、母さんが殺ってくれたのか。よく見れば周りに気配隠蔽の結界張られてるし。僕もまだまだかなー・・・・・・ってもしかしてこれ、後で覚悟してなさいみたいな意味だったりして・・・・・・やだなぁ。
「・・・・・・・・・・・・何?」
思考が終わったのか、ようやく返事をする我愛羅。僕も僕で意識を目の前に向ける。・・・ん?なんか会話に齟齬があるような・・・・・・?
「だから、友達にならないかって」
「・・・・・・何故、俺と?」
まあ当然の疑問。僕は兼ねてより用意していた話(事実)を口にする。
「僕、これでも友達少ないんだ。うちは商隊の護衛やってて年がら年中移動してるから、友達ができにくいわけ。でもねー、この里の人達が話してる噂聞いて、これは友達になるしかないな、って思った子がいた。・・・昔の僕みたいに、孤独に囲まれた子が。まあそのときの僕は、孤独であるという事実にすら気付いてなかったけど」
口を挟まず先を促す我愛羅に、僕は続ける。
「その子の名前が、我愛羅。君だよ。3日探してようやく見つけたと思ったら戦闘シーンの真っ只中だし、どうしようかと悩んだね。危なそうに見えたから手出したけど・・・無事でよかった。友達が死ななくて、良かった」
我愛羅の瞳に、動揺が走った。心からの言葉。そこに偽りは欠片も含まれない。
よっ、と立ち上がり、揺れる瞳と目線を合わせる。
「友達・・・・・・か」
「そう、友達・・・・・・って、」
「・・・どうした?」
「いやいや、なんでもない」
微かに、本当に微かに、我愛羅が笑った気がしたのだけれど・・・・・・見間違いかな?どちらにしても、指摘すると意地でも笑わなくなりそうなのでごまかす。
「さて、と。そろそろ晩御飯の時間だから僕は帰らないといけないけど・・・・・・我愛羅はどうする?もしよかったら、うちに来て食べない?宿屋だけど、もっと話できるし」
「・・・・・・・・・いいのか?」
「一人分の食事ぐらいどうにでもなるよ」
「・・・・・・分かった。案内してくれ」
よし、難関突破。・・・・・・多分。
さあ救い出そう。哀しみの底から孤独の中から絶望の淵から。
さあ変え導こう。幸福な未来へ希望ある明日へ平穏なる世界へ。
僕の歩む道こそが、変容せし歴史の道行きなのだから。
「あ、苦無とか回収するから手伝ってくれない?忍具にかかる費用も馬鹿にならないんだ」
「・・・・・・」
どうあっても予想を斜めに横切るセリフのせいで、未だ器のほどを測りかねる我愛羅であった。