「なんっ……だ、これ。何があった?」
まさしく惨状だった。壁紙は焼け焦げ、テーブルは倒れ、壊れた小物や家具がが床に散らばる。つい十数分前にはきっちり整理され手の行き届いた部屋だったそれが、今やシギの前で足の踏み場もなく半壊。ところどころ繊維に燃え移っていた火を、慌てて消火した。
「火遁……いや、爆発か? 外から起爆札か何かを投げ入れられた――って、ここの窓すごい頑丈に作ってあったはずなんだがどうやって……」
「あの、現場検証より……刹那くん、は?」
「……」
部屋を検分しながらシギはリビングに繋がる扉の一つを指差した。ヒナタは差された先を目で追って、ポカンと口を開ける。
そこは隣室でありながら、日が差していた。……天井から。
窓でなく、その部屋の面積とほぼ同サイズの大穴から、真昼の光が燦々と。
「…………。……えっと…………………雨が降ったら、雨漏りしちゃう……かな」
「……漏るどころか直だと思うがな」
微妙にずれた返答。……畜生やっぱカワイイ。ロリコンじゃねーけどカワイイもんは可愛い。
(漫画じゃ好きなキャラだったし……。つーか婚約って何故に? ヒナタってナルトの嫁だろ? ……まあ刹那が介入したせいなんだろーが、にしてもこの歳で婚約まで行くか普通。……タラシめ)
脳内でにこにこ年中笑顔をタコ殴りしつつ(現実には後が怖いからできない)、さておき、何か言いたげなヒナタを促した。
「追わなくて……いいのかな……?」
心配そうな顔で、しかし建設的な指摘。爆発か何かで家が揺れてから、十数秒も経たない内に息せき切ったのに、刹那の姿はもうこの家から消えているのだ。……まあ、五秒あればそれなりの忍者の足で百メートルは余裕すぎるが。
追いかけたか追わせたか、どちらにせよシギも一応同意見ではある。あるのだが、しかし。
(……どっちかっつーと、俺はこんな真似した犯人の方が心配なんだが)
だって、相手はあの刹那だ。
天才うちはイタチと戦って、傷らしい傷を負うこともなく勝利したあの刹那だ。
心配する方が馬鹿を見る。
……と、普段ならそう考えたことだろう。
(けどなあ……昨日からあいつ調子悪そうだったよなあ……)
ヒナタの話からなんとなく―――本当になんとなく事情は飲み込めた。
ナズナがその婚約だかの話を聞いたとして――感情的に突っ走る光景が目に見えるよう。
(……何でそこでフォローしとかないんだよ)
……。
…………あ。
浮気がばれた亭主みたいなもんか。
フォロー効くわけねー……。
と、さっきから返事を待っているヒナタが目に入る。ポリポリと頬を掻いた。
「あー……まあ、ヒナタの言う通りではあるんだが……」
「あるんだが?」
「……どっち行ったか分からん」
大穴が空いてることからして、天井ぶち破って出ていったのは見た通り。
だがこちとら感知タイプではない。キバやネジなら探し当てるのも楽だろうが……。
「シギくん、……それなら、私が探せるよ?」
「…………そうだな」
例に挙げたネジと同じく。
ヒナタもまた血継限界白眼の持ち主。能力は一律、望遠眼と全方位視野。
写輪眼とは違い個人の差が低い分、全体的に能力が高いため、探索には打ってつけだ。……が、自分にも刹那にも事情がある。実力のことはできるだけ隠しておきたい。イタチの脅威が去ったとは言え、カブトは未だ里にいるのだ。
芳しくない表情を見せるシギに、ヒナタは怖ず怖ずと切り出した。
「あのね、刹那くんのことなら私……知ってるよ」
「っ!?」
ヒナタはざっと顔色を変えたシギに慌てたように付け加えた。
「知ってるって言うか、この間の時、父上と真剣勝負してるの見ちゃったから……!」
「せ……刹那は、何て?」
「……黙っててほしいって、言ってた。騒がれたくないっていうか……特別扱いされたくされたくないっていうか……」
「……」
なるほど。
自分のことは教えてないらしく、シギは小さく安堵。
……それはともかくとして。
「何でまた、それを俺に言うんだよ。俺が刹那のことを“知らない”とは思わなかったのか?」
「え……? だって、シギくんは刹那くんと修行してるんだよね? さっき休日は一緒だとか言ってたし……それに、私がそのことを口にした時、シギくん怖い顔してたから」
「あっそ……」
そういえば白眼は、洞察眼においては写輪眼をも凌ぐのだった。
だからといってそれに類する知識がなければ……例えばネジが中忍予選でヒナタの表情を読んだようなことはできない。
(……要するに俺の表情が分かりやすかったってだけかよ)
そこが少しばかり面白くないシギであった。
「シギくん?」
「え? あ、ああ。それじゃ、頼んだ。刹那を見つけて何ができるとも思わねえけど、何もしないよりは多分マシだ」
「……うん!」
仄かに笑ってヒナタは頷き―――あーやっぱカワイイなぁ……と癒されるシギ。
印を結んで発動される白眼は、千里の彼方をも瞬時に見透かし―――
「……どうだ?」
「うん……見つけた……けど」
「けど?」
「……あの、忍タマって言いだした人が……追いかけてるみたい」
「……………………」
え?
(…………想定外の規定外以外の何物でもない事態)
どこにでもいるような木の葉の忍びに化けた刹那の姿は、しかしどこにもいない架空人物。ピッタリくっついてくるヒグサを後ろ目に、撒くのは無理と選択肢を削除。
着地と同時に方角を修正。並び建つ家屋を足場に木の葉市街を跳び越える。
「ハーハッハッハッ!! なんだなんだ逃げ足速ぇなつれねぇなぁ! 逃げんなよぉっ!」
どこの悪の大幹部だというように笑い上げ、ヒグサが小さな火の玉をばら撒いた。拳大の小さな火の玉だ。それが十幾つか、刹那を狙って降り注ぎ全弾が外れ民家の屋根を爆破した。
「………」
結構な悲鳴が聞こえたが、ヒグサは塵ほどもそちらに意識を割くことなく追ってくる。仮にも里の忍びが、里の建造物を無思慮に破壊してしまうのはどうなのだろう。
「おいおい、テメェが避けるから屋根ぶっ壊しちまったじゃねぇか。どうしてくれるよ」
「……この襲撃の意図を問う」
チンピラが付けるような難癖には取り合わず、無感動な目で刹那が訊ねた。
任務にしては動く忍びがヒグサ一人で、組織的行動が見られない。
忍び個人の独断専行にしては、他の忍びが集まってこない。
ならばそこにどのような理由と思惑が介在しているのか。気にならなければ謀略家の名折れだろう。
名が折れるのを気にするような性格かは、ともかくとして。
「襲撃の意図だぁ? 個人的に、つったろうが。俺個人が単にお前をぶちのめしてぇっつーだけだ」
「仕合でも訓練でもない私闘は認められてないはず。誰も止めに来ないのが疑問」
「……冷静だなお前。けどそりゃーあれだな。俺と違って部下は優秀だから、上手く事後処理してくれてるんだろうよ」
事後というか、事中だが。その優秀な部下とやらはヒグサの読み通り、コトを穏便に済ませようと東奔西走四苦八苦。「あの破落戸上司……いつかコロス。殺してやらないと、気が済まない……」ぶつぶつと怨嗟の念を吐きながら各部署を走り回るうら若きくの一の姿は、誰もが一歩引くほど鬼気迫る表情だったという。
「そう。しかし僕には戦う理由がない」
「あってもなくても俺が戦うって言ってんだよ。素直に従え。肯定以外の返事はシカトすっからヨロシク」
暴君だった。
ジャイアニズムな。
「にしても、何だお前その妙な口調はよ。これっぽっちも抑揚がねえじゃねぇか、ロボットかテメェは」
「ロボットに心が宿るという話は、良く耳にするが」
「あ?」
「機械的な人間に心は宿るか否か」
「――はぁ~? 人間に心が宿るのは当然だろうが。意味分かんねぇ質問すんじゃねぇ、よっ!」
再びばらまかれた火球は、一秒前まで刹那がいた座標にぶつかり合い爆炎を咲かせた。
バラバラの角度時間差で手裏剣が空を切り、ヒグサの腕が叩き落とす。もう用はないと言わんばかりに背を向けた刹那に、ヒグサは叫んだ。
「お姫様は泣いてたぞ!」
「――?」
屋根を蹴りかけた足が止まった。その背にヒグサは続ける。
「わんわん泣いててなぁ……何事かと補導してみたらカシワの子じゃねえか」
「……」
「ナズナって言ったか。あの子、“俺たち”とは違う普通のくの一だろ? 何があったか大体の事情は把握してるが、あの年頃の女の子は難しいぜ? 何で捜してやらなかった」
「…………捜した。そして見つからなかった」
「そりゃぁ嘘だな」
刹那のセリフをヒグサは一刀両断する。
「日向に縁があんだろ? 白眼で捜してもらえば十分と経たず解決だ。なのにテメェはそうしなかった」
黙り込んだ刹那の背中に、問いかけた。
「何故だ? おい」
「………………………………」
トン、と刹那が屋根を蹴る。一瞬舌打ちして顔をしかめたヒグサは、しかしその速さに満足した。
逃げるでも振り払うでもない速度で駆ける刹那の跡を追う。一部破壊された町並みと文句を上げる怒鳴り声を置き去りに、辿り着いたのは演習場だった。
三本の丸太に目を留め、軽く瞠目する。
「ここは……」
「第三演習場。一昨日、シギが使用申請を出していた。うちはの名で出したから、ここには誰も寄り付かない」
変化を解いた刹那の言い分にヒグサは納得した様子を見せる。
うちはの一件から約三ヶ月。事態は沈静化したとは言え、うちはは今やどう触ればいいか分からない腫れ物扱いだ。それも時間と共に解決するだろうが、余計な刺激を与えようとは誰も思わない。
密談には打ってつけだろう。
密談と言えるかはともかく。
「赤蔵ヒグサ、そちらの疑問に回答する」
「聞かせてもらおうじゃねぇか」
能面のように無感情なまま、頷いた刹那は言葉を舌に乗せる。
「捜索に必要性を見出せなかった」
一言で口を閉ざした刹那をヒグサは辛抱強く待ち――それ以上何も言う気配がないのを察し、
「あ」
一拍溜め、空も割れよとばかりに大喝した。
「っほかぁあああああああああああああああああっ!!!」
「……!」
あまりの大声に刹那が耳を塞ぐ。ビリビリと、大気が震えていた。
「頭イイ馬鹿ってのは現実にいやがるんだなぁ! 知らなかったぜおい! もうテメェは処置なしだ、ふん縛ってでも嬢ちゃんとこに連行して頭下げさせっから覚悟しろっ!」
「貴方には関係のないこと」
「ハッハッハ、残念ながら大有りだっ! ――木の葉隠れ警邏隊殲滅執行上忍赤蔵ヒグサの権限を持って、不穏分子を拘束する!」
忍びの貌となったヒグサが、絶句する刹那に向けて洒落にならない豪炎を撃ち放った。
急に隊舎が慌ただしくなり、ナズナは何事かと書物から顔を上げた。
「なにがあったですか?」
「ああ、いや……何というかだな」
「どいてください。自分が説明します」
「なにぃっ、どくのはキサマだ場所を空けろっ!」
「うるさいですぞ! 私めが説明するに決まっているのですぞ!」
やいのやいのそこのけここのけと終わらない口論に、ナズナがダンッ! と机を叩いた。
「―――誰でもいいから、早く説明するですよ」
据わった目で睨み付けられ、たかが八歳の少女の眼光に歴戦の忍びたちが震え上がる。
良くも悪くも、刹那の教え(性格)はナズナの中に根付いているようだった。
…………良くも悪くも。
そして、数分後。
「……俺のオアシスが、行ってしまった」
「訂正してください。我々のです」
「くぅっ……これでまた男だらけの毎日か……!」
「……目から、汗が止まらないのですぞ」
話を聞き終えたナズナは即座に隊舎を飛び出してしまった。後に残された男たちの嘆きが広くもない隊舎に木霊する。
「……くの一の割合が少なすぎるんだよな」
「それには同意しましょう。現在の数字では5:1を割るそうです」
「たとえ恋愛対象にならずとも、いてくれるだけで癒されたというに……っ!」
「それもこれも忍界大戦に九尾と続いて人口が減っているからですぞ……、特に私め共の世代が」
ポツリと一人が言う。
「いい女性、欲しいなあ……」
「…………」「…………」「…………」
言葉にこそしなかったが、残る隊員も同じ想いを共通していた。
「「「「…………はあ」」」」
木の葉におけるカシワ商隊の拠点白亜邸で爆発事件があって騒がれてるというのに、ここだけはしっとり切ない空気が漂っているのだった。
殲滅執行忍。木の葉警邏における、言わば鬼札。
罪を犯した忍びを捕まえることができるのは、より優秀な忍びだけ。かつてうちはイタチは弟にそう伝えた。この場合優秀の意味は強さとイコールで置き換えられる。
捕縛はただ殺すだけより難しく、殲滅執行忍とはその殺すためだけの忍び。時には追忍の役目を負うこともあり、戦闘力に限ればまさしく死神の如き死刑執行人である――。
「そぉーらどうしたどうしたぁっ!」
ヒグサの放った炎が舐めるように刹那の近辺を焼いた。余波だけで焦げ付きそうな熱量に、刹那は眼球の乾きを感じ目を細める。
……不可解だった。
燃える物とてない地面が、しかし火勢を強める。牽制に投げつけた手裏剣や苦無はおよそ秒速で熔解されて、飛び道具がまるで役に立たない。
熔解。そう、熔解――だ。
家のガラスを破ったのもこれと同じと判断する。信じられない――というより、有り得ない熱量。
何か変わった術かと、刹那は勘繰るのだが、
「ほらどうしたよ! 俺の術に手も足も出ないかぁっ!?」
再び炎を生んだヒグサから火線が走る。冷静にまだ無事な地面へと逃れながら、刹那はパズルのピースを当てはめる。
「……それは、術じゃない」
「んん?」
「強いて言うなら、技。例を挙げれば、螺旋丸」
「ハッ! こんな短時間で良く気づきやがったなぁ! ついでだから解説してやろう」
ピッと立てた人差し指の先に赤々とした炎が灯る。
「俺は、頭が悪い!」
「………」
無表情ながらもどこか冷たい視線で脇差しを構える刹那に、まあ待て落ち着けとヒグサは制した。
「特に暗記科目は壊滅だ。おかげさまで術に必要な印が全く覚えられん。できて下忍レベルの簡単な術だけだ。いやぁよく上忍になれたもんだと自分でも不思議いっぱいだが」
「推薦した人の神経が分からない」
推薦者がいないと、上忍には上がれないシステム。
まあそうだな、とヒグサは鷹揚に頷いた。
「しかし、そんな可哀相なおつむでもチャクラコントロールだけはできるんだなこれが。そしてそれだけに全てを注ぎ込み極めてみた」
……極めたのか。
そんな刹那の眼差し。
「チャクラの形態変化と、性質変化。……見ての通り俺の性質は火、火遁だ。そして幸運なことに、チャクラ量には恵まれていた」
指先に灯っていた火がその大きさを増していく。チャクラの量に比例し、ヒグサの長身をも超える巨大な炎塊となり果てた。
炎そのものよりも、尋常ではないチャクラ量に刹那は警戒心を強める。
何気ない動作で、脇差しを収めた。
「分かるか? 俺が、この力だけで上忍として認められた、その意味が」
その実力以上に、指揮官としての適性が求められる上忍。
無論弱者に務まる職ではないが、非常時には指揮も可能な人間であることが前提条件だ。
それを、捻じ曲げた。強いという、ただそれだけで。
「俺は馬鹿だがお前も馬鹿だ。馬鹿の意見なんざ力で捻り潰すのが俺の流儀だ。抵抗がそれで終わりならさっさと諦めて俺に捕まれ。なに、同郷の誼だ。悪いようにはしねぇよ」
「…………」
刹那は小さく、嘆息してみる。人格のオリジナルを真似て溜息する。これで何が変わるのか、よく分からない。しかしこういう時は諦観の念を吐き出すのだと知っている。だから、吐いてみた。
被っていた人格が半ば以上吹き飛ばされているのが、自覚できた。
ヒグサは冷静と言っていたが、頭が冷えているわけではなく、――むしろここ数日思考の続けっぱなしで茹だっているが――焦る、慌てるといった反応を、今の刹那は持っていない。
(……頭の中がふわふわしてきた)
脳が限界を超えると、視界が真っ白になって糸の切れた操り人形みたいに意識が落ちてしまう。妙な浮遊感はその前兆。
それでも、考えることをやめられない。不穏分子扱いは気に食わないが道理でもあり(証拠はないが)、言葉の内容からしてナズナのところに連れて行くだけらしいけれど、それは無意味だ。
何を話せばいいか分からない。
こんな状態で話しかけられて、何て返せばいいのか。……脳が仕事を放棄する。
どんな表情で、どんな言葉で、どんな感情で接すればいいのか。
まるで、分からない。論理が、成り立たない。正答が、出てこなくて。
二元論。1か、0か。イエスか、ノーか。その程度にしか、頭が働かず。
「……拒否」
「まだ手があるってか? ハッ、そんなら好きなだけぶつけて――」
「拒否」
「あ?」
「拒否」
「…………」
「拒否」
壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す刹那に、ヒグサは何とも言えない目を向ける。ふーむ、と顎を撫で、頭が悪いなりに考えて、考えて、考えて、考えてみて。
「――めんどくせえ。取り敢えず、寝てろ!」
二秒で思考放棄し、ヒグサは掲げていた炎を投げつけた。うちはの豪火球にも劣らない炎塊が矢の如く飛来する。
俯きがちになっていた刹那がふっと顔を上げ、当たれば火傷ではすまない炎に無機質な眼差しを向けたかと思うと、手首のスナップだけで赤い塊へと苦無を撃ち込み――貼り付いていた起爆札が炸裂。
急激な爆圧で、内側から炎塊を消し飛ばした。
「ハハッ! なんだまだやれるじゃねえか! ――なあ!」
ガッ、と背後から振るわれた脇差しを素手で握りしめたヒグサが、爆散した炎を隠れ蓑に地下を潜行してきた刹那へ豪快に笑った。水色の瞳はそれに何ら反応を示すでもなく、しかし直後飛び離れるように得物から手を離す。――木製の柄が、メラメラと音を立てて燃え始めていた。
火の性質変化――ヒグサが防御に集めたチャクラが、そのまま莫大な熱量に変じた結果。
「お? 溶けねえなこのナイフ。いいモン使ってるねぇ」
大概の武器をあっさり溶かしてしまう己の灼熱を浴び、赤くもならない短刀にヒグサは素直に驚いた。軽く興味が湧く。露わとなった茎に切られた銘をチラリと流し見て。
(誰だ打ち手は……風花? はぁ? 何でここであの国の姓が出てくる?)
前世現世問わず見知った家名に一瞬の当惑を表し――ヒグサはすぐにそれどころではなかったと思い知る。
第三演習場に流れる小川の傍で、人形のように表情のない二人の刹那が印を組み終えていた。
「水遁・水龍弾」
「土遁・土龍弾」
盛り上がるように大地と川がうねり形を作り、瞬きする間に龍と化す。
長大な身を晒す二匹の龍を従えた、二人にして一人の忍び。
鏡合わせの線対称に、並び立つ片割れへ片手を差し出し、三度結びたる印にて術を示す。
「「【混合忍法・泥沙瀑龍弾の術】!!!」」
土の龍を水龍が呑み込み混じり合い、変貌した泥の巨龍があるはずのない声帯を震わせ咆吼し――地崩れの如く、ヒグサへと雪崩れかかった。
(ヤッベェエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッ!!?)
油断してなかったと言えば嘘になる――。
事実、過信はしてなくとも己の実力に疑いを持っていないヒグサだった。いくら転生者でもこんな年端もいかない子供が、ここまで強力な忍術を扱えると誰が思うだろう。いや、思わない。
先の大言壮語をちょっと後悔しながら、ヒグサは全力で身体の奥底からチャクラを溢れさせ、
―――赤い髪を、膨大な土砂が押し潰した。
「(しっ、ししし死んだ? 死んじゃったぁぁぁっ!?)」
「(おっ、おおお落ち着けヒナタっ! 腐っても上忍だし潰れても多分きっと上忍だっ!)」
「(そ、そうだよね。……深呼吸、深呼吸…………)」
シギの繰り出した意味不明な理論によって、なぜか落ち着きを取り戻してしまう二人だった。
こんなのが名門の一族でいいのだろうか。
「(刹那くん……忍術使ったら、こんなに強かったんだ……)」
「(けどあれで打ち止めだと思うぜ。あいつチャクラ少ねーから)」
ヒソヒソと二人は会話する。かなり離れた木の上にしがみついているのだが、なんとなく声を潜めたくなる空気がそこにはあった。
(でもなんつーか……決め技出すには早すぎな気が)
ヒナタは純粋にすごいすごいと憧憬の眼差しだったが、隣で眺めるシギの目には称賛よりも憂慮が浮かんでいた。
相手が強力な札を切ってくる前に勝負を決めてしまうのは、戦術として確かに有効だ。しかし、刹那の戦い方にはそぐわない気がしてならない。
強いて言えば後出しというか……敵が十なら二十の対策を立てて臨むのが刹那らしい戦闘法。万全を期した消化試合とでも呼べばいいか。今回は突発的だっただけに万事に備えるのは無理だろうけれど。
それ踏まえても、何か違った。
戦いの運び方が稚拙すぎる。出当たりすぎて、向こう見ず。後のことをまるで考えてないのが、端から見てて嫌と言うほど分かりすぎる。ヒグサが技巧派だったら、とっくに終わってるかもしれない試合運び。
(手……出した方が良いか?)
「―――あ!」
自身と、刹那とを天秤にかけ、思い悩むシギの耳に素っ頓狂な声が届く。
泥土に埋まった演習場の一角に視線を戻したシギは、具象した現象に頬を引きつらせた。
――ボコリ、ボコリ。
地面が、泡立つ。蒸気が、昇る。
泥の一分面積が、ボコボコと沸騰していた。
一人に戻り、荒い息を繰り返す刹那の見る先で、赤くマグマのように沸き立った地面から浮かび上がるように頭を、肩を、胸を、全身を大気に晒し外傷一つ見当たらないヒグサの姿が、現れた。
「おー痛つつ……こりゃ後であちこちアザになっちまうな」
……圧死してもおかしくない質量に押し潰されていたくせに、元気なものである。
ヒグサはペタペタと身体の各部を検分し支障がないことを確かめると、刹那に向かって心からの拍手をした。
「いや、凄ぇ凄ぇ。威力もそうだが術の発動速度が並じゃねぇよ。そこらの奴なら今ので終わってんな」
ま、相手が悪かったっつーだけだ――。適当に、そう言いきってしまうヒグサの足下は、未だ赤熱した流体のまま。
「気になるか? なぜ俺が火傷しないのか。服も髪も焦げもしないのか」
「…………」
否定はしない刹那に、ヒグサは種明かしする。
「なーに、隠すまでもない単純な話だ。性質変化で生んだ炎は、イコール俺のチャクラそのもの。……だったら、熱伝導の向きをコントロールしてやればいいってだけだぁな。オーライ?」
「…………」
気軽に口にしたヒグサだが、言うほど簡単ではない。精密なチャクラコントロールと、それだけの熱量を生み出す莫大なチャクラが絶対不可欠。
全身をチャクラで覆うという、日向の回天にも似た使用法と発想がなければできない灼熱からなる絶対防御だった。
我愛羅やサスケのそれと違うのは、近づくだけでダメージを負うということか。熱というのはただ在るだけで暴威となり得る。高温から低温へ、水が低きに流れるが如く熱は放射されるが故に。
「……さて、もう満足か――って聞くのもいい加減ダリぃな」
チロチロと燻る火の粉がヒグサを取り巻いた。煌めく炎塵は見る間に嵩を増し、炎で構成された大蛇がとぐろを巻くようにヒグサを包む。印も結ばず、チャクラの操作によりそれを成す。
「さっさと――――諦めろ」
「…………」
そう言えばそんなセリフがあったな、と刹那の脳裡に連想が働いた。
自来也の小説。さっぱり売れなかったという忍びの物語。諦めろと言われても、決して諦めないど根性理論。現在において長戸の、未来においてナルトの自意識に深く刻まれた忍法帖。
思い出したから、というわけでもなく。
それが最善手、と算じたわけでもないが。
……悪あがき、したくなった。
「…………」
ボンッ、と煙と共に現れた物体に、ヒグサは訳が分からず首を捻った。
それは円筒形をしていて、
よく冷やされていて、
どこにでも売っている、
――――缶ビール。
プルタブを引いて喉に流し込む刹那を止めなかったのは、もちろんそれにどんな意味があるか知らなかったからである。
知っていたら、否が応でも阻止しただろう。
……今となっては遅きに逸しているが。
カンカラコロ……。
空き缶が手から滑り落ち、地面に転がった。一気飲みの姿勢で空を仰いでいた上半身が、バネのように戻り、
「…………ヒック」
――――完全に据わった目の刹那(酔っぱらいモード)が、降臨めさせられた……!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
続いて……しまった……!
前後編で終わる予定が……なぜか三部作……!
……なぜかも何もゆめうつつの見通しの甘さが原因でしょうが。そもそも二月中に載せるという野望(?)も果たせなかった……。
まーいーか(良くない)。というか今回もあちこちオリ設定が氾濫していたり。瀑龍弾は颶風水渦の術でまあアリじゃないかなと。
とにかく次後編で終わるのは確かです。ここで多かったから、次回は戦闘シーンあんまりないと思いますが。
シヴァやんさん、テコ入れ……まさしくそう!――と言いきれないのが日本語の難しいところ……。どうなるやらお楽しみにどうぞ。
realさん、ヒグサ強し。そこそこガチバトルも書けたかなと思う次第です。
はきさん、誤字修正いたしました。謝辞。……変魔の部分はちょっと書き直そうかなーと思っています。なんか、アゲハがはっちゃけすぎな気がして。それと、パーソナルデータですか……ゆめうつつ的第一部の終わりにでも載せるとしましょう。
んんん( ゜∀ ゜)さん、どうもありがとうございます。我愛羅との掛け合いはそのうちまた必ず出てきますのでお楽しみにしてください。
野鳥さん、感想お久しぶりですね。どうもです。……陰謀が少ない、というご意見ですか。そうかもしれませんね。何せ第一部の終わりが近いのですから。山場は越えています。……今は急峻な谷を降りているところです。過去話では多少、出せると思いますが、その時までお待ち下さい。