武家屋敷、という単語が浮かんだ。
日向邸の表門を見上げながら、連想に満点評価を与える。
「うちはは寝殿造な趣だけど、日向は思いっきり武家造だね」
「……刹那くんがまた一人で納得しています」
「しんでん……神殿?」
小さく首を傾けるヒナタだが、それはしんでん違い。
この世界の文化は奇妙奇天烈甚だしい。古今東西洋を問わず、しっちゃかめっちゃかに入り混じった文化の坩堝。それが然程大きくもない一つの大陸に収まっているのだから、異常の一言。……月に至っては、それ自体が一つの墓であることだし。
「ヒナタちゃんに聞きますが、この門どうやって開けるですか?」
「えっと……普段は門番さんに中から開けてもらうんだけど……」
「今は見事に誰もいないですね」
むしろ不自然なほど。門の向こう屋敷の方にも人気がほとんど無い。隠れてる? いや、自宅で気配を殺してまで待機する意味が不明。こちらにはヒナタがいることだし、待ち伏せというのもおかしい。
「んー……でも、何らかの思惑があることに違いはない、かな」
「さあヒナタちゃん離れますよ。下がって下がって」
「え…ど、どうして突然?」
「……たぶん、危ないからです。こんぽんてきな意味で、刹那くんは危険人物ですし」
「………?」
困惑するヒナタの手を取ってナズナは道の反対側まで退避した。
刹那がそう頼むよりも、早く。
理解されているというのは、ある種の不思議な感覚を揺すられる。
言葉にできない何か。でも悪くない。……理解の方向が悪い気もするが。
「取り敢えず……主導権握られっ放しは嫌いだからね」
昨夜から、ほぼ一方的に巻き込まれた形。ヒナタを連れ帰ったのは自分の判断だとしても、そうお膳立てさせられていたのも事実。
実に不愉快だ。
不愉快とは愉快の真逆。
そう考えれば分からなくもない感覚。事態の主導権を握られるのは、そう、不愉快。
紙切れを数枚、取り出し門に張る。ジリジリと煙を上げ始めたそれらから離れナズナのところまで下がると、不思議とヒナタが顔を蒼くしていた。
「どうかした?」
「ど、どうって! あ、あれきばく――!」
直後、爆裂っ!
耳を塞ぎ、煙が晴れた頃、視線を向けると頑丈なはずの門が、閂ごと爆砕されていた。
「…………こ、壊しちゃった」
「まあ、刹那くんですから」
「……起爆札は、先生からまだ使っちゃいけないって言われてるよ?」
「刹那くんですから」
その説明はどうかと思う。
「僕たちは木の葉のアカデミーに通ってるけど、別に木の葉の忍びになるわけじゃないし。それに商隊で先生役の母さんから、危ない忍具を使う許可は出てるんだ」
「そう……なんだ?」
「ついでに言うと実戦も経験してるですよ」
「えぇっ? 本当に!?」
うん、本当。
何せ旅をしていたら、盗賊とか抜け忍とか普通に襲ってくるから。全国各地を巡っていれば、治安の悪い場所もある。
だから全体としてカシワ商隊の殺しに対する倫理観は薄い。幼少時より殺し合いを恒例行事的に見せられれば、当然かもしれないけど。
「何だお前たちはっ……ヒナタ様!?」
のんびり団らんムードになりかけた空気を、硬い調子の声が打ち砕いた。
外見からして……日向はみんな似たり寄ったりだから年齢からして。
「日向……ネジ?」
「……で、昨夜の一件は首尾よく片付いたのですかな。三代目」
「良くも悪くもじゃよ。今もスパイのあぶり出しは続いておる。存外、上手く入られておった」
コトン、と茶器を置いて、火影は晴れ上がった空へと目を向けた。
「惜しむらくは、雲隠れとの繋がりがまるで見つからんかったことかの」
「さすがに肌の色だけで決めつけるは、早計に過ぎますか。……相当、入念な仕込みをされていたようです」
最低でも、丸一年以上。場合によっては、三年近く。
「………『柏』には借りが増える一方ですな」
「……あれの情報収集能力は、時に五大国を凌駕する。特に――此度のような謀略には殊更敏感じゃ」
つい先日届いた手紙を眺め、ヒアシは微かに眉をしかめる。
火影はそれに何を言うでもなく、甘菓子を口に含んだ。
「『柏』の護衛者の一人……白亜刹那が、伝えたとお思いで?」
その問いに、黙ってもう一枚紙片を取り出す三代目。内容を改め――ヒアシは瞠目。次いで呆れを顔に滲ませ。
「ふざけとるじゃろ?」
「…………」
迂闊な返答を避けた。酔狂に過ぎる、というのが率直な思い。
だが、と。再び手紙の内容に目を通す。遊び心に溢れた……悪く言えば奇特な性情。それでいて、文面からは我が子に対する絶大な信頼が、垣間見え……。
「白亜は……子宝に恵まれたようですな」
「自分が恵まれてないとでも、思ったか?」
「む……」
一言で指摘され、ヒアシは唸った。火影はじと目。
「………弟は……ヒザシは、僅差ながら私よりも……強かったのです」
しばしの沈黙を挟み、ヒアシは搾り出すような声音で、苦渋を噛む表情で言う。
日向一族は今、当主であるヒアシと子供らを除き全員が出払っている。
聞き耳を立てる者はいない。故にふと、漏れ出た悔恨。
「我が子ヒナタは言うに及ばず、ハナビもヒザシの息子――ネジほどの才は見せておりませぬ。我らは双子として生まれましたが、もし……ヒザシが先に生まれていたら……と」
そんな有り得ない想像が、最近脳裡をよぎる。であれば、より強く、より才のある血を、宗家に迎え入れることができたのだろうと。
「………詮のない妄想ですな。弱気なことを口にし、申し訳ない」
「過去は変えられん。……が、未来は変えられる。どうするかは、お主次第じゃがな」
未来。
子らの、未来。
我々と同じ苦渋を呑ませるか、古き因習を捨て去る決意をするか。
当主の一存では、決められないこと。前当主の影響力も、まだ強い。
だが……、
「……………………私、は――」
ようよう、重い口を開いたヒアシ。
しかしその直後轟いた爆音に、口を閉じざるを得ず。
「何事じゃ?」
無言でヒアシは白眼を行使する。広がる視界が煙の上がる表門を内に入れる。
「……白亜刹那が、門を爆破したようです」
「………腹いせかのう」
「ネジが今向かっていますから、じきに分かるか……と…………!?」
「どうした?」
一瞬で顔を蒼白にしたヒアシに、火影は幾分緊迫した声を出す。
が、ヒアシは聞いていない。否、聞こえていない。
「………バカな……っ!」
常のヒアシからは信じられない取り乱しよう。火影が問いただす暇もなく、立ち上がるや否や血相を変え猛然と駆けだしていった。
一秒遅れて火影も後を追う。前を行くその背から果てしない焦燥と、そして声が聞こえた。
――ヒナタ、と。
「お前は……確かアカデミーに編入した」
「そ。カシワ商隊の白亜刹那。すぐにさよならすると思うけど、取り敢えずよろしくね」
日向の前門を壊しておきながら、まるで悪びれない態度に青筋――否、視神経が、隆起を見せる。
ナズナの背後に身体と顔の半分を隠したヒナタは、従兄の反応に一歩、下がりかけた。
それを留めたのは、ナズナの一言。
「大丈夫ですよ」
壁役にされたことを怒りもせず、ナズナは曇りのない笑顔で振り返り、告げる。
「刹那くんは、すごいんです。任せておけば、安心です」
子供にとって、一歳の違いは絶対だ。
たった一年生まれが違うだけで、子供の体格、筋力に遥かな差が生まれる。
歳を負うごとにその差は縮まるけれど、この時点では経験、能力、共に拭いきれない差がある。
それなのに、鳶色の目は心配の欠片も浮かべてなくて。
ただ全幅の信頼だけが、そこにあり。
ヒナタは純粋に、いいな、と思った。
……信じられる人がいるのは……羨ましい………。
「……ヒナタ様と何故一緒にいるのかは知らないが……これは悪戯では済まないぞ」
「悪戯では済まない? それはそうだろうね。こっちも、そのつもりはないし」
従兄の白眼が鋭さを増し、剣呑な光を湛え始めて……ヒナタは隠れたままでも、目は、逸らさなかった。
クラスメイトの、二人の背中がとても大きく見えて。
逸らさずに、いれた。
「それにね」
何の気なく歩みを一つ進めた刹那が、
「今日は、キミに用はないんだ」
そう言葉を結んだ時。
ヒナタの白き眼に映ったのは、くず折れる従兄と、その背後に立つ刹那の姿で。
数秒、自失する。
まるで過程のない結果に、頭が追いつかない。
そして追いつくための時を得る暇もなく。
疾風――否、暴風が訪れた。
本当に、暴風かと思った。
その人は和装に、黒く長い髪を移動の煽りになびかせ、視神経は太く浮き、木の葉有数の血脈たる白き瞳を、燃えるような憤怒に染めていた。
「――ヒナタ」
押し殺した父の声音に、有り余る怒りを覆い隠した表情に、竦み上がった。
「その瞳はどうした」
「……え………?」
……どうした、って……。
「これは……こうすれば………上手くいく、って…刹那、くんが……」
「……やはり、貴様が誑かしたか」
濃厚な殺意……殺気が溢れて、その余波だけで、ヒナタは意識をやりそうになった。
倒れかけたその身体を、ナズナが支える。肩を、貸す。
「さて、何のことやら。僕は協力を願っただけですよ?」
遠くなりかけた意識のどこかで、そんな声を聞く。
倒れそうな殺意を浴びせられてるのに、挨拶でもするみたいな、軽さで。
どこかへ落ちてしまいそうな意識を、必死に繋ぎ止めた。ぐっとお腹に活を入れて、貸された肩に全力で力を込めて。
……しばらく頑張って、ようやく鮮明になった頭が、状況を確認すべく動きだす。
そしてヒナタは、前を見る。不便な、半分の視界で。
――――右目、だけで。
「――僕は協力を願っただけですよ?」
どこをどう取っても、それは嘲り。白亜刹那は、嘲笑い、裏表びっしりと文字が書き込まれた、名刺のような物を指に挟んだ。
こちらに向けられた表の中心には……“眼”、と一字。
携帯性を向上させた、口寄せの術式。まだ冷静な部分があるのかと、自分でも意外な頭でそう判断する。
ヒアシはほんの一瞬、自らの娘へと視線を移した。同じく『柏』のくのいちに支えられたヒナタは……眼帯を、していた。左目をすっぽり覆うように、ガーゼが張られただけの、眼帯。
……………っ。
ギシギシと軋む奥歯を、無理やりに開いた。
「………それを、返すがよい。我らとてカシワと争いたくはない。それとも……それが、カシワの総意か?」
「何を怒ってるのか分かりませんけど、これは僕の独断だと言っておきます。……が」
思い出したように、足下で倒れたネジを見下ろし。
「一つより、二つの方が商品価値は高いでしょうね」
そこまでだった。
『柏』と、木の葉と、日向宗家当主としての責任と、相互の関係性を配慮することの全てが脳裡から消え失せ、視界の裏側が真っ赤に染まる感覚だけが頭を占める。ただ内より沸き起こったそれに、身を任せ。
「!」
即座の踏み込み。衣を翻し、僅かに目を見開いた白亜の童子へと、柔なる拳を突き出した。唸りを上げる掌がその胸に触れようとした時、腰ほどの高さしかない矮躯が沈むように遠ざかった。
白亜刹那は背中から地へ転がり、そのまま足を跳ね上げて後転、柔らかく着地しながら距離を取り、
「……殺す気ですか? 今、心臓狙ってましたよ?」
悪いのはこちらだと言わんばかりに非難の目を向けてくる。
「どこまでも……巫山戯る気か!」
憤激を力に、ヒアシは爆ぜた。
……これが、老いか。
見る間に差を開けられたヒアシの背に、火影は内心で諦めに似た嘆息を漏らし――
「……誰じゃ、そこにおるのは」
と、追随する足を止め庭木を顧みた。
「――お初にお目にかかります」
その陰より現れた少年の姿に、瞠目。
少年は片膝を突いた最大限の礼を態度で示し、顔を上げて仄かな微笑を口の端に乗せた。
「カシワ商隊が護衛者、白亜アゲハの子、白亜刹那です。既にご存知でしょうが、どうぞお見知り置きを」
――――ゆっくりと、だが着実に、流れは絡め取られ―――
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……遅筆のゆめうつつです。筆が進みません。次も遅くなりそう……年末年始だし。
さて、日向がこうも続くとは予想外。せめて次で終わらせたいです。
そう言えばファンブックで新しく皆の書が出ましたね。運良く古本屋で見つけて中身を改めましたが……買わなくて良かった。大した情報なかったです。個人的にはチャクラの陰陽が知りたいんですけど、この調子ならいつになることか。
シヴァやんさん、おっしゃる通り、本来の刹那はマンガを読むような人物ではありません。まあ必要に駆られて、というのが理由ですが、これ以上はネタばれになっちゃいますね。
はきさん、すみません解決しませんでした。期待通り暗躍、報復行動してますが。
ニッコウさん、あはははは……設定を活かせるかどうか不安ですけどね。がんばります。
……最近『日常』と付ける必要があるのか自問しています。短編的な意味合いだったんですけど、どう考えても短編じゃないし……皆さんのお考えをお聞かせください。
では、またいずれ。今回短くてすみません。