――決行の時は来た。
三年前、我々は任務に失敗し、頭の命を失った。
日向の死体こそ難癖にも等しい外交手腕で手に入れたものの、しかしソレは何の役にも立たぬただの肉塊だった。
すぐさま話が違うと抗議すべく我々は動き――
……乱雲の役が始まった。
それは本来関わりを持たぬ我らから見ても異常な速度で、雷の国全土を裏社会の争乱に呑み込んでいった。
裏の裏を司る忍びも全面警戒態勢が敷かれた。万が一表の住人に大規模な被害が出ようものなら、即座に制圧が終わるように。
……抗争は三ヶ月で終息。一般人への被害も軽微に留まった。
マフィア、ギャングの版図は大きく様変わりし、長きに渡って小競り合いを続けてきた各勢力は一つの旗印の下に統一。大局的かつ長期的見地に立てばそれが国としてどれ程有益となるかは語るまでもない。五行と名を改めた勢力がみだりに和を乱す輩でなかったことも大きい。
……だが、そのおかげで木の葉に追及する時は失われた。
会話にはタイミングがある。政治も同じ。もうその話は過去のものとして扱われ、今更槍玉に挙げるわけにもいかなくなっていた。
だが日向の血を諦めたわけではない。国に落ち着きが戻ったと判断された先月、再び日向誘拐の命が下されたのだ。
……入念に二年もの時を準備に費やした。
見上げる先は私財の無駄遣いとしか思えないような高級マンション。広く、高い、その頂上。
事前の調べで、日向の嫡子が通うアカデミーの級友が住む家は把握してある。ここに住むのがただ二人のアカデミー生であることも知っている。
「……俺が行く。お前たちは待機だ。周囲の警戒を怠るな」
雨の中で応答が返る。天候にも恵まれた。この豪雨に紛れて国境を越えるとしよう。
『まーた悪辣な謀略練ってやがる』
一人きりのベッドに寝転がっていると、自分そっくりのしかし自分では有り得ない声が聞こえて、片目を向ける。
「……勝手に心覗かないでよ」
『俺の勝手だ。それ以外に娯楽もない俺をさらに束縛する気か?』
「縛ったところで聞きもしない癖に」
『違いない』
カラカラと笑う眩魔に溜息。まあ実害もないので放っておいてるけど、それでも思考を読まれるというのは良い気がしない。
衣装棚に備え付けの姿見に映る眩魔は、何千年もの時を生きる鏡の魔物。肉を持たぬ精神体であるが故に、寿命というものが存在しない。強いて言うなら精神の死、簡単に言えば感情や心の消失、或いは摩耗がそれに当たるわけだが……この調子だとあと軽く千年は生きそうだ。知らないけど。
『あの嬢ちゃん、日向だって? いやー、向いてないねぇ』
「優しさは忍びに一番不要とされる感情だからね」
非情にならなければ忍びの世は生きていけない。だからって優しさを否定する気はさらさらないけれど、過剰なそれはやはり有害だ。
『それで? お優しい刹那くんはこの問題にどう幕を下ろすつもりで?』
「刹那くんとか言わないでよ気持ち悪い。……心覗いたら簡単に分かるでしょ?」
『だって覗いてばかりも退屈だしよー』
「だってとか……いや、もういい。諦めた」
鏡と言うだけあって、眩魔は姿も心も千変万化。常に流動して定まらない。……早い話が、口調も姿も発案もその時の気分だ。面倒な、というか面妖な。まあしかし、根本的な思想や目的まではブレないが。
両手を組んで枕にして、ベッドに寝たまま話を続ける。
「日向の……多分ヒアシさんだろうけど、ヒナタにきつく当りすぎたっていうのがこの家出騒ぎの原因……だと思う。宗家の次女のハナビがもう三歳になる頃だし、才能は分かる人には一発で分かるから」
『才能ねぇ。向き不向きの間違いだろ』
そうとも言う。ヒナタの優しさは忍びに不向きだ。イタチのように殺せるならともかく。
ハナビの方は知識が少なすぎてはっきり言えないけど……表情を思い出す限りでは、姉よりも好戦的な性格をしているのは確かだろう。多分。
『つーかお前さっきミスっただろ。ナズナに勘繰られてるぞ』
「いや、ちょっと考え事してて……曖昧に答えるつもりだったんだけど」
ナズナの能力は、結構、と言うかかなり、凶悪。
嘘が嘘であると感じ取れるのだ、ナズナは。本能的に。
……有り得ない、とは言えないのがこの世界の常識。霊的直感ではなく仕草とか声の調子とか、あと身に纏う雰囲気やら発汗やら心拍で感じ取ってるのだとは思うが、末梢神経まで意識を届かせて身体の隅々まで掌握してる僕の挙動からどうやって判断しているのか理解が及ばない。本人も理屈分かってないし、もしかしたら魂のどこかが閻魔大王と繋がってるとか?
……検証のしようもないから、話を戻そう。
「それでまあ、勢い余って家出に至ってしまった、っていうのが現在の状況。でも日向の……少なくともヒアシさんはヒナタがここに居るのを分かってる。それどころか、光で合図してたのがヒアシさん自身かも知れない」
『さすがに日向の当主自らがそんな役を負うとは思えんけどさぁ……いずれにしても白眼の持ち主で決まりだろうよ。二メートル先も視認できない大雨の中で、知った顔を見つけるのは著しく困難だ。――白眼を持ってなければ』
白眼か……写輪眼ほどでないにしても、その性能は三大瞳術に数えられるだけはある。
光というか、やっぱりチャクラを見てると思うんだよね、あれ。普通に物を見られる理由は、自然エネルギーを見てるんじゃないかな。検証も何もしてないただの推論だけど、見るのに光が必要ならシノの身体の中に住む寄壊蟲を視認するのは不可能だし。
『つまり手っ取り早く一言でまとめると、親子喧嘩の産物でした、と』
「親子喧嘩かぁ……」
『お、アゲハ思い出したな?』
「うるさい。こっちから向こうへは鏡像消して情報届くけど、お母さんと一緒にいる鏡像は新しく分身作るどころか変化するチャクラもないんだよ」
『けちりすぎたせいで俺から話に聞くしかないもんなぁ?』
「…………」
『カッハッハ、そんな顔するもんじゃねえぞ、んん? ――いや待て、俺が悪かった。謝ろう。だから印組むな、おい、虎の印とかシャレにならんっていうかいつの間にかワイヤーで捕まってる!?』
「火遁……見よう見真似で、龍火の術」
『適当に術創るなっぎゃぁーーーっ!!』
……ふむ、即興の割になかなか上手くいった気がする。威力はさておいて、取り敢えずワイヤーを火がちゃんと伝って被害はゼロだし。
『俺に被害が大有りだっ!』
「元気だね……」
物理手段で死にようがない精神体の賜物か。痛覚はあるらしいけど。それに今の口調はシギの真似だろうか?
「ヒアシさんって堅物のイメージがあるけど、策を張ってるのとか見るとやっぱり忍びだって思うよね」
『何事もなかったかのように再開!?』
どんだけー、と聞いたことが有るような無いような単語が飛んでくるのをスルーして。
「あの人の狙いは時間を置いてヒナタの頭が冷めるのを待つことと、僕たちからの説得。僕があそこを通りがからなかったら、もしくは誘いに乗らなかったら、様子を見て連れ帰ってたと思う」
『ガン無視って悲しー……』
「それに……でもこれは考えすぎかなぁ……うーん………………ん?」
パッと身を起こす。
頭の中で走ったノイズ。円ではなく、マンションを覆う直方体のイメージにさざ波が立つ。
「感知結界に反応――眩魔」
『あいあい了解合点承知。見た感じは………男が四人。どいつも上忍クラスだな。足運びに隙がない。それにこれは、雲隠れか? 肌の浅黒い奴がいる』
どこから見ているのか知らないが、上がってくる報告で大体の事情は理解した。
「そういうことか。よくヒアシさんが納得したね。ホント、木の葉は優秀だよ」
『刹那?』
読まなかったのか読み切れなかったのか、眩魔が疑問の声を投げかけてくるが答えない。結論だけ勝手に観ればいい。
脳内情報が目まぐるしくリストアップされ推測を破棄し棄却し可決し改変し一秒で百の手をまとめ二秒で最高手を導き出し三秒で全てを決定づけそこに整合性と確実性をあらゆる側面から計算し求め理論立て算出する。
「対上忍トラップ起動、迎撃用意」
『イエッサー。お子さま二人は?』
「ちょっと眠り薬嗅がせてくる。……ヒナタ連れてきたのは間違いだったかも。不必要な厄介事になってるし」
手早く着替えを済ませ、必要な装備を身につける。
『算定演舞、か。怖い怖い。……ソレで前世の数分の一だそうだが、今の脳味噌じゃ不満かな?』
「今は今、過去は過去。無い物ねだりは愚の骨頂」
最初のうちは加減が分からずぶっ倒れたりもしていたが、それもまた良き思い出。……実験結果としてだが。
自分ではない刹那に目を移し。
「前にも言ったけど、いつか自分で話すから絶対黙っててよ?」
『はいはい、誰にも言いませんよ。それよりさっさと終わらせるべきじゃないかい?』
「信用しにくいなー……」
それでも、信じて用いるしか手はないのだが。
眩魔に必要なのは水鏡の血で。
僕が必要とするのはあらゆる力。
情報力、経済力、政治力、軍事力、戦闘力、組織力。
そこには眩魔も含まれる。鏡面より世界を覗く一つの世界は、水鏡に多くの知識をもたらした。
「知識があっても、使えなきゃ宝の持ち腐れだけどね」
カリ、と親指の腹を噛む。流れた赤い血を手の平にこすりつける。
――――亥・戌・酉・申・未。
「――忍法口寄せ」
両手を床に、チャクラがごっそり抜けてゆくのを感じながら。
「―――鏡小路の術!」
ぐにゃり、と。
世界を歪ませる。
忍びは大きな観音開きの扉に手を伸ばした。……不用心なことに、玄関のカギは開いていた。アカデミー生とは言え本当に忍びの家かここは?
内心で疑問を呈しつつも注意して足を進める。豪雨の音が中に入らないよう、扉は閉めた。
一応壁や床を確かめるが、トラップの類は見当たらない。やはりアカデミークラスの家にそう警戒することもないか。
――キュッ!
「っ…!」
床を踏んだ途端に鳴った高い音――うぐいす張り。
それに気を取られた瞬間飛来した千本を掴めたのは、日ごろの厳しい修行の賜物か。冷や汗を覚えるほどにギリギリだったが。
(……なんて古典的な――いや、引っかかった俺にどうこう言う資格はないが……)
長い針のような形の千本を床に置く。今の音で気づかれた様子もない。せっかくの仕掛け床もこれでは浮かばれまい。
チャクラを手足に、吸着させて壁を行く。この移動方法が開発されて以降うぐいす張りはあまり意味をなさなくなったのだが……まだ使う者がいたのか。
廊下故に横幅は狭く、身を屈めて壁を歩く。今さっきの例もあり、一層の注意を向けながら――
(ぬぉっ!?)
踏み締めた壁に体重を預けた足が、壁ごとずり落ちた。咄嗟に吸着を解除し残る手足で身を支えるが、床に落ちる壁紙の裏から斜めに開いた小さな穴が幾つもこちらを向いており、
――それが火を噴いた。
(ガス式の火炎放射――!)
と理解に及ぶよりも早く後退。宙を飛び、着地予定地点の床は――先ほどのうぐいす張り。
反射的に手を伸ばし天井へ張り付く。幸い炎の射程は短く、ゴォォと空気をなぶった後、すぐに消える。
だがしかし、心臓は次々と襲い来るブービートラップに暴れ狂う寸前だった。
(……なんだこの家は!?)
前言撤回。
トラップ専門の訓練施設の方がまだ可愛らしい。
木造りの椅子の上で片膝抱いて、目を閉じた姿で背を預け。
完全武装の白亜刹那は傍から見れば眠るように楽な姿勢で時を待つ。
「う~ん……突破されてるね」
チャクラに反応する感知結界。マンションの各所に張り付けられた札に意識を繋ぎ、チャクラの居所を探知する。瞼の裏で、慎重に動くチャクラを捉える。
母さんの趣味が暴走した結果購入したこの白亜邸、とにかく広い。最上階を丸々使っているのだからそれも当然だけど、パーティ用に壁を取り払ったりしたおかげで部分的に教室のような広さがあったりする。しかも所々の壁に隠し通路を制作したので、大体全てが繋がっているのだ。壁床天井どこからでも出入り可能。侵入されやすいが逃げやすい造り。
まあ抜け道はトラップの中に造ってあるのだが。一度作動した後なら簡単に通れるし。逆はきついけど。
「……外はまだ手間取ってる?」
『なかなか精鋭が来ていたみたいだぜい。この雨は雲の雷遁系術者に有利だろ』
「水は電気を通すからね。雨粒は不純物も含んで電導率悪くないし。……ちなみに出張ってる木の葉はどんな連中?」
『日向ばっか。あ、でも暗部っぽいのも居るな』
「…………ヒアシさんも心配性だね」
心配するぐらいなら最初から賛成しなければいいのに。だけど、“やっぱり”そういう作戦か。これで仮定が確定に転じた。
木の葉から出るのはともかくとして、侵入はとことん難しい。感知結界に天地全て覆われているから、入った途端に反応される。……真正面からの偽装入国が上手くいけばまた話は違うだろうけど。
そして問題は、
「何で誰もこっちに来ないの?」
『知るか。鏡面が足りねえよ。日向の当主もどっか出てるし』
「……便利だけど不便だよね、眩魔の力って」
鏡に棲む眩魔は世界を映す鏡面よりどこであろうと五感を伸ばせる。しかし、どこでも見れるからと言って“いつでも”見ているわけではないのだ。その都度一定範囲を意識する必要があるから、便利であるけどやはり不便。
早い話、いくら窓があっても眩魔の意識は一つ。ある程度分散はできるらしいが。
『肉体があった頃ならなぁ……数百キロ圏内は余裕でまとめて観てたんだがなぁ……』
「仕方ないか。それこそないモノねだりだし、自分の身は自分で守ろう」
本当は時間稼ぎだけで救援が来るのを待ってたんだけど、これじゃいつになるかも分からない。ヒナタを差し出すのに罪悪は一欠片もないが、その結果日向に、ひいては木の葉に恨まれる事態になるのはいただけない。守り通すのが最善にして唯一の正解。
『あー報告報告~。侵入者はそろそろおかしいと感づき始めているなり~』
「妥当なタイミングだね。いくら誤魔化したところで、広すぎると思う頃だろうし」
だから目を開けて、席を立つ。その背後は二人が眠る部屋。万が一あっさり破られた場合を考えて、番犬よろしく陣取っていたそこから離れる。もはや護衛は不要。ここから先は攻勢に出る時間だ。
「さあ行こうか。忍びらしく裏の裏の更なる裏まで考えて、手も足も出ぬまま謀殺してあげよう」
『……つくづく思うけどお前ってやっぱ悪役だよな?』
うるさいよ。
何かがおかしい、と思ったのは八つの扉を開け八つの部屋を過ぎ、同じ数の短な廊下を渡った時だ。
どこの部屋にも一つ二つの扉が付いている。部屋の大きさは多少の差異はあれ、大体どれも一定。
そして今開けた部屋には、前後左右四つの扉が当たり前のようにあった。
(何か変だ。建物が……広すぎる?)
最初の入口こそいやらしかった罠も、今では散発的に千本が飛んでくる程度。明らかにグレードが落ちている。そこへ現れた四方全てに通じる扉。どう計算しても、敷地面積より部屋と部屋を足した面積の方が広い――
「……っと、また千本か」
いいかげん鬱陶しく、適当に刀で払う。ずさんな仕掛け。最初の悪辣さは見る影もない。
「あんなトラップの重ね置きは余り見ないな……子供だけだから警戒が強いのか? しかしあの念の入り様は――」
とそこまで考えて、頭のどこかが警鐘を鳴らす。
(……待て)
あれだけ面倒な仕掛けを造るほど用心深い奴が、こんなちんけな罠で満足するか?
否だ。有り得ない。あの執拗さは気紛れで生まれるものじゃない。
(だと、すれば)
「っ――解!」
印を組みチャクラを意識的に乱した途端、
疑問を抱かないほど自然に掛かっていた頭の靄が、晴れた。
“正確な距離感と方向感覚”が戻ってくる。
(迂闊っ……、“家に入った時から”幻術に囚われていたか!)
恐らく密閉空間に作用する幻術トラップ。玄関口を閉めた瞬間から幻は始まっていた。
人を迷わせるタイプ。どこも似たような部屋の造りで気付かせないように。
そして罠が陳腐だったのは、同じ部屋をぐるぐると回っていたからに過ぎない。何度も発動する罠しか残されていなかったのだ。
迷いの幻術を一般家屋で実現させる手腕には驚嘆の一言だが、やられる側からすれば最悪に等しい。特に時間を浪費できない今のような場面では。
(となると目的は時間稼ぎか? おのれ…もはや一刻の猶予もない!)
時間稼ぎは増援を呼ぶため。つまり、最低でも木の葉の警邏にことは知れたと見て良い。
(急がなければ、何十もの上忍が動く……!)
焦燥に駆られ、走り出す。真正面の扉を開け放とうと手を伸ばす。
それは普段の忍びなら絶対にしないだろう行動。しかし何度となく繰り返し、罠がない扉に脳が慣れてしまっていた忍びは、警戒を忘れていた。
そして確かに、そこに罠はなかった。
しかし――伏兵はあった。
そうと気付いたころにはもう遅く、扉から刃が生える。
真っ直ぐ、心臓を狙って、突き上げるように。
「っ――!」
瞬間の動作で雲の上忍は身を捻る。脇腹を浅く切り裂いて、致命の一撃は免れる。
そう思った忍びの頭上に――影。
耳が捉えた空気の動き。反射の動作で斬り上げ、斬った瞬間それは形を失う。
「分身!?」
答えを得る間はない。頭上に気を取られた隙に先の扉から小さな影が躍り出た。
その手に血塗れた長刀を認め、姿形は関係なく強敵と断じて自らもまた刀を構え、
切り捨てた分身の残骸が、降り注いだ。
「ッギャァアアアアアアアアアアアァァァァァァアァッァァァァア―――ッ!!!」
絶叫。途方もない苦痛にのたうちまわり、それが苦痛を上乗せする。
皮膚が溶ける。肉が崩れる。神経が侵され生じたガスを吸い込み内臓までもが傷つく。
「――近所迷惑だよ」
ザク、と転がり回る忍びの頭部に苦無が突き立って、その叫びと苦痛を強制的に終わらせた。
仮にも上忍に何一つさせぬままその生命を絶った刹那に、眩魔は素直に拍手する。
『はっはっは、テメエにかかれば上忍も形無しだな』
「あのね…こんなに上手くいったのはここが僕たちのホームグラウンドで、万全の準備を整えていて、しかも相手が油断してくれてたからなの。普通に野戦で出会ってたらこんな簡単に殺せるかって言いたいんだけど、ちゃんと分かってる?」
『任せろ。全部分かった上で言ってるから』
あっそ、と投げやりに玄関へと向かう刹那に眩魔は話し続ける。
『しっかし水分身の材料に王水使うとはな。俺は貴様の発想がコワいぞ、うむ』
「……いい加減口調統一してくれない? 前みたいに」
『ヤダ。今日は気分がハイなんだ邪魔すんな』
「鬱陶しいって言うか、ウザいんだけど……」
『ウザい? 羨ましいの同義語のつもりか?』
部屋が震える。否、部屋が蠢く。
ぐねぐねと形を無くし、色を失い、僅かな明かりを反射して刹那を映す。
右も、左も、上も、下も。全て全て部屋そのものが鏡と化す。
ここに現出せしめるは眩魔の一部。
刹那の保有する大半のチャクラを掻っ食って口寄せされし、鏡の世界。
故に此方は心を覗く眩魔自身。
隠し事は叶わない。
『知ってるぞ。その口調、その性格、水鏡刹那という人格を象る全てが紛いモノであると』
床が伸び上がる。眩魔の欠片が形を変え、映し撮った姿をなぞる。
それは刹那自身。分身ではなく、変化でもない。
何千万もの心を観てきた眩魔には、中に潜む闇も光も違わず観える、映しだす。
『僕は誰だ? 水鏡刹那? それは身体の名前だろう? それは器の名前だろう? 僕の中身は何だ? 世界を超えし転生者? 繋がり求める渇望者? 僕は何を識っている? 世界の運命? 世界の歴史? 僕の識りたいことは何? 果てなき叡智? 尽きせぬ力?』
謳い上げる。歌い上げる。朗々と。響々と。
両手を広げ、それがまるで慈しむものであるかのように。
『違うだろう? 誤りだろう? 僕が真に識りたいモノ、僕が真に欲するモノ、それは――』
ズガッ! と。
眩魔の身体が千切れ飛ぶ。銀色の鏡からなる流体を撒き散らし、螺旋の傷を受け消える。
「言語過剰。結界感知。増援」
ゾッとするほど平坦な口調から無駄が消える。喜怒哀楽の一つすらない虚無の表情が口を動かす。
指先で渦巻く小さな螺旋が宙に溶け、大きな部屋を分割し小部屋としていた眩魔の身体もまた消失。
雲隠れの忍びの遺体と、化学変化で生まれたガスも伴って。
『ク……クク…………ソレがお前の本質、いや正体か。生で見るのは初めてだ。面白い』
「沈黙。悟心。来達」
『分かった分かった、黙ればいいんだろう黙れば。しかしまあ、その出来なら――』
眩魔とてその眼に映している。最上階に達し、玄関扉を開けようとする暗部の姿を。
気配が消えると同時に、元の姿を取り戻した部屋の扉が開け放たれる。黒尽くめに仮面の、暗部の一人が姿を見せる。
「――白亜刹那だな? 敵の忍びはどこへ行った?」
問いかけられた刹那は、安心したような風で振り返り。
そこにはもう表情があって、まるで人のような感情があって。
「……分かりません。外の様子を探ったと思ったら、急にいなくなっちゃって」
平然と、嘯いた。
――その出来なら、お前の人格そのものが誰かの模倣であるなどと、気付く者はいないだろうよ――
「ふぁ……刹那くんおはようです」
「おはよ、ナズナ。顔洗ったらヒナタ起こしてくれる?」
「了解です。ところで……」
ナズナはきょろきょろと周りを見、
「家具の位置が、ビミョウにずれてませんか?」
それに刹那は、フライパンでベーコンエッグ作りながら笑って答える。
「気のせいじゃない?」
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やー……っと、刹那の正体に近づく一部が出てきました。
これまでにも微妙に伏線っぽい物入れてきたんですが、納得していただけたかが不安です。ええ、思いっきり不安です。違和感無いといいなぁー。
次回はこの話の完結編ですね。日向ヒアシと話します。
……ちなみに時期としては、夏の八月のつもり。夏休みです。木の葉に四季やら夏休みがあるかどうかなん知りませんが。オリ設定ですご容赦を。
ナズナが逃げ出した時の描写は、分かりにくかったですか?
あれナズナがカマをかけたシーンなんですが、一応。
シヴァやんさん、……ハナビほとんど出番ないのに人気ありますよね。何故でしょう? さて、すみませんがそのお話は次回です。どうするかまだ決まってなかったりします。
はきさん、ほたっては九州の方言でした。ゆめうつつは九州在住なものでご容赦を。今回の刹那は巻き込まれた側です。黒いは黒いですが暗躍ではない……のかどうかはゆめうつつも疑問ですがさておいて。最後のところは、まさにギャグ空間ですね。何やら()の意味がなくなっていますが、まあナズナもまだ成長段階なので、どのように成長するかゆめうつつも楽しみです。……算定演舞の予想は、JOJOネタが誰のことか分かりませんでしたが(一回しか読んでないので)、多分どれもはずれだと思います。
ボンバさん、成長しました。しかしまだ発展途上なので悪しからず。
RENさん、しっくり来ていただいたようでなによりです。油断したの部分は上に書いとりますのでそちらを。
……不定期更新ですみません。