「土砂降りだねぇー……」
雨、雨、雨。豪雨。まさに天地のひっくり返ったような。
木の葉は水はけが良い土地だから洪水の危険性は低いけど、いざとなれば忍びの土遁会得者が出動するだろう。
シギと話し込んでいたら随分遅い時刻になってしまった。早く帰らないとナズナに恨まれるので、広げた傘から際限なく落ちる雨滴を眺めながら、家路を急ぎ、
「――?」
振り返る。夜闇に街灯が仄白く、雨を透かしている。
耳を聾するのも雨音ばかりで、他には何も聞こえない、けれど……
「――あ」
光った。雷とは違う、人工灯がチカチカと、光り、消える。
「……誘ってる?」
誰が? 何故?
「うーん…」
この豪雨の中で、誰が自分にピンポイントで誘いをかけるのか。
「………、出るのは蛇か薬か、それとも音か」
さすがにこの時期、大蛇丸が入り込んでるとは考えたくない。それでも警戒は怠らず、今また繰り返された点滅の元へ足を進めた。
この雨だ。誰かに目撃される可能性は限りなく低い。敵なら死をプレゼントする、それだけの話。
踏み行った先は狭い公園だった。砂場しかない。その砂場も、半分以上はお椀を逆さにしたような、中が空洞の遊具に占められて、何とも中途半端。
高さからして光はその遊具の上から放たれたようだが、そこには誰も居ない。無言で近づき、すぐ側まで寄って、刹那は、今にも消え入りそうなすすり泣きを聞いた。
「……誰か居るの?」
トンネルのように穴が空いた、ドーム上の内側を、呼びかけながら覗き込み。
「……あ」
光よりもチャクラを視ることに特化した眼を持つ少女が、びしょ濡れで、震えて。いつもは真っ白な両目が、心なしか充血していて。
少々の驚きを持って、その名を呼ぶ。
「………ヒナタ?」
「せ……せつ…なく………ふ、ふぇ…ええぇ……!」
「わっ、ちょ――ねぇ、ヒナタ!?」
真っ暗闇の豪雨が余程心細かったのか、僅か七歳の少女は堰が切れたように泣き出して、しがみついてきた。
小さな身体は雨雫に体温をすっかり奪われ、冷え切って。このままでは風邪どころか、下手すれば肺炎でそれはちょっと致死率的にかなりマズい。
「分家でも宗家でも、とにかく日向の誰かに迎えに来てもらわないと……」
立ち上がろうとして、服の裾を引っ張られ、たたらを踏む。何かと思えばヒナタがぶんぶん頭を振り、はっきりと拒絶の意を示していて。
「ヒナタ……?」
身を震わせる少女を困惑の色で見ていると、おかしなことに気づく。
日向とうちはは里の中でも最有力の二家であり、互いに最強を譲らないがために仲がよろしくない。
住み分けもきっちりと里の正反対。しかしここはうちはにほど近い公園で、日向の地区からは例えアカデミー生でも相応の時間がかかる場所である。
そんな場所に、こんな時間に、ヒナタがたった一人で居ることの不自然さ。
白眼を使えるならば、限定空間内で子供一人、それも宗家の嫡子を捜し出すことなど造作もないはずなのに。
「……ねぇ、ヒナタ」
よしよし、と頭を撫でて落ち着かせ。
「もしかして……家出?」
ビクッ、とその肩が震えて、分かりやすい反応で。
三十秒程を思考に費やし、刹那は提案する。
「うちに来ない? そのままじゃ風邪引くよ」
だ……大丈夫、だから。じゃあ大丈夫な根拠は? ……えと、迷惑だし。ヒナタに倒れられる方が迷惑。で、でも。ああもう、これ以上ごねるなら気絶させてでも連れてくから、注意して言葉選んでね。………じゃあ、誘拐? ………………。
そんな遣り取りを済ませた刹那が、遠慮するヒナタを無理矢理負ぶって連れ帰り、現在。
「刹那くん遅かったですね。ナズナはお風呂先に、入っちゃい…まし……た……」
ノックされた玄関のロックを解除しドアを開けたナズナのセリフは、少年の背にある少女を認めて尻すぼみに消えていき、
「あ、丁度いいタイミングだね。ヒナタ、お風呂沸いてるって」
「だ、だけど…その……」
「拒否したら気絶させた挙げ句丸洗いの刑だからそのつもりで」
「……だ、だからどうして……! さっきもそんな風に強引に――」
「強引に……何なのですか」
おどろおどろしい、奈落から這いずってくるような気配と声に、刹那は何を思うでもなく、ヒナタは顔面を蒼白に変え、自分を背負う少年の背に隠れ。
それがまたナズナを刺激して止まない。
「刹那くんの手料理を味わうため、お腹を鳴らして何も食べず、けなげに待っていたナズナをほたって何をしていたかと思えば――!」
どこからか取り出したハンカチをうるうると噛み締めて。
「二人っきりでイチャついた上、強引にナニをされる関係に至っていたと言うのですか……!!」
「……ナニって何?」
刹那の疑問もこの時ばかりは届かない。
「うかつ……いえ一生の不覚です! まさかこんな大人し草食地味系少女が最もけいかいすべき女ギツネだったとは……!」
「じ、地味……」
ズーンと日向がへこむ。ナズナは悪い意味で舞い上がる。
「うう……こうなってはナズナは略奪愛に生きるしかないので、す、ぅ…ううう~……っ」
キッ、と愛人が正妻を睨む嫉妬の目で、いつしか玄関マットにくずおれていたナズナはヒナタを見上げ。
「でもここは、ナズナと刹那くんの家なのです。愛の巣なのです! そう簡単にしきいはまたがせませんからっ!」
「はいはい、与太話は後でね」
と、あっさりまたいでいく刹那。
「あ、あああ、スルーしてかないでくださいぃ……」
…………ぽちゃん。
天井から水滴が、湯船に落ちて波紋を造る。
ちゃぷん、と指を動かしたら、その波紋も消えてしまう。
暖かい。冷えた身体に、心地よい。
「………はぁ」
衝いて出たのは溜息か、快適さから来るただの吐息か。
こうして、のんびりとお風呂に入っていられることが不思議だった。今夜はあそこで過ごす覚悟もしていたのに。
「……………刹那くん、か」
転校生……じゃなくて、編入生。留学生でも良いかもしれない。とにかくそういう肩書きの、クラスメイト。
あんまり、話したことはなかった。でも色んな意味で目立つ人だから、つられて見てたことはたくさんある。
頭が良い。体術も平均よりずっと上。いつも笑ってて、面白いことは更に面白くするのが好き。……悪く言うと、引っかき回して楽しんじゃう性格……。
それと結構、世話好き……かな。
最後のはよく分からないけど…………優しい、とは少し違う気がした。
「…………少しどころか、全然違うかも……」
ほとんど脅しみたいな、強引なやり方で連れてこられたし……だから、優しいじゃなくて、世話好き。……でも、これも何だか違うような――――
「ヒナタ、湯加減どう?」
「―――ちょ、丁度いいよっ」
曇りガラスの向こうから、タイミング良く(悪く?)刹那くんの声。
驚いたのを上手く隠せたか、少し気になった。
「着替えとタオル置いておくから使ってね。それと、ナズナに何を言われても気にしないように」
「……ナズナちゃん、怒ってた?」
「どうせ勘違いだから、好きなだけ怒らせてみようかな。後で教えた時にどんな顔をするか楽しみだよ」
「…………」
そっか……ナズナちゃんも被害に遭うんだ。
普段は血の上りやすいナルトくんやキバくんが犠牲になってるけど………早めに、誤解を解かないといけないなぁ……。
「……あの女は何ですか」
「クラスメイト」
「何で連れてきたんですか」
「面白くなかったから」
「……刹那くんの面白いの基準が不明です」
「ふふふ、妬いてるのナズナ?」
「そっ、そんなわけないのですっ! へへ変な誤解をしないで下さるがいいですよっ?!」
「口調崩れてるよー……? まあ取りあえず、本当の理由としては」
「……理由と、しては?」
「僕を思い通りに動かそうってのが気に入らない」
「相変わらず意味が分からないのですよぅ……それと、一応聞きますが」
「うん?」
「家出の理由にこころあたりが?」
「さあ? まだ何も聞いてないけ…ど……」
刹那の言葉が途中で途切れ、振り返るとナズナは既に逃亡した後だった。
「…………やられた。ちょっと油断したかな、これは」
困った風に頬を掻いて、そう呟いた。
「さあ食べろ。食べ尽くせ。残したらくすぐりの刑」
「……ゆうげんじっこうなので、残さないほうが身のためですよ?」
「………う、うん。がんばってみる」
とても豪勢な晩御飯。いつの間に作ったんだろうって、驚くぐらい。
身体の温まるスープや舌にピリッと辛い料理は、私のために作ってくれた献立なのが分かるから……なんだかすごく申し訳ない気分にさせられる。
美味しかった。残すなんて考えられなかった。
家の食事とは趣が違ったけど……洋食? も悪くない。ううん、すっごくいい。
「……ごちそうさまでした」
「片づけはナズナの担当だからそのまま置いといてね」
「あ、あのっ……片づけるのは、私も…」
「じゃあナズナを手伝うがいいです。ふふふふふ、ヨゴレ一つ付いてたら火刑に処すのです」
「……それは魔女裁判だよナズナ」
「まじょ……?」
知らない言葉が出てきたけど、聞く暇は全然なかった。
食器洗いが終わった後、どうしてか雑巾がけと窓拭きが始まって……洗濯物の畳み方と、アイロンのかけ方と、料理の味付けと……あれ? 私何か質問することがあったような……?
その間に刹那くんは、机の上でノートに何事か書きつけていた。こっそり覗いてみたけど……無理。忍術の構成理論なんて理解できる方がおかしい…はず。頭だけなら、刹那くん飛び級できるんじゃないかな。
「おーい、いつまで掃除してるのー? もう寝る時間だよ」
「ふ……ふふ、なかなか……やりますね」
「ど、道場の雑巾がけは…基本だから……」
「そのあたり日向は厳しいんだね……健全なる肉体は健全なる精神に宿る、かな?」
ええと…父上がそんなことを言ってた気がする。
「さて、ヒナタが寝るところだけど……ナズナ、一緒に寝てあげて?」
「ナズナは刹那くんと一緒に寝ます! 女ギツネは仕方ないのでナズナのベッドを貸してあげるのです!」
「それじゃヒナタもおいで。三人で寝てもまだ余裕がある大きさだから」
「え……え?」
「だっ、ダメなのですっ! 女ギツネもといヒナタちゃんと一緒に寝させるわけにはっ?!」
「じゃ、二人で寝てね? お休み~」
「そんな!? あ、ああ……今日は、厄日なのです……」
「その…えと……ご、ごめんなさい」
「………今夜はゆっくり寝れると思うなですよ」
「ひぅっ…!」
ナ…ナズナちゃんが怖い……!
……と、思っていたけど。
予想に反してナズナちゃんは何もしてこなかった。柔らかいベッドに横になって、背中を向けて不満をアピールしてたのが、逆に可愛く見えてしまって。
「…何か失礼なこと考えてませんか?」
「ぜっ、全然、考えてないです…!」
ものすごく勘が良いのが分かったから、余計なことは考えないように気をつける。
電気を落とした室内に、静かな、居心地のよい沈黙。
ベッドと聞いて、保健室にあるものを思い浮かべてた私は……部屋にあったそれを見て、とても驚くことになった。
何より、大きい。そしてフカフカ。松風先生の貸してくれるベッドとは、月とすっぽんぐらい差があった。
……私も、これ欲しいな。
「……ナズナちゃん、聞いても…いい?」
「変なことじゃなかったら、いいですよ」
「うん……刹那くんの、ことなんだけど」
「絶対あげませんから」
声に真剣な色があって、慌てて訂正する。
「そ、そうじゃなくてっ……その、何で、聞かないのかな、って…」
「……家出の理由ですか?」
「…………うん」
普通、どんな人でも、聞くことだと思うのに。
刹那くんは、最初に家出だって確認してから、何も聞いてこない。
どうしてなんだろう。どうして、何も聞かないんだろう?
「……刹那くんは秘密主義者で、じんじょうじゃないぐらいたくさんの隠し事をしてますが」
「…そ、そうなんだ……」
「大抵のことは任せておけば片付きます。というか、いつの間にか片付いています」
「へ、へー……?」
「何が原因でヒナタちゃんが家出したのかナズナは知りませんが、刹那くんは知ってるようですよ?」
「ふぇっ?」
「さっきカマかけてみたので確実です」
か、確実って……何で!?
私、何にも説明してないよっ?
「話を聞いてほしいなら、明日の朝刹那くんに話せばいいのですよ。それと、トイレに行きたくなったら必ずナズナを起こしてください」
「え……な、何で?」
「夜寝てからはトラップが作動するのです」
ト、トラップ? 家の中なのに!?
「勝手にうろつかれると、命の保証ができないのですよ……それじゃ、お休みです」
「…お、お休みなさい」
……なんて、怖い家なんだろう……。
日向の本家だって、そんなことしてないのに……警備はいるけど。
――出来損ないがっ!
「っ……!」
「どうかしたのですか?」
「な…何でも、ない……」
「……」
そう、答えたのに。
溜息を吐いたナズナちゃんが、身体をこっちに向けて。
……私を、抱きしめた。
「ナっ、ナズナちゃん!?」
「…一ついいことを教えてあげます。ナズナは何となくですが、人の嘘が分かるのですよ」
「え……?」
私の声に答えるように、また、ギュッと。
「ナズナは刹那くんと一緒にいたくて、木の葉のアカデミーに通ってるわけですが……覚悟を決めても、夜一人で寝てると、偶に寂しくなるのです。そういう時は、いつも刹那くんのベッドに潜り込むのですよ。……まあ、ここにはナズナしかいませんし、仕方ないので、胸を貸してあげます。せいぜい泣いて感謝するがいいです」
「…………ありがとう、ナズナちゃん」
返事は、返ってこなかった。
代わりに心臓の音が、トクン、トクンって、触れる胸から響いてた。
朝の曙光が瞼の裏をくすぐって。
香ばしい匂いに目が覚めた。
隣を見ると、ベッドはもぬけの空。起こしてくれれば良かったのに。
「ん……!」
ベッドから降りて、大きく伸びをする。家にいた時は、寝坊なんてできなかった。朝の修行が待ってたから。
「起きたのですか?」
開いたドアから、ナズナちゃんが顔を覗かせる。手に……おたまとフライパン。
「ああ、これですか? せっかくなので刹那くんにはできない起こし方を試したくて」
「……うん、何でナズナちゃんが残念そうにしてるのか大体分かったよ……」
怖いというか……油断ならない家だよ、ここ。色々な意味で。
「それと食べ終わったらヒナタちゃんの家に行くそうです。どこかの家出少女がちゃんとお家に帰れるよう道場やぶりだとか何とか」
「道場……破り……?」
………………え?
「そっ、それって……!」
「……まあ、刹那くんですから。どうせまた悪だくみしてるに違いないですよ。行きたくないとか抜かしたら首に手刀入れるそうなので、そこは安心してください」
「どこをどう安心するの!?」
「ナズナの知ったことじゃないのですよー。ご飯冷めますから早く来てくださいね?」
パタン、とドアが閉じられるのを見送り。
私はちょっとどころでなく、呆然と立ち尽くしていた。
……私、生きて帰れるよね…………?
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…はい、一月ぶりです。ゆめうつつです。
書くネタはあってもキー(筆)の進まない今日この頃、いかがお過ごしでしょう?
新型インフルに悩まされたりしてますか? ゆめうつつは現状無問題ですが、今のところでしかありません。皆様ご注意を……。
で、今書いてる途中なのは日常編……つまりは本来脇道の話なのですよ。いい加減消化しきれてない伏線やネタを消費したかったり……でもそれで話の構成が崩れるのもいやというワガママ。
うーむ、モチベーションが持続するいい方法ってありませんかね……?
00000さん、あー…実は我愛羅が家族旅行に来た時単独で白亜邸を訪れる…というのも書こうかと思ったんですが、オチが決まらないのでやめにしました。キラービーは……セリフ書くのが難しそうだなぁ。
シヴァやんさん、イエス、詐欺です。後日談的なことも書こうかと悩んでいます。
ニッコウさん、不完全ですか……。でも未来のIQ200とは言え八歳児に負けるのも何やらと思うのですよ。
RENさん、うーん、難しいところ突いてきますね。そのうち作中でも出そうかとも思いますが、まあフライングも有りでしょう。ゆめうつつの所感としましては、RENさんの言う極度集中、火事場の馬鹿力、どちらでもありません。近いのは極度集中ですが、別に反応ができるのではなく、現在進行形で見聞きした事象から未来を予測計算し、それに合わせた対応を取る、ですね。思考処理の高速化、少ない時間で多くのことを考える能力を、突き詰めたものとでも言えばいいでしょうか? 納得いかなければ更なる返信をどうぞ。次の更新時にお答えします。……実は算定演舞にはまだ隠し設定があったりするのですが……その時を楽しみにどうぞ♪
はきさん、どうも、はじめまして。ナズナの寝言は今回使えませんでした……次の機会をお待ちください。人柱力、我愛羅、前世、木の葉崩しなどなど、たくさんの疑問点をお持ちくださり恐悦至極ですが、全部ネタばれになりますのでお答えするのはどうも……。ただ、木の葉崩しは実行させようと思っていますので、そこだけはご安心をどうぞ。
かものはしさん、あはははは、ゆめうつつも出しどころに困っている忍タマのおっちゃんですか。いずれ重要なポストに入れるつもりで出したのですが、こいつの前世ネタも処理しなきゃとか、まあ色々あるのでそのうち登場させますよー。これからを乞うご期待っ、みたいな?
ちなみに、今回の話はミクロスさんのお題から発展させてみました。
次回に続きますが……どうでしょう? 微妙に違う気がしないでもない……