嬉しさを識った
楽しさを識った
ここでの僕は、『人』だから。
「さて、今日から血継限界の授業を始めます。しっか付いてきなさい」
「・・・・・・はい?」
朝食の焼き魚を口にくわえ、僕こと白亜刹那は寝耳に水の話に珍しく硬直した。
本格的に始まった修行で何が大変だったかと言えば、チャクラの生成に尽きる。
体力と精神力を混ぜ合わせた万能のエネルギー。
・・・・・・僕の中ではそういう風に定義されていたのだけれど、精神力とはなんだろうというところで躓いた。
一週間悩み続けて、結局深く考えずに感覚でやったら上手くいったのだから理論を重んじる僕としては情けない限りだったりするが、まあいい。
とはいえ1度できたら後は簡単だった。僕はもともと『把握』することとそれを実際に『操作』することが大の得意だったから、チャクラを把握して1月後には微細なコントロールも可能となった。これによりエネルギーの効率化をしなかったとしても、幼児期の肉体では異常な身体能力を手に入れた。・・・・・・大人並みの力出すと、チャクラすっごい喰うけど。母さん曰く、チャクラの総量は平均よりそこそこ高いぐらいだから、身体が成長するまで接近戦は避けた方が無難だ。
ゴールなき地獄マラソンから早一年。
母さんが前振りなく血継限界の修行を始めると宣言した。
「・・・・・・ていうか、白亜って血継限界だったの!?」
「そうよ。まず基礎を確立させたかったから黙ってたの」
ごめんね、と悪びれず舌など出す仕草は、間違っても4歳の息子に向けるものではないと思う。
だが実際の問題として、そういった所作をさせる原因が僕にあるというのが頭痛の種だったり。
およそ10ヶ月前。
『カシワさん、何やってるの?』
『お?刹那の坊主か。これはな、今回の行商から出た収支計算じゃ』
『ふ~ん・・・算盤は使わないけど、使い方は知ってるよ?』
『わっはっは!それじゃその内うちの会計を任すことになるかも知れんな。坊主にはまだ難しいだろう』
『そんなことないよ。それより、その計算間違ってるよ?』
『・・・・・・何じゃと?』
『収入のとこの上から7番目、桁が1つずれてるから、本当は黒字なのに赤字の計算になってる』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・むぉ!?本当じゃ!』
『ね?』
『ふむ・・・・・・どうやって気づいたんじゃ?』
『え?普通に足し算と引き算しただけだよ』
『・・・暗算でか?』
『だって、算盤使うより頭の中で計算した方が速いし』
『・・・・・・ぷっ・・・くくく・・・おいお前ら、ちょっと来てみろ!』
・・・・・・てな感じで僕の頭の良さと精神的な成熟度がばれて、母さんは母親というより友人みたいな態度を見せるようになった。そのことは別に悪いことではなく、むしろ堅苦しさが消えて親子の中をさらに深めることができたと思う。カシワさんも計算の最後には必ず僕に確認するようになって、隊の中では会計補佐みたいな立場を任されていた。
そのようなことがあって前より砕けた態度で接しているが、母としての愛情はかけらも薄れてないので僕個人として文句はない。・・・・・・ないのだが、ないのではあるが、
・・・・・・もう少し、ましな行動してもらえないかなぁ・・・なんて。
お茶目というかなんというか、母さんこと白亜アゲハは、残念なことに息子の驚く顔を見るのが大好きという奇矯な趣味に目覚めていた。
・・・・・・ように、思える。いや、それしかない。
手裏剣をよける訓練で煙玉を使ったり、
気配を消す訓練で吸血蝙蝠の巣に放り込んだり、
はい、と渡された苦無に着火した起爆札がくっついていたり・・・・・・
もう殺す1歩手前何じゃないかと思うことがしばしば(しょっちゅう)。
・・・・・・驚く顔じゃなくて、慌てる顔かなぁ?(汗)
僕だから全部乗り越えられたけど、普通の子供は風切り音から手裏剣の位置を特定したりできないよ?
そして今日も今日とて――幾分ましだが――いきなり血継限界であることを告げられたりともうやりたい放題な気が。
・・・・・・やられる方としてはたまったもんじゃない。
「・・・で、基礎が合格点に達したから血継限界の修行に移る、と」
「そういうことね」
「【白亜】の血継限界はどういう力なの?」
「百聞は一見に如かず。修行の時まで待ちなさい」
わざわざ話して期待させておきながら説明はしない。
理不尽だ。
商隊の手伝いが終わり、やっと始まる修行の時間。時刻は昼過ぎ2時ぐらい。
カシワ商隊は現在岩の国を通過中なので、修行場所は必然的に近くの岩山となる。平地や街中では一般人に見られる可能性が高いからだ。
――よく見ておきなさい。
巨岩が並ぶ周囲から隠された空間で膝を突き合わせ、母さんはそう言って、見えない何かを上下から挟むように胸の前で両手を構えた。
瞬時に練り合わされたチャクラが両手の狭間で収束し、薄く引き延ばされ、紛う事なき真円と化し、眼前の僕の顔を映し出す。
まるででもなんでもなく――それは鏡だった。
「これが【白亜】の血継限界、【水鏡】よ」
「・・・・・・何に使えるんですか?」
「それを話す前に言うことが1つ。この【水鏡】を見た人間は、黙秘できる者を除き確実に殺しなさい」
「っ・・・・・・!?」
「それが、貴方のため」
水色の瞳は、いつになく本気の色が強かった。
「・・・・・・理由を、聞かせてください」
修行の時だけ用いる敬語で、険しい瞳を自らの師に向ける。
「・・・・・・白亜という姓は、偽名なの」
「・・・・・・え?」
「約100年前、私達白亜は多くの忍びに狙われていた。遺伝子的に子をなし難い身体の私達は数が少なくて、数の暴力を前に全員が生き残るのは不可能だった」
いきなり始まった昔話に、僕は耳を傾けた。
「私達の血継限界【水鏡】は、あらゆる事象と存在を映す至高の鏡。・・・詳しくはまた今度話すけど、とにかく狙われていた私達は、ある賭けを実行に移した」
――一族の中で最も優秀な男女2名を残した、捨て身の戦法。
彼らが扱える中で最大の破壊力を持つ術を使っての、自爆戦術。
目論見は成功し、当時彼らを狙っていた忍びの集団は尽く壊滅。一族のほぼ全てを犠牲にし、二人は生き残った。
「・・・・・・今まで私達のことが世に知られたことはない。けれど、知られた瞬間から狙われ続けるのは目に見えている。私は・・・私の息子にそんな道を歩ませたくはないの」
話はそれで終わり。そう言った母さんは、どこか後悔しているようにも見えた。まだ話すのが早すぎたと感じているのかもしれない。
けれど・・・僕にとっては・・・・・・・・・・・・大したことじゃ、ない。
「そんなの、簡単な解決法があるよ?」
「・・・・・・?」
「僕が、他の誰よりも強くなれば良いだけ」
「っ!!」
驚いた顔の母さんは、考えてみれば見たことがないので貴重だったかもしれない。
「強い忍びに手を出すのは、同じくらいか、それ以上に強い忍びだけ。だったら、誰よりも強くなれば良い」
それは、1つの極論。
しかしそれ故に――間違いではない。
「忍びとして目指すものが1つ増えるだけですし」
「だからって、最強になれるとは限らないのよ?」
慌てたような母さんの顔。・・・・・・ああ、確かに。人の驚き慌てふためく表情は、かなり面白いかも。
「はい。現状では不可能なんです。だから、」
――早く血継限界の使い方教えてください。
そして浮かべるのは、この世界に来て識った本当の笑顔。
それを前にした母さんは―――
本当に、何故か。
悲しくもないはずなのに。
今にも、泣き出しそうだった。