旅行――徒歩または交通機関によって、主に観光、慰安などの目的で他の地方へ行くこと。
家族――血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎に成立する、小集団。
……つまり家族旅行とは、血縁関係を持つ小集団が、観光か、慰安へ赴くこと……か。
そこでひょい、と摘まれて、手を放れる分厚い冊子。
「辞書なんか持ってきて何調べてるかと思ったら……」
仰いだそこに呆れ気味の顔を見つけて、む、と我愛羅は低く唸った。
「……悪いか」
「悪くない悪くない。むしろ良い。知識の探求はそれだけで価値があるよ」
ぱらぱらめくって、水色の瞳が文字を見る。それだけで、もう記憶は終わり。
辞書数ページ分を暗記するのに、要した時間はたかが数秒。
だけど、といつか目の前の友達は言った。世界中探せばその程度、できる人間はいくらでもいると。
だから、とそれに続けて刹那は言うのだ。記憶したことを、いかに使いこなせるかが大切なのだと。
「………刹那は……何がしたい?」
「え? どうしたのいきなり」
「……いや、いい。忘れてくれ」
目を丸くする友達に、我愛羅は片手を振ってごまかした。
少しだけ、気になったのだ。
膨大な知識を使いこなす刹那が、何を為すために自分たちを旅行へ連れ出したのか。
風影と二人で何を話し、何を企んでいるのか。
間違ってもイタズラ程度で済む問題とは、我愛羅でさえ思っていないが。
「それで、調子はどう?」
「…………………見て分からないか」
「……ごめん。ちょっといじわるだった」
「………悪いのは、俺の不甲斐なさだ。気にする必要はない」
そう、刹那に責はない。これはただ自分の力が及ばなかったがための惨状。
持ってきた辞書を眺めていたのも、無力感に苛まれたが故の逃避。
まさか、世界にこれほど手強い敵がいるとは……
「強敵だ。……刹那、どうすればいい?」
「どうすればって………」
大抵の疑問に即答する刹那が、珍しく言い淀んだ。
やはりこの敵に弱点などはなく、自分の力を以て切り開くしかないのか。
水面を睨み付け、しかし良案も浮かばず苛々と、我愛羅は砂を蠢かす。
「……一つだけ、思いついたはついたけど」
「是非とも、教えてくれ」
いっそ砂を固め底から丸ごと持ち上げるかと勘案していたところで希望の光が届き、わらにもすがる気分で訊ねた。
術に頼るのは可能な限り避けるべきだということは、常識を考慮に入れることが少ない我愛羅とて分かっている。
だがこの敵は手強く、三時間と戦い続けているのに成果は零。プライドが邪魔をし、退くにも退けない。刹那の助言は、正直言ってありがたかった。
「うん…………それじゃ、言うけど」
水色の瞳が見るのは我愛羅の手元。
そこに握られる、長く細いよくしなる一本の棒。先には、糸と針が括り付けられている。
たどって、水面の方へと目を移し、糸の周囲で砂が待ち構えているのを見て取って、刹那は苦笑半分、呆れ半分に腕を組む。
「我愛羅、殺気出し過ぎ。それじゃ魚どころか虫も寄り付かないから」
「………………!!」
驚地動天震天駭地。
落雷の如き衝撃に、ふらりと我愛羅の身体がよろめいて。
ちゃぽん、と池の中央で、嘲笑うよう、魚が跳ねた。
時は、うちは里抜けから僅かに巻き戻り、火の国豊かな森の中。
風影の一家は発案者たる一人を加えた計五人で、野宿という名のキャンプを実行中。
「サバイバル訓練と変わらねえじゃん」
「というか、同盟国とは言えここは他国だぞ? 安全対策はどうなっている、刹那」
「気にしたら負けって言葉、知ってる?」
冗談が通じなかったのか、扇とカラスを構えられたので素直に答える。
「こっちには風影が居るんだよ? その上で狙うとなると、余程自信のある奴かただのバカか、もしくは命が惜しくない奴だけだね」
「……たくさん居そうじゃん」
「で、父様――もとい、肝心の風影様はどこに?」
付近に見当たらない人物の所在を訊ねられ、あっけらかんと刹那は笑い。
「歓楽街のバーに入っていくのは見たよ」
「全然抑止になってないじゃん!!」
「一番近い街まで三時間はかかるぞ!? 滅茶苦茶危険じゃないか!」
何を考えているんだと叫ぶ二人にまあまあと。
「こっちには我愛羅もいるし、そう危ないこともないと思うけど」
「そうは言うがな……」
「……あ、怖いんだったら街の役人に保護を頼むって手も――」
「ふざけるな、じゃん」
「そんなことは私たちの矜持が許さん」
……まあ、扱いやすい人種で良かったと、刹那は内心安堵の息を。
そもそもの話、街と森とで危険は大して変わらなかったりする。ナルトがイタチに狙われた時みたく、相手がその気なら何処にいようと一緒だ。
街の役人ごときで警護が成り立つわけもないし。
「ところで……頼んでおいたものは?」
「う、」
「それは、その……」
途端に歯切れの悪くなる姉弟。何でだろう。別に難しいことは頼んでないのに。
「まさか、一匹も終わってないなんてことは」
「「………」」
呆れた。ナルトやサクラ、はたまたヒナタじゃあるまいし。
「何でウサギ一匹捌けないんだか……」
「し、仕方ないじゃん! 普段は携帯食で終わらせてるし!」
「あのつぶらな目で見つめられると、こう、罪悪感に押し潰されそうで……あああ! 無理だ!」
……何だろう。こいつら残忍とか容赦ないとかって設定じゃなかったっけ?
小動物に懐柔されてどうするのさ……
「……もういい。そのナイフ貸して」
「え? あ、おい!」
カンクロウからナイフを奪い取り、捕縛され四肢を縛られた三羽のウサギと二羽の小鳥の元へ。
ふるふると茶色の毛に覆われた身体震えさせ、黒真珠のようなつぶらな瞳で見上げてくる。まさしく愛玩動物。愛らしい。
しかし、肉であることに変わりはないのだ。
と、いうわけで。
「えい」
ざく。ぶしゅ~~。
「「ぎゃあああああっ!!」」
「ほら、こうやって大動脈を切り裂いて、しばらく逆さに吊しとくんだ。血を抜かないと不味いし、お腹壊すかもしれないし」
言いながら近くの枝に紐を引っかけ、次なるウサギへ血塗れたナイフを、ざくり。ぶしゅ~~。
「「ぎゃあああああっ! 血が、ウサギがぁ!」」
あんなの無視無視。捌き方は知ってるけどウサギって食べたことないんだよね。
本には美味しいってあったけど……どうなんだろ?
ざく。ざく。ざく。
手際よく血抜きを済ませる。抜き終わったのから皮を剥ぐ。内臓を抉る。適当なサイズに分割し、長めの苦無に刺していく。
次。鳥。羽むしって後大体一緒。……よし。あ、ちょっと血が跳ねて顔にかかったけど、まあいいや。
「こんなものかな。…あれ、二人ともどうかした?」
何か、この世の終わりでも見たように打ちひしがれていた。
絶望しきった表情で地面に手を付き、テマリとカンクロウは憔悴を浮かべて項垂れ、その口からは恋人を失ったヒーローの如く悲運な怨み節が。
「鬼……悪魔……人でなし……」
「慈愛の欠片もないのか冷血漢め……」
「……普通でしょ?」
「「どこがだっ!」」
えー、だって店にあるお肉は誰かがこうして処理した物だし、必要なら自分で調達する人たくさん居ると思うんだけどなー。こんな世界だし。忍者だし。
「おまっ、お前っ、自分の容姿考えて言ってるかじゃん!?」
「鏡見たこと無いとか言わないな!? それを思い浮かべた上で自分の行為を振り返ってみろ!」
容姿……?
えっと……水色の、首の辺りで切った髪で、前髪は目にかからないように切ってて……お母さんは何でか伸ばすよう言ってくるけど……身長は、年齢的には平均よりちょっと下。リーチが短いのは喜ばしくない。……で、細身な手足……筋肉が付きにくくて困る……小綺麗な容貌は……舐められやすい、けどそれを利用して隙を突けるかも……。
考えてみると、身体的な不利が目に付くなあ……チャクラも少ないし。まあ、それは『僕』が原因みたいだけど。
そういう容姿の、八歳程度の子供が、赤く濡れたナイフ片手に小動物を切って抉って、内臓触ったから手も血まみれで顔にも少し散ってて……
「……うん。特に異常は見当たらないね」
「「大有りだっ!!」」
どうしてだか全否定されて目をぱちくりと。
どこか、おかしいだろうか? いやそんなはずはない。猟師とか肉屋ならやってることだ。
……ダメ。何が問題で異常なのか理解不能。
「……まあ、いいや。ちょっとこの周りにトラップ仕掛けてくるから、お肉取られないよう見張っといてね」
気にした風もなく、その場を離れるけれど。
内心、すごく悩んでいたり。
……食料調達の何が悪いんだろう?
「分かってない…あれは絶対分かってないじゃん……」
「だな。お持ち帰りされそうな男の子が、ナイフ片手に返り血浴びて……」
………猟奇的光景だろう、充分に。
「しかも……」
「ああ……」
「「笑ってたし……」」
「ねえ我愛羅、僕って非常識かな?」
「…何の話だいきなり」
一巡りして、上から硫酸の降り注ぐ罠と結界法陣を張り巡らせ(費用風影持ち)下手な砦より危険度を格段にグレードアップしたのち、再度訪れた綺麗な池で釣りを続ける我愛羅についさっきの説明をして聞いてみた。
すると我愛羅は、ないに等しい表情を訝しげに歪め。
「……それの何が拙い? この世は全て弱肉強食……喰うか喰われるかの世界で、食べるために殺すことの何が悪い」
「やっぱり、そう思うよね。……どこが不満なんだろ」
それは質問する相手が悪いと、シギがいたらつっこむであろう。
「だが…刹那が非常識かという問いには……その通りだとしか答えようがない」
「………うん……まあ、それはちょっと自覚あったけど」
「強いて言うと……刹那のそれは非常識ではなく…………常識破り、だと、思う」
池の方を向いたまま、途切れ途切れに我愛羅が言って。
気を遣ってくれた!? と、刹那は内心喫驚する。
「それに……俺は刹那が非常識だったおかげで、こうしてここにいる」
「!」
「そうした意味では……常識破りの、非常識で………良い」
「………。……ふふ、ありがと我愛羅」
「……………それより、あの後少し釣れた」
「え、どれどれ?」
と、照れた感じの我愛羅が指し示す先、砂で固めた即席のバケツに、二匹ばかり小魚が。
「あのアドバイスは、的確だったようだ」
「うわー、ちゃんと釣れてるね!」
どことなく嬉しげな我愛羅。注意して見ると、唇が五度ぐらい上向いていた。
「この調子でもうちょっとやる? それとも誰かと交代する?」
「……もう少し、このまま」
「オッケー。それじゃ、頑張ってね」
「……ああ」
……もう、何の気兼ねなく会話ができるようになってる。
そろそろ良い頃だろうか、親友認定。
……いや。
もう少しだけ、待とう。大切な話は、鏡像でなく本体で。
前世の存在なんて、我愛羅は信じるかな…?
それからしばらく時間が経って、日も暮れた頃に夕食を。
「……火を焚くなんて居場所を教えてるようなもんじゃん」
「そう言うならカンクロウ生で食べる? 寄生虫や雑菌の脅威に晒されるけど」
「できりゃ何か調味料が欲しいところじゃん! けどまあ美味い美味い!」
あ、流した。無視するな。
「……俺は塩がいい」
「私は胡椒かな……味噌も美味しそうだね」
「お肉、本当は何日か置いた方が中の酵素が醸成されて旨みが増すんだけどねー」
「お前はどこからそんな知識を仕入れてくるんだ……」
テマリに呆れた目を向けられる。
行商の途中、買い出しに行った先でそんな話を聞いただけだ。
真偽は知らない。でも有り得そうだとは思う。
「……普段なら、この後夜間訓練だな」
「こんな日までする必要ないからね? 口洗ったらさっさと寝るように」
「先生みたいなこと言うなじゃん……」
池で汲んだ水を一度煮沸して、半分に分けると黒い粉と白い粉を投入しかき混ぜた。
「それは……ココアか?」
「日に一度くらい甘い物が欲しくならない? はい、どーぞ」
「……何で粉ミルクがあって塩がないじゃん」
「細かいことはいーの。はい、我愛羅も」
「……黒っぽいのに、甘いな」
ココアだし。
「……? 刹那、お前の分は」
「……実はさっき一人でお饅頭を」
「むしろそっち寄越せじゃん! ……て、あれ………?」
バタン、と後ろ向きにカンクロウが倒れる。
「カンクロウ!? 何……が……」
そのままふらりと、テマリもくずおれ、女の子なのでキャッチして木の幹に。
「眠り薬!? ……刹那!」
「我愛羅のには入れてないよ? 守鶴に出られても困るし」
抑えるのなんて無理、と、おどける刹那は普段通りで。
「……どういうつもりだ?」
「木の葉に行くついでに旅行の形を取ったわけだけど……」
やや欠けた、まだ低い位置にある月を見上げて。
「旅行のもう一個ついでに、狐狩り……いや、ハイエナ狩りかな?」
「ハイエナ? ――!」
ザッ、と森の暗がりに我愛羅が目を走らせる。
さすがさすが。もう気づいた。
「命知らずの思い上がったバカが釣れたね、たくさん」
くすくす。くすくす。
冷笑が闇に響き渡る。
闇に潜む者を嘲り笑う。
「ほんっと……罠で引き返せば良かったのに」
「刹那……?」
憐憫も露わに、愚か者共へ聞こえるような囁きを。
「貴方たち……“五影”を舐めすぎ」
そう、呟いて。
瞬間。
風が吹いた。
―――轟っ!!!
風は、天頂より螺旋を描いて吹き降りる風は、周囲一帯を容赦の欠片もなく五寸刻みの刑を下す。
台風の目にも似た空白地帯を造りながら、森ごと敵を根絶やしに。
「――口寄せ・鎌嵐の術」
スタッ、と刹那と我愛羅の間に降り立った風影が、飄々と言ってのけた。
その背後で、イタチのような姿をした動物が煙と共に消える。
「夜盗の類ではないな。……さしずめどこぞの暗部か賞金稼ぎか」
「どっちでも、やることに変わりはないですよ」
「……おい」
一人状況に置いて行かれた形の我愛羅が、剣呑な声を。
「どういうことだ、これは」
「なに、簡単な話だ」
「砂漠を越えた辺りから妙な視線があってね。木の葉隠れまで連れて行くわけにもいかないから、手っ取り早く始末しようってことになったんだ」
「何故……」
「黙ってたか? だって、三人とも演技向かないし。……戦闘の騙し合いはともかく」
「……眠り薬は」
「あー……最悪、一緒に戦うって手もあったけど………まだ二人には、“見せたくなかった”から」
「……」
事情は、大体把握した。血継限界を隠したいというのは、刹那の最初からの方針だから理解はできる。が、
「……“これ”はいいのか?」
「我愛羅……今更父と呼べなど言わぬが、“これ”はなかろう?」
「黙れ。お前の血が身体に流れていると思うとだけで虫酸が走る」
「…………」
「あはは……取り敢えず、良しとしておいて」
ところどころ、幸運にも生き残った者や、防御か回避に成功した敵の気配が、今や見通しの良くなった森のあちこちに見て取れた。
それら、数少ない此度の奇襲における実力者たちに、刹那は抜き放った脇差しを構える。
「それに……つい最近“本物”の上忍と戦って、まだまだ僕は弱いと思い知らされた」
戦いに向けて、心が深く沈む。指の先、唇の僅かな動きにまで意識が行き渡る。
「僕はもっと、もっと、強くならないといけないんだ」
表情と、身体と、意識と。全て全てを裡に収め。
「…一番強そうなの、もらいますね?」
「好きにしろ。私はここで守る。我愛羅、残りは任せた」
「………」
「頼んだよ我愛羅」
「任せろ」
「……………」
命令にも従わないのに、友達の言うことは聞く現実。
意外にデカい心的ダメージを負う風影だったりする。
「じゃ……行こうか」
言うと同時、刹那が影のように疾走する。風影が周囲に目を走らせる。
「………」
特に不満を言うでもなく、我愛羅は土中に砂を潜らし、ふと思う。
旅行――徒歩または交通機関によって、主に観光、慰安などの目的で他の地方へ行くこと。
……これは、旅行なのか?
「……………………………」
まあ、いいか。楽しんだ者勝ちだ。
残虐に結論付けて、我愛羅は砂を繰った。
剣戟に悲鳴を、ブレンドさせて。
46話 了
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当初番外に予定していた作品です。そして日常のつもりが、最後はちょっとだけ戦闘が入ってしまった!
……まあいっか。と軽いゆめうつつです。最後の「了」は、終わりが分かりにくいかなと思って入れました。今後は五行の過去話を交えながら、刹那と木の葉のキャラたちの一年に焦点を当てようかと思っています。できるだけ、コメディorギャグ風味で。……林トモアキ先生がちょっと憧れだったり。
シヴァやんさん ようやくナズナをヒロインっぽく書けました。最初の方からそれっぽく書いてたのに接点が少なかった件。ナルトのテコ入れ、大体イメージは固まってますよ。……最近ナルトに物語の重要な単語が頻発してますね。ゆめうつつのようなSS作家は目が離せません。……シスイもう殺しちゃったし。
名無さん この先の展開ですか?そうですね……新しく思いついた後付設定を駆使していくと……百話内に終わったらすごいなー(遠い目)……色々、様々、期待に添えるようなストーリーを思いついているので、遅くなっても見捨てずに、今後ともよろしくお願いします。
かすたねっとさん Deep……濃い……何がって、刹那がですかね?
野鳥さん すっきりしましたか?今回も、日常なのに所々辛いと言うか酸っぱいというか……
ニッコウさん はい、新たなる外道な道でございます。……リミット?はて、それは何語でしょうか(笑)
寧寧亭屋さん 黒くていいんです。ずっと刹那と一緒にいて黒くならない方がおかしい……。可愛く書けていたようで、ゆめうつつは少しほっとしています。女の子の内心って、難しい……
jannquさん 刹那のお話ですから。遅くって、当然、必然。ナルトはいずれちゃんと出しますのでご安心を。