……ふう。
思わず溜息を吐いてしまうのも仕方がないかと。こんなことが続くようなら胃に穴が空くこと確実です。
「…………出費が軽く億超えてますね……。火の国で稼いだ分は七割方水の泡ですか」
バカではないがさして能があるわけでもない大名説得と、封鎖による損失の補償。……計算するまでもなく大赤字、と。
「何がしたかったんでしょうか……?」
魅惑香が盗まれたとでっち上げて五行の威厳が云々見せしめがどうのと、居もしない盗人を捕まえるために封鎖を依頼。袖の下もついでに。
その封鎖によって生じた各地の被害は全て五行が賠償するということで話はついた。……むしろよくこの程度の赤字で済みましたね。
「ミカノ副社長、社長より急報です!」
「貸しなさい」
急報……これ以上見返りのない出費は御免ですが。まあこの出費がどこへの投資なのかまだ分かっていませんが。
何々…………。うちは?
「…………バカですね」
「は?」
「貴方はもう出なさい」
「は、失礼いたします!」
……本当に、どこまでバカなのかあの人は。
いくらなんでもこれはやり過ぎ。下手な恨みを買って木の葉の刺客が来たらどうする気なのか。
「……そのための、砂?」
まさかこのためだけに、あんな多額の出資を?
金で安全が買えるなら安いものですが……ああ成程。うちはも雇うと。
本格的に育成が始まりますね。知識面での教育は、社長の持ってきた教科書で実施中ですし。
仕方ありません。五行の隠し資金を少し切り崩しましょう。
乱雲の役のどさくさに紛れて各地の裏組織からごっそりいただいた秘密財産。まあ、それを知る者はほぼ全て土の下ですが。
無能者も役に立ちますね。勝手に集めてくれてたんですから。
「さて。彼らとの会談の場を準備しましょうか」
木の葉の雄、うちは一族。何事も最初のイメージが大切ですからね……
「たばかられた……!」
「我らを小馬鹿にしおって…ただではおかぬぞあの若造が!」
「火影様へ急使を! 急ぎこのことをお伝えして――」
「お伝えして、どうする気か」
喧騒がピタリと止む。忍びの頂点と謳われる五影の一角、風影の言は、嵐の訪れを告げるような静けさに満ちていた。
「……か、風影殿?」
「誰でもよい、答えよ。火影殿に今の話を伝え、どうすべきだと言うのか」
「無論、先の決定を破棄していただくのです」
ダンゾウの言葉に、否定する者はいない。
「そうか。……ならば、火影殿に告げるがよい。“同盟は今日で解消”だと」
「「「な!?」」」
「……理由を、お聞かせ願えますかな?」
「知れたこと。正式に結んだ約定を舌の根も乾かぬうちに手の平を返す国に、背中を任せられるか」
「それは……しかし、」
「一つ勘違いしているようだな……五行が貴殿らに仕掛けたこれは、詐欺の類ではない。……戦争だ」
「戦争……ですと?」
「左様。五行という一組織が木の葉に仕掛けた戦争だ。そして……貴殿らは負けた。敗者だ」
「……それはちと暴論に過ぎませぬか?」
「では聞こう。あの時新羅が望んだのがうちは一族の解放ではなく……火影殿の首だとしたら、どうか?」
「……!!」
示唆された可能性に、さしものダンゾウも顔色を変える。
あの時、あの状況で新羅の意向を阻むのは、国の滅亡を意味していた。例えそれが、ただの勘違いだとしても。
三代目の性格からして、首を寄越せと命ぜられれば、自ら首を落としていただろう。
全くの無条件。悲惨極まる、犬死にの形で。
「新羅に感謝するんだな。“あの程度の代償しか”求めないでくれて」
「……っ」
屈辱――そう、それは屈辱。
為す術なく術中に陥れられ、情けまでも掛けられた……
これが屈辱でなく、何だ。
「とは言え……これが最良の形かもしれんな」
「………それは、誰にとっての?」
「木の葉と五行……そしてうちはにとって、だろうな。火影殿に全てを聞いたわけではないため、はっきりしたことは言えんが……」
まあ……この辺りで手打ち、といったところか。
刹那経由で事の次第は把握しているが……つくづく、アレは敵に回したくない。
そしてそれら紛糾した会話に紛れるように、伝令役の忍びはひっそりと、誰にも気取られることなく議場から姿を消した。
うちは邸門前で、フガクさんに書状を渡す。
「――というわけで、これこの通り。火影直筆の誓約書を手に入れることに成功いたしました」
「本物か……?」
フガクさんは実際手に持って見ても未だ疑惑が色濃い様子。……当然か。
許可を取り付けるとしか言ってないから、計画のけの字も知らないし。
昨日話を持ちかけた時は滅茶苦茶疑われてたけど、火影の使者を追い返すだけで後は何もしなくて良いと言ったら、勝手にしろと投げやりな返事を頂いた。
失敗しても成功しても損はないと踏んだらしい。まあ実際その通りだけど。
「本物ですよ? 多分証人が直に来ますし」
「証人?」
「はい。……あ、ほら来た」
砂煙を蹴立てて老骨に鞭打ち駆ける火影……に、御意見番まで?
う~ん……カシワさんとどっちが元気かな。
突然現れた木の葉トップスリーに、フガクさんは僅かに気配を緊張させた。……くすくす。
「火影様……いえ、火影殿。何用でしょう?既に、約定を頂いた我らは自由の身。命令に従う義務はありませぬ」
そう、義務はない。だから交渉ができる。
「……うちはフガク殿」
「何か」
「長年の非礼、心よりお詫びいたす」
「……は?」
被り物を取って、深々と頭を下げる火影。それに続く、後ろの御意見番二人。
物凄くシュールで、非現実的な光景だと思う。
あの火影が、うちはに対して謝罪の意を告げる。
マンガでは有り得なかった展開だけど、まあ、こういう形に落ち着くことがあっても良いはず。
「…………」
火影一同の全面降伏的な平謝りに渋面なうちはフガク。
状況を例えるなら、ダースベーダーに土下座されるジェダイの戦士だろうか。
……光景的にひたすら気味が悪そうだ。
チラリと向けられた目が何だこれはと言わんばかりに写輪眼。……そこはかとなく身の危険を覚えたので、もう少し見ていたかったが諦め話を進める。
「火影殿は許しを請うているのですよ。これまでの諍いをなかったことにはできませんが、再び歩み寄る努力をしても良い頃合いじゃないでしょうか」
そして言葉にはせず付け加える。
(ここで上手く交渉できれば追っ手がかかる心配をせずに済みます)
結構な早口だったが、そこはやはり写輪眼。完璧に読み取ってくれたらしい。理解の色が表情に浮かぶ。
(……次は前もって段取りを報せておけ)
しかめっ面で唇がそう動く。……はい、すみません。善処します。一応。
「……皆の者!」
頭領の呼び声にそこら中の物陰からうちはの家紋を背負う忍びたちが現れる。急に訪れた火影を警戒して忍んでいたらしい。
「かの五影が一人、木の葉の火影は我らに謝意を示した! 過去のことを忘れることはできん。彼らの行為をそう簡単に許そうとも思わん。だが、礼を尽くされれば礼で返すは人の道。忍びもまた同様。よってこれよりは武力でなく言葉を用い、我らが意を伝えたいと思う!」
その叫びにどのような思いがあったのか、僕には推測しかできない。
「不服がある者は今申すがよい!」
でも、そこで名乗りを上げる人間が誰も居なかったから、これで彼らの心も纏まったんだと思う。
悲劇で終わった物語は僅かな異分子によりハッピーエンドへと向かい始める。
ここで終われば万々歳だろうけど、カーテンコールの前にもう一つイベントがあるからね。
「――新羅殿、和解のチャンスを頂き、また我らに反乱以外の道を示して頂き、感謝のしようもない」
「よしてください。僕が望むのはギブアンドテイク――ビジネスです。今回の代金はまた日を改めて取り立てに参ります」
「ああ……また日を改めて、な。……火影殿、そろそろ顔を上げてもらいたい」
「おおすまぬ。……ところで、イタチはおるか?少し話があるんじゃが……」
「イタチ? そういえば姿が見えませんな……」
そうフガクが呟いた時、玄関の辺りで誰かが倒れるような鈍い音が聞こえ、振り返ったフガクは驚愕のまま名を呼ぶ。
「刹那くん!?」
血相を変えて走り寄った少年の肩には、苦無が一つ突き刺さっていた。
「どうした、何があった!?」
「う……イ、イタチさんに、用があって来たんですけど……声をかけたら、いきなり手裏剣とか、投げられて……」
「分かった、もう喋るな。――ヤシロ!」
「はっ! 一個小隊付いてこい!」
応えが返り、影を残して疾走を開始するうちはの精鋭。彼らの顔には戸惑いと、納得の色があった。
「どういうことじゃ……? 何故イタチが……」
呆然と声を漏らす火影。だがその頭脳をフル稼働させたとしても、余りに不足した情報の前に正しい結果を推量できるはずがない。
「新羅、何か知っているなら今すぐ吐け」
「知るわけないでしょう……そこの刹那くんとは行商の途中で知り合って仲がいいんですから。その紹介でイタチさんとは顔つなぎをしただけですし……もう何が何だか」
「そうか……お前にも分からんことはあるか」
「ただこのタイミングから考えて言えるのは、イタチさんは木の葉の外と繋がりがあったのかもしれません」
「…………分かった。火影殿、こちらでも追撃の部隊は出しますが」
「暗部も動かそうぞ。フガク殿の下にいないのであれば、自由にすることはできん。……イタチは、知りすぎておる」
木の葉の里が誇る火影と、世に名だたるうちはの頭領は、互いに頷き合うのだった。
「――こうしてうちはと木の葉は共通の敵を持ったことで、より一層結束を深めるのでした」
「……もうお前一回死んでこい」
事の顛末を刹那に聞いてたんだが……突っ込みどころが多すぎてそれしか言えん。
「なあ、おかしいだろ!? 何をどうしてどうなったらそんな結末迎えんだよ!」
「今三十分かけて一から十まで説明したよね?」
「そーゆー事を聞いてるんじゃねえっ!」
ばんっ、と机を叩いて浮いたカップを、包帯で固められてない左手で刹那は器用にキャッチする。
時刻は暗夜。ナズナが寝静まった頃を見計らい密談中。
「お前はアレか? 新世界の神か何かか? それとも三国の諸葛孔明か!?」
「軍略は鳳雛の方が上だったと思うけど……」
「だからそんな枝葉の話は要らねんだよ! 俺が聞きたいのはな、前世で普通の職種に就いてた奴にはここまで馬鹿みたいに壮大な芝居は無理だっつー話!! 前から気になってたが、この際だ。正直に答えろ。……お前、前世で何を――」
「シギ」
遮り、手元のカップを満たす黒い液体に目を落とし、刹那は僅かに悲しげな色を含んだ声で、
「死にたい?」
直接的で、ごまかしの一切ない明快な、しかし背筋に寒気を覚える一言を、放った。
呑まれて何も言えなくなる俺を見もせずに、笑顔を捨て去って刹那は続ける。
「過去っていうのはね、良い思い出と悪い思い出からできてる。ただその比率が違うだけで、心が死んでない限りはその二色で色分けされてるんだ。――でもね、肝心なのは色じゃなくて比率の問題でね、ほとんどが真っ黒に塗り潰されている人間も世界にはごまんと居る。そういう人間が過去の話をする時は、強制されてか、自分が救われたいと思ったからか」
くっ、とコーヒーを煽り、カップを置いた刹那の水色の瞳が、真っ正面から見つめてくる。
「笑い話のように話していても、そこに何の想いも持たないはずがない。特に、シギ。訳ありだと知っての問いなら、許されないと僕は考えるけど、キミはどう?」
「…………分かった、分かったよ。俺が悪かった。お前が話したくなるまで待つっての」
というかその答え以外だと本当に殺されかねない気がする。
それなりに友情を育んでは来たが、ナズナと俺を天秤にかけたら間違いなく切り捨てられるだろうし。
……そういう優先順位においては、どこまでも合理的で、機械的なんだよなぁ……こいつ。
前世がどこぞの人工知能だったらむしろ納得がいきそうなんだが……まあ、それはさすがにな。
「ん、分かってくれたようで何より」
「へいへい。俺はお前と違って常識人のつもりだからな、嫌な過去思い出させてまで聞く気はねえよ」
「あ、ちなみに今言ったのはあくまで一般論の話で、僕には関係ないので悪しからず」
「……………………………………は?」
俺呆然。
刹那ニコニコ。
………こんにゃろうめ……いつか吠え面かかせてやるからな!
「さておき、これでサスケがイタチを追う理由もできたね」
「一族を裏切り出奔……その原因を探るためにも追いかけるだろうなぁ……あいつの性格からして」
「外に地盤ができるまではうちはも木の葉に留まるだろうし……辛うじて原作の形は保ててるかな?」
「いや、それはないから」
「そう?」
さも不思議そうに聞かんでくれ……この天才天然野郎。
「くくくくくくくくく…………」
「……気味が悪いな。何を笑っている」
「これが笑わずにいられるかイタチ。あの火影が、切羽詰まってこの行動とは言えうちはに頭を垂れたのだぞ? これを笑わずに何を笑う!」
ああ、こんなにも愉快な気分は久し振りだ。惜しむべきは、この痛快さを他に理解できる者がいないことか。
「笹草新羅……いや、白亜刹那か」
「……何?」
「そう怖い顔をするな。アレは面白い……手など出さんよ。滅んだところで気にも留めない古巣だが、万華鏡写輪眼に至る道が多く残されるのは僥倖だろう。……お前の弟にとってもな」
「………」
だんまりか。まあいい。
それよりも………白亜刹那。
あの知謀は、欲しいな。
「俺の手助けにも、いずれ気づくだろうな」
「手助け……?」
「些末なことだよ。……今は、な」
その後、幾度かの議論の末木の葉はうちはと契約を結ぶ。
細々とした裏取引が為されたが、それに異論を挟む者はなかった。
うちはは一つの独立組織として木の葉に協力し、新たな住処を見つけるまではこれまで通り今葉隠れに在住する。
変わったことは、うちはが火影に並ぶ対等の相手として見られるようになったことだろうか。
裏切り者と罵る者もいるが、それも直になくなるだろう。
下手をすれば、木の葉とうちはで全面戦争になりかねないのだから。
潤沢な資金を持ち砂とも通じる五行の影がその背後で見え隠れし、人々は現実的なメリットへと目を向ける。
事の詳細を知る者が見れば、それは最良の形と映るだろう。
木の葉はなくしかけた最強の双璧の一つを取り戻し、うちはは滅びることなく存続し、砂とは同盟が続く。
後になって新羅に騙されたことを火影も知るが、誰しもが利益を得る形に落ち着いたのを理解し、溜息を吐くに留めたという。
こうして砂と火と雷の国を巻き込んだ、金回りの良すぎる壮大な計画は幕を閉じる。
川面に落ちた葉は身動きさえ許されず下流へ向かう。
終着か、人の手にすくい上げられるまで、延々と。
――木の葉流し、ここに成る。
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終わった~っ!うちは編、終~了~!
あ、気になることがあれば言ってください。書き忘れてる可能性がなきにしもあらずなので。わざと書いてないのかもしれませんが。さて?
野鳥さん、デザートにございます。本日の〆はいかがでしたか?フルコースをお楽しみ頂けたのであれば幸いです。
マルカジリさん、どっちもどっちで五十歩百歩な悪辣さかと。民の怒りを買うと後が怖いので、人質に取るなら他国の方がいいと思いますが。……まあ、結局はドングリの背比べですね。
干し梅さん、ありがとうございます。何とか前振り回収できました。次回もお楽しみにどうぞ。
ニッコウさん、金使いまくりです。というかさすがにここまでしないと、あの馬鹿っぽい大名でも許可しないと思うんですよ。……原作までまた今度は日常編とか始まりますし、ホント、いつになるんでしょうね……。
00000さん、う~ん、いずれ日常編で入れますのでお待ちを。日本人でないのは確かです。
では、また会う日を楽しみに。