火影邸の議場には、戦時下もかくやと言うほどのそうそうたる顔触れが揃っていた。
御意見番、うちはを除く各旧家の当主、熟練の忍びと暗部の火影直轄隊に加え、風影の姿もある。
これだけのメンツが顔を合わせている時点で既に異常だった。
彼らは粛々と、しかし悲壮なまでの面持ちで、情報収集に駆けずり回った暗部の報告を聞いていた。
「……現在、火の国大名殿を中心に、ほぼ全ての街道が完全に封鎖されています。大凡の区切りは街や村ごとに設けられ、移動を禁じられています。獣道や隘路の通行は可能ですが、物資の調達に使うには不可能かと」
「大名様は何と?」
「鷹便、緊急の使者を含め未だ返答はありません。封鎖の原因は依然として不明です」
「他には?」
「……先週から里内にて大量の糧食が買いこまれており、今日が商人たちの定期便の日でした。よって補給ができておりません。非常用の備蓄を解放したとしても、里人全員を賄えば三日と持たず干されます!」
誰かの息を呑む音が聞こえた。それは自分のかも知れないし、他人のかも知れない。
ただ共通するのは、里の危機を誰もが認識したということだ。
静まり返った空間で、暗部の養成機関で長を務めるダンゾウが手を挙げた。
「近隣の村落から稲と野菜など食料品を直接買い取ってはどうだ?焼け石に水ではあるが、無いよりはいい」
「……既にコンタクトを取りました。しかし当たった村は全て交渉の終わった後で、彼等が食べる分しか残っておりません」
「それは……困りましたな」
あのダンゾウが火影へ何の嫌みも言わずにそれきり沈黙した。その事実が、彼ら彼女らにより一層の危機意識を持たせる。
この中に風影の姿があるのは幸いだった。危険度を文書ではなく直に感じてもらえるからだ。最悪砂に援助を求めることを考えれば、風影の木の葉来訪は時期的に最良と言えた。
次に発言を求めたのは、日向ヒアシ。日向家現当主に火影は促す。
「火影様。事の原因は推測だけでも分かっておりませぬか?些細なことでも解決の糸口になるやも知れません」
「心当たりはあるにはあるが……風影殿?」
「恐らくはお察しの通りかと。このタイミングで、他には考えられますまい」
同意を得た火影は苦々しく眉を寄せ、紫煙を吐き出す。
「……三代目、その心当たりとは何じゃ?」
御意見番のホムラに聞かれ口を開きかけるが、突如慌ただしいノックが鳴り遮られた。
「会議の途中であるぞ!」
もう一人の御意見番コハルの叱責が飛ぶ。
「申し訳ありません!火急の報せにてご容赦を。火影様……来客です」
見ると、時計は丁度十時を差していた。
「……奴か?」
「はっ」
「すぐに通せ」
扉の向こうの気配が消え、一連の会話から奈良シカクが代表して疑問を投げる。
「火影様、奴とは?」
「……心当たりじゃよ」
「「「!?!?!?」」」
やがて、扉が開いた。黒尽くめの人物を伴って。
「おやおや……木の葉の最高戦力が揃い踏みですか。朝からご苦労様なことで」
緊迫した空気をまるで無視した挨拶もない軽口。優秀な忍びたちは表にはそうと見せずとも、内心でムッと顔をしかめる。
「何様のつもりだいアンタ?礼儀がなってないねぇ」
血の気の多い犬塚ツメが真っ先に噛み付く。
「これは失礼。既に火影殿が説明されたと思っていたもので」
フードを払い、劇のように芝居がかった仕草でそいつは一礼する。
「五行総責任者、笹草新羅です。此度の出し物はお気に召されましたか?」
言葉に含まれた意図に気づき、皆が目を見開く。
「やはりお主の仕業じゃったか。……食料の買い占めもじゃな?」
「忠告はしましたよ?宣言通り最重要案件になったようで何よりです」
くすくすと笑う姿は幼子の如く邪気の欠片もない。
だが火影は見ている。無垢な仮面の裏、深淵に潜む怪物を。
「……大名様に何をした?」
「別に?街道封鎖をお願いしただけですよ。僕が良しと言うまでの間、ね。快く聞き入れてくださいました」
「馬鹿を言うな!無理矢理言うことを聞かせただけだろうが!」
「貴方は……イビキさんでしたか?では聞きますが、木の葉の護衛はそんなことを許すほど無能なので?」
「それは……!」
問われ、答えに窮する。
だがこんな馬鹿げたことを認めるほど大名も能無しではないのだ。となれば目の前の青年が何かをしたのは明白。
現れた元凶に色めき立つ忍び立ちを、火影は一喝する。
「静まれぃ!ワシが話す。……新羅よ、お主の行いにより木の葉どころか火の国全土が混乱に陥っておる。そうまでしてお主は、うちはを助けるなどと抜かすのか」
「昨日と変わりませんよ、火影殿。僕がここまでお膳立てしたのは、うちは一族を里のくびきから解き放つため。……それだけです」
この場に姿を見せていない唯一の名家の名が挙げられ、ざわめく。
「それだけ……たったそれだけのために、何十万の人間を巻き込んだと言うか!!」
「有象無象の心配なんてするだけ損ですよ。僕の下に付くのなら、その限りではありませんが。敵には刃を、味方には手を、そしてその他は無関心。……これって結構普通だと思うんですが?」
「お主とて多くの者を率いる立場にある!新羅、お主が切り捨てた有象無象によって国が成り立っていると何故分からん!?」
「関係ないんですよ。僕の拠点は雷の国。火の国の住人が根絶やしになろうと……まあ収入源が減る程度の意味しかないですね」
「お主は……!」
「説得なんてやめてくださいね?それより他にやることがあるでしょう?」
ツカツカと、無防備に火影の机に歩み寄る新羅。暗部の誰かが止めようとしたが、火影が片手を挙げて制した。
「よく分かってらっしゃいますね。僕に危害を加えた瞬間、交渉は決裂でしたよ」
「交渉?脅迫の間違いじゃろう」
「くすくす……脅迫だなんて滅相もない。僕はただ、選択肢を二つ提示するだけですよ」
ハラリ。取り出した紙を机に広げる。うちは一族の木の葉脱退を認める誓約書に目を通し、枯れ木のように老いた手が肘掛けを軋ませる。
「これにサインしていただけるなら、封鎖は今日明日中に解除いたしましょう。でなければ……もう冬ですから近いうちに餓死者が出るかも知れませんね。大量に」
「ぐぅ……!」
頼みの綱のイタチは既に寝返っている。これを許可すれば里抜けを理由に追い忍を放つことはできない。危険な外部勢力として排除しようにも、万華鏡写輪眼を相手にどれだけの優秀な忍びを失うことになるか、計り知れたものではない。
それに解放してしまっては、木の葉の秘が数多く諸外国へもたらされてしまう。しかし断れば里人のみならず、火の国全土が飢えること必至。
無辜の民の命か、木の葉の損害か。
……決まっている。
「許可……しよう。御意見番殿も、それで良いか?」
「罪無き命には替えられんか……」
「やむを得んのぅ……」
力無い言葉。木の葉を支える大黒柱三人の悄然とした声に、無力を噛みしめる忍びたち。
サインと印を捺された紙を手に、笹草新羅は悠々と部屋を出る。その直前に、首だけで振り返り、
「ああそうだ。一つ忘れてました」
警邏隊や暗号の変更などの思案を始めていた首脳部三人が、顔を上げた。
「これまでの不当な扱いに対して誠心誠意謝罪をしてもらえるなら、全て水に流して最初の客にしてやってもいいと、うちはフガクからの伝言です」
「「「!!」」」
「その時にまあ……木の葉の秘密などに関しても交渉に応じると。……ちゃんと伝えましたからね?」
唖然とした視線を背に受けて、新羅は今度こそ議場を後にした。
――火影の判断は、素早い。
「ホムラ殿、コハル殿。ワシは行く。下らぬ見栄を捨てるだけで彼らを引き留められるなら、喜んでワシは頭を下げようぞ」
「やれやれ……言うと思っとったよ」
「ワシらも行こう。何、プライドなぞやすいもんじゃ」
「我々もお供します!」
暗部の隊長の言に火影は首を振る。
「ダメじゃ。余計な戦力を連れて行って彼らを刺激したらどうする。この部屋で待っておれ」
「フ……尊敬しますぞ、火影殿」
「風影殿……いや、情けないところを見せてしまった」
「武勇伝ばかりでは面白味が無いというもの。今宵は酒でもどうであろう?」
「ありがたい……では、行って来る」
敬礼を受け、木の葉最大の要人たちは忍びらしく屋根を往く。廊下を使うよりもその方が速い。
そして数分後。今回の事件を教訓に次へ活かそうと考える忍びたちの前に、息せき切った伝令班の一人が現れた。
「火影様!吉報で……、?火影様は、どちらに?」
「何があった?報告はワシが受けよう」
ズイと進み出たダンゾウに一瞬怯むが、すぐに一礼してその吉報とやらを告げる。
「たった今鷹便による大名様の返答がございました!此度の急な封鎖は五行よりの依頼を受けてとのこと。今日限りの一時措置だそうです!」
「「「……は?」」」
「よって夜には全面解除されるとのお達しです!……?何か、おかしな点がございましたか?」
木の葉の支柱を成す忍びが、皆諸共に呆けたような面を晒している。
一人、風影だけが覆面の下で必死で笑いをこらえていたが。今日ほどこの覆面をありがたく思ったこともないだろう。
優に十秒以上の硬直を挟んで、ようやく放逐された思考が帰還する。
ヒアシが、シカクが、イビキが、あのダンゾウまでもが、口を揃えて、
「「「だっ……」」」
「だ?」
「「「騙されたーーーっっっ!!!」」」
上忍たちの異口同音の絶叫が、火影邸を揺らすのだった……
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三部構成次回で締めのゆめうつつです。最後もう少し笑えるように書けたかなーと思うのですが、まあ、精進します。
さておき、お楽しみいただけましたか?これが一応あちこちで暗躍した集大成なのですが。
次はまとめと言うか解説?のような。まだ書いてないので遅いかもです。
では返信を。
野鳥さん、別に知りあいにならなくても大した問題ないような。大蛇丸に安しても考えはあります。原作通り木の葉崩しに来てもらいます。
月兎さん、いかがでした?策略。しっかり決まったとゆめうつつは思っています。
ニッコウさん、封鎖自体偽物でした。部分的に。戦いより悪どい手段になりましたよー。まさに詰みです。見かけだけ。パソコンは……ご愁傷様です。
ミクロスさん、そうですね……これまではうちは一直線だったので書けなかったのですが、これからは日常編に入るので無問題かと。刹那が介抱するっていうのは……できるかな?まだ分かりません。すいません。
またいずれ、お会いしましょう。