うちは一族。
日向と並び木の葉最強の座を争う名家。
だが八年前の九尾襲来より彼らは不遇の時を歩む。
風当たりと共に鬱積は日々強まり、彼の者たちは反乱を企てる。
それは忍びとしての矜持。それは長き因縁。
ある日、過去から続く確執が決定的なものとなり、最終準備に入った彼らに来客あった。
うちは邸の門戸を叩き、使用人が戸を開いた。真っ黒いコートにフードを被った人物を認め、声をかける。
「どちらさまでしょうか?」
「うちはイタチに、笹草新羅が来たとお伝えください」
――早朝のことであった。
そして、その日の昼前。
風影、木の葉到着。
「おお風影殿・・・・・・よくぞいらした。お元気そうですな」
「急な訪問、失礼いたす。火影殿こそ、ご健勝そうで何より」
実際、急すぎると三代目火影猿飛ヒルゼンは思ったのだが、そんな素振りはおくびにも出さない。
木の葉火影邸の応接室。そこには、名立たる五影の二柱が会談していた。
「いやいや、偶の休みに家族を思うその心、儂も見習わねばなりませんなぁ・・・」
「里の者には悪い事をしたな。仕事を押し付けてしまった」
「まあそれもいい経験でしょうて」
「違いないですな」
「・・・・・・して、その子たちは?」
風影の背後に並んで片膝つける、三人の子供。それぞれ異なる道具を背に負っている。・・・・・・扇子とあの包帯で隠した物はともかくとして、瓢箪は何じゃろうか?
「私の子ですよ。木の葉へ寄ったのだから、顔合わせぐらいはさせておこうと」
「なんと、そうであったか。・・・・・・どの子たちも、将来有望そうな顔をしておる」
「礼を言いましょう、火影殿。皆自慢の子らです」
ピクッ、と我愛羅の眉が動いたが、下を向いていたため誰も気づかなかった。
「名を教えてもらってもよいかな?」
「長姉、テマリです」
「弟のカンクロウです」
「・・・・・・末の、我愛羅・・・です」
ちなみに、ここでは内心どう思っていようと合わせてね、と刹那に言い含められている我愛羅である。
「ワシは木の葉三代目火影、猿飛ヒルゼンという。心行くまで火の国を堪能するとよい」
「「感謝いたします、火影殿」」
「・・・・・・」
さすがに感謝の言葉までは言えない我愛羅だったが。
「さて、ささやかな昼餉を用意しているのじゃが・・・・・・」
「せっかくなので、お言葉に甘えることにしましょう」
「そうか。ならば――」
「申し上げます」
ヒュッ、と現れた忍びの姿に三代目は言葉を途切らせ、眉を寄せる。
風影との会談は知っているはず。ならば、それを押しての横槍か。
「何じゃ一体・・・」
「火影邸前に、五行総帥笹草新羅を名乗る者が火影様、並びに風影殿と面会を求めています」
「五行・・・・・・?確か、新興の組織じゃったな。今は忙しいと追い返すがよい」
「待ってほしい火影殿。笹草新羅とは面識がある。あれがここまで足を運んだということは、何かあるに違いない」
「・・・・・・風影殿がそう言われるのであれば。ここへ通しなさい」
「はっ」
「お前たちは廊下に下がっていろ。これよりは機密に入るやも知れん」
「「はっ」」
「・・・・・・」
「・・・・・・なあテマリ、笹草新羅って、あれじゃん?」
「ああ、私たち砂に多額の出資をしていただいている組織の長だ。代わりに忍びを格安で貸し出したり風の国での便宜を図ったり・・・・・・要はスポンサーだな」
「・・・・・・砂に来たことあったっけか?」
「知らされていないことは多々あるからな。・・・・・・今回の旅行もだが」
「にしても急すぎるじゃん。俺なんか刹那の奴に雷遁で起こされたんだぜ」
「私は水遁だ。おかげで二度目の風呂に行く羽目になった。・・・・・・もう少しぐらいは、あんな悪戯をやめてほしいのだが」
「言うなじゃん・・・・・・」
六日も前のことをくどくど言う二人に内心イラッと来る我愛羅だが、この程度のことで騒ぎを起こさないよう刹那にきっちり教育されていたり。
「・・・来た」
我愛羅の一言に内緒話をやめる上二人。見れば廊下の奥から木の葉の忍びに先導されて近づいてくる一つの人影が。
真っ黒な長の上下。足まで届くロングコートのフードと、前髪に隠れ、表情は掴みづらい。代わりとばかりに覗く唇は、弧を描いて愉しげだ。
興味深げな目を向けていると、笹草新羅と思われる人物がふと立ち止まり、彼らに視線を注いだ。
一人一人、視線を合わせ、くすりと喉の奥から微笑を漏らす。かと思えば何を言うでもなく、止まっていた歩みを再開させた。
その背が扉の向こうに消えるのを見送り、上の姉弟たちは詰めていた息を吐く。
「・・・・・・何か、凄そうじゃん」
「だな。話には聞いていたが、あそこまで若いなんて・・・・・・乱雲の役を沈め、今では雷の国の裏を一手に牛耳る若手の最気鋭らしいが・・・・・・」
「何しに来たんじゃん?」
「私が知るか・・・」
「・・・・・・あの笑顔」
「笑顔がどうかしたじゃん?」
「どこかで、見たような」
「「・・・・・・はあ?」」
「お初に御目にかかります。民間軍事企業『五行』総責任者、笹草新羅です」
「三代目火影猿飛ヒルゼンじゃ」
現れた人物が、噂に聞くより余程若いことに三代目は内心驚いていた。
全身黒尽くめでさながら喪服のようだが、フードの下に隠していた瞳は愉快そうなもの。
間違っても葬儀に赴く態度ではないのは確か。
そこへ、風影が声をかける。
「久しいな、新羅。お前のおかげで我が里は随分と助かっている」
「お互い様です、風影様」
「・・・・・・お二人は、どのような間柄ですかな?」
本当に知り合いらしい二人の様子に、三代目が尋ねる。
「投資家と、投資先と言ったところでしょうか」
「それで間違ってはいないな。もっとも、良い投資先とは言えんが」
「ご冗談を」
「さて、どうかな」
相当に気安い関係らしい。いつの間に。
・・・・・・それにしても、依頼者ではなくスポンサーとは。
忍びは、高い。非常に優秀で大抵の仕事は引き受けるが、人材育成に危険手当などなど、とにかく金がかかる。
忍具一つ取っても年間莫大な量の鉄が消費されていることを思えば、それも当然。
故に雇うにせよ投資にせよ、高額の資金が必要となるのだ。
つまりは、五行にはそれだけの金が眠っていることになる。発足してたかが二年にも満たない組織が、だ。
・・・・・・少し、調べてみるかの。
これまでは、他国のこととさしたる関心を払っていなかったが、砂と提携を結んでいるとなると話は変わる。
表向き砂とは同盟を結んだ関係だ。が、その約定はいつ破られるとも知れない濡れた障子のような物。
その砂に出資しているとあれば、幾許かの警戒を持っておいて損はない。
「して、五行の総責任者が木の葉に一体何の用じゃ?」
さておき目先の議題はそことなる。
新羅が風影の訪れを見計らって足を運んだのは明らか。
ならばそこに、如何様な思惑があるのか。
「少々、きな臭い噂を耳に挟みましてね」
「きな臭い・・・・・・噂?」
「ええ、・・・・・・古い、血の臭いがする噂です」
――古い、血。
思い至る節のある火影は内心だけで眉を動かす。
笹草新羅が浮かべる感情は、初めより変わらぬ、楽。
五影を前にしていささかも緊張していない。
「ほう・・・古い血とな?すまんが、儂の耳には入っておらんの」
「くすくす。・・・・・・御冗談が上手いお人です。大事な大事な血を、見殺しになされますか」
上がった笑い声には、僅かばかりの喜すら混じっていない。
終始一貫して楽があるのみ。
この上なく、不気味だ。
「「――・・・・・・・・・・・・――」」
老いたりと言えど微塵の衰えを見せない眼光が、鋭く新羅を貫く。
火影を、最大最強の隠れ里の長を長く務めた猛者。
“教授”と恐れられる忍びが、『敵』を威圧する。
が、
『敵』は一切の変化を見せずに、それを受け流す。
そよ風としか感じていないようだ。
事実、そうなのだろう。
・・・・・・ふん。
パイプから紫煙を燻らせる火影。
癪だが、才能だけの若造ではないと認める。
それなりに気概もあるようだ、と。
「・・・・・・さて、五行の責任者殿は何を仰りたいのやら」
「小耳に挟んだ程度ですので、血が流れることに異存はありません。しかし・・・・・・」
「しかし・・・何ですかな?」
「・・・・・・これ以上は不要だと、僕は思っているわけです」
本当に、その表情は変わらない。
貼り付いたような楽。
言葉も、どこまで本気か測り難い。
フゥ・・・・・・と吐き出した煙が、天井に上る。
「お主には関係のないことじゃろう。余所様の事情に、そう首を突っ込むものではないぞ」
「もう、突っ込んだ後ですから」
「・・・・・・」
・・・・・・後?
違和感を覚える、火影。
“これから”、ではないのか?
「既に貴方の耳とも話は付けてあります」
「・・・耳じゃと?それはもしや――」
「火影殿に許可さえいただければ、百年に及ぶ因縁に決着がつくのです」
「許可・・・因縁?お主は一体、何を言っておる?」
――初めて。
初めて、笹草新羅が楽以外の感情を現した。
僅かに語気を乱した火影の問いに、
身も凍る極寒の愉悦が、弧となって形を結ぶ。
「くす・・・・・・くす・・・・・・くす・・・・・・」
嗤い声。
火影の皮膚に鳥肌が立った。
九尾の咆哮さえまだましに思える、声。
純粋に悪意という意味では・・・・・・こちらが上か。
「三代目火影、猿飛ヒルゼン殿」
まだ十代だろうに、どこからこんな冷たい声が出るのか。
名を呼ばれた火影は、不思議でならない。
ぞっとするような冷笑を湛えて、新羅が放る。
「うちは一族の解放を、許可願いたい」
とてつもなく巨大で波乱に満ちた、火種を。
「――戯け。寝言は寝て言うがよい」
苛立たしげに煙を吸い、すげなく火影は一蹴する。
まあ、予想通りの反応である。むしろここで許可されたらこちらが困る。
軽く両手を挙げて新羅は纏っていた空気を霧散させた。
意外だったのか、三代目が目を丸くする。
・・・・・・ゴリ押しじゃ意味ないからね。
「そうですか。ま、分かってはいましたけどね。・・・・・・出直すとしましょう」
今日の交渉は前哨戦に過ぎない。
本命は明日。
宣戦布告を終えて繰り出す、必殺の一手。
今は・・・それに備えるとしよう。
「風影殿。お礼はまた改めてしますので、明日十時にこの部屋でお願いできるでしょうか?」
「こちらとしては別によいが・・・・・・火影殿?」
「生憎じゃが、明日の朝は予定が決まっておる」
「ご安心を。その時には僕との話が“最重要”となっている筈ですから」
「何・・・・・・?」
「失敬、口が滑ったようです。・・・・・・では、若輩者はこれにて失礼致します」
一礼を残して去っていった新羅。
火影邸の応接室にやたら重苦しい空気を撒き散らして。
・・・・・・結局何が目的だったのかと、火影は頭を悩ませる。
本人が言う通りうちは一族の解放が望みなのか?
それにしては、やけにあっさり引き下がったように思えてならない。
「・・・・・・風影殿。笹草新羅とは、長く?」
「さて・・・そう長いわけではないですな。直接会ったのも数える程か」
「いつも・・・・・・あのような態度なのですかな?」
「少なくとも、誰かに媚びへつらう姿は想像もできませんな」
それは・・・・・・火影自身、思っていたことだった。
表面上丁寧な言動を心懸けていたようだが・・・・・・
その実、慇懃無礼と言う程でなくとも、充分に失礼な奴であった。
・・・・・・ただ、
失礼と分かった上で、それを場の空気造りに利用する手腕は見事なものだが。
「とにかく・・・・・・敵に回すより味方として活用した方がいいでしょう。何せやること成すこと突拍子もないものばかりですからな」
「それは、情報面でのことですかの?」
「そうとも限らないのがあれの怖いところだが・・・・・・まあ概ね間違ってはない」
むぅ・・・とその厄介さ加減に火影は唸る。
極秘事項とも言えるうちは一族の懸案を、一体どこから嗅ぎつけてきたのか。
全くもって油断ならない相手である。
機密管理を見直すべきかもしれない。
・・・・・・イタチが、のう・・・・・・
彼奴めは“耳”と話が付いているとのたまった。
うちは一族の中で、現在自分の“耳”と呼ばれるのは一人しか心当たりがない。
話を聞くべきか、と老火影は思案を纏めた。
「風影殿、申し訳ないが儂は昼餉に参加できそうもない。案内を付けるので、家族水入らず楽しんではくれんか?」
「元よりご厚意に甘えさせてもらった身ですよ。過分な世話は不要です」
「助かるわい。これ、風影殿を食事の席へ」
人を呼んで風影一同の案内を任せ、火影は暗部にイタチを連れてくるよう命じる。
が、
「追い返された?」
「はっ、何でも緊急の集会を開いているとのこと。例え火影様であれ出入りは許さぬと」
「・・・・・・もしやクーデターを?」
「いえ、それにしては非戦闘員の避難はしておらず、忍びの中には呼ばれてない者もいるようです」
「何なんじゃ一体・・・・・・」
里の最高権力者である自分さえ立ち入りを禁ずる緊急集会。
しかしその議題はクーデター関係でない可能性が高いという。
火影の命で動く暗部をはねつけたという事実は最早里の忍びとして末期症状だが、ならば何を話しているのか。
「やはり新羅のことかのぅ・・・・・・」
「その笹草新羅ですが、見失ったそうです」
「・・・・・・お主らがか?」
「面目次第もございません。ただ、あの者は忍びではないかと思われます」
「只人に忍びは撒けぬ、か。・・・・・・捜索を」
「はっ、心得ました」
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・笹草新羅か。
お主は、何が狙いなのじゃ?
うちは一族を使って、何をしようとしておる?
そして日は開け翌朝。
「火影様ーーーっ!」
「何じゃ朝っぱらから騒々しい・・・・・・」
「火の国の全街道が封鎖されました!」
「――――」
理解に数秒を費やし、
「何じゃとぉっ!?」
九尾に匹敵する非常事態に目を剥いた。
――――策謀・木の葉流し 開演
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……お待たせしました。やっと更新です。いや、長かった。
ライル・エオリアさん、まあ、やろうと思えばシカマルとかもできそうな気はするのですが。横笛の組み合わせ全部覚えてたし。
ニッコウさん、ども、更新です。悪どい手はちょっと見えました。そしてその全貌は次回。すみません。刹那のお散歩……面白そう!でも難しそう……やるなら日常編のまとめでですね。考えておきます。ところで、パソコン直りましたか?
野鳥さん、いえ、媚薬です。その辺の記述はいずれ絶対に載せますのでお楽しみに。我愛羅も……何とかしないとなぁ。
jannquさん、ヒグサか……機会がなくて結局あの話でしか出てない転生者。う~ん、ちょっと難しいかな……保留で。
RENさん、あはは……コンティニューは気分で入れてみました。特に意味はありません。…原作知識?勿論使っていきますとも。可能な限り原作と乖離させないようにしているので。……もう変わりすぎですかね?日常編でアカデミー……刹那の評価が出るような、ですか。……OK、頑張ってみます。
さて、うちは編はまだ途中までしか書き上がっていません。次でキリがつくか、もう一話か。……できるだけ早い投稿を目指します。
あと、日常編も随時募集してますので、ゆめうつつにネタをお与えくださいませ。