夜の群雲。月の下にて一組の男女が向かい合う。カップルの様な睦まじさは2人の間になく、剣呑な瞳を互いへと向けていた。
先に動いたのは女――シズネ。遠慮は要らない、その言葉通り、常人には目視すら不可能な忍びの速さを以て向かいの男、ツムジへと迫る。
勝算は大いにあった。目の前の男とその上司の会話から、ツムジが忍びでないことは明らかだった。
故にこそ忍びの全速にてツムジの背後に回り、手刀の一撃で早々に勝負を終わらせようとする。肩に薙刀を預けたまま、ツムジは微動だにしていない。
(これで、終わ――っ!?)
後は手刀を振り下ろすだけという段階になって、初めてツムジが動いた。右肩に担いでいた薙刀を、勢いよく真下へ振り抜き、
薙刀の柄が円運動により、背後のシズネへと強襲していた。
「くっ――」
スウェーバックで身体を背後へ反らし、片手をついたバク転により辛うじて柄を躱したシズネは、驚愕の面持ちで一旦距離を取る。
「貴方・・・忍びだったんですか?」
「んなわけねぇだろ」
否定の即答。しかし今の動作を見て、シズネはその言葉を信じる気になれない。
忍びとそうでない者とでは、身体能力の優劣に差があり過ぎる。体力、腕力、脚力、反射神経、動体視力等が上げられるが、どれ1つ取っても忍びに勝敗が傾く。
だが、ツムジはその理論に反する、異様な反応でシズネの一撃を察知しあまつさえ反撃を加えた。それだけでも忍びと考えるのは、当然の成り行き。
「ならば、貴方が忍びのつもりで相手させて頂きます!」
数枚の手裏剣が緩やかな弧を描き多角攻撃を仕掛けるが、ツムジは一目見た後の一振りで全て叩き落とし、嘆息する。
「あーやだやだ・・・これだから強い上に油断しない相手は苦手なんだっての」
ぼやくツムジにはどことなく諦観が漂っている。が、自然体をどこまでも崩さない。・・・戦い慣れている。
薙刀を振った後の隙を狙ってまた背後に回り込むが、頭頂から両断せんと風斬り音と共に刃が落とされ、身を捻って躱したところに蹴りが飛び――
「っ!?」
尋常ならざる強力にシズネはガードした上で5、6メートルは軽く吹き飛ばされた。・・・っ、これで忍びじゃないとか、絶対嘘です!
2名しかいない観客の1人、綱手は目の前で繰り広げられる光景に目を見開いていた。
「何だあいつは・・・・・・雲隠れの忍びか?」
「忍びじゃありませんよー」
もう1人の観客が緊張感なく答え、そのおざなりな返事が綱手の驚愕から取って代わった苛立ちを煽る。
「だったら何だと言うつもりだ?シズネの瞬身に反応し、更にはあの蹴撃の威力・・・忍び以外の何がある!?」
「頭が固いですね。別に忍びじゃなくてもチャクラは使えるんですよ?」
「なっ・・・」
その一言で、綱手は悟った。笹草新羅が、何をしたのか。
悟ったが故に綱手は正気を疑う。
「どういうつもりだ・・・貴様、何をする気だ?」
「勝敗云々は別にして、会話のテーブルぐらいは用意しますが?」
「・・・いいだろう。情報の入手経路共々、洗いざらい吐いてもらおうか」
それに新羅は笑むだけで答えなかったが、気にするでもなく綱手は観戦に戻る。仮に賭けを反故にしようとしたならば、その時はその時。後悔という言葉を文字通り叩き込んでやれば
いい。
・・・多少チャクラを使えたところで一般人に変わりはない。忍びの力を教えてやれ、シズネ。
・・・っ、攻めきれない。
しかしながら綱手の期待とは裏腹に、シズネの胸中は驚きと焦りで満ち溢れていた。
速さで攪乱、飛び道具で死角を狙うなど、幾度となく攻め手を変えてみたものの、暴風の様な薙刀の嵐に全て叩き潰されている。
膂力の凄まじさよりも称賛すべきはその刀技。回転に次ぐ回転。円運動は長物における基本とはいえ、近寄ることすらままならない速度と、威力。・・・ここまでの使い手を、例え忍び
の世界を含めても、シズネは知らない。
笹草新羅が護衛に抜擢するだけはある、達人たる実力を備えた、まさに強者だった。
・・・けど。
勝てないかと言えば、そうでもない。
自分は医療忍者であり戦闘における基本は後方支援。矢面に立つことは少ないが、これまでの戦闘データを分析し勝つための方策を組み立てている。
視界の隅を刃が通り過ぎる。そこに間を置かず柄が振るわれ、躱したと思ったら再び刃が迫り来る。
これ以上は捌けなくなってきたので、下がる。距離を取る。
ツムジは――追ってこない。
「・・・はあ、もう一息だったのによ。いいかげん決めさせてくれ」
「それなら、追撃すればいいじゃないですか。何故しないんです?さっきから何度も何度も、チャンスはありましたよ?」
「アホぬかせ。忍びの足に追いつけるかってんだ。こちとらただの馬鹿力よ」
・・・何となくそんな気はしていたが、自分からばらすとは思わなかった。チャクラを身体に割り振っても、強化する使い方しかできないらしい。それも完璧には程遠いレベルだが、技で補っ
ているようだ。 おかげで目算が立った。フェアではないと思って使わなかったが、忍びの本領を発揮させてもらうとしよう。
「悪く、思わないでくださいね」
「あ?」
――忍法・毒霧。
吸い込んだ息が吐き出されると同時、チャクラにより呼気が有害な化学物質へと変換され、逃げる間もなく濃密な噴霧がツムジを呑み込んだ。
殺してしまうのはルールに反するので、成分は揮発性の高い麻痺毒。すぐに大気と混ざり分解されて消えてしまうだろうが、一息でも吸った瞬間勝負は決まる。
これが、ただチャクラを扱う者と忍びの差。大蛇丸に言わせるなら、忍術を扱う者との差。いかに異常な筋力を備えていようと、その程度の拮抗術一つで容易く覆される。
数秒の後に毒で象られし霧が晴れ、うつぶせに倒れたツムジがその中から現れた。
「つ、ツムジ!?」
「大丈夫です、ただの麻痺毒ですから」
「・・・シズネさん、解毒と介抱をお願いします」
怪しげな毒で倒れたことに変わりないので、新羅が心配そうな声音で救助の旨を伝えると、シズネと綱手は在ってはならない様なモノでも見るような眼を新羅へ向けていた。
あの新羅が、
悪魔のように人を弄りまくる新羅が、
部下とは言え人の心配している・・・・・・っ!!?
「・・・シズネさん?」
「え・・・あ、はい!」
驚天動地にも程がある事態に半ば自失していたシズネは、新羅の声に慌てて倒れ伏すツムジへと駆け寄った。
「ふ・・・賭けは私の勝ちだな。約束通り、話してもらうぞ」
「ああ、そのことですけど――」
「?」
「――誰が負けたなんて言いましたか?」
なっ・・・と綱手が動揺から立ち直る前、その会話を聞き逃したシズネがツムジの許へたどり着いた直後、
まだ解毒されていないツムジがシズネの足を柄で払った。
・・・・・・え?
動けないはずの人間が動き――意識の虚を完璧な形で突かれたシズネは一瞬にも満たない滞空の中で、
頭上から打ち落とされる剛刃を、見た。
―-シズネェっ!
耳に届いたその声を聞いて、ああこの人の付き人で良かったな、と思って。
意識は暗闇に墜とされた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
目を開けると、明るい天井を背景にどこかで見たような顔の男がいた。
「おー、やっと目ぇ覚ましやがった」
「・・・・・・へ?」
ガバッと椅子を並べただけのベンチから飛び起きたシズネは、上忍としての状況把握能力を漏れなく発揮し、ぺたぺたと自分の体を触って感覚の裏付けを取る。
「い・・・生きてる?あれ?私、ツムジさんに斬られたんじゃ・・・」
斬るというか、断ち割るというか。
シズネの疑問に種明かしするのはツムジだ。
「真剣でもねぇのに斬れるわけねぇだろうが」
「・・・・・・え?あれ、刃引きしてあったんですか!?」
護衛なのに?
そう聞くと、途端にツムジは渋い顔になった。
「あ~・・・あれな、あの薙刀な、若大将ってあれでなかなか敵多いからよ」
「いえ、そこは全然驚くに値しませんが」
あの性格だし。自分たちだって目的は違うけどその口だし。
「暗殺者ってたまに来るんだわ。そこで俺の出番ってことになんだけどよ、死人に口無しって言うだろ?殺しちゃなんも聞き出せねぇんだよ」
「・・・暗殺者って、そんな簡単に口割るんですか?」
「そりゃ・・・・・・若大将だからってことで」
「・・・・・・なるほど」
何の説明にもなってないのに納得してしまう。・・・納得せざるを得ない、というか。
疑問が一つ片付くと、シズネはそれよりもっと重大な案件があったのを思い出した。
「・・・一つ、聞いていいですか?」
「俺の好みのタイプか?いいぜいいぜ教えてやる。まずは黒髪でだな」
「違いますっ!そうではなくて、何で私の毒霧受けて動けるんですか!?」
「・・・・・・さあ?」
目を逸らして前触れなく口笛を吹き始めるツムジ。白々しいことこの上ないどころか口笛すら音になっていない。
「・・・毒殺してあげましょうか?」
「待て待て待て!言っていいかどうか知らねーんだ。特にこのことはよ、許可なく言えねぇっつうか言いたくないっつうか・・・」
「じゃあ、許可があればいいんですね?」
「許可取り行くぐらいなら若大将から直接聞いてくれ。その扉の向こうに、綱手だっけ?そいつと一緒にいるから」
綱手様と・・・?・・・・・・そう言えば、話し合いの場を用意するとか何とか聞こえた気が・・・
「・・・刃を潰していたとは、舐めた真似をしてくれる」
「最初に殺しはダメって言いましたよね?」
「確かに言ったが・・・今後はその言葉すら疑うつもりだ」
「くすくす・・・・・・いい心がけです。忍びは裏の裏を読めと、言いますしね」
・・・・・・全くだ。
先刻の、あの勝負。
新羅は確かにツムジとシズネの一対一だと明言した。言葉通りサシで始まりサシで終わったが、アドバイスもなしとは一言も言っていな
い。 ツムジにシズネの毒が効かなかった訳も聞いた。突拍子もないが、的を射ているのも確か。論理的に正しく、それ故に忍びの基本を怠ったがための敗北は、受け入れるしかなかった
。
芳醇に香る紅茶を出されたが、こいつの前で最早飲む気にはなれなかい。
用意された会話のテーブルとやらで、綱手と新羅は片や脱力片や呑気に、ティーカップを前にしていた。ケーキも一応置いてある。1ホール。カット前だが。
「で、こうして席は用意しましたが、聞きたいことって何ですか?情報ラインについては教えられませんけど」
「それはもういい。仮にも賭け事だからな。・・・・・・また同じようなことがあれば、話は別だが」
・・・・・・これ以上下手につついて、鬼を出したくないしな。蛇だったら余計に嫌だ。
それに、聞きたいことは別にある。
「あの男にチャクラを教えたのは、貴様だな?」
「そうですね。軽く手ほどきしただけですけど」
「・・・何が狙いだ。忍びに仕立て上げる気がない貴様がチャクラを教えて、何をするつもりだ」
「よく分かりましたね。確かに、忍びを育てる気はありませんが・・・どこで気づいたので?」
「ふん・・・・・・あのツムジとかいう男、あいつの戦い方は侍やそこらの傭兵と同じだ。腕前云々はともかく、チャクラを扱うという一点を除いてな」
少なくとも、忍びの戦い方でなかったのは確かだ。
感心したように、新羅は首を縦に振る。
「そうですか・・・・・・ふむ、ではそれに答える前に、一つ聞きましょうか」
「何だ?」
「忍びが国の軍事力であるというシステム。・・・伝説の三忍である貴女は、これをどう思いますか?」
「・・・質問の意図が分からんな」
どうとでも取れるし、システムはシステムだとも言い切れる。質問するなら、もっと明確な形にしてもらいたい。
「・・・・・・忍びは、強いですよね」
ズ・・・と紅茶を口に含んで、新羅は虚空を見上げた。
「そこらの一般兵百人が徒党を組んでも、優秀な上忍一人いれば片付いてしまう。時間をかければ、中忍にも可能でしょう」
カチャ、とカップを置いた新羅はケーキナイフを取って、切り分け始める。
「何故、そんなにも力の差あるのか。答えは忍びなら誰でも知っています」
――チャクラ。
自然現象のみならず、魂や物理法則にまで影響を与える万能のエネルギー。
「個々がそれほどまでに強いんですから、国がそれに頼るのも当然です」
・・・・・・何を、こいつは言おうと、している・・・?
綱手の背に、じわ、と汗がにじんだ。新羅から、得体の知れない気配を感じて。
「だから国の戦力は忍びに集中して、侍の役目はせいぜい飾りか盾ぐらいの意味しかない。貴女が相手なら、あのツムジでさえ時間稼ぎにもならない」
威圧感ではない。圧迫感でもない。恐怖?それこそ違う。
この感覚は、そんなモノではない。
「隠れ里・・・木の葉は、まだいいです。国が裕福で、忍びの数も九尾で減ったとは言えまだまだ多く、質も高い。学費さえ払えば、何不自由なく下忍任官まで行ける。けど霧隠れな
んかでは、つい最近まで卒業試験に殺し合いがあった。大国に挟まれた小国では、戦となれば多くの忍びが争い、殺し合い、死んでいった。一般人にも犠牲は出たでしょうが、その多く
は忍びで、忍びばかり。何故でしょう?」
特に情感を込めているわけでもない、淡々と紡がれる声は、耳をすり抜けて直接脳髄に刻まれるかのように鼓膜を叩く。
・・・・・・いかん、この私が、呑まれている・・・!
鳥肌が止まらない。背筋をゾクゾクとした感触が走り抜ける。
「――理由は、唯一つ」
笹草新羅が、この世の常識に手を掛ける。
「強大な力を持つのは忍びだけという世界の仕組み」
――正体を掴んだ。
「となれば、何をすれば良いのか」
――幼少の頃、偉大なる先人の戦いを語られた時に身を包むモノ。
唯の一人で世界に影響を与える者だけが持つことのできる絶対的な心酔力。
「簡単だ。システムを崩せばいい」
其処に在るだけで総てを圧する存在感――――!
はた、と気付いた時には、元に戻っていた。あの存在感は欠片も持ち得ずに、切ったケーキをフォークでさらに小さくして口に放り込んでいる。
・・・・・・白昼夢・・・・・・?
一瞬、そうも思ったが、違う。この背を濡らす汗は本物だ。
・・・・・・これは、とんでもない奴を相手にしたかもしれんな。
「・・・そう、例えば、貴女の背負う二つの魂。彼らが死に至った真の原因が、そのシステム」
「っ・・・・・・御託は、いい。笹草新羅、結局のところ、貴様は何を言いたい!?」
「忍びに代わる戦力の調達」
「な・・・に・・・・・・?」
こともなげに出された答えは、ここまでの流れでそれとなく予想していたとは言え、驚愕に値する内容。
「忍び一人が百人に相当するなら、その百人の質をチャクラによって底上げする。百には届かなくとも、五か十ぐらいにはなる。よって忍び一人に相当するのが十人から二十人になる。
そして、忍びでない者の数は万やそこらじゃ済まない」
「っ・・・!」
慄然とした。目の前の、まだ子供とでもいうべき年の奴がこうも途方もない考えを持っているなど、この目で見、この耳で聞かねば、信じられない。
「またそうなった場合、貴女の弟のような形で死ぬ忍びは減る」
「――っ!!」
・・・・・・縄樹。
「まあ、それが僕の夢、と言うか、望みですね。何十年、場合によっては百年かかっても達成できるか分からないのが、問題ですけど」
オフレコで頼みます――と笑った笑顔は、昨日今日と見た中で、初めて本物だと思えるもの。
すなわちそれは、この夢物語に等しい妄想の類を、本心から実現させようという確固たる意志。
そして何より問題なのが。
笹草新羅という人物の知性と存在を肌で感じた綱手には、それが決して実現不可能だと断定できないことだった。
「・・・一つ聞かせろ。何故そんなことを私に話した?」
「教えろと言ったのは貴女ですよ。強いて言うなら、綱手姫のご機嫌を損ねないためでしょうか」
・・・・・・・・・・・・は?
「お前、馬鹿か?私の機嫌一つのために、こんなとんでもないことをペラペラ話したのか?」
「別に今の段階では誇大妄想甚だしいホラ話にしかなりませんし。こんな戯れ言、貴女は信じるんですか?」
「・・・・・・可能性として、有り得なくはないと思っている」
「・・・・・・え?」
ポカン、とした間抜け面を晒す、新羅。・・・・・・何だ、その顔は。自分で話しておきながら、少しでも私が信じるとは思わなかったのか。
完璧に見えて、どうも抜けてるところがあるらしい。こいつはもう少し、自分の人を惹きつける力に気付くべきだろう。
類稀なる知力。恐怖を知らない精神。そして人を呑み込む話術を持ちながら、自分の放つ影響力をまるで知らない呆れた男。
さながら、自分の想定した以外の客観的評価に、全く気付いていない様な。
ついさっき自分を圧倒していた人物と、一分たりとてイメージが重ならない。
・・・・・・いかん、あまりのギャップに笑いが込み上げてきた。
「ふ・・・は、はははははっ!」
「???」
ああ・・・・・・駄目だ。一発ぶん殴ろうなんて思っちゃいたが、こんなキョトンとした顔を殴る気になどなれん。何だこいつのギャップは。面白すぎるではないか。くっくっく・・・・・・いやはや、面
白いなどと思った時点で、私の負けかな、これは。
「ははっ・・・まさか、こんな若造に三度も負けるとはな」
「勝負したのは二回ですよ?」
「気にするな。大したことじゃない」
「・・・・・・気になります」
そんなもの欲しそうな顔しても無駄だ。こればっかりは教えられん。私の沽券に関わる。
まるで取り合わない綱手の態度に新羅は諦め、もっと建設的な会話をすることにした。
「そうそう、貴女と会ったら是非とも頼みたいと思っていたことが幾つかあるんです」
「とてつもなく今更な話だな。まあせっかくだ。聞くだけ聞いてやる」
・・・・・・聞かなかったら、今度は何を言い出すか分からんしな。
「これの副作用がないか、調べてもらいたいんです」
コト、と新羅が卓上に置いたのは、カメラに使うフィルムケースほどのガラス瓶。
半分ばかり中を満たしているのは・・・・・・怪し過ぎる桃色の液体、というか、ゲル化した流体。
「・・・・・・何だこれは」
生理的嫌悪を覚える様な、不気味加減である。・・・・・・今、ボコッと、泡立たなかったか?
「この僕謹製の、媚薬です」
「劇薬の間違いじゃないのか?」
「媚薬です。使い方は飲むんじゃなくて、熱で揮発させて香みたいに」
「・・・・・・さておき、何に使う気だ?」
「売ります」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
本気らしい。
「・・・・・・で、副作用がないか調べてほしいと?」
「はい。自分ではないと確信してるんですが、第三者にお墨付きを頂ければ最良ですので」
「私に頼むという着眼点はいいがな・・・・・・こう、危険を感じて仕方ないんだが」
「神経を敏感にするのではなく、脳に作用させて異性を魅力に感じる効能があります」
「待て。それはまさか、よく物語りに出てくるアレじゃないのか?」
「別に理性は破壊されませんよ?好意を覚える程度です」
・・・・・・充分惚れ薬だろうそれは。
「もしお引き受けいただければ、この紙を燃やしましょう」
「っ!それは、まさか・・・!」
「雷の国における貴女の借金の証書です。・・・五割ほどですが」
――非常に魅力的な提案だった。
たった一つの薬の――見かけはアレだが――副作用を調べるだけで、この国で積み上げた借金が半減するのだ。
「・・・はっ。交渉の仕方を知ってるようじゃないか」
「それは了承と伺っても?」
「三日から一週間はよこせ。あと成分表もだ。それでどうにかしてやる」
「ありがとうございます。では、次ですが」
「・・・せっかちだな」
「時間というのは有限ですから。それで、次は可能であれば教えていただきたいことなんですが」
「何をだ?」
つ、と新羅は指を綱手に、否、その額に向けた。
「その額のマークの作り方です」
「っ!?・・・どこで知った?いや、シズネにしか話していないことなのに、どうやって知った!?」
「知ったのではなく、分かったんです。チャクラの貯蔵方法は、少しばかり研究してまして」
「・・・成程な。同じ研究をしていたか。――で?お前のことだから、それに見合うものを用意したと思うが?」
「くすくす・・・・・・お見通しのようですね。情報提供、でどうでしょう?」
「その情報次第だな」
・・・・・・果たして、この術に釣り合う話があるか?
「それでは前払いとして・・・・・・穢土転生を知ってますか?」
「・・・・・・一昔前に考案された禁術だな。もっとも実現化されず、倉庫に眠ってるらしいが」
「それを、大蛇丸が完成させたらしいですよ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・っ!?
「本気で言ってるのかそれは!?」
「ええ、そうです。・・・・・・対価には、足りませんか?」
・・・・・・冗談じゃない。
一体どこからこんな話を引っ張ってきたのか。
あの大蛇丸が、自分の研究を知られる様な真似をするはずがない。
しかし・・・・・・虚言と断じるのもまた早計。
穢土転生。まさに大蛇丸が好みそうな禁術。それを実用段階にこぎ着けたという話は、それが推測にせよ真実にせよ十二分に有り得る・・・いや、有り得そう、だ。
今更ながら冷や汗が出てきた。目の前で食えない笑みを浮かべるこいつは、笹草新羅は、どこまでその網を伸ばしているのか。
・・・・・・蜘蛛。
昨晩、こいつの護衛が評した言葉。
それはもしや、敵を絡め取る手法ではなく、あらゆる箇所から情報を手繰り寄せる驚異的な情報網のことではないのか?
もたらされた情報を多角的に検討し、推測をそこに混ぜながら綱手は判断を下す。
「・・・・・・いいだろう。教えてやる」
「ありがとうございます」
穏やかな・・・そう、穏やかすぎる笑顔。この裏に、どれ程の網を張り巡らせているのだろう。
ひとまず今は、この得体の知れなさを確認できただけで良しとする。
下手に消してしまうよりも、有効利用した方が効果的だ。
「くすくす・・・・・・今後ともごひいきに・・・」
・・・・・・考えが表情に出てたか。私もまだまだだな。それを読み取れるこいつも侮れないが。
気の抜けない交渉が終わって、ようやく一息入れる綱手だった。
部屋の扉をノックもせずにバンと開けた瞬間、飛び込んできたのは何故かまったりとくつろぐ新羅と主。・・・・・・わ、私が気絶してる間に、一体何が!?
「綱手様!」
「シズネか。身体はもう良い様だな」
姿を見せた付き人の様子に満足する綱手。元から大した怪我でもないからそれはいいのだが、シズネとしてはこの状況が理解できない。
「・・・お話というのは、もう済んだんですか?」
「今終わったところだね。円満解決無事終了。話し合いは平和的でいいよね」
・・・・・・この人が言うと全然平和的に感じないから不思議だ。
「・・・あの、私の毒霧が効かなかったことについて、聞いてもいいですか?」
「ああ・・・綱手さんにはもう話しましたけど、まあついでですしね。非常に解りやすくかつ簡潔に言うと、効かなかった原因はツムジの血継限界です」
「・・・・・・・・・・・・はあ!?」
「ツムジの家系は代々薬師で、新しい薬を開発するといつも自分たちの身体で実験していたそうですよ。そのせいでいつの間にかとんでもない薬物耐性を生まれつき持ってるらしい。つ
まりは血継限界」
「・・・・・・え?あの、血継限界って、それだけ?」
「それだけ。強いて言うなら、身体に入った薬物が有毒か無毒か分かるくらいかな」
「・・・・・・血継限界って言う割には、しょぼいですね。それに、忍びでもないのに血継限界なんて・・・」
「持ってたら、おかしい?」
愉快げに新羅は笑い、教え子の間違いを諭す教師のような雰囲気を作った。
「それは前提が間違っている。忍びが血継限界になるんじゃない。血継限界を持つ者が忍びになるんだ」
「!」
・・・・・・い、言われてみれば、確かに。
「さて、シズネさんも納得してくれたようですし、今日のところはこれでお開きにしましょうか」
「そうか。解析の結果が出たらまた来る」
「分かりました」
何やら釈然としないが、本当に和解したらしい。信じられないことに。
「帰るぞ、シズネ」
「あ、待ってください綱手様!」
まあ、それならそれでいいのだけれど。
・・・・・・綱手様の持ってるあの不気味な液体は何だろうか?
「はぁ~・・・・・・無事終わった」
「疲れたんですか?珍しいすね」
お前ほどの体力はないからね、ツムジ。というか、お前の方が規格外だ。
「にしても、ここ、使っちまって良かったんすか?」
ここ、というのはこの部屋のこと。実を言うと綱手の襲撃を受けたこの建物は本宅ではない。セーフハウスの一つだ。
「・・・・・・家が壊されたら洒落にならないでしょ。だから付けられてるの承知で、昨日からこっちで過ごしてたんだよ」
一応使い捨てではあるし、壊されても大した被害はないため、わざわざここを利用していたというわけ。
さておき、形は最良の形に落ち着いた。昨夜は少々やりすぎた気はしないでもなかったが、結果的に問題なく片付いた。
となれば、次の手段を打つべきだ。
「ツムジ。来週あたり君の実家に行くから、そのつもりで」
「・・・・・・は?いやいやいやいや、冗談はよしましょうよ。というか、是非ともよしてくださいお願いですから曲がりなりにも勘当されてんですから!」
「紹介してくれるだけでいいよ。拒否したら減俸十割1年だから」
「なっ・・・んな理不尽な!!」
「承諾してくれたら、昨日の減俸は取り消した上に給料アップだけど」
「・・・・・・ひ、卑怯だ」
「ありがとう。さておき、これは君にしかできない重大案件なんだよ、妙原ツムジ。拒否権はない」
「・・・・・・遺書、書いときます」
「・・・・・心配しすぎじゃない?」
「若大将は知らないんっすよ!!あの家の、もとい、おふくろの怖さをっ!」
知ったことか。妙原との繋ぎ役は、身内が一番いいに決まってる。
ツムジの嘆きを適当に聞き流しながら、新羅は大きく欠伸した。寝不足だ。一応分身だけど、寝ないとチャクラの回復は微々たるものなのだ。
寝室に行って、鍵を閉めて寝台に上がる。さすがに寝てる時まで、変化は維持できない。できるようになれば、非常に都合がいいのに。
じきにあの薬の保証書が手に入る。陰封印も、口頭だが教えてもらえた。結果は上々。最後の切り札として、使う時が来るだろう。
「あの夢に少しは心動かされたのかな・・・・・・」
もっとも、綱手に語った内容は“副次効果に過ぎない”のだが。
つらつらと思考を続けながら、そう時を置かず、新羅の意識は眠りに包まれていった。
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話の切りどころが分からずかつてない長さになってしまったゆめうつつです。おかげでどこがどうなってるかの把握もできていなかったり。自業自得ですが。
ザクロさん、こんな展開になりましたが、いかがでしょう?どうにも長すぎて、あまりいい出来栄えではない気がするのですが。
野鳥さん、18禁は方向性が違うのでしませんって。書き方も分からないですし。
jannquさん、今回はブラック成分少なめでお送りしました。今後ともよろしくです。
毛玉さん、あはは・・・適当に書いたやつですよ、それは。どうせなので、それっぽいものを下に載せましょうか。
群雲の 悪魔が紡ぐ 言の葉を
聞きし者ども 黄泉にて嘆く
――――ゆめうつつ
次回からすっ飛ばしてうちは編本格突入です。イタチ出演予定。ではさようなら。