簡素で安上がりなデスクに腰掛け、いつものフードを被った新羅は暇そうに、コツコツと指で机を叩く。
「はっきり言おうか、ツムジ」
「何です?藪から棒に」
傍らに立つのは護衛であるツムジ。こちらもこちらで手持ち無沙汰らしく、片手で薙刀を遊ばせている。退屈を持て余していたので、話題の提供はありがたかった。
「この建物、最悪今夜中に倒壊するから、そのつもりで」
それが不吉極まる爆弾発言でさえなければ。
「はあ?何馬鹿言ってんですか」
しかしまあツムジも慣れたもので、ボケに対するつっこみのように悪態をつけて返す。
キィ・・・と椅子を鳴らして、新羅は背もたれに身を預けた。
「昨日の、伝説の鴨だけど」
「ああ・・・ありゃ噂以上の負けっぷりでしたね。今思い出しても・・・ウププ」
言葉通りの思い出し笑い。否定可能な要素がないので何も言わないが、新羅もあの運のなさはどうかと思っている。
10球目は、ともかくとして。
「実は彼女、各国でも恐れられる伝説のくの一なんだ」
「・・・・・・。いやいや、冗談は時と場合と相手を選びましょうよ。俺なんかに言われても面白い反応はできませんって」
「へえ。何で冗談だと?」
「だってあの格好のどこが忍者なんですか?手裏剣も何も持って無かったですよ」
「それは偏見だよツムジ。投擲が得意な忍者もいれば剣術が得意な奴もいる。忍術、幻術、体術・・・忍びの得意技は千差万別。忍びの力は千変万化。それで言うと、彼女の得意技は接近戦の体術だね」
「・・・何でそんなに詳しいんですか、若大将?」
「あ、知りたい?そうかそうか。それだけの覚悟があるなら是非とも教えて」
「すいませんでしたすいませんでした結構でございます!!」
「・・・根性無しー」
まあ、いいか。素晴らしい土下座が見れたからそれに免じて許してあげよう。
「で、ここからが本題なんだけど」
「回りくどいですね・・・何すか?」
「しっかり護衛の役割果たしてね?」
「・・・?いや、そりゃ当然ですけど、何でまたそんなことを?」
「あっはっはっはっは。聞きました?当然だそうですから、さっさと出てきてください」
へ?とツムジが新羅の言葉に間の抜けた声を上げた直後。
――ズガンッ!!
途方もない打撃音がして、天井部分が梁ごとへし折られぶち壊されバラバラと部屋の中に降りそそいだ。
同時に降りてくる、2つの人影。
「ふん・・・私らの気配に気付いてたか。やはり一般人とはかけ離れているようだな」
「こんなところから侵入する私たちがいうのも何ですが・・・」
もうもうとほこりが立ち上る中、床にばらまかれた木材を踏みしだき現れたのは伝説の鴨。
しかしてその実体は伝説の三忍が一人、最強のくの一との呼び声も高い綱手姫がその人である。
もう1人は付き人のシズネだが、子豚のトントンは宿でお留守番だった。
「やあいらっしゃい。一日ぶりですね」
目の前の状況を見て笑顔を崩さない新羅がツムジは信じられない。
「若大将、何でんな平然と出迎えてんですか?」
「ツムジ、客を前にその態度は失礼だよ?」
「どこの世界に天井突き破ってくる客がいんですか!?つかそれを客扱いしてどうするんっすかぁ?!」
「やだなあ。戦力的に絶望的だからに決まってるじゃないか」
「若大将ぉぉぉぉぉーっ!?」
ツムジの悲哀な絶叫が、群雲の星空に吸い込まれていった。
・・・な、何だか全然他人事に思えない・・・
目の前の二人のやりとりに、シズネは内心ものすごくツムジに共感を覚えていたりした。
まだ自分が付き人になって間もない頃、綱手の傍若無人っぷりにどれだけ悩まされていたことか。
今でこそある程度の配慮をしてもらえるようになっているが、当時は振り回されっ放しだった。
丁度今目の前の護衛と同じような感じで。
しかし綱手にしてみれば恋人の面影を残す付き人にどう対応したらよいのか分からなかったという言い分があるのだが、そんなこと言われたところで下っ端に何ができるという訳でもなく、結局は時間と共に解決する他無かった。
ツムジの平穏への道はまだまだ遠そうであるが。
・・・ある意味凄く懐かしいような。
そんな感慨にとらわれるシズネをよそに、綱手は傲然と笑って状況を進める。
「ふん、そう言う割には随分余裕があるじゃないか。今日は何を企んでいる?」
「買い被りすぎですよ。それに企むも何も、乗り込んできたのはそちらでしょうに」
全くもってその通りだと、とある付き人2人は思ったという。
「こんな木の葉と縁もゆかりもなさそうなマフィアのボスが、何だって私の過去を知ってるのか気になってな。わざわざシズネに家を調べさせた。無関係な町人に迷惑をかける訳にもいかんからな」
カツカツと靴を鳴らして綱手は新羅の座るデスクへ歩み寄る。ツムジが得物を構えようとしたが、新羅は片手を上げてそれを制した。
「相手するだけ無駄骨。骨折り損だから手を出すな」
「あのー・・・それじゃ俺の居る意味は?」
「この人相手じゃ、紙で作った盾ほどにも役立たないね」
・・・あ、部屋の隅でいじけちゃった。ていうか昨日から思ってたけど、まともにこの子の相手にしてたら精神的ダメージが馬鹿にならない・・・・・・
「度胸がいいのか、それとも馬鹿か?私相手に丸腰とはね」
「喧嘩じゃ百人用意しても絶対勝てませんから。用意するだけ人員と資金をどぶに捨てるのと同義ですし。で、僕に聞きたいことでも?」
・・・す、凄い・・・!
この期に及んでふてぶてしい態度が減じもしない新羅に、危うく尊敬を覚えそうになるシズネ。昨日がなければその精神力に感動していたかも知れない。・・・昨日がなければ、だが。
「・・・私の過去、一体誰に聞いた?答えろ」
「くすくす・・・教えるメリットありませんから」
ドゴォッ!
新羅の前にあったデスクが、綱手の一撃を受けて砕け散った。しかしその末路を目にして尚、新羅は笑みを保ったまま。
「大蛇丸の奴と違って、拷問は余り得意じゃないのでな。死んでも知らんが・・・どうする?」
「んー・・・そうですね。痛いのは好きじゃないですし、無条件で教えるのも悔しいし・・・」
のらくらと言葉を連ねる新羅の襟首を、綱手は掴み上げた。半ば宙に浮く姿勢となり、ツムジがとっさに動こうとするが、新羅に視線だけで止められる。
と、言うか。止まらざるを得なかった。その目を見た瞬間、ツムジは経験的に理解した。
――あ、ヤバイ・・・と。
「選り好みできる状況だと思ってるのか?あ?」
三忍の気迫も何のその。全く変わらず新羅は言う。
「くすくすくす・・・それじゃ、また賭けて決めましょうか」
「・・・イカサマの入る博打など興味がないな。そもそもお前の提案を呑んでやる義理もないんだよ」
「別に賭けても失うものはありませんよ?むしろ、賭けないと失うかも知れませんが」
はあ?と3人共々、こいつ何言ってんだ?みたいな目に。
「いや・・・若大将?意味分かんないんすけど。賭けないと失うって博打的におかしくないですか?それに賭けても失わないって、博打の意味あるんすか?」
「あるからこうして提案しているんだよ。さて、その肝心のチップですが」
フードの奥で、新羅の赤い唇が言葉を紡ぐ。
その言葉を、綱手は止めることができた。しかし博打ならざる博打に好奇心をそそられ、止めることはなかった。
生来の賭け好きに興味を持たせた瞬間、新羅の策は成功していたと言える。
「賭けるものは――――『信頼』」
互いの付き人(この場ではツムジとシズネ)が試合形式で勝負を行う。賭の内容は、ただそれだけ。
当然勝った方の組が勝ち。ただし、あくまで賭け事のお遊びなので殺してはならないというルール。
「伝説の三忍、綱手姫。貴方は自分の付き人の勝利を信じられますか?」
「当前だ」
口ではそう答えても、まんまと乗せられてしまったと綱手は心中苦虫を噛む思いだった。
否定それすなわち、自らの付き人を疑っていることと同義。かつての恋人の姪に、たとえ心では信用していると言っても、ここで否定するのは心苦しく――できなかった。
否定ができるなら、わざわざ賭けをすることなく叩きのめすだけですんでいたのに。
つまり、新羅が口にした瞬間賭けに乗らないという選択肢は失われていた。自らの賭け好きが、付き人に余計な労働を強いてしまったことに、僅かながら後悔を覚えた。
しかし、と綱手は黙考する。
シズネは仮にも上忍であり、木の葉の誇る戦力が一つ。忍びでもないマフィアの護衛一人、医療忍者ということを差し引いても勝ちは揺るがない――はずなのだ。
・・・その程度は百も承知だろうに、何を考えている?
疑念は、そこ。勝算もない勝負を仕掛けてくる奴とは思えない。昨夜のルーレットにしても、ゲーム上の勝敗はともかく精神的な揺すり合いで完敗を喫したのだ。
とは言え自分達の関係にひびを入れる訳にもいかず、結局は勝負を受け入れざるを無かったのだが。
「いやあの若大将何を言ってますですか!?」
「彼女と戦え。以上」
「以上じゃないでしょうがっ!死ねと?ここまで一生懸命仕えてきた俺に死ねと!?」
「死にたくなければ勝てばいいじゃないか」
「何なんっすかその米がなければ団子を食えばいいじゃない的なセリフは!?」
「博識なのはいいことだけど、負けたら減俸五割ね」
「言葉の前後が繋がってない上に合計十割!?今月の給料がぁ?!」
「半年」
「ご勘弁をぉぉぉぉっ!!!」
・・・・・・勝てそうだな。
最終的に折れたツムジが泣く泣く同意して試合の場は設けられた。家を壊したくないので、裏路地の先にある広場で。
「・・・手間をかけさせるな」
「いえ・・・私は、綱手様の付き人ですから」
そこへ向かう途中での、会話。
「それに私だって忍びなんですよ?あんな木偶の坊には負けません」
「だといいんだがな。お前の実力は承知しているが、あの新羅という奴が何を考えているのかが分からん」
「・・・綱手様のことを知ってるぐらいですから、私のことも当然知ってる、ですよね?」
「ああ、そうだ。だがその上で自分の部下とお前を戦わせようとしている。・・・明らかに不自然だ。何かあると考えていた方が良い」
「分かりました。注意します」
「頼んだ」
到着した広場では不良っぽい連中が多数生息していたが、新羅の顔を見た途端血相を変えて散っていった。
「恐れられてるな」
「んー、敵対しなきゃ何もしないのに」
敵だったら何かしてたらしい。
「では賞品の確認をしますね。シズネさんが勝てば僕は洗いざらい喋る。ツムジが勝てば何も話さない。いいですか?」
「ああ、それでいい。だが、約束を違えれば――分かるな?」
「くすくす・・・ツムジが負けたらちゃんと話してあげますよ」
「勝ったら話さない、か。・・・身体に聞く手もあるんだが?」
「おや、付き人の勝利を信じてないと?」
食えない笑みでのたまう新羅。嫌になるほど恐ろしく知恵の回るガキだ。舌先三寸で逃げ場を無くす、その在り様はまさしく蜘蛛。
カジノでツムジとやらが言っていたのも頷ける。
「ツムジー、手加減抜きだよー」
「遠慮はいらん。やれ、シズネ」
そして戦う当人達はと言うと――
「頼む!俺の給料のために負けてくれ!」
「すみません。立場に同情はしますが、私は綱手様の付き人ですから」
試合前とは思えない会話をしていた。
ツムジは負ければ減俸五割が半年と必死。
シズネは勝てば無条件で情報が手に入るとやる気十分。
自分のため、主のためという違いはあれど、互いに勝ちは逃せないものだった。
「準備はいいかな2人とも。それじゃ――――始め!」
新羅が合図を下し、戦いが始まる。
国の軍事力たる忍びと、新羅に目を付けられし護り手。
背負うものは違い、目指すものも異なる両者。
本来ならすれ違うことすらなかった2人が、今ここに相まみえ、激突する。
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おかしいな 話続いた 如何せん ――ゆめうつつ。
五・七・五でこんにちはのゆめうつつです。・・・続いてしまった回想綱手編。次は対決から証明書まで、一気に行きたいと思っております。問題は・・・戦闘描写が上手く書けないのですよ。何かコツとかないのですかねぇ・・・?