「それは、確かなの?」
いずことも知れぬ広大なる宮の中、女は目の前に座す存在に問いかけた。
《間違いねえ。外側は全く同じだが、ありゃもう別の人間だ》
奇妙なほどに反響する低い声が、それに答えた。
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙がその場を包み、数分の時が流れる。宮の主には、女が何を考えているのか手に取るように分かった。
故に、問う。
《どうする気だ?》
「・・・・・・別に、これまでと変わらないわ」
《嘘を吐くな》
「・・・・・・」
《俺に嘘が通じんことは、お前が一番理解しているだろうが》
やれやれと溜息を吐き、宮の主は葛藤に揺れる女へ、言の葉を向ける。
《少しだけ、中を視たがな・・・・・・あれはお前のことを、真実母親として見ている》
「!!」
《だからどうしろとまでは言わんが・・・・・・2人目として、考えてやったらどうだ》
「2人、目・・・・・・」
《なかなか面白い奴だと、俺は思うがな》
言いたいことは言ったのか、気付けば宮の主はどこへともなく消え失せていた。
それを至極当然のことと受け止めて、女は目をつぶった。
数秒の後、水色の髪を翻して、女は宮を後にした。
――・・・それで良い。水鏡の末裔よ・・・・・・
誰もいなくなった宮に、吐息のようなささやきが木霊し、消えた。
目を開く
世界が見える
僕は、ここで生きている。
「はあ~~・・・・・・」
座布団に座って、刹那は淹れたばかりのお茶をまったり楽しんでいた。
盗賊の襲撃から3日。『カシワ隊』は1人の欠員も出さず目的地の茶の国へ到着していた。若干の怪我人は出たものの、襲ってきた盗賊の人数からすればとんでもない快挙である。翌日目が覚めた刹那がそのことをカシワさんに言ったところ、
『ま、アゲハの奴のおかげだな』
との返事が返ってきた。へぇ凄いんだー、と感心していたら、
『なんだ坊主、お前自分の母親のことも知らんのか?坊主の母親はな、くの一なんだよ、く・の・い・ち!』
・・・・・・あまりの都合の良さから、情けないことに少しの間自失してしまったのは忘れてほしい過去だ。お、おい大丈夫か、とカシワさんに心配されたけど、その時は正直頷くだけで精一杯だった。
――だってあり得ないでしょこんな上手い話!偶然転生(?)して偶然NARUTOの世界に来て偶然親が忍者だなんて・・・・・・運が良すぎる。馬鹿馬鹿しいまでに。・・・・・・ラッキーだけど。
心の中で色々つっこんだことはさておいて、運が良いのならそれを利用しない手はない。チャクラ、忍術、幻術・・・・・・好奇心が刺激されることこの上なし!
だと、言うのに。
「お母さんどこ行ったのかなぁ・・・・・・」
街に入って護衛任務も一時中断したので、早速修行のお願いをしようと思ったのに、
『お母さんちょっと行くところがあるから、泣かないで待っててね』
ぎゅ~っと抱きしめながら逆にお願いされて、1も2もなく頷いてしまった自分が恨めしい。・・・・・・言っとくけど、マザコンじゃないからね?
ズズ~・・・とお茶を一口。茶の国と言うだけあってホントにおいしいね。子供の趣味じゃない?知るか。
ナズナはナズナで両親と買い物に行き、後の者は商品の取引や生活用品の買い出しに出かけている。一緒に行くかと誘われたけど、お母さんを待つと言ったらあっさり引き下がってくれた。
親の偉大さを実感した瞬間だった。
でも、いい加減退屈である。この身体がどの程度の動きに耐えられるかの計算も終わってるし・・・・・・見よう見まねどころかなんとなくでチャクラ練ってみようかな――
「刹那?」
「ぶほっ!?」
何の脈絡もなくいきなり背後に現れた母さんのせいで思わず茶を噴いた。
「ああっ、刹那大丈夫!?」
「げほっ、ごほっ・・・・・・お、お母さん、お帰りなさい・・・けほっ。でも、今度から脅かさないで・・・」
「そ、そんなつもりじゃなかったの!ただ、帰ってきたらちょうど刹那がいて・・・・・・」
うん・・・つもりじゃなかったのは重々承知してるけど、人間にははずみというものがあるんですよ?うっかりとか。
汚れた机を拭いて、綺麗に片づき一息吐いた。
「・・・刹那、大事な話があるの」
そして、母さんは真剣な表情でそう切り出した。
・・・・・・何から話そうかしら。
座布団敷いて息子と向かい合わせに座り、今更な感じでアゲハは悩んでいた。
自分と同じ水色の髪は、長くも短くもないストレート。同色の瞳は、以前とは比べ物にならないほどの落ち着きをたたえている。背丈は平均的だがスラッとした手足で、もう何年かすれば女の子の方が放っておかなくなるだろう。
・・・・・・いけない、思考がずれた。咳払いして仕切り直す。
「・・・この間の、盗賊のことだけれど」
「・・・・・・?」
首を傾げる刹那の前に、回収しておいたそれを置く。
「これがいきなり降ってきて、私の目の前で盗賊の首領に直撃したの」
息子の一挙手一投足に注意を払いながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「これはね、タヅサが・・・刹那のお父さんが趣味で造った物で、まだ完成はしてなかった」
そう、完成してなかったはずだ。タヅサが何度投げてもすぐ地面に激突するような代物だったのだから。
だけど――これはアゲハの目の前で50メートル近い距離を飛び、あまつさえ標的に当たって見せた。
あり得ないことだった。
――未完成なら。
表情1つ変えない我が子に、告げる。
「刹那が・・・これを完成させたのね?」
質問ではなくただの確認として、そう口にする。
果たして刹那は・・・・・・
「うん」
何のためらいもなく、
「僕が造ったよ」
肯定した。
・・・・・・まさか、ばれてるとは思わなかった。
内心冷や汗を拭う。
あのとき見つけたブーメラン、制作者が父さんだったなんて・・・
しかも、話し方からして投げたのも僕だと分かっているらしい。言い逃れは無理だろう。
肯定する他に道はなかった。
「はあ・・・・・・」
それを聞いた母さんが溜息して額に手を当て、既に3分。
閉じた目の向こうで何を考えているのか気になることこの上ない。
「・・・・・・刹那」
「はい」
「念のために聞くけど・・・忍びになる気は、ある?」
・・・・・・え?
「刹那は私の息子だけど、一応意見を聞いておきたいの」
「・・・なれるなら、なりたいです」
「どうして?」
真剣な声、真剣な口調・・・・・・何か、試されてる気がする。前世でも似たようなことがあった。
「・・・・・・3日前みたいに、悪い人達に襲われた時・・・護りたい人を護れるようになりたいから・・・です」
「それだけ?」
・・・プレッシャーを、かけてくる。嘘や偽りは許されない。そんな、声。
今口にした言葉は真実だ。でも、それだけじゃない。
忍びになりたい理由、力が欲しい理由は、それだけじゃ・・・ない。
でも・・・・・・それを口にするのは、ためらわれた。
多分――【白亜刹那】が、生まれてこの方想像したこともないような理由だから。
言葉には・・・できない。
「もう1つ・・・忍びになりたい理由があります。でも、これは口にはできません」
「・・・何故?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・なら、これだけは教えて。あなたの言えない理由は、正義足り得る物?」
言い逃れを許さない問いかけに、僕は静かに、しかし力強く。まっすぐ目を合わせて、断言した。
「――はい!」
僕の視線に、何を思ったのだろう。
母さんは小さく微笑んで、ぽん、と僕の頭に手を乗せた。
暖かな手になでられて、心地よく目を細める。
しっぽがあったらぶんぶん振ってるかもしれない。
「じゃあ、明日から早速修行よ。今日は早く寝てゆっくり休むこと。いいわね?」
「はい!」
その微笑みが悲しそうに見えたのは・・・・・・僕の気のせいなのだろうか・・・・・・