「・・・・・・」
集められた資料を前に、ミカノは熟考する。
広いデスクの上を埋め尽くすように並べられた書類を見終え、溜息。
辻褄は合う。が、突拍子もない考えだ。証拠は一切ない上、仮に証明できたとしても何も変わらない。
並べられた資料の1つ。かつて――と言っても1月前だが――ゼノグループに所属していた部隊長、幹部、大幹部の死亡者リスト。
主に、野心を持つ頭の悪い連中ばかり。
つまり残っているのは、ある程度有能な者たちだけ。
普通暗殺するなら逆だろう。有能な者を殺し、頭のない連中をいいように操る。
それが、常套の手段であるはずだ。
――だというのに、あの若き策略家はその逆の手を打った。
まるで現状を、有能な連中がこぞって配下となる今を”見透していたかのように”。
それが事実だとしたら・・・・・・笹草新羅は、神算鬼謀という言葉ですら物足りない。
よって、これから自分がするのはささやかな意趣返し。
情勢になんら関わりはないだろうが、ほんの僅かでも見返してやりたいという、反骨心。
さて、あの万年笑顔はどんな反応をするだろうか・・・?
「・・・・・・」
即殺しに来るような狭量じゃないと信じたい。
「僕に話があるそうだけど?」
ところ変わって今や群雲の実質的トップに立つ、笹草新羅の居住宅。以前ゼノが使用していたそこを、我が物顔で改装中。
実際、我が物なのだろうが。
というわけで笹草宅を訪れたミカノは、かなりの広さを持つ部屋へと通され目をこすっていた。
あの、人の形をしている削りかけの木材は何だろうか・・・・・・?
「新羅さん、その人形のような物は・・・」
「これ?これね、人気アニメのキャラを模した観賞用の人形の基礎部分」
立場の違いから敬語の類も逆転している。
「・・・・・・何のために?」
「いや-それがね、半分冗談で造ってお店に置いてもらったらいつの間にかオークションにかけられてて、マニアに結構な値段で売れたんだよ」
「マニアに・・・ですか?」
「そ。マニアに」
なんか嬉しそうにしているが、ミカノとしては頭を抱えたい気分だった。
咳払いして、気分を変える。
新羅も、それまでもてあそんでいた彫刻刀を置き、机を挟んで向かい合い座った。
持ってきた資料茶封筒入りを渡す。新羅は紙の束をパラパラ。ざっと眺め机に置いた。顔色1つ変えてない。・・・・・・というか、今ので確認できたのか?
「で?」
「・・・・・・これからお話しするのは、全て仮定の話です。妄想の類と思ってもらってかまいません」
「聞こう」
短く、一言。見かけの若さなど当てにならない、まさに上に立つ者の風格。
自然体のはずなのに、汗がにじむような。
小さく息を吐いて、ミカノは語り始めた。
「・・・・・・始まりは、貴方がゼノグループのボス、ゼノの前に姿を現した時。1月前のあの時点で、貴方の計画は発動していた」
区切って、新羅が何も言わないのを見て、続ける。
「貴方は状況証拠からスパイの当たりを付け、ヒノキを封殺した。グループナンバー2の失脚です。組織内部がゴタつくのは目に見えていた。だが、貴方はそこでゼノをそそのかし、まだ整理もついていない組織から最高の戦力を引き出し牛雲へと連れて行った」
「ゼノは呼び捨てなんだね」
「最早ゼノグループは存在しません。敬称など無意味です」
そうだね、と新羅は応え、その間も表情は笑んだまま。
「最初の奇襲で部下の信頼とゼノの信用を確固たるものにし、牛雲での大勝利へと組織を導いた。クマデが死ななかったためそのまま殲滅戦へ移りましたが・・・・・・クマデは殺し損ねたのではなく、”殺さなかった”のでは?」
僅か。ミカノには分からなかったが、笑う唇の弧が、深く。
「クマデを殺すため貴方は部隊と共に牛雲へ残り、時を稼いだ。何故か?貴方はゼノが死ぬことを前もって知っていたからです。組織のトップが消えることで、精鋭を欠いた群雲を乗っ取るチャンスだと無能な連中に”思わせた”。・・・・・・実は、こっそり煽動していたのでしょう?」
瞬き1つ。顔色は、変わらない。
「そして群雲が、裏も表もなくなるような争いに陥る――その直前で、笠雲の勢力を差し向けた」
「どうやって?」
「知りません。不確かな情報で踊らされるほどあの組織は馬鹿ではありませんから、これは私の妄想です」
「うん・・・続きを」
「はい。外から敵が向かっている報せが群雲に届き、慌てた反乱者共は一時的に手を結んだ。どうせこれも貴方の息がかかった者が提案したのでしょう。そうして争いを回避し、群雲と笠雲の組織同士で抗争が起きる寸前、4つ目の組織に笠雲を襲わせた。・・・手段なんて見当も付きませんが。そして笠雲の前線部隊はすぐに引き返し、表面上は安定している群雲へ、精鋭部隊の信頼を得た貴方が帰還する。最も戦闘に優れた部隊を掌握しているため、貴方に武力での対抗はできなくなる」
「・・・・・・あれは勝手に信奉してるんだよ」
「天然のカリスマですか。羨ましい限りです」
うんざりした様子の新羅に皮肉。表情を変えはしたが、方向性が違う。
「群雲で表立っての活動が不可能になり、苛立った知恵の乏しい連中に貴方は絶好の噂を流した。笠雲で更なる勢力が介入し、他の守りが疎かになっている、と。それに釣られた連中はこぞって群雲を飛び出した。野心のままに一旗揚げるなら、貴方の目がある群雲よりはやり易いと思ったんでしょうね。・・・出て行った全員、死亡か行方知れずになっていますが、まあどうでもいいことですね。雲の国に規模の大きい裏組織は5つあり、その全てが壊滅、疲弊、もしくは派兵していますが・・・この5つの裏組織を、”陰で操っていた黒幕”は貴方だったんじゃないかと、私は考えます」
「・・・何故?」
「客観的に見ればゼノグループのボスは死に、組織は一時瓦解。再編された今も、その大きさは比べるべくもなく弱体化しています。――が、見方を変えれば大きなプラスとなっています」
置かれた書類の中から一枚、ある程度の人数を率いる者たちの、死亡者と生存者リストを取り出す。
「元ゼノグループで既にこの世にない、死んでいる人間のほとんどは、無能で、性格や思想など、組織として見るに問題のあった者たちばかりです」
――それは、組織という1つの集団で考えた場合、計り知れないメリットとなる。
残っているのは、一定のボーダーを越えた有能な者たち。数は少ないものの、組織そのものが縮小しているため活動に支障はない。
つまり、新羅がトップに立つこの組織は、ゼノグループの良い点だけを骨組みに創り上げられている。
腫瘍の部分は、全て切り捨てて。
「1月前から今日まで。全てが笹草新羅という人間にとって有利に動いている」
渇いた唇を舐め、面白そうな気配を醸し出す新羅の、黒々とした双眸を見据える。
「貴方は最初から、新しい組織を創ることが目的だった」
「――で、妄想は終わりかな?」
にやにやと。何か企んでそうな、その笑顔。
「ええ、終わりです」
「くすくす・・・・・・証拠はない。憶測とも呼べない。矛盾点が多すぎ。可能性も低すぎ。どこを見ても穴だらけ。まさしく妄想だ。・・・それで、こんな話をして、ミカノは何がしたい?」
「別に何も。ただ話してみたかっただけです」
真実である。強いて言うなら、新羅の反応を見てみたかっただけ。
「ふむふむ、なるほど。ではミカノ、汝を我が民間軍事組織『五行』の副司令に任ずる」
「は?」
「というわけで、しっかり役目を果たせ」
サラサラ~と任命書らしき物に辞令を書き、こちらへ手渡す笹草新羅。
「・・・・・・いや、何をいきなり?」
「え?副司令不満?」
本気で不思議そうな顔に、頭を抱える。
「・・・あのですね、私は貴方の組織に入るなどとは一言も、」
「あれ、そんなこと言うんだ?バラしちゃうぞ~、ミカノが僕の造った人形買ったの」
「ぶっ!」
噴いた。そりゃ盛大に。
「な、ななななな何で知ってるんですかっ!?」
「だって造った当人だよ?誰が買ってくれたのか気になるじゃない」
わかる。それはわかるが、だからといって本気で調べる奴はいない。
・・・・・・これに普通を求めるのが間違いか。
頭痛が痛いの領域で額を押さえるミカノ。
「バラされたくなかったら・・・・・・ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解しました」
選択肢はなく、それ故に力ない返事。もうどうにでもなれ。
「・・・・・・ところで民間軍事組織って何です?」
「商売の手を広げるってだけ」
「?」
それだけでは分からないので新羅は詳しく説明する。
組織の名は『五行』。賭場の取り締まりや上納金を納めるなど、基本的なことはマフィア時代と変わらない。が、その建前が大きく異なる。
上納金は治安維持費へ。また表へも門戸を開き、護衛や傭兵などの依頼を受け付けるようにする。
麻薬は全面的に禁止。非合法取引は可能な限り減らす。
・・・・・・その他こまごまとした規則やら何やらが続き、聞き終えたころには夜半を回っていた。
「・・・・・・マフィアから表の組織への脱却、ですか」
「半分だけね」
・・・・・・正直、面白いと思った。
裏なら裏。表なら表。
一枚のコインは、本来交わるものではない。
それを覆そうというのだ。
・・・・・・しかし、これと似た体系なのは。
「・・・忍びの仕事と、被りそうですが」
「安さと手軽さで勝つ」
「質で劣っているのは?」
「解決策がある。心配ない」
「・・・・・・忍びを育成するとか言いませんよね?」
「ワオ、よく分ったね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・本気ですか?」
「本気も本気。講師もそのうち呼ぶから」
「・・・・・・・・・」
本日の教訓。
新羅の思惑に頭を悩ませるのはやめよう。
心底、ミカノはそう思った。
ミカノが帰った後。
1人残った作業室で、新羅は満足げに伸びをした。
やはり、ミカノは使える。
証拠も何もない中、推理だけで真実に近づくその頭脳。
組織の中枢を任せるのに、なんら不足もない。
「判断材料わざとばら撒いた甲斐があったね・・・」
くすくすと、新羅は笑う。
見事、”期待通り”手繰り寄せてきた。全く以って有能だ。
群雲は落ちた。後は周りを平定していくだけ。これまでと比べたら、なんと容易い作業か。
最大で5つもの鏡像を駆使して各都市のマフィアと接触。
驕る者はおだて、尻込みする者は煽り。
脳味噌のない者は使い捨て、小賢しい者は怯えさせ。
信頼を寄せる者は配下にし、そうでない者はことごとく消し。
あらゆる謀略とあまねく策略とを手足のごとく操り全ての敵と障害とを排除した。
道を阻むものは、塵1つない。
それから、2ヶ月が経ち。
3ヶ月に及ぶ乱雲の役は、たった1人の手で始まりたった1人の手で終わった。
雲の国の裏組織は、例外なく併呑され。
そのさらに1月後、民間軍事組織『五行』は本格始動。
表と裏と、清濁併せ呑む一大組織が築き上げられた。
・・・・・・鏡像使いすぎて本体チャクラが4割を切り、刹那が一時修行についていけなくなったのは、また別のお話。
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・・・・・・信じられないこと。
投稿しようとして、追投稿クリックしたら全削除だったという結末。
せっかく5日連続投稿だったのに・・・PV10万いったのに・・・・・・
データはあるので、復元は楽ですが。
・・・全削除の時に確認画面が出るようにして欲しいですね。
くじけず、これからも投稿していきます。