新羅がゼノの組織に潜り込んで早2週間。情勢は、驚くほど変化していた。
群雲に本拠を構えるゼノたち一行は、クマデが傘下に治める牛雲へ極秘裏に、かつ大々的に部下を派兵。苛烈極まる戦闘が行われた。
最初の奇襲でクマデを討ち取れなかったのが痛いと、ゼノは考える。新羅主導で牛雲に攻め入った部下は、後1歩のところまで追い詰めながら突如現れた増援によって撤退を余儀なくされたのだ。隠密行動が上手いクマデを探し当てたことで、新羅の評価はこれにより更なる向上を見せている。
そしてその報告の場で、新羅はクマデの配下に相当な智者が入っていることを指摘。そうでなければあのタイミングで増援など不可能だという。信頼厚い古参の参謀ミカノもこれに同意したことで、会議場は緊迫感に満ちた。
もっとも、その智者は鏡像分身な訳だが。
次に新羅は即時殲滅を提案。頭の良い奴は時間をやると何をしでかすか分からない。ならば準備する暇を与えず一気に進攻するべきだと。
ミカノは死者が多く出る可能性を指摘するが、ものの1分とかからず言いくるめられ電撃作戦が決行された。
結果は大勝利。敵幹部たちの半数を討ち大打撃を与えることに成功。少なくない犠牲が出たものの、得た利益のほうが大きかった。
その後も細々とした戦闘が何度も起きているとはいえ、全体的にこちらが有利。さしたる障害もない。クマデの首級を取る、完全勝利も目前だった。
そうして1人ほくそ笑むゼノの元に、急使が入った。新羅からの急ぎの便りらしい。
すぐさま開けて眺めるに、顔つきを険しくする。クマデの部下少数が群雲に、自分が支配する街に潜入したことを突き止めたと。
「・・・・・・早急に手を打たねばならんな」
「いえ、その必要はありません」
「何?それはどういう――」
意味だ?とは、続けられなかった。
急使が突如短刀を閃かせ、ゼノの首に突き刺さっていたから。
群雲を十何年にも渡り支配してきた男の、余りにも呆気ない幕切れ。
それはこれから続く大混乱、後に『乱雲の役』と呼ばれる裏社会革新の、始まりに過ぎなかった。
「・・・・・・大将が殺られた?」
新羅の元へもたらされた一報を聞き、ツムジは呆けたように言った。
「そう、この手紙には書いてある。・・・くそ、報せは間に合わなかったか」
「・・・・・・新羅さんよ、これって非常にまずくないか?」
「意外に落ち着いてるね。でもその通り。とてつもなくまずい」
この手紙にもあるが、群雲の街は騒乱に巻き込まれている。
突然トップを失い幹部連中も街を出払っている。情報系統が乱れ命令が伝わらない中、野心に燃える馬鹿共が離反。複数の集団が自ら群雲の主導権を握るため相争い、表の住人にも被害が広がっているという。
「馬鹿だ馬鹿だよ大馬鹿ぞろいだまったく」
「こんなことなら大将から離れるんじゃなかったぜ・・・」
「けどツムジがいなかったらここまで攻めることも不可能だった」
「買ってくれるのは嬉しいけどよ・・・・・・どうすんだこれ?大参謀様にいい考えがおありで?」
「大参謀は恥ずかしいからやめろ。どうするもこうするも、僕の仕事はここで終わりだ」
「――はあ!?」
「僕が契約した相手はゼノ個人。そのゼノが死んだ今、契約は終了お役ご免ってこと」
報酬分の働きはしっかりもらってるし、と続ける新羅。正論は正論だがそれはあんまりじゃないかと唖然とするツムジ。
「・・・いやでもよ、たった2週間ちょっとの付き合いとはいえ、少しでもゼノの大将に恩義とか感じちゃないのか?」
「・・・金払いの良さで用心棒を引き受けた人のセリフじゃないね」
金の亡者とまではいかないが、それが理由でゼノの側にいたツムジからそんな言葉が聞けるなんて。
「ひでぇ言いぐさ・・・・・・」
「まあそういうのが仮にあったとしても、僕は嫌われ者だからね。ああいった馬鹿共に言うこと聞かせるのは無理」
ふらっと現れた新入りのくせにと、成り上がりを狙う中から上程度の連中にそりゃーもう陰で色々言われまくっているのである。なまじ実力と信頼があったため表面化してないだけで、組織をまとめるために動いたところで反発は目に見えている。
牛雲にいる連中からは、鰻登りの信頼なのだが。
とはいえもちろん最初から信頼されていた訳がない。それはそう、牛雲へ到着した際の作戦を説明する時のこと――
珍しくフードを脱いで現れた新羅を見た連中の反応は、そりゃ酷いものだった。
若過ぎる――それが不満の元手であり組織に入って日が浅いこともあり、参謀として命を預けるわけにはいかないというもの。
「ガキは帰ってママのちちでも吸ってろ!」
「てめぇなんざ信用できるか!」
「ケツの青さも取れてない奴はすっこんでろ!」
などなど。罵倒の嵐。
最精鋭であるという自負もあるが故に、遠慮の欠片もない。
どうしたものかとそれを見ていたツムジは頭を抱えた。あの現場を見ていない者にこいつの凄さはそうそう伝わらない。なまじ見てくれのよくない奴が大半だっただけに、美少年に対する当て付けもあったのかもしれないが・・・
チラリと横目で新羅を覗き、驚愕。あろうことか、その口元は先と変わらぬ微笑であった。
・・・・・・何企んでる?
訝しむツムジをよそに新羅は一同を見回し、チョイチョイと一人を手招き。
「ちょっとこっち来て」
招かれたそいつがどうしたものかとこちらに視線を飛ばしたので、行けと顎をしゃくる。不満そうだったが、ツムジの命令でもあるため仕方なく新羅の元へと歩き、そのまま隣の部屋へと連れ込まれた。
パタンと閉じられる扉を見て、ふと思う。
・・・・・・今連れ出されたのは、ママがどうのと言ってた奴じゃなかったか?
なんとなく、いやな予感に囚われる一同。
ギュィイイイイイイイイイイン!!バチッ!バチバチバチィッ!!!
・・・・・・聞いてはならぬ音が聞こえた気がして、皆冷や汗。
それからほどなく。扉が開き、
「というわけで、僕の命令は絶対遵守。オーケイ?」
「サー!イエッサー!」
「「「「「!??????????」」」」」
ビシッ、と見事な敬礼を決める元(?)ならず者。
何があった?いったい中で何があった!?どこのギアスだっ!?
絶句と言うよりドン引きする一同心のシャウト。一部思考に異常を来したが、電波なので即忘却。
さっきまでけなしていた奴が、どうやったらそんな態度になる??
罵倒を浴びせた数人が、滝のような汗をダラダラと。
人格改変というも生ぬるい激変。人体改造ならぬ心体改造?
など、半ばパニックに陥った精鋭さんたち。くるっ、と新羅の視線さらされて。
「はい、次の方どうぞ~♪」
「「「「「っ!!」」」」」
ビクゥッ! と爽やかな笑顔に身の危険を感じ、精鋭のはずの猛者たちが、皆一斉に首をぶんぶんと。
だって怖いし。というかおぞましいし。何をどうしたらマフィアが軍人になるのだ?
「・・・・・・お、おい。新羅?何した?」
果敢にも1人疑問を投げかけたツムジの姿に、集められた者たちは尊敬を覚えたという。
「何って、精神的に”教育”してあげただけだよ?」
・・・・・・にっこり微笑む新羅の姿が、彼らには悪魔に見えて仕方なかったという。
こうして、新羅に逆らう存在は例外なく駆除されたそうな。
(・・・・・・ありゃ怖かった)
今でも思い出すと寒気に襲われる。しかしそれが畏怖と信頼に取って代わるのにさしたる時間もかからなかったが。
奸計を張り巡らせ謀を見抜き、罠には罠でもって応え千里を見晴るかすような知略により大勝利をもたらした大参謀なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。今では牛雲で戦った者に限り盲信に近い絶大な支持を誇っている。
正直ツムジ自身も、あれにはクラッときていたり。
・・・・・・誰1人あの恐怖を忘れてないところが味噌。
そうして思考は今へと帰還する。
「・・・とりあえずゼノグループは事実上空中分解。ミカノさんも動くだろうけど、建て直すのは無理だろうね」
「おいおい、お前に劣るっつってもあのミカノだぞ?」
「小手先の知恵と力じゃどうにもならない相手が来るのさ。――第三勢力が」
「なっ・・・・・・ちょっ、待て!今この時期にクマデ以外の奴が来るのか!?」
疲弊しきり内部抗争まで起こっている今、外部勢力への対抗などできようはずもない。
そんな焦燥に身を焦がすツムジに、新羅はなんともあっさり告げた。
「来るよ?ちょっと賢い奴なら今が群雲を手に入れる最高のタイミングだって気づく。そして今の組織には、そのための対抗手段がない」
八方塞がりだねー、とどうでもよさげに呟く新羅に、憤りを覚える。
「新羅、このままだとどのくらいの被害が出る?表と裏合わせて」
「ゼノグループはほぼ壊滅。投降しない限り普通皆殺しかな。窮鼠猫を咬むで反撃したとして、表の被害も軽くは済まないだろうね。そうなったら今度は治安のために忍びが出てくる。裏だけならともかく、治安に影響が出過ぎると国が動き里が動き暗殺の大流行っと」
基本不可侵というか。表と裏で治安の相互不干渉が暗黙の了解。
「・・・・・・大参謀笹草新羅。それを防ぐ方法は本当にないのか?」
「だから大参謀は――」
「大参謀っ!!」
声を荒げる”まともな”顔のツムジに、新羅は目を丸くした。
「頼む、真剣に考えてくれ。あそこには・・・群雲には、お袋がいんだ。とっくの昔に勘当された身だけどよ・・・・・・俺を産んでくれた、ありがてぇ親なんだ。だから、頼む!何とか、群雲がこれ以上酷いことにならねえような手段を――」
「ずいぶんとまあ独善的な願いだね」
ツムジを遮り、情感のない声で淡々と。
「自分が他人を殺すのはよくて自分の大切な者は殺されたくない。他人の平和と幸せを奪うのはよくて自分が奪われるのは我慢ならない。自己中ここに極まれり、と」
「・・・・・・っ」
「だからこそ――気に入った」
「っ!?」
下げていた面を上げる。
楽しそうに。愉しそうに。
背筋の凍る微笑を浮かべた、笹草新羅と目が合った。
――どうしようもない怖気に、冷や汗が出る。
・・・・・・こいつ、本性隠してやがったな
目が合う一瞬でツムジは確信する。
されど、ああされど。
その本性の、なんと頼もしいことか・・・!
「ツムジ、キミの考えはよく分かった」
思わず膝を突きそうになる威圧を放ちながら、新羅が嗤う。
「僕も同意見だ」
それは、一体何に対してか。
「1つ聞こう。群雲が無事なら、他は”どうなっても”いいんだな?」
全く愚問過ぎるその問いに、俺は震える笑顔で答え――
俺と新羅の、契約が成立した。
・・・・・・それから更に2週間後。
群雲は――否。雲の国裏社会は、忍界大戦にも及ぶ混沌の渦に叩き込まれていた。
ゼノグループから始まった復讐劇。牛雲を支配していたクマデの組織をズタズタにしてのけた軍事力は、グループのトップが突如暗殺されたことにより内部崩壊。抗争が勃発。しかしそこへ第三勢力、笠雲を取り仕切るマフィアが介入したことで一時的に同盟が成立し、敵の敵は味方という原理に基づき一致団結してこれに当たる。かと思いきや、笠雲から向けられた部隊は慌てたように引き返し、えーせっかく準備したのにー、という感じ。
それというのも、群雲を攻略せんとしたマフィアの元へ更なる第四勢力が登場。笠雲が強襲され取って返さざるを得なくなったというわけ。激化したその戦いに疲労が見え始めたころ、漁夫の利を狙った第五勢力が急襲を仕掛け済し崩し的に三つ巴の乱戦へ。
そうして群雲から目が離れている間に、新羅率いるゼノグループ最精鋭部隊が牛雲から帰還。一応まとまった形を見せる群雲マフィア連合と会談。事態がどう動くか分からないので内輪もめは一時中断し、外の情勢が定まってから改めて組織のトップを決めるという約束を取り付ける。というか、取り付けさせた。弁舌で新羅にかなう者はいない。
その後外の混乱はますます肥大化し、今どこそこを狙えば楽に取れるなー、といういい加減でいてそれらしい情報を過激派連中にそれとなく”漏らす”。功と欲に目がくらんだ馬鹿な奴らは一様に群雲を離れ、適当に騒がせた後軽く罠にはめ抹殺誅殺皆殺し♪
そして新羅の流言に流されなかった賢しき者たちは、これまた一様に恐れおののいていた。
奸計、策略、陰謀、策動。
その知略の前に、全てが闇に葬られていく。
誰がそれを成したかは明らかなのだが、証拠の欠片もない。
正面切って迫ることはできず、ならばと対策を企て同志を募っていた男は、翌日行方不明になっていた。
・・・・・・我が身可愛さというか何というか。新羅は何も言っていないにも関わらず、配下に加えて欲しいと門戸を叩く者が続出。
かつての大幹部の中で、未だこの世に在りながら新羅を主としていないのは、ミカノただ1人であった。