〈ツムジ〉
縄を打たれ連れて行かれるヒノキの姿に、俺は痛快さを隠せないでいた。
一昨日ひょっこり現れた正体不明の情報屋を名乗るガキ、笹草新羅は色々とぶっ飛んでる奴だ。
何がおかしいって、こいつは証拠なんぞ1つも持ってないくせに、裏切り者を暴き出すとのたまいやがったのさ。それも外れたら殺してくれていいときた。組織のトップとしての建前上、身内の腹探るのは不和をもたらす。それだけだったらゼノの大将も首を縦に振らなかっただろうさ。
だが、あの新羅ってガキはそんじょそこらの奴とは頭の出来が違ったようだ。事前にあらゆる角度から調べ検証した結果、大将が家族水入らずの旅行に出かけた先の情報を知っているのは、そして情報を漏らし旅行初日に襲えるよう手はずを整えるには、幹部クラスの力がないと無理ってことらしい。いやはや、この推論だけで俺は感心したね。
思い当たる節が大将にもあったんだろう。苦虫を噛み潰すような顔してたぜ?あれはなかなか愉快だった。まあ大将の立場としちゃ証拠もないのに疑う訳にもいかなかったんだろうな。組織のしがらみってのは厄介なもんだ。
だが大将がガキの提案を受け入れたのは、そんな推論や知力が理由じゃない。笹草新羅自身が言った、人の心の動きを見抜く能力。何でも瞳の微かな動きや表情筋、発汗量、僅かな重心移動から人の心理状態を把握し嘘を暴き出す・・・って話なんだが、にわかに信じられるもんじゃねぇよな?無論俺も大将も信じちゃいなかったさ。目の前で実例を見せられるまではな。いや、俺も実験として嘘とホントを言ってみたんだが、見事に全部正解だったぜ。化けもん見てぇな忍びでもこうはいかねえだろうよ。
ただ、このダンスホールを会場に指定したのは何でだろうな?理由なんざ欠片も思いつかねぇが・・・まあどうでもいいことだな。気にしてもしょうがあるまい。
そうして大将は決断し今に至る訳だが・・・・・・全く、いいもん見れたぜ。ヒノキの野郎はご愁傷様としか言いようがないがな。最初にミカノをスパイだ何だと言ったのは、ハナから嘘っぱちだった訳か。全てヒノキの油断を引き出すための演技。ったくとんでもねぇガキだ。末恐ろしいってのはこのことだな。
・・・・・・おいミカノ、いいかげん機嫌直せよ。新羅も謝ってんじゃねぇか。この寸劇の引き立て役にしてすいませんって。・・・・・・あ、無視して出ていった。大人気ねえにもほどがあんぞ。
それにしても、だ。一応俺の仕事は護衛なんだが・・・くそ、妙に血が騒ぐ。最近荒事も少ねぇからな。しかしまあ、新羅のおかげで楽しくなりそうだぜ。次は何をやってくれんのか楽しみで仕方ねえ。大将もあいつを重用せざるを得ないだろうしな。
〈ミカノ〉
・・・・・・私は、今日ほど自分の身の程を思い知らされたことはない。組織の頭脳だ何だともてはやされ、すぐ側に潜んでいた内通者に気づかなかったなど・・・・・・参謀失格だ。
それに比べあの新羅という、まだ大人にもなりきれていない子供はどうだ。自ら調べ見聞きしその上で推論を並べ、確信に至ったところで何ら証拠もないままスパイを暴き出した。その弁舌と、観察眼のみで。・・・・・・私は、自分が情けなくてたまらない。私を出汁に使ったことに対する彼の謝罪に、逃げるように出ていってしまった。ああ・・・本来ならばすぐにでもボスと協議しなければならないのに・・・
ヒノキがスパイだというのは、状況から見て間違いないのだが、それでも信じられない思いだった。私がボスの陣営に加わった時は既にナンバー2の位にあり、組織の黎明期からボスと友に苦楽を共にしてきたという。それが全て、演技だった訳だ。なんと気の長い策だろうか。とても真似できる物ではない。
その長年の謀略も、今夜一晩で潰えてしまった訳だが。
裏切り者とはいえ、同情を禁じ得ない。
新羅は・・・・・・あの私を遥かに越えるだろう才覚の持ち主は、きっと組織の中で重要なポストを任されるだろう。それだけの働きはした。もしかしたら参謀に任じられるかもしれないが・・・その時は潔くこの身を引くとしよう。知力だろうと暴力だろうと、力ある者が上に立つのは必然なのだから・・・
〈ゼノ〉
あのヒノキが・・・・・・組織発足当時から俺に付き従っていたヒノキが・・・・・・まさか、にっくきクマデの弟だったとは。・・・今でも、信じられん。
最初から間諜の役割で、ずっと俺の元にいたという訳か。獲物が、俺の組織が成長し熟すのを待ちながら。・・・・・・ふっ、気づかなかった俺はなんと愚かなのか。死んだ妻や娘にも申し開きが立たん。
「ゼノさん、何沈んでるんですか?」
ミカノの方に行ってた新羅が戻ってきた。ああ、沈みもするとも。あれらを死なせてしまったのは、俺がヒノキの翻意に気づかなかったせいだ。恨まれようと仕方がない・・・・・・
「・・・・・・1つ勘違いなさってますよ」
・・・何?
「貴方の奥さんと娘さんを、”殺したのは誰ですか?”」
っ!!
「裏切り?内通?それに気づかなかったから、どうだと言うんですか。”貴方の家族を殺した男”は、どうするんですか?」
責めるような、見捨てるような。
上辺だけ飾り付けた、辛辣なまでに苛烈な。
――非難。
復讐はどうしたのか、と。
マフィアの誇りはどうしたのか、と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その言葉は、青天の霹靂のように、俺のしなびた性根を打ちのめした。
「くっ・・・くくく・・・・・・ファーッハッハッハ!その通りだ!全くもってその通りだ!!己を悔いるなど誰でもできること。ならば俺は、俺の力のままに復讐を成し遂げてやろうではないかっ!」
ああ、何故こんな簡単なことに気がつかなかったのか。何が要因だろうと俺に非があろうと、クマデのクソ野郎が仇であることに変わりはない!
「新羅!お前は俺専属の助言者となれ!」
「・・・あの、今回のことに関してしか契約しか結んでないんですが」
「構わん!お前の実力はよく分かった。それに報いるだけの地位をくれてやる!」
「・・・・・・他の組織による埋伏の毒とは考えないので?」
「他がやる気なら、ヒノキを消すことなくもっと有意義に使うはずだ。違うか?」
「・・・・・・・・・えっと、雇用契約はもう少し考えて練ったほうが、」
「金も権力も女も用意してやろう。不満か?」
「・・・女は別にいいです・・・・・・」
よく分からんが肩を落としながら新羅が言った。若いくせに枯れてるぞ。
「契約成立だな。今回の情報料と契約金、あとお前が使える人員のリストを用意する。今日はここで部屋を取ればいい。金は払っておいてやる」
未だ戸惑う新羅と半ば強引に握手を交わし、俺はダンスホールを後にした。ヒノキの後釜を決めんとな。クマデを殺る算段はその後だな・・・・・・
〈新羅〉
のしのしとホールを出て行くゼノに僕は頭を下げ――フードに隠れた口元で、酷薄に笑んだ。
一介の情報屋と組織内部に喰い込む参謀役。どちらかに落ち着くとは思っていたが、予想以上の好待遇だ。
これで、”中から動かせる”。
まさに理想的なポジション。
くすくすと、声にもならない嘲笑を響かせる。
始めよう。組織を組織足らしめる力の確保を。
踊るがいい道化共。お前らは既に僕の駒。
金と人材そして信用。全てが全て根こそぎ奪ってやろう。
”大事なもの”に含まれてない者共は、僕にとって等しく無価値。
謀略と知略と権謀の限りに磨り減るまで使い切ってやる。
生き残りたくば、有能さを示すがいい・・・・・・!
「・・・・・・」
しかし、まあ。
どうにも上手く行きすぎてる感があるのは、気のせいだろうか?
そんな風に、内心首を傾げる新羅の背後。
鏡に映る笹草新羅が肩越しに振り返り、ニッ、と笑った。