ここは違う
あそことは違う
なら、僕はここで何ができるのだろう。
ガラガラガラガラガラ・・・・・・
延々と続く轍の音。最初は辟易したけどもう慣れた。
現在僕等の商隊は一路南へ、茶の国を目指している。どこで何が売れるのかなんて何も知らないけど、旨みがあるからこそわざわざ足を運ぶのだろう。
商隊は頭の名を取って『カシワ隊』と呼ばれていて、母さんは護衛のために馬で荷車の辺りを警戒している。で、僕はと言えば、
「ねーねー、セツナくんの番だよ?」
「あー・・・うん、どれがいいかなぁ・・・・・・?」
――頬を引きつらせつつ、幌馬車の中二人ででババ抜きなんかやっていたり・・・
何でだよ!?・・・・・・ってつっこみたいのは山々なんだけど、移動中は遊ぶ以外他にすることがないのだ。
しかも目の前できらきらした目で僕を見つめてくるお下げの童女、ナズナという名前なのだが、母さん曰く幼なじみでしょっちゅう遊ぶ仲だったらしい。となれば白亜刹那として無下にはできまい。・・・・・・親同士仲もいいみたいだし。
カシワ隊には子供が少ない。というより、普通の商隊では子供を連れ歩かないだろう。だって子供だよ?仕事はできないし子供1人分の食料や衣服も必要となるし。その分商品の置き場に回した方が利益は出るはずだ。
「う~ん・・・よし、これだ!」
残った二枚の札の一枚を引き、出てきたのはハートのクイーン。ビンゴ!
「あー!またまけた~~!」
「あはははは!そう簡単には負けないよ」
だけど・・・・・・カシワ隊のメンツはどうも皆さんお人好しの感じがする。
母さんを始め、お頭のカシワさん(御年69歳!)にナズナの両親。全員合わせても20名ちょっとの隊は、その分皆の仲の良い、アットホームな空気に仕上がっていた。
黄泉返りという異常な現象にも、「生き返っただと!?いいこっちゃねえか!!祝いだ、飲め!」とあっさり流されたり・・・・・・
良いのだろうか?と僕の方が気後れしてしまったほどである。
ともあれそんな良い人達ばかりだからこそ、逆に子供を連れ回しているのだろう。
――家族として。
「むぅ~。セツナくん、もっかいやろ!」
「えぇ!?いまので26回目だよ、まだやるの?」
「やる!だってぜんぶまけてるもん!」
・・・・・・わざと負けようかなぁ~。ていうか、今更ババ抜きをやる羽目になるとは思わなかった。子供の宿命か・・・ああそんな悲しそうな顔向けないで。やってあげる、やってあげるから・・・・・・!
もうとっくに飽きたけど、渋々トランプを集め手際よくシャッフル。二つの山に分けていく。・・・・・・それにしても、この世界にもトランプがあったのか。スロットや宝くじまであるのだから、別に変でも何でもないけど。荷台を引っ張ってるのも車じゃなくて馬だし。確かエンジンの類は存在してたはず。・・・・・・変なの?
昼食後、出発した馬車の中で始まったババ抜きは日が沈むまで続き、最終的に157回で終わりを迎えた。根負け・・・もとい疲れたナズナが眠ってしまったのだ。子供というのは妙なところで鋭く、手を抜こうとすると怒られるのである。不思議だ。
揺れる馬車をものともせずぐっすり眠るナズナに毛布を掛ける。心温まるあどけない寝顔に、僕は穏やかな微笑を浮かべた。
その時だ。
「うわっ!」
急に馬車が減速して尻餅をつき、積み重なった荷物がナズナの上に落ちそうになったので慌てて支える。あ、危な・・・!
――一体、何事?
「おい刹那!」
「しゃこつさん、何があったんです!?」
僕が問いかけたのは、まだ若い、御者台に座る青年。長身で筋肉質な身体つきのこの青年は、血の気の多く喧嘩好きの性格の癖して子供好きで面倒見が良いという複雑な精神構造をしている。
「盗賊だ!危ねえから絶対出てくんじゃねえぞ!!」
そう言い残し、しゃこつさんは刀片手にどこかへ行ってしまった。――って盗賊!?
つまり、お母さんも戦う・・・・・・?
「大変だ・・・・・・!」
こんなとこでじっとしてる場合じゃない!
だけど・・・足手まといなのも確かだ。
子供が戦うというのは明らかに間違いで、荒事は護衛や大人に任せておけばいいというのも理解している。
けどそれは平和な世界の平和な国での話だ。ここでは幼い子供でも大人顔負けの働きをしたりもする。――いや、しなければならないに状況になったりする。
ここは、そういう世界なのだから。
もし万が一――想像するのもいやだが――母さんたちが全滅したら?僕と、ナズナはどうなる?
・・・・・・考えるまでもない。
お母さん達の実力は全然知らないけど、本当に万が一があってからじゃ遅い。
何か、何かできることは・・・・・・
きょろきょろと馬車の中――家具で占められた空間を見回し、必死で思考を巡らせる。
そして、ある一点で目を留めた。・・・いや、何でこんなのあるの!?そりゃラッキーだけどさ。NARUTOの世界にこんなのあったっけ?
それを手に取り、でもこのままじゃ不完全だと言うことに気付く。
・・・えっと、刃物どこ~?
――戦場とは、こういう事を言うのだろう。
風に漂うむっとした血の匂い。叫びと悲鳴。篝火とたいまつ。
だけどその光景を見て僕の感想はこれだけだった。
「なんだ・・・・・・あそこの方が酷いじゃないか」
冷ややかな視線を踊る炎の群れに向け、落胆を込めて呟いた。
・・・・・・と、感傷に浸ってる場合じゃなかった。
ナズナを起こさないよう気をつけながらだったので、発見に時間がかかりすぎた。しゃこつさんが出て行ってから、既に12分37秒が経過している。
よいしょ、と器用に幌の上に登って全周に目をやり、
――観察する。
観測し推測し思考に思考を重ね求める一点を見いだす。
動き回る盗賊の群れ、47騎。その配置と行動と聞こえてくる怒声からおおよその方角を割り出し、
・・・・・・見つけた。
西方の片隅で怒声を上げる男に視線を定めた。
見た限りでは、十中八九あのひげ面がボスだ。
前世(?)とは身体のスペックが桁違いに良いおかげで、夜目も相当に効いている。ありがたいことだね。
すっと腰を落とし、右手に持ったくの字型の物体を頭の後ろへ。
「・・・距離47.25メートル。東南東の風、風速5.8メートル。移動速度修正・・・予測移動地点算出終了」
淡々と計算結果を口にしてタイミングを計り、僕はブンと腕を振るった。
そのまま身体を回転。
1回、2回・・・3回転目、円盤投げの要領で、僕は計算どおり物体――ブーメランを、投げた。
遠心力で得たエネルギーを完璧に伝え、子供の筋力としてはあり得ない速さで夜空を駆けるブーメランは、見つけたナイフで空気抵抗を受けないよう極限まで無駄なく削ってある。空気を切り裂きながら頭の中で描いた通りの軌跡をなぞり風に乗り、狙い誤たず目標の後頭部へ直撃――落馬。
・・・・・・音は聞こえなかったけど、周りの騎馬の動揺具合とまったく起き上がる様子のないことから重傷らしいことが分かった。
手下の1人が慌てたように撤退の銅鑼を鳴らし、頭目を潰された盗賊達はしっぽを巻いて逃げ帰っていった。
「――っよし!狙い通り」
――頭を潰すのは戦術の基本なり、ってね。
「あれ・・・なんか、妙に体がだるい・・・・・・」
とこめかみを抑えつつ僕は幌の上にばったり倒れる。
・・・・・・む・・・成長しきってないこの身体じゃ、あの思考の仕方はちょっと・・・疲労が激しすぎ・・・
まだ、お母さんが生きてるかも確認できてない、の、に・・・・・・
一日馬車に揺られ続けた疲れも相まって、僕は襲いくる睡魔へ抗うこともできずに、ダメだダメだと思いながら呆気なく意識を失った。
その様子を、離れた所から目撃した人物がいた。
戦場となった街道の西側で、今まさに頭目へ奇襲をかけようとしていた女性。
「刹那・・・・・・あなたいったい・・・」
水色の髪を揺らし、血に濡れた苦無を構えたまま、白亜アゲハは呆然と吐息を漏らした。