殺陣
異性
より神経を使うのは、後者。
・・・・・・ぐ
ズキズキ疼く後頭部の刺激に、シギは半強制的に目が覚めた。
「・・・・・・」
水色が、視界を埋め尽くしている。
それが刹那の髪だと気づくにのに数秒を要し、さらに数秒かけて何があったか思い出した。自分と同じ地球産の人間、刹那と試合をして、負けたのだ。
全力を尽くした。仕込み苦無、重り、苦心の末可能となった体内門の解放。自分の全てを晒して、その上で負けた。
日の傾き具合から、そんなに時間は経っていないことが分かる。自分が、刹那に背負われていることも。
サスケより強い自信はあった。原作の下忍試験の時のサスケより、遥かに強いという確信があった。
だが、負けた。それも、自分を背負って歩けるほどの余力を、相手に残したまま。
・・・・・・情けねぇ。
昨日の負けはテンパっていただけではなかった。純粋なる実力の差だった。
それも見抜けず、まともにやれば自分の方が強いなどと思って、雪辱戦を申し込んだ。
なんという自惚れか・・・!
イタチのことが気になっていたとか、サスケとの友好に力を注いで修行に身が入らなかったとか、言い訳はできる。
しかしそんなことは、全くの無意味。勝ち負けを決める勝負の中では何の意味もない。
負けは、負けなのだ。
「体内門開いた時は、さすがに焦ったよ?」
「っ!?」
全く唐突に、口を開く刹那。気配からか、動きからか。目が覚めたのに気づいていたらしい。
「最初の苦無もそう。模擬戦なんだから、僕はてっきり起爆札なんか使わないって、勝手な先入観持ってた。その隙を見事に突かれた訳だね」
「・・・・・・」
いや、あれにそんな高尚な考えはなかったのだが。
「シギが根性ベルト付けてるとは思わなかった。あれだけで奥の手1つ使わされたし」
は?そんなの使ったか?全然気づかなかったぞ!?
「そして最後の開門。まさか血継限界使わされるとはね」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・はい?今何とおっしゃいましたか・・・?ああくそっ!疲労で動かん口が恨めしい!!
つか言われてみれば確かに最後のあれ、なんか水色っぽいチャクラの円。あれに触れた瞬間突きが下に向けられたよな?・・・・・・聞いたこともない血継限界だが・・・フガクさんとかに聞いたら知ってるか?
「言っとくけど、僕の血継限界について調べたり、誰かに口外したりしたら――」
立ち止まり、肩越しに刹那は俺を振り返って。
「っ・・・・・・!」
氷よりもなお冷たい極寒を宿す瞳に射抜かれ、息が止まった。
「――殺すよ?」
囁くように、耳へ届くその声は。
かつての世界で聞いた機械音声よりも数段、情緒に欠けていた。
脅しですらない、最初で最後の、警告。
破った瞬間、こいつは俺を、殺しに来る・・・!
同一人物とは思えない感情なき瞳と声に、俺はそう、確信した。一も二もなく、頷く。
「・・・・・・・・・ん、なら良し。これからもよろしくね、シギ」
途端に屈託のない笑みを見せる刹那。こいつには絶対誰も勝てないんじゃないかと、妄想に等しい言いしれぬ予感を、覚えた。
・・・・・・やべ、冷や汗かきすぎた。
威圧に負けてぐっしょり濡れていた背中。風邪引かないといいなぁーと、半ば現実逃避気味に考える。
刹那と手を組んだのは、もしかしたら間違いだったのかと思いつつ。
そしてシギは気づかなかった。
どん底に落ち込みかけていた気分が、いつの間にやら平時に戻っているということに――
・・・・・・とりあえずシギには警告しておいたし、スランプの回避もできたから多分問題はない。それより大変なのは、こっちだ。
シギをうちは邸に送り届け、テクテク茜色に染まる道を歩く現在。刹那はウインドウショッピングにいそしんでいる。
和菓子、ケーキ、髪飾り、イヤリング、ネックレス・・・・・・色々考えてみてもしっくり来る物がない。というか
、どれもプレゼントし尽くした。どうしたものか・・・・・・
「むぅ~・・・・・・」
「お悩みかい、坊や」
雑貨屋に飾ってあった可愛らしい人形を、これも違うなと思いながら見ていると、店の主人らしいにこやかな初老の男性から声をかけられた。・・・・・・坊やって・・・・・・まあいいけど。
「うん、悩んでる。・・・・・・おじさん、僕と同じくらいの女の子が欲しがる物って、分かる?」
「プレゼントかい?オーソドックスな物なら、その人形とかだけどねぇ」
「んー・・・・・・何か違うんだよなぁ・・・。何が欲しいか分かればいいのに」
「坊やの好きな娘かい?」
「好き・・・・・・?」
キョトン、とした刹那の顔を見て、主人はおや、違ったのか、と思った。
そして刹那はと言えば、
「好き・・・好き・・・・・・嫌いではない・・・かといって好き?どの好き・・・・・・?」
ぶつぶつ呟き顎に手を当て自分の世界に入っていた。
家族の好き。友達の好き。恋人の好き。
ナズナには、どれが当てはまる・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。
ぽん、と手を打つ。
妹の好きだ。・・・・・・多分。
幼なじみと言うより兄妹と言った方が近い。自分的には4年のお付き合いだけど、ナズナにしてみれば生まれた時からだ。さらには商隊だから1つの家族みたいなもの。兄妹でなくて何だというのだ。
うんうんと頷き1人納得する刹那。
何やら独り言しながら手を打ち突然頷いて自己完結してる少年を、店の主人はびみょーな目で見つめていた。少し口元が引きつっている。
「えー・・・・・・その娘は、誕生日か何かかい?」
「ううん。買い物に誘われたのを断ったんだ。・・・要するに、お詫びの気持ち」
(・・・・・・まだ小さいのに、そこまで考えるのかい・・・?)
親の教育がいいのだろうかと、店主は的はずれな感想を抱いた。
「買い物・・・買い物ね。つまり一緒に何かしたかったんじゃないのかい?」
「一緒に?・・・・・・フム」
「これなんか、どうだい?」
言って店主が差し出したのは――映画館のチケット。
「映画・・・?」
「彼女ならデートとか喜ぶと思うがねぇ」
「・・・・・・」
別に彼氏だとか彼女だとかいう関係ではないのだが、この際それは問題じゃない気がしたのでスルー。
映画館・・・・・・しっくり来た。これ以上のアイディアはない。
そう考えて、僕は財布を取り出し、ふと後ろを顧みる。
「・・・・・・どうしたんだい?」
「えっと・・・多分気のせい、かな?」
何の変哲もない人形の、ガラスの瞳がこちらを向いてるだけだった。
「で、ナズナに何のようなの刹那くん?」
夕食前の慌ただしい気配満ちる宿に帰ったところでナズナに出くわし呼び止めたはいいが、突如脱兎の如く逃げ出すナズナ。一瞬唖然とするも、すぐに刹那はそれを追いかけた。
廊下を高速で駆け階段は三角跳びで上がり追いつめられたら窓から脱出。壁を伝ってまた窓から室内へ。
逃げるナズナ、追う刹那。
廊下にお盆持った女中さんがいれば天井を走りほこりを落とし脇をすり抜け悲鳴が木霊する。後で迷惑料請求されるかもしれないが、今はそんな場合ではない。早くナズナを捕まえないと。
しかしたかが1年程度の修行ではチャクラコントロールが長く続くはずもなく、ナズナは早々にバテた。かくいう刹那も昼の疲れからか、チャクラ切れの寸前でどうにかこうにかようやく追いつき、階段にてナズナの腕をつかむことに成功する。
ぜいぜいと。お互い切れた息を整え汗を拭う。話はそれからという暗黙の了解である。
数分経って落ち着いて。むすーっとした顔でナズナがそう言ったのだ。
「いやその・・・とりあえず、何で逃げたの?」
「しらない。刹那くんの顔なんて見たくない」
ぷいっと顔を背ける駄々っ子の様。僕は溜息を床に落とし、ポケットから取り出した2枚の紙切れをナズナの頬に突きつけた。
「・・・・・・それ何?」
「映画館のチケット。よかったら、明日一緒にいかない?」
「!!」
ぐらりと傾く心の天秤。刹那くんが、あのボクネンジンの刹那くんが、デートに誘った・・・・・・!
しかしそこで、ナズナはぐっとこらえる。ここで簡単に許してはいけない。やすい女と思われてはいけないのだ。
修行の最中にアゲハさんから教えてもらったいい加減とも言えない知識を総動員し、ナズナは決死の覚悟で腕を振り払い背中を向ける。
「せ、刹那くん1人で行けばいいじゃない。なんでナズナなんか誘うの?」
さあ言え。言うのだ。ナズナと一緒に行きたいって。そしたらもうそれは、その、コクハクと一緒で・・・その・・・・・・ごにょごにょ。
と、そんな感じで入れ知恵されていたナズナは策を弄するが、相手が悪かった。
「・・・・・・ふうん、そっか。ナズナは僕と行きたくないのかぁ・・・」
「っ!?」
え、えぇ!?どうしてそういうことになるの!??話が違うよアゲハおばちゃん!!
「じゃ、仕方ないか。昨日知り合ったあの娘でも誘って――」
「行く行く!ナズナが行くからほかの娘なんて誘っちゃだめぇ~~~~っ!!」
必死になって前言を撤回するナズナ。それを見て刹那は、楽しそうに笑っていた。
刹那に対し謀略を図るなど、どだい無理な話だったのである。
後にそのことをナズナに聞かされたアゲハは、額に手を当て天を仰いだそうな。