兄弟
姉妹
僕にはとても、縁遠い存在。
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
日も傾きそろそろ沈むだろうという頃合。我愛羅、テマリ、カンクロウという3人もの人間がいながら、風影邸は不気味な沈黙に包まれていた。
1人は壁に背を預け時計へ視線を定めたまま石のように動くことはなく。
1人はやがて来るだろう待ち人へ対する弟の反応に戦々恐々とし。
1人は万が一に備え特大の扇をいつでも抜けるよう身構えていた。
時間は刻一刻と過ぎ行き。
カチ・・・・・・コチ・・・・・・カチ!
「「「・・・・・・!」」」
分針が訪問予定の時刻を指した。
そして数秒。何事も起こらず2人はひとまず安堵の息を吐き、1人は微かに表情を動かし、
コンッ、コンッ。
「「「っ!」」」
騙まし討ちのように絶妙な間をおいてなされたノックに顔を引きつらせる者若干名。即座に反応し扉に向かう者1名。
「・・・・・・刹那か?」
「あ、我愛羅?遊びに来たよ~」
「「―――――」」
できれば弟の妄想と信じたかった2人は本当に現れた水色の少年を確かめ奇なる現実に魂を飛ばしかけたのだった。
・・・・・・あれが、白亜刹那か・・・・・・
一般と比べてかなり広いリビング。テーブルを挟んで座る弟と刹那の姿を眺めながら、テマリは冷徹な思考を巡らせる。
我愛羅のつたない説明ではイマイチ刹那なる人物の人となりが掴めなかったが、あの弟を友達と言ってしまえるような人物なら相当な変わり者か、危ない思考の持ち主だろうと予測していた。
しかし、現れた白亜刹那はテマリの予想をことごとく覆してくれた。
温厚にして快活、社交性の高さが伺える明瞭な挨拶に始まり、言葉遣いまで。傍目から見て何から何まで我愛羅と真逆。さながら水と油のように思えるのだが・・・・・・
「――そして彼は監視の目に晒されながらも巧妙にその死角を突いて名前を書き続けた」
「・・・俺にはとても真似できない。死神すら飴と鞭を使い分け従わせる・・・・・・見事だ」
「監視者達は決定的な証拠を掴めないまま時は過ぎ、その間にも犠牲者は増え続けた。未だ疑惑は残ったままだがこれ以上の監視は無意味と判断し、彼らは撤収した」
「・・・・・・疑惑が残ってるのは何故だ?俺ならその時点でシロと判断する」
「殺人鬼ではないという確証がないからだよ」
「だがそれはほぼ全ての人間に言えることだ」
「違うよ。キラと呼ばれる者の知力は馬鹿みたいに高い。そんな人間はなかなかいないし、限られた地域であれば尚更。彼は全てを演じ切り騙し通した訳だけど、その完璧さが逆に引っかかったんじゃないかな。こんなにも完璧に見えるのは『何故』か、って」
「・・・・・・難しいな」
「我愛羅、『何故』と思うことは凄く重要なんだ。自らに問い、可能な限り推測し、その推測を裏付ける証拠を集め、自ら答えを出す。・・・・・・忍びとして上を目指し、人のうえに立つ気があるなら、日常生活で実践してみるのも良いかもしれないね」
・・・・・・この仲の良さは何なのだろう?しかも妙な知識を吹き込まれているようでいて、その内容は相当に高度。ただ傍観しているだけのこちらまで話に引きずられそうになるほど奥深く、興味深い。将来里を背負う立場になる自分達にとっては、素晴らしくためになる話だ。
そういった話を完全に覚えている記憶力もそうだが、話術のレベルも凄まじい。あの我愛羅が喰いついていることからしてそれは明らかだった。
・・・・・・いけない、私まで影響されてどうする!
今朝方、カンクロウと相談して決めた内容を思い返し、テマリは紡がれる話に耳を傾けながらも刹那自身に共感しないよう尽力する。
顔を合わせて間もないテマリや我愛羅の心を揺らすほどに、白亜刹那という人間は、強烈な魅力を放っていた。
――そして楽しいひとときは終わりを迎える。名残惜しそうにしながら別れの言葉を口にし、刹那は風影邸を離れた。
「(行くよ、カンクロウ)」
「(了解じゃん)」
時を同じくして、2人も風影邸を出る。肉親だろうと興味の対象外である2人の行動に、我愛羅は何の注意を払うこともなかった。
・・・・・・?どこへ向かっている・・・・・・?
テマリは特大の扇、カンクロウは包帯を巻かれた等身大の物体。それぞれを背に結わえ、完全戦闘態勢で刹那を尾行していた。
しかし当の刹那は宿場街には向かわず、逆に人気のない寂れた方角へと歩を進めていた。
おかしい。この先にある物と言えば演習に使う広場ぐらいだ。確か今日は何の予定もなかったはず。・・・・・・一体、何の用で?
疑念は募るも、それはそれで好都合。人目を気にする必要がない。
演習場への最後の角を刹那が曲がり、先行するテマリが手鏡でそっと向こう側を覗いた瞬間、
「――なっ!?」
突如急襲した手裏剣がカーブを描き頬をかすめ、髪の毛を数本散らしながら背後の壁にぶつかり甲高い音を立てた。
「出てきなよ、我愛羅のお姉さん達。次は起爆札が行くよ?」
――気付かれていた!?
一体いつ・・・とテマリが驚愕し思考する間にそれは降ってきた。
千本――起爆札付き×3
「「のあぁぁぁーーーー!!」」
矢も盾もままならずとにかく逃げる。角向こうへ。
直後。
ドドドォオオンッ!爆風に吹っ飛ばされ2人は強制ヘッドスライディングの形に。
ザザ~、っとかなりの距離を滑った二人の上に呑気な声が落ちた。
「あ~あ、だから言ったのに。起爆札行くよって」
「いくらなんでも速すぎんじゃん!?」
「短気にもほどがあるだろうが!」
猛抗議も当然であるが、原因を作った当人はどこ吹く風。
「反応が遅いんだよ。ヒントあげただけでもありがたいと思ってよね」
「役に立たないヒントに意味はないんだよ!」
「そもそもいきなり起爆札なんて何考えてるじゃん!?」
「完全に戦闘準備整えてる人のセリフじゃないね」
会った当初より常に笑顔だった刹那から、にこやかさが消える。――否、消えたのは友好性。
変わらぬ笑顔、変わらぬ口調。
ただ纏う空気が違うだけ。放つ気配が、違うだけ。
たったそれだけの差異で、テマリとカンクロウは背筋を凍らせた。
爆風に押され倒れたままの2人。その数メートル先で佇む、白亜刹那。
弟の友を名乗る人間が、口を開く。
「それで?戦るの?戦らないの?」
――さあ、どっちだ・・・・・・?
問い、笑い、待つ。
絶対的に有利な状況を守ろうともせず。
2人が敵として立ち上がるのを、傲慢に、待つ。
―――それは明らかなまでに挑発だった。
さっさと立て。待ってやるから、殺すのを。立ったところで、勝敗は変わらない――
・・・・・・・・・・・・
未だ幼いと言える2人の沸点は、しかし出自故か、教育故か、それなりに高かった。
されど2人の矜持は、これほどの暴言を許して聞き流せるほどに、低くはなかった・・・・・・
「くすくす・・・・・・そう来ないとね」
ゆらりと立ち上がる2人の表情に苛烈きわまる戦意を見て取って、僕は素早く後退した。
テマリとカンクロウ、弟思いの2人が何を思って尾行していたかぐらい容易に推測できる。いきなり現れた僕が、何の目的で我愛羅に近づいたか問いつめようと思ったのだろう。
その証拠に、彼らは武装を整えておきながら奇襲を仕掛けなかった。ここへ来るまでにチャンスはいくらでもあったのにだ。
・・・・・・恐らく当初の予定は帰りがけに突如現れ尋問する・・・というものだったけど、僕が宿場街とは全然違う方向に行ったから、様子見してたんだろうね。
そのおかげで被害の少ない所まで誘えて、しかも先手を打てた。テマリの慎重さに感謝だ。
だが、問題が1つ。
・・・・・・テマリとカンクロウ、2人を相手に水鏡は使えない。
たとえ我愛羅が水鏡のことを知っても、誰かに話すような真似はしないだろう。それは友を失うことと同義だから。しかし目の前の2人が報告を怠るなんてことは、あろうはずもない。
つまり――知られれば、殺さざるを得なくなる。それは下策。歴史の流れ云々ではなく、砂との関係が最悪になるからだ。
よって、血継限界は使えない。
・・・・・・水鏡なしで保つかな?
とのんびり思索にふけってる間に、そのテマリが動いた。
自らの身長ほどもある扇を勢いよく広げ、振りかぶる。
「・・・初手としては妥当だね」
両手を腰の後ろへ。右は順手、左は逆手、それぞれに脇差しを抜き、構える。僕はリーチより手数とスピード重視だ。
「風遁・カマイタチ!」
テマリが叫ぶとともに振り抜かれた扇は豪風を生み、豪風は数百の気流を生みだし広場を蹂躙しつつ、まさしく風そのものの速さで迫る。
・・・盾でもなければこんな広範囲攻撃、無傷で済ますのはまず不可能。一撃一撃は浅いとはいえ、手傷を負うこと必然。恐らく先にダメージを与え、少しずつ削る戦法。
遮蔽物のないこの場では、確かに有効な手段であった。
――相手が刹那でなければ。
スイ、っと水色の双眸が細まり、
――――世界が、止まる。
砂塵が、暴風が、掻き回される空気が。
テマリがカンクロウが、そして僕自身が。
全てが、時を止めたが如く、止まる。
・・・・・・正確に言えば、止まっている訳じゃない。
時が遅くなっているのとも違う。他と同じく、僕も動けないのだから。
1秒を億や兆ではきかないほどの単位に細分化し、その中で思考を泳がせる。
そして――計算。
〈大気の流れを目視、気流637本を確認。軌道計算・・・算出終了。鎌鼬の発生箇所を特定。『算定演舞』イメージ・・・終了。演舞、開始〉
――時が流れを取り戻し、荒れ狂う刃風が襲いかかる。
だが、刃風は最早脅威の欠片をも失っていた。
右に1歩半、移動。
僅かに前屈みの体勢へ。
風が到達。右手の刃で風をいなし、真空と化す前に鎌鼬を霧散。
左。迫る不可視の刃を『斬る』。真空状態が解かれ、ただの風へ。
左足を一歩後ろへ。生じた鎌鼬が足下を裂く。ただ地面のみに傷跡。
そして数秒。風は風として背後へ吹き抜けた。
刹那に傷1つ、付けることなく。
『算定演舞』
目の前に在る事象から未来を計測し、イメージの通りに動くことで、自身にとって最良の道を選択できる。半ば未来予知にも似た技術。
読んで字の如く、『計算によって定めし演劇を舞う』。
名付けたのはそういう話が大好きな『人間』だった。今となってはどうでもいい記憶だが。
ふう、と吐息し、視線を前方へ。
全くの無傷で現れた刹那の姿に呆然とする2人へ向け、にっ、と笑った。
ここまでは予定通りだ。種はまいてるけど、上手く芽吹くかな・・・・・・?
・・・・・・どういうことだ。
現れた結果をまるで理解できず、テマリは思考も行動も停止していた。
間違いなく、自分は今カマイタチの術を放った。未だ漂う砂塵や、地面に残る切り傷からも、それは明白な事実だ。
なのに、その直撃を受けたはずの少年は、多少薄汚れているとはいえ、その身に傷1つなく現れた。
何らかの術?いや、両手の短刀が邪魔して印は組めない。盾のようなもので身を隠した形跡もない。ならば一体――
「テマリっ!」
弟の声にはっと自失から返り、飛んでくる手裏剣を慌てて叩き落とす。
・・・・・・あ、危なかった・・・だが、あいつは私の風を、どうやってしのいだ?
「・・・カンクロウ、前衛を任せる。私は今の術の正体を探る」
「分かったじゃん!」
数歩下がって、私は得体の知れない技を使う水色の少年を睨んだ。
・・・・・・訳分かんねーじゃん。
前衛を任されたは良いが、さてどうするか、と悩むカンクロウ。
実際テマリの風をまともに受けて無傷でいられるのは、遮蔽物に隠れた敵か我愛羅ぐらいしか思いつかない。後は土遁で地中に逃げるとかだが、地面に穴は空いてないので違う。
・・・・・・テマリに任せるか。
カンクロウはあっさり正体の追究を姉に一任する。それは思考の放棄ではなく、信頼から来る必然。こういったことはテマリの方が得意なのだ。
刹那は相変わらず笑顔のまま、特に構えるでもなく突っ立っている。少し違うのは、笑顔が何かを企んでいるように見えることぐらいか。タチが悪い。
ひとまず手裏剣や苦無で様子でも見て――と意識が腕に行った瞬間、
刹那が目の前にいた。
「――っ!」
首筋を狙う刃を全力で後退し避ける。しかし稼いだ距離だけ詰められ、肉薄。とっさに顔面へ拳を放つが、首を傾けるだけで容易く避けられ、左の脇差が腹部を貫いた。
直後、何の痛痒を感じた様子もなくカンクロウは腕を伸ばし、がっちりと刹那の両肩を掴んだ。
初めて動揺らしきものを見せた刹那。にやり、とカンクロウがほくそえむ。
「引っかかったじゃんっ!」
包帯を巻かれた背の物体から会心の声が上がり、もう1人のカンクロウが包帯から飛び出した。
刹那を捕らえた方のカンクロウ、その体表からパラパラと砂が落ち、幾つもの腕持つ無機質な体が顕となる。
――傀儡師カンクロウが操る攻撃用傀儡、カラス。
本体は傀儡の振りをし巻かれた包帯に隠れ、本体に化けたカラスは迂闊に近寄った敵を仕留める。
未知の能力を持つ敵に対する安全策だ。
目を瞠る刹那へ、カラスの余った腕に仕込まれた毒針を向ける。両肩は未だ掴んだまま。単純な力比べでは、人間よりも圧倒的に傀儡が勝る。
これは脅しだ。動けば刺すぞ、と。
「よくやったカンクロウ!」
「さて・・・・・・我愛羅に近付いた目的を話してもらうじゃん?」
快哉を上げるテマリ。残忍な笑みを浮かべるカンクロウ。
間違いなく敵を捕らえたと確信したが故に―――油断が生まれる。
緊張に強張らせていた表情を、刹那はふとやわらげ、2人の背後へと声をかけた。
「やれやれ・・・来るのが遅いよ、我愛羅」
「「んなっ・・・!」」
刹那の口にしたとんでもない一言に2人は条件反射で振り返り――誰もいない空間を認めて思考を凍らせる。
もちろんその隙にカラスから抜け出す刹那。術者が動かさなければ傀儡は動かない。
「くすくす・・・嘘に決まってるでしょ。――風遁・大突破」
「「わあぁぁぁ~~!!」」
半ば不意打ちで放たれた暴風にカラスもろともあっさり飛ばされる2人。・・・・・・はて、こういう時の決めゼリフは何だったか。
「確かそう・・・・・・まだまだだね?」
某超人テニスマンガを思い出しつつ呟く刹那。
間違ってはないのに、首を傾げながらしかも疑問形では、全く決まってなかった。残念。
「くっ・・・・・・そ」
「よくも騙してくれたじゃん・・・・・・!」
ただ吹き飛ばしただけなのですぐに起き上がってくる2人。刹那は指を突きつけ、定番を口にする。
「騙されるほうが悪い」
「うるさいっ!そのネタは心臓に悪いんだよ!」
「・・・・・・まあ、確かに」
「くうぅ~!納得されるのも腹が立つ!」
「全くじゃん!つーかチビ、お前俺達のこと舐めてるだろ。転がってる隙に攻撃しないなんてどういうつもり
じゃん!?」
「だって殺しても意味ないし・・・・・・あ、我愛羅」
視線を上――吹き飛ばされた二人の後ろにある建物の屋上付近に向けて呟く。
「「2度も同じ手を喰うかー!(じゃんー!)」」
と叫び各々の得物を構え怒り心頭の2人は特に考えることもなく駆け出し、
――――膨大な漠砂が視界を埋め尽くした。