「またこの病室か」
今度は時間をとることなくむくりと起き上がる。が、何だか身体が重い。あの痛みの後だ次に起こるとすれば、12歳から更に8歳若返ったということか。
「今度は4歳児だった……り……」
言いかけた言葉を閉じ、下を向いて、絶句する。
「ある」
胸があった。
我が愛しのCカップがこの手のひらに帰ってきていた。手のひらも見れば、傷だらけの武骨な手が。17の時に負った右手を貫かれた傷もちゃんとある。中指のクナイだこも、全部。
あんなに恋い焦がれ、それでもなくなっていたマイ・ボディが帰ってきていた。
「戻ったのか?!」
ベットから飛び降り、前と同じ病室の鏡の前に走る。
「もどッ……た……?」
疑問形になってしまうのは、何故か髪が伸びていたからだ。
戻る、成長すると同時に髪が伸びたのか? いや、髪が伸びたのなら爪だって伸びるはずだ。どうして髪だけ。いや、髪だけなのか?
すぐさま体じゅうをチェックする。
結果、
・最新のブラを使って量増ししていた偽装Cカップから偽装が取れていた。
・腰から太腿にかけて大きな刀傷、しかも古傷が増えている。
・腕と足に黒子が増えた。
・クナイだこの他に刀を握ったと思われるタコが出来ていた。
・1cmほどだが身長も伸びている。
そして、肌年齢が落ちている気がした。
以上のことが分かった。
これは、もしや……
「老けました?」
言おうとしていたセリフをとられる。
すぐさま自身の最高スピードをもって手元にあった枕を確保、病室入口付近にいる標的に向かって投擲。
「うるさいよ、腐れ変人暗号部が!」
着弾確認。
「ふごっ!?」
忍びなら避けられるはずのものに顔面からぶつかり、くノ一にあるまじきダサい声を上げている。ボサボサの頭に瓶の底みたいなダサい眼鏡。間違いない、腐れ友人のシホだ。
「いきなり見舞いにきた友人になんてことをするんですか! ひどくないですか!」
「いきなり老けたなんていう奴が友人の訳ないでしょう。貴方は友人じゃなくて、ただの友人のダサ眼鏡だ」
「なんなんですか、ただの友人のダサ眼鏡って! 結局友人なんじゃないですか!」
鋭い切り返しである。さすが若くして暗号解析班に入っただけのことはある。天然なのに、ツッコミ体質なのだ。
「ホント悪かったですよ、一週間部屋に詰め込まれて解読してたんです。それでやっと家に帰ったかと思ったら、ユウキさん倒れて担ぎ込まれたって聞くし、見舞いに行こうとしたら退院してまた入院って……ぶっちゃけどういうことなんですか」
ぶつぶつ呟く言い訳は、気落ちしている。
「ああ、心配かけて悪かった。数少ない我が友人に連絡ぐらい入れておくべきだったよ」
「そーです、そーです!」
久しぶりの知り合いとの会話に安心する。
色々あって、自分が不安だったのだとわかって苦笑する。
「それよりも、シホ。私、年取ってる?」
「はい、ぶっちゃけ、大人の女性?って感じになってますね」
老けた……いや、年をとったのは事実のようだ。コイツはなんだかんだで洞察眼はある。それが老け……大人になったと言っているのだ。事実だろう。さっきまでは12歳で大体8歳くらい若返っていた。だとしたら逆に8歳年をとったとは考えられないだろうか。
「……28」
全く想像の出来ない領域である。これが28の私?
鏡を見れば、確かに大人という感じがする。メイクをすれば紅さんみたいな感じに仕上がるんじゃないだろうか?
いや、それはともかく一つ分かったことがある。
この一連のご機嫌な若返り事件は若返ったのではなく、ただ単に若いころの体に“なった”だけで、若返ったわけではない。そして今、8年後の体に“なった”のだ。
「シホ、私はかなりご機嫌な状態なんで、今から担当医の所に行く。道すがら教えるよ」
「ユウキさんの“ご機嫌”はかなり面白いですからね、伺いましょう」
こういう自分の嗅覚を信じ、誰これ構わず好奇心を優先させる。そう言う所が変わらなくて安心する。自分が馬鹿みたいに落ち着いていられるのも、不本意ながらコイツのお陰だ。後でご飯でも奢ろう。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「それで、今度は8年後の体になったと」
「いえ、実際の年数は分かりませんが」
「どうでもいい、その位だろ?」
この医者はどうしてこう適当というか、投げやりなんだ?
この死んだような目、やる気のない仕草。妙に猫背な所。それに前々から気になっていたのだが、医療忍なら皆つけている髪の毛をださない頭巾やらをつけず、支給の忍服の上に医療忍と書かれた白衣を羽織るだけである。
今更だが、この人は大丈夫なんだろうか。
「処置なし」
「え」
「病気でもなんでもないってことですか?」
「ああ? 病気と言えば病気だし、その症状は病気じゃないと言えば病気じゃない」
「屁理屈じゃなないですか」
「貧血を病気というか? 体質っていうか? それと同じだ」
確かにそうだが、なんだか納得がいかない。
「おかしなところと言えば、お前の細胞をちょろーっと調べたが、どうも細胞レベルにおけるチャクラの伝導率が異様にいい」
「燃費がいいってことか」
今までチャクラの量が多いと思っていなのだが、それはどうやら違ったらしい。
「それともう一つ、細胞がチャクラによる影響を受けやすい不安定な状態だ。で、もうこの里にはお前と似たような症例はなかったから、俺もちょろーっと他里の文献を漁ったわけだ」
「さすが医療忍、いい仕事しますね」
感心するが、即座に担当医は否定する。
「ハ、調べただけだ。……で、この細胞レベルでの変化、っていう所に着眼すると一つ思い当たるところがあった」
「いたんですか、私と似たような人か」
どんな面白人間だ?
「霧隠れ忍刀七人衆、鬼灯満月の水化の術だ」
……本当に面白人間の集まりだった。
「水遁系の術ですか」
「読んで字のごとく、身体を自由に水にし、そして元の状態に戻す。水を吸収することで巨大になったりしたらしい」
まあ、秋道一族の術よりはそれらしい気もする。
「じゃあ私は雷遁系ですし、雷化の術、ですか?」
「知らねえよ」
おいおい。
「言っただろ、思い当たるって。そのレベルだ。比較するにも元のデータがない。……しかも、鬼灯一族はもうほとんど断絶してるらしいな」
それで処置なし、打つ手なし、か。それにしても、
「詳しいですね」
一介の医療忍がここまで知っているものか?
「大蛇丸先生のデータの中にあった」
「それって」
「禁術書だ」
簡単に肯定して見せる。
「だからあんた、これを迂闊に他人に言うなよ? 俺の首が飛びかねないし。……更に言えば大蛇丸先生は随分その鬼灯一族にご執心だったみたいだ、下手したらあの外道忍者がお前のデータを収集しに来るかもな」
あの三忍にして今やS級犯罪者の大蛇丸が? ぞっとしない。
「他の医療忍に聞いて意見を」
「今の所俺以上に情報をもっているのは里にはいない。綱手先生か大蛇丸先生に聞いてみることだな。あの人だったら喜んでお前を解剖するだろうよ」
特に、医者の言うセリフが実感がこもっていて怖い。この医者より、もっと性格が悪いのだろう大蛇丸とは。先生、あの人というあたり、そのことをよく知っているのだろう。
「でも、わざわざ大蛇丸のデータまで探って頂いて、ありがとうございます」
「別に礼は言わなくていい。結局ほとんど変わっていない。もしあんたが鬼灯一族みたいな特異体質だったとして、それだけでは突然8年後になったのまでは説明がつかないんだよ」
それでも、他の医療忍だったら、ここまで出来たとは思はない。
「俺も気になるから、俺の趣味と暇つぶしの為に、あんたは犠牲になれ」
「やっていることは素晴らしいのに、セリフで台無しですね」
「ま、そういう訳で俺の所に回されたんだ。俺が担当医っていうのには、それなりに意味があるんだよ」
この40代のおっさんが、医療忍としてどれほどの腕があるのか証拠など何もない。近術所にも無断で手を出すモラルの人だ。それでも、この人で良かったかと思う。正確には問題があるが、それでもプロ意識というものを感じさせた。
「そう言えば、先生のお名前を覗っても?」
「蝸牛カブリ、マッド医療忍だ」
その後細胞やら血液を採取され、何か変化(面白いこと)があったら報告することと、定期的に診察に来ることを約束して帰された。
診察室の前には待たせていたシホがいた。
「昼ごはんは鰻にしましょう! ……あ、それでどうでしたか?」
順番が逆だろう。
「そうだな。担当医様曰く、良く分からないが何となく他里にそれっぽい術があるからそれじゃね?と、私の細胞が少し燃費がいいこと。それと彼が有能で変人だということだな」
「へえ、誰ですか?」
「蝸牛カブリって人」
途端、隣を歩いていたシホが足を止める。
「どうした? 知り合い?」
尋ねると眉根を寄せて眼鏡を押し上げる。
「ユウキさんって本当に面白い人たちと知り合いになりますよね」
それは暗に自分も面白いことを認めているのだろうか?
「知っているの?」
「以前一度、仕事でお会いしたことがあります。医療忍にして尋問のスペシャリスト。人の心より今は医療が熱いと暗部をやめた変人。噂によれば、あの森乃イビキさんの師匠でもあるらしいです」
「そ、それは……」
変人だ。いや、下手したら変態かもしれない。
ひきつっている私を見てシホはご機嫌に微笑む。
「担当医が有能でよかったですね!」