「あ、ごめん俺ちょっと急な任務入っちゃって、ごめんね?」
居酒屋に入り、開始30分でこれである。
いくらしょうがないとはいえ、酷すぎないだろうか。
「分かりました。カカシさん。アルコールは一応少しは入ったんで気を付けてくださいね」
「ありがとうね」
プロである彼に余計なひと言かも知れないが、声をかけると優しく返される。式の持ってきた紙をその場で焼きながらすまなさそうに微笑む。
「埋め合わせは必ずしてもらいます」
「げっ」
そう言いながら、明らかに割り勘には多いだろうお金を置いて去る。
「じゃあね」
「はい」
……そうして一人で居酒屋に残される私。
実の所居酒屋に一人でいるのは初めての経験だった。いつもは複数人か、一人で飲むときは酒を買って家で呑むだけだ。微妙に緊張しながら、壁のお品書きを見る。
「ねえ、そこのあんた!」
自分に声をかけたらしい女性の声に振り返ると、みたらし特別上忍がいた。
「わたし、でしょうか」
「そうよ、あんたよ。あんたカカシにすっぽかされたんでしょ! こっちに来なさいよ」
この押しの強さ、めんどくさいタイプだ。
大人しくカウンターの席からコップをもって彼女のテーブルに移動する。もうひとり座っていたのは上忍の夕日紅だ。
「みたらしじょ……さん。ありがとうございます。初めまして」
呑みの席で階級呼びは不味いだろう。
「おやー、私の名前を知っているとは、お目が高いわねー鬼火ユウキちゃん? アンコでいいわよ、アンコで」
腕を首に回され引き寄せられる。
親しいのはいいのだが、こう、首筋がゾワゾワするのはどうしてだろうか。
「私を御存じでしたか」
「みたことはなかったけどね、上忍になったのに上忍待機所に一度も来たことがない奴って噂になってたわよ?」
一応何回かは行ったことがあったのだが。
「護衛任務の予約が詰まってまして、それの消化で手いっぱいだったんです」
「一年も? 売れっ子なのねーあんた」
「またの名を器用貧乏ともいいます」
ちょ、ちょっとアンコさん、頬を指でつっつくのはやめて下さい。あと頸動脈をなぞるのもやめて下さい。
「セクハラよ、アンコ。悪いわね……紅よ」
いい人だ。会釈を返す。
「……それにしてもカカシがさしで呑むなんて珍しいわね。どういう知り合いなの?」
まあこんな私が一緒にいるのは確かに不自然だったろう。
「ああ、実は入院中同室だったんですよ」
「またあいつ入院してたの?」
入院しまくっている話はどうやら看護師だけではなく広まっていたようだ。
「なんだ、恋人じゃなかったのねーつまんないわー」
「アンコ、他人で遊ばない」
「それはないです。カカシさんはタイプではないので」
ないな。寧ろ彼は、
「キッツーっ、容赦ないわね」
「恋人タイプではないって話ですよ。ウマがあうというか」
「ウマって、アイツと? 入院中なに話してたの?」
なに話していただろうか。馬鹿な話しかしていなかった気がする。
「そうですね……本の話し、とかしてました」
すると、二人の表情が変わる。
「もしかして、あのエロ本の話しじゃないわよね?」
「イチャイチャパラダイスですか? 暇つぶしに貸してもらって読みました。でも、話してたのはどの本が面白いか、とかそう言う話です」
「あいつ、アレ以外読んでたの?」
「博学でしたよ、カカシさん。思想書とか経済書にも手を出してましたしね」
「へー、ホントに色気がないわね」
「それも詰まるところ任務の為ってのが特に面白いですよね」
ハハハ。
そんな訳でカカシさんをあげつらい、弄り、どうでもいい彼の恋愛歴を肴に酒は進んだ。有名人は大変である。
が、私も同時に着々と危険水域に達そうとしていた。
「ユウキ、大丈夫?」
紅さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ええ、ちょっと酔ってしまったようで。お二人は大丈夫ですか? 明日は任務とか」
「大丈夫大丈夫。私は午後からだし」
「明日の任務に差し障るまで飲んだりしないわよ」
「……そうですか」
全然大丈夫じゃない。
主に、酒の量が。
横目で談笑する紅さんを観察する。
一体何なんだこの人は? ザルというかワクだ。いやもう枠すらないかも知れない。火竜殺しをロックで3杯も飲んで全く酔っていないだと? 対忍者用最終兵器ともよばれている火竜殺しを素面で、まるでチューハイか何かのように飲んでいる。そのスピードと強さにこっちは合わせるわけがない。任務に差し障るまで飲まないって、一体どれだけ飲めば差し障るのか。
それに、アンコさんもアンコさんだ。
彼女は火竜殺しをさすがにロックで呑めるほど強くはなかったらしい。薄めて飲んでいる。
しかし、問題はその薄める内容だ。
「いやーホント練乳と合うわねー」
何故だ、何故懐から練乳のチューブが出てくる。しかもその肴が口寄せした団子ってどういうことなんだ。分からない、気分が悪い。
これを紅さんはよく一緒に飲めるかと思ったら、巧妙に視線が避けていることに気づく。慣れていやがる。
「すいません、ちょっと酔ってしまいまして。明日は任務ですし今日はお暇させて頂きます」
立ち上がろうと膝をたてるとふらりとする。
このままでは変化が解けてしまう。
「あらそうなの? 残念ね」
「もっといればいいのに。次呑むときはこの分も呑むわよ!」
残念そうにまた火竜殺しを煽るふたりを見て、その時は誰かもう一人生贄を用意することを心に決める。
「分かりました。その時はお手柔らかに、失礼します」
揺れそうになる体を何とか誤魔化して店を出る。
数歩歩いて気づく……ヤバい。
動いた途端、酒が身体をまわり始め一気に体が熱くなる。体が小さいせいで特に早い。変化が解けるのも時間のせい。いや、もう解いていいか。それよりも家に帰ることを最優先に考えなくてはならない。
酒の量もきちんと調整して呑んだはずなのに、身体はいつも以上に熱く。頭はぐらぐらと揺れていた。
月のない、暗い夜道をふらふらと少女が歩く。
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波が、襲ってくる。
この感覚は知っていた。
高熱に浮かされ、心臓の鼓動一つでさえ頭痛と共に背筋から体を襲うアレだ。もしくは、痛み止めの麻酔で失神しそうな痛さなのに、全然変に痛くないアレだ。
そしてこれは、数日前、あの時に味わった痛みの欠片でもある。
関節どころかどこもかしこも痛いはずなのに、妙に鈍い。ギチギチとまるで水の向こうから音が聞こえるようにきしむ音がする。
痛い。
痛いというかくすぐったい。
身体を全く動かさず、眼球だけを動かすことで投げ出され自分の右腕が視える。
青いチャクラだ。チャクラが眼に見えるまで密度を見せ、そして自分の中をかき回していく。
いや、それだけじゃない。自分の頭の中でさえぐちゃぐちゃなままだ。酒か、それともこのチャクラのせいか。
あの若返りはこういう風になっていたのか、と靄のかかった思考で思う。
高密度の痛いようなチャクラが私の体を改造していく。
こうして、私の体は小さくなったのだ。
これ以上小さくなるとしたら何歳か。
嫌だ。
そう思う。
嫌だ、また子供になんかなりたくない。
無力な子供など。
その為に必要なことは幾らでもしたし、努力もした。諦めもした。その諦めて選び取ったものさえ私に捨てろと言うのか。私の人生を否定しろというのか。
理不尽だ。
意味も分からず、力を奪われる。
乗り越えた時間さえもこうして奪われる。
いや、奪われたんじゃない。
踏みにじられるているのだ。
体じゅうをアルコールでは覆い隠せない痛みが回っていく。
嫌だ。
こんなのは許せない。
酷い、酷過ぎる。
視界はいつの間にか揺れていて、頬を涙が伝う。
――その時だった。
「今から君に幻術をかける。痛みを抑えるためだ」
男の声が聞こえる。
低くて、張りのある声。
安心して、何とか小さくうなずき返す。刻一刻と痛みの波が襲ってきていた。
「木遁・沙羅双樹の術」
途端、あたりに鼻の涼しく甘い香りと、白い花びらがちらちらとまるで雪の様に舞い散り始める。幻術に掛かり、チャクラが乱れているのに 不快感はない。
「一体このチャクラは何なんだ?」
不意に体に浮遊感を感じて、自分が今抱えられ宙にういているのを感じる。
重い瞼をなんとか開ければ、焦点が合わないものの、青白い面とその独特の服装から暗部だということがわかる。
……違う。
何とか考える。青白いのではなく、青白い光に照らされているのだ。それも下から。
視線を下に探らせると、ようやく光源が何かわかる。
私だ。
「な……んで……」
身体が青白い何かで覆われている。
まるで燃えているかのように、それは揺らめいている。
「もうすぐ病院へ着く!大丈夫だ!」
そうして全てから遠ざかり、真っ暗になる。