陽は高く、もうすぐ昼時になろうかとしている。読み返しすぎていい加減セリフを覚えそうになっている本を閉じて呟いた。
「……遅い」
既に約束の時間から2時間以上が経過しようとしている。ありえない、人間としてこの遅刻はありえない。マジでありえない。私も上忍、能力を見ると言うなら少なくとも特別上忍以上になる。そんな立場ある人間が遅刻するなんて、心当たりは一人しかいなかった。
「いやーごめんごめん、道に迷ったおばあさんがいて」
木の影から銀髪の男が現れる。
「はたけ上忍、遅刻理由は正確に述べてください。それは嘘でしょう」
「ホントだってー」
「任務が長引きましたか? なに忙しいのに私の様子見なんて用事入れてるんです。また入院したいんですか?」
そういうと胡散臭い表情をひっこめ、困ったような顔をする。
「ユウキちゃん、もしかして感知タイプ?」
「一応、索敵範囲は恐ろしく狭いですが」
ふーん、と何かを納得したようにいう。
里の稼ぎ頭がなんでこんな任務をしているのか。てっきり暇なものに割り当てられると思ったのに。情報をあまり流失したくないのか、それとも事情を知っているはたけ上忍に話が行っただけなのか。
「いや、元々は昨日で終わる予定だったから今日入れてもらったのよ」
「もしかしてはたけ上忍が?」
「ま、話聞いて気になってはいたのよね」
バリバリの実戦派だと思っていたのだが、意外にも探究者の側面もあったらしい。まあ、千の技も覚えていればそうなるか。
「あ、そうだはたけ上忍、この本ありがとうございました」
そう言って手に持っていた『イチャイチャパラダイス』を返す。
「ああ、どういたしまして。どう? 面白かったでしょ」
邪気のない笑顔で18禁本の感想をきかれる。
……ああ、こういう人だったなこの人は。
「ええ、大変面白かったです。男の純情さと女の身勝手な女神っぷり、そしてそこにどうしようもない癒しを見出すまでの男の心の機微が良く描かれています」
「ん、良く分かってるねー」
「私は女の性格があまり好きじゃありませんでしたが、こういうのもいいかなあとは思いました」
「そうかな?」
「絶対この女は、自分で自分に酔ってます」
「そうかなーかわいいじゃない」
意見の相違である。
「これが男性と女性の読み方の違いって奴ですかね」
「ふーん……なるほどねえ」
うんうんとうなづいている。
「あ、それじゃあチェックどうします? 手合せでもして、さっさと終わらせましょう。はたけ上忍は帰って寝た方がいいですよ」
「俺は大丈夫よ。それじゃあ、ん、そーね……そうしよっか」
そう言って、彼はずり下がった額あてを上げる。そうして左目の傷と、その赤い瞳を晒す。
「本気って事ですか」
「ま、ユウキちゃん強そうだし」
多分、私のチャクラの調子も見るつもりだ。
「この目、あんまり燃費よくないからさくっといくよ?」
「……了解ッ」
瞬間、
全力でクナイを撃つ。
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カカシは自分がかなりの手練れを相手にしていることを感じていた。
突然、雷遁を帯びたクナイが飛んでくる。よく見れば、雷遁を帯びたせいで、その効果範囲が異様に広くなっている。
が、カカシは冷静に体をひねるだけの最小限の動きで避ける。
しかし、
「土遁・土流槍!」
カカシがクナイを避けている間にユウキは印をきり終わり、辺り一面に身の丈はあろうかという土の槍が生えていた。
速い。
すぐさま飛び退く、がすでにクナイを構えた状態でユウキが接近していた。空中で同じくクナイを構え、ユウキの攻撃の衝撃に備える。が、彼女は斬り合うことなく体当たりでぶつかってきた。
まさか、
「火遁・豪火球の術!」
彼女の身体で死角になった位置から特大の豪火球が迫る。
つかさず雷遁で影分身を振り払い、影分身を踏み台にして攻撃範囲から逃げ切る。
が、
影分身に豪火球が届いた瞬間、影分身がはじけ飛んだ。
起爆札を仕込んでいたのだ。一体いつやっていたのか?
「やってくれるじゃない」
「そーでしょ」
ユウキはニヤリを笑って見せる。戦闘狂の気もあるのか。
「接近戦にはもちこんでこないのね」
「私と貴方ではリーチやウェイトに差があり過ぎます。そこに持ち込んだら終わりでしょう」
「でもそれって、チェックにならないんじゃない?」
「そっか」
すると、再びクナイを構え低姿勢でつっこんでくる。
体格の差を活かして、足元を狙うつもりなのだ。
既に体に十分慣れた様子の彼女に、無駄口をつむぐ。
結果としてこの危険な手合せは、彼女のギブアップで終わることとなった。
曰く、
「うっかり足痛めた」
らしい。
途中までかなりいい調子で進み、顎をユウキの爪先がかすったときだった。なんでも、元の身体のノリで思いっきり蹴り、空ぶったのだ。
「すんごい、情けない凡ミスです。マジ恥ずかしいです」
確かに上忍にあるまじきミスだ。
「しょうがないでしょ、変化の術とは違って本当に身体が小さくなって、筋肉も細くなってたんだから」
足を抑えながら、顔をゆがめる。
「それにちょっとチャクラ量の配分も間違えまして……ちょこっと疲れました」
「総量に違いがあるし、」
「いえ、そこの違いもあるんですけど筋力が減って、それを補うために一回一回の蹴りにチャクラコントロールでめちゃくちゃ威力あげてたんですよ」
スタミナがない、ぼそりと呟くと地面に手をついて落ち込む。
うん、分かるよ、その気持ち。
よしよしと頭を撫でてやる。
しかしなんだろうか、
右目で落ち込む少女の姿を観察する。
前から思っていたけど、この子落ち込み安すぎじゃないだろうか? いや、これはこれで面白いんだが。
「で、どうでしたかはたけ上忍」
落ち込むのはもう終わったのか、頭の手を振り払いさっと起き上がり何事もなかったかのように話し始める。
「うん、忍術はいい感じだったけど。駄目だね、体術」
「……はい」
「前がどうだったかは知らないけど、ウェイトがないせいでどうしても足のスプリンターに頼っている。だから足で威力を作れない、突然の動作に対して威力がない」
「そして空中からの蹴りとかが、ウェイトがないせいで軽かったでしょう」
「ヒット&ウェイにもってくしかないね、鍔迫り合いになったら間違いなく負けるよ」
「はい」
「そして何より問題なのは動きがぎこちない」
言い終わると彼女はハア、とため息を吐く。
「これは任務が諜報系か内勤になりそうですね」
「あとはB級、C級かな?」
「飲まないとやってられないですよ。はたけ上忍……呑みに行きましょう」
最早自棄だという表情を言っている。
「だからユウキちゃん、未成年でしょ」
が、その言葉が怒りの限界だったのか、始終一定のトーンだったユウキは語気を荒げる。
「未成年じゃありません! 二十歳です! 大人の女性なんですッ!!」
突然立ち上がったかと思うと、印を組む。
「変化!!」
何に変化するかと思うと、ボン、という音と共に煙の向こうに現われたのは、見た事のない、はしばみ色の瞳と黒い癖のあるショートの女性だった。黒の支給服に上忍ベストを着ている。
「……え、ユウキちゃん?」
「そうです!これが本来の姿なんです!」
声もほんの少し深くなっている。
「え、なんか変」
思わず本音がこぼれた。
「酷い、酷過ぎます……」
あ、完全に不貞腐れた。地面にめり込むような勢いで項垂れている。
「いやほら、俺ユウキちゃんの子どもバージョンしかみたことなかったから」
「変って言うのは子どもの姿で大人みたいなことしゃべっているさっきの私のようなことを言うんですよ!」
自覚はあったんだな。
「悪かった、俺が悪かったから。ね、呑みに行こう?」
彼女の精神はどん底まで落ちている。回復するにはこれしかない。
「この前退院祝いの約束したし。変化してお酒の量も抑えれば大丈夫でしょ?」
「うう、……はい」
何とか起源を直して貰えたようだ。
「俺これから報告に行くから、今晩ね」
「でもはたけ上忍、任務明けで疲れてるんじゃ」
「大した任務じゃないし、仮眠もとるって」
「……分かりました、絶対ですよ? また遅れたら許しませんからね?」
「ハイハイ」
苦笑してうなづく。
これは絡み酒になりそうだな。