「難しすぎるだろ倍化の術」
昼下がりの演習場で妙齢の女がだらしなく倒れる。
既にこのメニューに取り組み始めて数日がたっていた。先日また発作が起き、推定28歳になり、少しはチャクラコントロールもマシになるかと思ったが肉体年齢とチャクラコントロールは別物らしかった。
チョウザさんの言ったことは簡単だった。が、言うは易し、だ。
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「いいか、倍化の術は秋道一族以外にも可能な技だ」
そんなことを穏やかな朝もやの中で言う大柄の壮年の男。現・秋道家当主、秋道チョウザだった。
「それじゃ秘術になりませんよ」
「そうだな。言葉足らずだった。正確には、“発動可能な”忍術だ」
困惑しつつ聞き返すユウキにチョウザはそう穏やかに答えた。
火影様の指令書と、大量の菓子折り付土下座に大らかに対応した彼は修行の時にも優しかった。
「もしかして、カロリーの話しですか?」
秋道家が忍びとしては常道の小柄な体から外れる体躯は、その秘術が恐ろしくカロリーを喰う為だというのは有名な話だ。
「そう言うことだ。通常の忍びでも発動したあと維持できない。倍化の術というのは系統的に言えば、一種の医療忍術とも言える。桜花衝は見た事があるかな?」
「はい」
「桜花衝はチャクラを必要な部分へ、必要な部分だけ流すということを呼び動作なしに瞬間にやるという絶妙なチャクラコントロールで行われる。筋肉一本一本へのチャクラ配分を完璧にこなすが故の医療忍術といえる」
「倍化の術は、それを細胞レベルでやっていると?」
「……うーん、少し違うな、俺達はその逆なんだ。……あー、俺達は手を倍化しようとしたら、手全体にチャクラを流し、倍化する」
「それは何となくわかります。体術と同じですよね」
桜花衝も体術には違いない。
「そう、筋肉へチャクラを流し込むということだ。だが、倍化の術は筋肉にだけチャクラを流すわけじゃない。倍化の術は本当に手の、骨まで倍化する」
「骨にチャクラを流してるんですか?!」
骨にチャクラを流すというのは中々聞かない。
「チャクラのめぐらし方にコツがあってな。通常、チャクラをめぐらそうとすれば体の中でチャクラを練り、それを全身にめぐらす感じだろう?」
「はい」
「俺達はそれを指先だけではなく、骨から皮膚の一つ一つにあたるまで均等に流しているんだ。もっとも、桜花衝よりは少し雑だけどな」
簡単に言うが、やっていることはすごい。
「どうも細胞一つひとつに倍化の術時のチャクラ許容限界があるらしくってな」
多少適当にチャクラを流しても行けるということか。
「それに、部分倍化は全身を倍化する超倍化の術より実のところ危険なんだ。例えば腕だけ倍化すれば、腕が倍化した分、それだけ血管が伸びる。つまり、血が廻らなくなって手が壊死したり、貧血、最悪脳が機能停止に追い込まれる。それに適した心臓の強化が必要だったりするんだよ」
他にも脂肪をチャクラに変換したりとか、増えた筋肉分のカロリー消費、それに対応したのが秋道家になるなと、笑いながらのたまう。
「それって、秋道一族しか倍化の術無理って事じゃないですか!」
怖い、倍化の術怖すぎる。発動した瞬間、即死亡にもなりかねない。
「ま、そういうことにもなるな。しかし、お前さんは倍化の術をそのまま発動するわけじゃない。要は、倍化の術発動直前にまで持っていけばいい」
「なるほど」
「倍化の術は発動にこそ気を使うが、発動してしまえばコントロールは簡単だ。俺達は戦闘に慣れるためにもその発動を無意識にできるように訓練する」
「わかりました」
「ユウキには全身にチャクラをめぐらしてもらう。均等に、十分な強さで。秋道一族ではない分。その習得難易度はSランクだと思ってくれ」
「はい」
「ユウキの忍術も全身を変化させるもの、恐らくその向こうにお前の術の発動がある」
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とは言ったものの、全く発動する感じはない。
全身に均等にチャクラをめぐらさないといけないなら、発作が起こっているときもチャクラが均等なのかというと恐らく違うだろう。では今やっていることは無駄だからやめるかと言えば、それはできない。
これしか今自身のタイプに一番近いものがない。発動へのきっかけがそこにしか今はないのだ。
それにチョウザさんはあのように説明したが、倍化の術の仕組みについては、“分かっているのが”そこだけ、というだけで、実は倍化の術には他のトリックがあって発動している可能性もある。
それを私が見つけられ、尚且つ真似できるかは定かではないが。
しかし、全身にチャクラを均等にめぐらすという方法には納得がいった。少なくともチャクラコントロールは上昇するだろうし、身体の変化は起こせないかも知れないが、あの変化を起こしやすい状態に持っていくことは可能かもしれない。
「が、さすが取得レベルS、一朝一夕にはできないか」
先日チョウザさんに稽古をつけてもらってから二週間は立っている。が、チャクラコントロールは上手くなっているものの発動直前にまでは至ってなかった。
日も真上に登った所で修業を切り上げる。そろそろ任務だ。
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「さて、本日はたけ上忍の代理で第七班の班長を務める、鬼火ユウキだ。よろしく」
眼を白黒させている下忍三人に言い放つ。