「いいか、二度あることは三度ある。わかるな?」
「また身体がどうにかなるって事ですよね」
突然よばれた診察室で、この不可思議な症例の担当医、蝸牛カブリと向かい合っていた。
ついに来た。
「そうだ、次は36か20か、はたまたは全く関係ない年齢になるか」
「はい」
「先ほど精密検査の結果が出た。結果、あんたは何の忍術もかけられた様子はなく、自身の特異体質の暴走によるものだと結論が出た。最近の勤務状況を見ると任務のつめこみで心身共に相当のストレスがかかっていたはずだ。それが、何らかの影響を与えたのだろう」
出来事だけ見れば、そうだろう。
「つまりはただの体質だ。が、体質は改善することがあっても回復することはない。恐らくだが、一生これに付き合うことになる」
「……はい」
大丈夫、全然大丈夫だ。足や手が吹っ飛ぶより全然致命的じゃない。全然マシだ。
「大丈夫だ」
内心を見透かされたようなタイミングに、うつむいていた顔を上げる。
カブリは、不遜な微笑を浮かべ、眼は自身満々だった。
「あんたの忍人生をここで終わらせねえ。治せないなら、慣れるまでだ。耐えられないなら、耐えられるよう改造でもしてやろう。発作と考えず、血継限界の発動と考えな。……だったらあんたはこれからまだ成長できる……断言してやるよ」
ニヤリ、とまるで悪だくみをするような、こんな笑顔が出来る人だったのか。この笑顔が作ったものか、真偽を判断することは出来なかった。いや、どうでもよかった。
それに、と今度はお茶らけたように担当医は続ける。
「未知の血継限界、研究者としての血が騒ぐ。俺はこう見えても、元は拷問・尋問部隊の副隊長で人の心理のエキスパート、伝説の三忍、大蛇丸先生に師事していたこともある」
馬鹿だ、貴方はこういうことを言う人じゃないだろう。
「このエリート医療忍者様が、あんたの糞面白体質、使えるようにしてやんよ」
「……ハ」
ここで終わりじゃない。ここからだ。今までのことは何も無駄じゃなかった。これからも続けられる。これからも私は、忍びのままだ。
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「いいか、あんたがまた発作を起こった時の為の、痛み止め用の幻術だ」
そう言って巻物を渡される。
「視界に入るだけでOK、効力は一度きり、発動した瞬間文面は消える」
「薬じゃないんですね」
「体が大きくなったり小さくなったりするんだぞ? そんな所に麻酔なんか打ったら失明するかもな」
よくよく考えれば、最早迂闊に薬も飲めなくなっていたのだ。
「また火竜殺し飲まなくて助かりますよ」
「あんた、あれを? 酒の趣味悪すぎだぞ」
「私には先生と違って付き合いって門があるんです」
要約いつもの茶化した対応が出来る。身体が大きくなったせいか、動揺していたせいか、いつものルーティーンのような対応が出来ていなかったのだ。
反論には嫌そうに、そうかい、とあしらわれる。
「ならそんなお医者さまからもう一つプレゼントだ。行先は俺行き、俺直行の愛の式だ。恋文なりSOSなり飛ばせ。地の果てまで往診に行ってやるよ」
そう言ってもう一つ巻物を渡される。
「……ハ、もしかして真心こもった手作りだったりします?」
「まあな」
なにがマットだ。
ようやく落ち着いた精神がうっかり揺れそうになるのを感じる。
涙もろくなってるんじゃないか。
「ありがとうございます、カブリ先生」
巻物を握りしめたまま、頭を下げる。
「よせ、俺は医者だ。忍だ。人を助けるのは義務だし、自分の体が思い通りに動かない恐怖は知っている。医療忍だったら誰だってする」
「それでも、救ってくれたのは貴方だ」
今まで何度も助けられてきた。
命の危機に瀕したことはいくらでもある。それでも、救われたことはなかった。弱っている心を、小さなことで救い上げてくれるのだ。これが白衣の天使って言う奴かだろうか? こんなおっさんだが。
想像以上に弱い自分を知って、弱っていた。
カカシさんに相談するだけで心が軽くなって、誰か酒を飲むだけで楽しくなって、シホと話すだけで落ち着くことが出来、この医者と話すだけで紛らわせた苦しい気持ちを洗ってくれた。
心を鍛えるために体を鍛え、身体を鍛える為に心を鍛えていた。そのバランスをあっけなく崩されて、ここ最近はずっとグラグラだった。いつも以上に馬鹿みたいな自分になっていた。このままでは忍びではなくなってしまう、と思った。
だが、私は未だに忍びであり続けた。
――強い忍びであり続けるには、鍛えるだけじゃダメなのさ。
かつての担当上忍のセリフを思い出していた。あれは才能のことを説いているのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。
「カブリ先生」
「あ?」
かっこいい医者モードは終わったのか、いつものだるい態度に戻っている。
「もっと強くなりますよ」
忍に、とは言わない。