巻の8 土の国境にて顔無き忍の遺志を引き継ぐの事
「それでよぉ、お前達。ルイとはどうなんだ? 性格は兎も角、容姿は上の上、家柄も血筋も木ノ葉有数で器量良しだ。これほどの優良物件、他には無いぜぇ?」
任務を終えて解散した後、カイエはヤクモとユウナの二人を誘い、ラーメン屋『一楽』にて他愛無い世間話を花開かせていた。
「……下衆の勘繰りですなぁ、カイエ先生」
「ヤクモに同じ。それに一番最初に上げた性格で、後の全てが釣り合わないんですけど……」
担当上忍の野暮な物言いに、二人は心底げんなりとした表情で受け答えた。
二人とて恋愛事に興味を抱かぬ筈は無いのが、あの少女――今この場にいないうちはルイに関しては異性としての好意を抱く以前の問題である。
用意周到にして神算鬼謀、何事にも抜け目無く凄味がある破天荒な少女。その性格を一言で評するなら〝黒い〟のだ。
千年の恋さえ冷めるぐらい、あの一本の三つ編みおさげが愛くるしい女狐の性根は真っ黒なのである。その本性を間近で眺めている二人は、女という生き物の実情に深い疑念と疑惑を抱かざるを得なかった。
「またまた照れ隠ししちゃって、思春期してんなぁー。だが、今は男しかいねぇーんだから本音を語ろうぜ」
空気読めよ、と二人は内心で壮絶に突っ込む。
カイエはまだルイの本性を垣間見てから日が浅い為、何処か致命的な部分を見誤っている節がある。この類の勘違いは自分から気づかない限り解けないので、二人は指摘する事無くラーメンの麺を啜る。
「オレが見た限りではサスケに好印象を抱いているようだなぁ。この前も一緒に歩いているところを見かけたぜ。あんなスカした餓鬼の何処が良いのやら」
やはり世の中は顔なのか、と一人いい感じに盛り上がるカイエを尻目にユウナとヤクモは溜息を付いた。
確かにアカデミー時代からうちは一族の生き残りである二人は一族再興の為に夫婦になるだろう、という見解が割と一般的である。
うちはという木ノ葉最優の血筋を絶やさぬ為にも、純血の血統は最優先で確保したいだろう。
アカデミーの中では二人に否定的な者(女子限定)が多かったが、ルイ本人が「一族再興の為には一夫多妻も已む無し」という爆弾発言をした為、サスケに妄信的なアプローチをする者が後を絶たなかったのは余談である。
「先生、見る眼無いなぁー。ありゃルイが惚れているんじゃなく、サスケが一方的に惚れているだけだよ。大方、一族再興の面倒事を全部サスケに押し付けるつもりじゃね?」
「言えてるな。これもサスケの里抜けを防ぐ為の布石だろうね」
ヤクモの見解にユウナは頷きながら同意する。
ナルトに匹敵する落ちこぼれを装いながら、サスケの手綱をちゃっかり握る手腕の良さは想像するだに恐ろしい。
「それならルイを引き取った日向宗家、その嫡男である日向ユウナが本命かい? うちはと日向の血継限界が混ざり合ったらどうなるんかね?」
写輪眼と白眼のオッドアイか、両方組み合わさったハイブリットか、絵的に何方も微妙だなとカイエは一人呟く。
僕の考えた完璧超人でも其処まで酷いのは無いだろう、とユウナは疲労感を漂わせて呆れる。
「……自分に聞かないで下さい。良く誤解されますが、日向宗家は後見人という立場ですから、ルイが自分の許婚という訳ではありません。それに日向宗家を継ぐのは妹のハナビです」
宗家の長男という事で大分揉めたが、ユウナ本人が「分家のネジに劣るような凡才は日向の当主に相応しくない」と公言して止まないのと、ルイもヒアシに強く交渉したので後継者の話は一端落ち着いている。
だが、ヒアシはユウナを後継者にするのを諦めておらず、ルイの交渉で「ネジをこの手で倒すまで当主の座は預ける」という趣旨に変わっている事を当の本人は知らない。
「小難しい御家の事情なんてどうでもいいよ。大切なのは当人の気持ちだ! ユウナにヤクモ、そこんところどうなんだよぉ? ほらほら、正直に話してごらん」
それでもカイエは鼈並みにしつこく問い質す。
酒も入ったのか、その顔色にはほんのり赤味が浮かんでいた。
「……そりゃまあ見る者に鮮烈な印象を抱かせますね」
「性格さえ気にしなければ、可愛いっちゃ可愛いがねぇ……」
終わりの無い追究に根負けしたユウナは渋々と本音を告げ、ヤクモも顔を赤めながら白状する。
性格の黒さを顧みても、あの可愛らしい少女は里の誰よりも魅力的だった。
心の表面上は全否定しても、心の奥底では惹かれていた。――もはや魔性の領域まで昇華された魅惑を、あの少女は最初から持ち得ていたのだから。
「むふふ、十分脈有りじゃないか。うーし、人生の先輩たるオレが恋愛についてアドバイスしよう! いいか、恋愛事は惚れた奴の負けだ。如何に惚れさせて主導権を獲得するか、その一点に尽きる!」
右拳を握り締めながら力説するカイエを尻目に、二人は一旦互いを見合い、続いて冷ややかな視線を送った。
絶対零度の白目に、ハイテンションで暴走するカイエは気づかない。
「……どうやって惚れさせるんですか? あのルイ相手に」
ヤクモはやる気無く告げる。
ありとあらゆる状況を脳内に想定し、無理矢理に思い描いた結果――そんな風になるなど想像どころか妄想すら出来なかった
あのルイが、誰かに惚れる? まず在り得ないと二人は切って捨てる。利害を第一に打算する彼女がそのような不確定要素に躓くとは思えない。
「ふふ。良いか、女の子というものは常に白馬の王子様に憧れるものだ。捕らわれのお姫様を夢見て、絶体絶命の窮地を颯爽と助ける王子様に惚れない女の子はいない!」
夢見がちな上司に、二人は絶対彼女いないなと確信する。
颯爽と助けに来た白馬の王子を蹴り飛ばし、馬を奪って逃走するルイの姿が眼に見えるようだ。
「……先生って、意外とロマンチックなんですねぇ」
「あのルイが捕らわれのお姫様? それを攫う魔王か、その奥にいる大魔王の間違いだろ」
ユウナはこれ以上無いぐらい呆れ返り、ヤクモは率直な感想を述べる。
その内、何処ぞの大魔王っぽく「これは火遁・大炎弾の術ではない。火遁・豪火球の術だ」なんて言うに違いない。闇の衣を纏う方が先かは些事である。
「やぐされたガキ共だなー。精神年齢は肉体に引き摺られるもんだから偉大な夢とか大志とか年相応に抱けー」
「そういう先生はどうなんですか? 彼女の一人か二人はいるんでしょうね?」
ユウナの電撃的な突っ込みにカイエはぴたっと凍りつく。
踏んではならぬ地雷を踏んでしまった、と二人はラーメンの汁を飲みながらどうでも良さ気に分析する。
「聞くな」
「……あい、そうですか」
笑顔で凄むカイエの眼は笑ってない。
ルイへのお土産はどうするかな、と考えながら二人は箸を置いた。
「――ん。おやおや、カイエ君じゃないか。お前達の班も里外の任務かい?」
「おお、そういう君は遅刻魔のカカシ君じゃないか。いやいや、手頃な依頼が無いんでな、里外演習だよ」
里を出る巨大な門の前、はたけカカシ率いる第七班と青桐カイエ率いる第九班は偶然遭遇し、二人の上忍は気取る事無く挨拶する。
「あー! るるる、ルイちゃん、この前はよくもぉ!」
うずまきナルトはルイの姿を見た瞬間に露骨な警戒心を露にし、同様に春野サクラも僅かに敵対心を浮かべる。
だが、その当人に至っては何処吹く風だった。
「やほ、サスケ。ナルトも元気だねー」
「ドベが喧しくて疲れる」
「なんだとぉー!?」
一人騒ぐナルトを放置し、ルイとサスケは互いに見詰め合って微笑む。
その気心通じた様子を、外見では露骨に出さないが、サクラは内心激しい嫉妬心をふつふつと煮え滾らしていた。
「あーッ! 三日前にわしの依頼を超断った奴等じゃないかッ!」
年相応に騒ぐ子供達以上に声を荒げ、カカシ班の依頼人であるタズナは顔を引き攣るカイエに指差して怒りを露にした。
「……あはは、タズナさんじゃないですかー。いやぁ、三日前はそのすいません。ちょっとした手違いがありまして」
「何が手違いじゃいッ! 超土壇場でキャンセルしおって!」
契約が成立した直後に破棄され、三日間待たされた事を根深く恨んでいるタズナは小言じみた愚痴を次々と繰り出す。
「あ、はは。それじゃそういう事で波の国での任務頑張るがいいさー! お前等、とっとと行くぞー!」
「あいよー」
カイエは逃げるように木ノ葉瞬身の術で消え、ユウナとヤクモも後を追う。
「それじゃね、サスケ。道中気をつけてねー」
「ああ、ルイこそな」
サスケに手を振りながらルイは軽快な足取りで消える。
その〝道中〟の含みの意味に気づけないだろうな、と内心笑いながら――。
「カイエ先生、何でまた土の国の国境付近で演習を?」
「昔話をするには丁度良い場所だからさ。一応、警戒を怠るなよ。岩隠れとは同盟関係だが、口約束並にいい加減だからな」
物凄い巨木に常識外の大きさの茸が生える奇怪な森、私ことうちはルイと愉快な下僕達――もとい、第九班は遠出のハイキングと洒落込んでいた。
程無くして手頃な場所を陣取り、周囲への警戒を継続しながら休憩に入った。
「一つ退屈な昔話をしよう。オレがまだお前等と同じ年齢だった頃の話だ。当時は第三次忍界大戦の真っ最中でな、下忍に任官したばかりのオレ達まで戦場に駆り出されるほど状況が切迫していた」
十数年以上前、木ノ葉隠れに九尾が襲来する前の話を、私は興味津々と耳を傾ける。それはヤクモもユウナも同じ事だった。
「オレの班は担当上忍以外、お前達と同じ境遇の奴等だった。ペッポコなオレとは違って二人は羨ましいぐらい優秀でな、この中で真っ先に死ぬのはオレだろうなと信じて疑わなかったぜ」
カイエは無理して笑う。今の年齢で最前線に投入されたのだ、さぞかし見るに耐えぬ地獄を垣間見た事だろう。
もし、私がその当時に生まれていたのならば、忍者以外の道を選んで、里でのほほんとしていただろう。うちは虐殺まで猶予もあるし、九尾襲来も間近だから里抜けして全国に遊び歩いていただろう。……その当時に生まれたかったかも。
「確かこの近くだな、国境付近で小競り合いしたのは。当時与えられた任務は遊撃で、最初に遭遇した敵は俺達と同じような班編成だった」
カイエの視線が彼方に向けられる。その眼には後悔と哀愁の色が入り混じっていた。
「上忍は上忍とぶつかり合い、下忍は下忍同士で殺し合った。格下だった相手を簡単に追い詰められたが、トドメを刺す段階で躊躇してしまい、二人は返り討ちだ」
「……此処は日本じゃないのに、殺人への禁忌を捨てれなかったのね」
無様なものだと、私は内心切って捨てる。どの世界でも戦争を知らない日本人は信じられないほど平和惚けしている。殺し殺される極限状況において躊躇うなど、覚悟が足りない。
「そうだ。そんな当たり前の事を、同胞を殺されるまで気づけなかった」
横目でヤクモとユウナの様子を覗き込む。真剣に聞き入っているが、彼等の技量と身体能力なら人間一人など簡単に殺せるだろう。だが、殺す覚悟を出来るか、となれば否だろう。
「だからお前達に言うぜ。敵は躊躇せず殺せ。殺さなければ殺されるぞ、と。自分一人なら良いと思うなよ、仲間にも被害が及ぶんだから。――お前達が本当に積むべき経験は戦闘じゃなく殺人の経験だ」
良い訓示だ。二人は少々難色を示したが、私は素直に同意する。
初の実戦になったら私が敵の戦力を極限まで削いだ上で殺させよう。一人殺せば吹っ切れるだろうし。
「ええ、肝に銘じますわ」
二人の代わりに代弁する。が、それが軽率だと見て取られたのか、カイエは眉間を顰めて溜息付く。
「……言葉の上で理解していても、実際にその場面に遭遇するまで解らない、とまで覚えておいてくれ」
「ん? どうした、ルイにカイエ先生」
帰りの道中、偶然か必然か、私とカイエは同じタイミングで同じ方向を睨むように凝視した。
カイエに関しては解らないが、何かしらの音が聞こえた訳でもないし、異常な臭いを感じ取った訳ではない。強いて言うならば、背筋が寒くなるほど濃厚な死の予感を嗅ぎ取ったのだ。
こういう時の勘は中々外れてくれない。私はこの時点で諦めと共に覚悟を決めた。
「ユウナ、この方角の四キロ先見れるか?」
「先生、素で無茶な要求しますねー」
気軽に受け答えながら白眼の透視能力を存分に使い、異常を感じ取った方向に視線を送る。程無くしてユウナの表情が強張り、驚愕と動揺を浮かべた。
「……酷い有様だ。竜巻でも発生したが如く木々が薙ぎ倒されているし、岩隠れの忍かな――の死体が其処等に転がっている」
「四キロ先は土の国の領土だな。物見遊山の気分では赴けないが――生存者はいないのか?」
今にも吐きそうな最悪な面構えのユウナを尻目に、カイエは頭を掻きながら問う。
まだ最悪の事態に巻き込まれていない。今からでも見て見ぬ振りをして撤退すべきだが、集団行動はもどかしいものだ。
「……いた。一人だけ、同年代の女の子。――あ、倒れた!」
よりによっていた生存者に憎らしげに眼を細める。死んでれば手間が掛からなかったのに。
「カイエ先生、助けに行こうぜ! 人命救助に国境は関係無いだろっ!」
「私は断固反対だね。最悪なまでに嫌な予感がするし――けど、決定権はカイエ先生にある。決断よろしく」
やはり救助の意向を示したヤクモに内心溜息つきつつ、決定権をカイエに委ねる。
結構な修羅場を潜り抜けているのに大分甘い性分なので、見殺しを命じる一途の望みは端から持っていない。
「チィ、我ながら厄介なものを見つけてしまったな。行くぞ、もし岩隠れの忍と遭遇しても先に仕掛けるなよ! 平和的な話し合いで片付けられればいいんだが――万が一も在り得る、覚悟しておけよ!」
「……ひでぇ有様だな、どうやればこうなるんだよ……?」
初めて死体を見て、嘔吐寸前まで青褪めるヤクモは虚勢を張るように声を上げる。
本当に竜巻が発生したんじゃないかと疑いたくなるような倒壊状況だった。太い木々さえ幾つも倒壊し、岩隠れの暗部らしき死体は所狭しと横たわっている。原型が留まっている死体は珍しい方であり、大抵は腕か足が千切れていたり、上半身と下半身を分断されていたりする。
「岩隠れの暗部の死体だらけか。最高なまでにきな臭いな――ユウナ、生存者の女の子とやらは何処だ?」
「……見当たりませんね。移動中に動かれたみたいです。半径百メートルにはいませんね」
流石に移動中にも白眼の透視を常時発動させるにはチャクラ消費が多すぎるので、仕方ないと言えよう。
というより、この状況で一人生き残っているなんて、間違いなく下手人だけだし。出遭いたくもない。
「そうか、ユウナはそのまま索敵も頼む。土の下も注意しろよ、岩隠れのは土竜の如く忍び寄るからな」
「先生ー、一人虫の音だけど生きてますよ」
死骸を直視出来ないヤクモと違い、割と見慣れている私は微かに生き残っている者を発見する。
生き残りの男は暗部の仮面が半分に割れており、素顔を露出している。明らかに致命傷な腹部は見るに耐えないほどぐちゃぐちゃなので余命幾許も無いだろう。
「おい、一体何があった? 死ぬ前に話せ――って、おまえアシカか!?」
「……カザ、カミじゃ、ねぇか。なんで、こん、な、ところに……」
知り合いか――ならば、有益な情報提供をしてくれるだろうが、如何せん全部語れるほど男の余命は残されていない。迷う暇は無いので、速攻手段を講じる。
「――ユウナ、ヤクモ、カイエ先生、それと其処の人、私の眼を見て」
私は万華鏡写輪眼を使い、全員の意識を我が精神世界に攫った――。
「月読……!? ――そうか、ナイスだルイ!」
いきなり月読の精神世界に送り込まれ、三人が混乱する中、瞬時に私の意図を悟ったカイエは手放しに称賛する。
「なんだこれは……!? 傷が、無い?」
先程死線を彷徨っていた人は傷一つ無く元気に混乱している。
そりゃ致命傷を負って変な世界に来たと思ったら傷が消えていた、となれば変化する状況を処理出来なくなって驚くだろう。
「カイエ先生、この人は木ノ葉隠れの暗部ですか?」
「……恐ろしいほど察しが良いな。そうだ、コイツはオレが暗部にいた頃の同僚だ。岩隠れに潜り込んでいたとは思わなんだが」
やはりか。となると、先程呟いたカザカミというのは暗部でのコードネームか。カイエが元暗部出身だったとは知らなんだ。
「アシカさん、此処は私が作り出した幻術の空間です。この精神世界での時間経過は現実世界では一瞬です」
――現実世界に戻った瞬間、変わらず死ぬ。無情な現実を言わずとも暗部の男――アシカは苦笑しながら理解した。
「……そうか。あんがとよ、嬢ちゃん。この間々死んだら無駄死にも良いところだった。――カザカミ、俺の遺言を最期まで聞き届けろよ。途中で事切れる心配が無いから長くなるがな」
「……ああ。全く、損な役割ばかりだぜ」
そうカイエは愚痴り、二人は互いに笑い合った。それは既に死を享受した、何とも寂しげなやり取りだった。
「俺が岩隠れに潜伏したのは暗部の任務でな、ある人物の存在を監視する為だ。最上級の危険物だったからな、木ノ葉の上層部も軽々しく対処する訳にはいかなかったんだろうな」
暗部という事は、木ノ葉に不利益な危険人物として暗殺を視野に入れていたと見える。
根の総元であるダンゾウに何らかの関わりがあるのだろうか。いや、何でも関連付けるのは流石に早計だろう。
「その人物は何を思ったのか、単身で里抜けしてな、岩隠れの暗部に紛れ込んで追跡したらこの様だ。化け物相手に油断した俺も俺だが」
「その人物とは一体何なんだ?」
ごくり、とユウナとヤクモは息を呑む。非常に嫌な予感がしてきた。今すぐ逃げ出して木ノ葉隠れの里に帰りたいぐらいだ。
今更だが、これは任務でも何でもなく、単なる演習だったのに何でこうなるのやら。
「聞いて驚け、――人柱力だ」
「なん、だと……!?」
カイエとヤクモとユウナは一斉に驚愕し、私も苦々しく顔を歪める。
まさに最悪に等しい状況だ。神様は何が何でも私に死亡フラグを乱立させなければ気が済まないらしい。
「名は岩流ナギ、お前の部下と同じぐらいの年齢の少女だ。毒々しいまでに赤い眼が特徴的で、一目見れば解る。中身の正体までは解らなかったが、黒い液体状の泥みたいなのを自在に操る。尾獣の影響なのか、情緒不安定でいつ暴走するか解らん危険な状態だ」
つまり、砂隠れの我愛羅みたいな少女か。今後一切関わりたくない最上級の危険物である。この世界には核廃棄物処理場は無いのだろうか。無いのだろうね。
「俺の任務は岩隠れが有する人柱力の調査及び木ノ葉にとって脅威に成り得るか見極める事だった。――火の国を目指して里抜けした今、土の国で暗殺出来なかったのが悔やまれるな」
本当に、何しくじってるんだよこの役立たずと内心罵る。
里の精鋭部隊とか謳っているが、実力はやられ役のモブ以下なんだよな。本当に解説するしか取り得が無いな、暗部というのは。
「一つ質問があります。人柱力が死ぬと、中の尾獣はどうなるのです?」
「生憎と実例が無いから憶測になるが、宿主と一緒に死ぬほど潔くないだろうな。封印の殻を破って復活し、大暴れだろうよ。もしも火の国でそのような事態になれば、十二年前の九尾の二の舞になるだろう」
質問するまでもなく解っていたが、頭が猛烈に痛い。
とりあえずその人柱力に遭遇したら出会い頭に須佐能乎の十拳剣で永久封印するか。この人生最大の窮地を潜り抜けて、暁の野望も崩せて一石二鳥だ。
いや、デメリットが大きい。態々喋っていない万華鏡写輪眼の奥の手を曝すのは若干抵抗がある。というより、この事態はもっと上手く片付けられないだろうか――?
得た情報を統合し、分析して上層部の意図を推測し――電撃的に閃く。人目が無ければ小躍りしたい気分だ。
「――カザカミ、これは地図から国が一つ消え兼ねないAランク任務だ。人柱力の岩流ナギを確保し、木ノ葉隠れの里まで無事届けろ。既に岩隠れの連中は火の国で始末する算段だ」
「……やれやれ、この事件の対応次第では第四次忍界大戦の引き金にもなるか。オレ如きと新米下忍三人で挑む任務じゃないぜ」
まさに世界は私達の両肩にかかっている、といった具合である。
波の国の方がまだ楽だった、とヤクモとユウナは事の大きさに恐縮しているが、私は愉快気に口元を歪ませる。
これはある意味大きなチャンスだ。上手く片付けられれば未来への懸念を一つ潰すどころか、お釣りがくる。何が何でも全員生き残り、未来の栄光を掴み取る。これはその試練なのだ。
「暗部からの増援は要請したが、間に合わないだろうから期待するなよ。……後は、俺の死体の処理を頼むぜ」
「……ああ」
アシカは苦笑し、カイエは神妙に受け答える。
「もう思い残す事は無い。此処で死んですまないな、生き残れよルーキー共――って、泣くなよ」
「……ッ、すいま、せん」
鼻水垂らしながら泣くヤクモの姿に誰が笑えようか。
愚直なまでに忍として任務を遂行した男の生き様は馬鹿らしいと思うが、嫌いじゃない。――誇っていい、最期まで己が信念を貫き通したのだから。
「それじゃ解くよ。カイエ先生、その前に指示を」
「ユウナは人柱力の子を全力で探せ、ルイとヤクモは周囲を警戒だ。目標を発見次第、確保しに行く。岩隠れの忍との交戦は極力避けろ。万が一の際は絶対に一対一で戦うな。――しつこく言うが、敵は迷わず殺せよ!」