「……ナルトとサスケは納得いくが、何でカカシ班にルイをいれねぇんだ? あれもうちはだからカカシ上忍が指導するのが筋だろう?」
同僚の最もな意見に、うみのイルカは気まずく言い渋る。
今年のアカデミー卒業生は班編成を決定する者達にとって厄介極まる曲者揃いだった。木ノ葉隠れの名家という名家が勢揃いし、見えない圧力や第三者の横槍なぞ様々な要因が重なり、例年以上に四苦八苦した。
「……彼女の成績は卒業生三十人中二十九位ですから、その班編成では偏りが生じるかと」
「偏りなんざ気にしていたら班編成なんざ出来ねぇよ。よりによって日向の倅と……あー、すまん。オレが悪かった。聞かなかった事にしてくれ」
「……ああ、助かる」
咄嗟に裏の事情を悟った同僚は藪蛇になる前に口出しをやめる。
木ノ葉隠れの血継限界の一族、うちはと日向は源流を同じとしながらも常に険悪な関係だった。絶対に班編成で一緒に組ませてはならない、という暗黙の了解があるほどである。
だが、その慣例も三年前に日向に引き取られたうちはルイによって崩される。
うずまきナルトに匹敵するぐらい落ちこぼれの彼女はどういう訳か、古き体制に固まり切った日向と極めて親密な友好関係を築き上げたらしく、現当主から己が長男と組ませるよう班編成を直接指定されたのだ。
「日向ユウナとうちはルイに黒羽ヤクモ、いつもの仲良しトリオかぁ。こんな胃の痛くなるメンバーを率いる運の悪い上忍は、と――」
第一章 下忍第九班『青桐カイエ班』
「ヒナタはこれから私の下につきます。……ですが、本当に宜しいのでしょうか? 下忍としての仕事は常に死がついて回ります」
「好きにせい」
日向宗家の道場、日向ヒアシは訪れたくノ一の上忍・夕日紅を一瞥する事無く、七歳になるハナビへの指導に専念する。
その鬼気迫る修行は激しく、下忍にもなってないハナビの実力が突き抜けている事を容易に察知させる。時代が時代なら飛び級で任官していたとさえ紅は思う。
しごきが一段落し、日向ヒアシは漸く夕日紅に視線を向ける。その威厳溢れる日向の当主は何食わぬ顔で言い捨てる。
「獅子は我が子を谷底に突き落とし、這い上がってきた子を再び谷底に突き落とすという」
「……え? また、突き落とすのですか?」
一瞬聞き間違えかと紅は自身の耳を疑い、それでは死んでしまうのでは、と反射的に突っ込んでしまって激しく後悔する。
キッ、と厳しさを増した白眼で睨まれ、紅は宗家の怒りに触れたと誤解し、蛇に睨まれた蛙のように脅えて錯乱する。
「いいい、いえ、なんでもないです、はいっ! 失礼しましたっ!」
逃げるように立ち去った夕日紅の姿を、ヒアシは呆れた表情で見届けた。
上忍と言えども経験が浅く、本当に娘を任せて安心か、今一度自身に問い掛けるほどだ。
「父上、何度這い上がっても突き落とされるのならば、子はどうすれば良いのでしょうか?」
「突き落とす親獅子を蹴り落とせば良い。そうやって子は親を超えていくものだ」
一族を皆殺しにされながらも逞しく生きる少女ならば、迷う事無く実行するだろう。それも一度目に這い上がってきた段階で――。
うちはルイを引き取って三年余り、日向宗家は良い意味でも悪い意味でも影響を受けていた。
巻の6 三年の歳月経て、蛹を破り蝶は舞うの事
「やっと下忍任官か。中忍試験まで一年以内だね」
新調した黒の忍装束とお揃いの短パンを着こなし、木ノ葉の額当てを腰元に巻く。
当然、忍装束の背中にはうちはマークの刺繍付きだが、私のトレードマークの三つ編みおさげが垂れかかっているので目立たない。
十二歳になった私の最近の悩みは身体の成長――部分的には胸とか胸とか胸である。同居するヒナタと成長具合を比較したら暫く立ち直れないぐらい御粗末である。……貧乳はステータスだから良いんだよ、ぐすっ。
「何だか余命のように思えるのは気のせいか?」
ユウナはいつも通りの白を基調とした忍衣装を着こなし、木ノ葉の額当てを私と同じように腰掛けにしている。この三年で大分伸ばした長髪は一本に束ねられている。
「折角の門出なのに辛気臭ぇなー、もっとテンション上げて行こうぜ」
相変わらずぼさぼさな黒髪を侍のように後ろに纏めているヤクモは黒色に桜模様が浮かぶ侍衣装を羽織っている。木ノ葉の額当ては彼の愛刀の鞘に括り付けられている。
誰一人本来の用途として使われていない額当てを苦笑しつつ、私達は再び学び舎に足を踏み入れた。
「……遅い」
うちはサスケは不機嫌そうに呟く。
そもそも彼の苛立ちの主な原因は担当の上忍が遅刻している事ではなく、三人一組の班編成にある。
その事を聞いた瞬間から足手纏いが二人増える事を懸念したが、ある一人と組めるのならば仕方ないかと妥協出来ただろう。
しかしながら現実は無情であり、彼が班員として望んだ少女とは組めず、喧しいドベとうざい女が班員となった。表面上に出していないが、その落胆の深さは余人では計り知れない。
「なんでオレ達七班と九班だけこんなに遅いんだってばよ!」
ドベの少年も喧しく騒ぐが、一々構っていられないので耳に入らない。
サスケが一緒の班になりたかった少女――うちはルイの班員は日向ユウナと黒羽ヤクモであり、弱い者に興味を抱かないサスケですら名を覚えているほど、うちはルイと大抵一緒にいる少年達である。
「本当に遅いねぇ。時間を守らない忍者って駄目駄目だと思うなー」
退屈気に眼を細めるルイにサスケは内心頷き、同意する。
この九班だけは作為的なものを感じる。どうしてよりによってこの組み合わせにしたのか、元担任のイルカの選考を恨めしく思う。
暇を持て余したドベ――うずまきナルトが教室で忙しく動き回っている最中、うちはルイは突如席を立ち、教室の扉に物々しい仕掛けを施していく。
定番の黒板消しに、糸で連動するように仕掛けを次々に工作する。一体何をしているのか、サスケは首を傾げた。
「あの、ルイさん? 一体何を仕掛けているのですか?」
「何って、見ての通り他愛も無い悪戯よ?」
畏まった口調で皆の疑問を代弁するヤクモに、ルイはさも当然のように言い返す。
扉が開かれ、黒板消しが落ちたら連動する紐が引っ張られ、クナイが二個射出するようになっている。
それ自体が前面と頭上に意識を集中させるだけのオトリで、本命は足元の細い糸。扉を開くと同時にピンと張るようになっている。
これに足を引っ掛けて、よろけながら二の足を踏む地点にも引っ掛け糸が仕掛けられ、それを切ると同時に頭上から盥が降ってくる壮大な仕掛けとなっている。
「幾重に仕掛けられ、どう見ても殺す気満々な凶悪度を誇るんですけど?」
「仮にも我等が目指す上忍なんだからこの程度じゃ死なないさー。殺す気なら起爆札も付けるし」
傍目から見れば物騒極まりないが、そんな楽しげなやりとりを眺めながら、サスケは無意識の内にユウナとヤクモに嫉妬する。苛立ちの色もより一層増すばかりである。
「……えーと、ルイちゃん。それはオレでもやめた方がいいと思うってばよ」
悪戯が趣味と公言するうずまきナルトですら彼女の話している最中にも増える仕掛けに難色を示したが、ルイは爽快な笑顔で答える。
「大丈夫、万が一の事態が起こっても全てナルトの責任になるから」
「えぇー!? ど、どういう事だってばよ!?」
仕掛けるだけ仕掛けて、ご満悦に席に戻ったルイは慌てるナルトの姿を眺めながら、清々しい笑顔で死刑宣告を下す。
「いつも悪戯する狼少年はいざという時に潔白を主張しても信じて貰えないのよー」
「……あー、確かに大丈夫だろうな。ルイの保身は完璧なまでに」
ヤクモは心の中でナルトに十字を切った。アーメン、と。
「――うわッ、とあっ、ぐぎゃっ、ガァッ!?」
教室の扉が誰かの手によって開かれ、罠と悲鳴が混奏する。
幼稚な罠と嘲笑って足を踏み入れた茶髪の上忍は底無し沼に沈んでいくように深みに嵌り、最後には頭上から落ちた盥に直撃し、ノックダウンする。
「ふっ、我ながら完璧だね。――駄目じゃないですか、ナルト君。こんな危ない仕掛けしてぇ。先生、大丈夫ですか? すみません、私は止めたんですが」
さも申し訳なさそうに申告し、ルイは駄目押しとばかりに何の罪も無いナルトを犯人に仕立て上げる。
「うわあああぁっ、せ、せこいってばよ! それはルイちゃんが――」
弁明する暇無く上忍は再起動し、激怒の貌を浮かべて慌てるナルトの姿を視認する。
「ぬぅぅう、貴様かあああぁー! 今のは痛かった、痛かったぞおおおおおおおおおおおぉーーー!」
「ギャアアアアアァーーーー! 理不尽だってばよぉー!」
サスケさえ、ナルトに同情するぐらい酷い光景が繰り広げられる。
暫く思考が停止していたが、こんな少女だったかな、という居た堪れない疑問がサスケの脳裏に過ぎった。無論、答える者は誰もいない。
「自業自得、身から出た錆ね。今日の教訓は普段の行いが大事、でしたー」
「いやいや、あんたが言うなよ」
「あー、まずは自己紹介と行こうか。オレは青桐カイエ、見ての通り平凡極まる上忍だ。年は二十七歳で好き嫌いは沢山ある。将来の夢は安全な場所でのんびりと隠居する事、趣味は色々だ。右から順に自己紹介してくれ」
未だに痛む頭を摩りながら、我等が第九班の担当上忍・青桐カイエは簡単に自己紹介する。
茶髪の髪に黒眼の割かし整った面構えで木ノ葉ベストを着こなしているが、額当ては腰元にだらしなく掛けられている。……とことん、額当てとして使われない飾りである。
「オレは黒羽ヤクモ、好きなものは刃物に海老天、嫌いなものは蒟蒻。将来の夢は……そうだなぁ、世界旅行かねぇ。趣味は刀剣蒐集ってところですねー」
そういえばこういう形式で自己紹介した事は無かった。ある意味、新鮮である。
「あれかね、蒟蒻嫌いなのは……」
「斬れないから?」
小声でユウナに話しかける。斬れないのは鉄をも斬る刀だけで、普通に斬れると思うのだが。
「自分は日向ユウナです。好きなものは特に無く、嫌いなものは従兄弟の誰かさんで、将来の夢は平穏に生きる事とその誰かさんに引導渡す事。趣味は読書です」
この三年間、私にはその誰かさんこと日向ネジと出遭う機会は無かったが、何故か前以上にネジに対する恨みが深くなっている気がする。
ネジ関連になるとユウナは予想と異なる反応するな、と心の奥に留めておく。
「従兄弟の誰かさん? 日向ネジの事……まあいいか。最後、女の子」
触れない方が身の為と瞬時に判断した青桐カイエは視線を私に回す。賢明だ。
「私の名前はうちはルイで、好きな事は平穏、嫌いな事は暴力。将来の夢は寿命で大往生する事で、趣味はボランティアです」
「「はいそれ、ダウトダウトッ!」」
営業スマイルで答えると、がくっと崩れた二人は勢い良く突っ込んできた。
「其処、ナチュラルに嘘突くな」
「好きな事は暴力と暗躍と悪戯で、嫌いな事は退屈と平和。将来の夢は世界制服か全国統一か五国制覇で、趣味は他人の不幸な様を更に掻き回す事だろ?」
半分は否定出来ないが、将来の夢は無事に大往生する事だ。暇潰しに覇業を成すのも楽しそうだが、それ以上に疲れそうだ。
「失礼な。そんな黒幕みたいな女の子何処にいるの。理不尽な言われ様で甚だ不本意だわ」
「こっちの台詞だそれ!」
激しく突っ込むヤクモにぶーぶーと抗議していると、カイエは少し苛立った表情で止める。
割と大人気無い。もっと余裕を持つがよろしい。
「……あー、静かにしろ。アカデミー気分でわいわい騒がれても困る。とりあえず明日、最初の任務としてサバイバル演習をやる。詳しくはプリントを見てくれ」
配られたプリントを適当に見通し、懐に仕舞う。
「はいはい」
「解りました」
「あいよー」
上からヤクモ、ユウナ、私である。
その余りにも希薄な反応に、カイエは首を傾げていた。いや、何をするか解っているので驚く必要も問い質す必要も無い訳だが。
「……あれ? 質問とか疑問とか無し?」
「アカデミー卒業後の認定試験でしょ? 正式に下忍任官する為の」
説明不要と言わんばかりの私の言葉に、カイエは見るからにがっくりと肩を落とした。
「うわぁ、面白くない餓鬼共だー。折角驚く顔見たかったのに先生悲しくなってきたぞー! そうさそうさ、脱落率66%以上の超難関試験だこん畜生ぉー! 意地でも出戻りさせてやるから覚悟しとけ!」
そんな脅しの捨て台詞を残して、カイエは瞬身の術で消える。
二十七歳なのに大人気無い奴だ。原作にもいなかったキャラだし、腕前的にははたけカ
カシより大分劣るだろう。
「担当上忍としての性格に問題有りだな。やはり木ノ葉も人材不足なんかね」
深々と溜息つきながらヤクモは愚痴る。私もユウナも、全くもって同じ気持ちだろう。
「試験内容が鈴取りなら楽勝だけど、偶然同じって事は無いだろうな」
「だろうね、あの試験方法は三代目火影の系譜に引き継がれた伝統っぽいしね」
他の下忍より全体的に能力が高いから出戻りにならない自信はある。
だが、私の方は未だに猫被りなので、写輪眼と写輪眼で得た術の大半が使用不可であり、二人に比べては戦力にならない。
試験次第ではユウナも心配している通り、不覚を取り兼ねないだろう。
「ま、何にせよ下忍任官しないと始まらないねー」
居残り組になって実戦経験を積めなかったら、それこそ木ノ葉崩しでの死亡フラグを乗り切れない。
この最初の一歩、何が何でも踏み越えなければならない。
私達三人は決意を新たにし、明日に備えて解散するのであった。
「此処に二つの鈴がある。これをオレから昼までに奪い取る事が課題だ。ああ、勿論、鈴は二つしかないからな、必然的に一人落第して貰うぜ」
HAHAHA、と馬鹿みたいな欧米人が如く豪快に笑う担当上忍に、私達三人は生温い視線を送ってやった。
「あー……」
「これまた……」
「……おいおい」
まさか鈴取りだとは思わなかった。もしかしたら、私達は凄い勘違いをしていたのかもしれない。木ノ葉の下忍任官の試験は鈴取りオンリーなのかも、という疑念が脳裏に過ぎる。
「あぁるぇ? 何でそんなに反応薄いの? 先生面白くありませんよー」
空気読めずに空回りする上忍を無視して、ヤクモはぽつりと呟く。
「カカシのと同じだな」
「そうだね、全く予想外だわ」
私もやる気無く呟く。知っている試験内容だからある意味楽か。三人で協力するだけで鈴取れなくても合格になるんだから。
「あぁん? 何で下忍未満のお前等がカカシの試験知ってんだよ!?」
物凄い勢いでテンパる上忍、反応と言っている内容が微妙におかしい。
もう十二年近く経過して原作の細部までは思い出せないが、何かがおかしいと直感が告げる。
「……あの、先生? これって三代目火影の弟子から弟子へと受け継がれた木ノ葉隠れの伝統的な試験ですよね? という事は先生は伝説の三忍とか四代目火影の弟子だったんですか?」
「え? 阿呆抜かすな。オレみたいな凡人が人外魔境の怪物共の弟子な訳ねぇーだろ」
ヤクモとユウナの顔を見返してこりゃ決定的だな、と頷き合う。
「――先生、ジャンプコミックのNARUTO何巻まで読みました?」
「第一部終わるまで見ていたぞ……って、お、お前等まさかッ!?」
こうも簡単に発覚するとは、と呆れつつ、余りにも出来過ぎた偶然が本当に偶然か内心激しく疑う。詮無き事だが。
「……多分、先生と同じく、全員元日本人ですよ」
その瞬間、青桐カイエの顔に驚愕が浮かび――感極まったのか、程無くして涙が一筋流れた。
突然の異常事態に、私達は思いっきり混乱に陥った。まさか大の大人がいきなり子供の目の前で泣くとは想定外にも程がある。
「え、ちょ!?」
「男泣き!?」
「……いい歳の男が情けないわねぇ」
上からヤクモ、ユウナ、締めは私である。
「う、うるさいわい! まさかもう一度同じ境遇の奴と出会えるなんて思ってもいなかったんだよ!」
暫く彼は泣き止まず、背中を見せて零れる涙を必死に拭い続けた。
流石に今、鈴を奪っても合格はくれないだろうなぁ、と気が済むまで放置する事にした。今日もまた良い天気である。
「そうか、やっぱりお前達も死んでこのイカれた世界にようこそかぁ」
私達はシミジミと情報交換と洒落込んでいた。鈴取り終了予定の十二時まであと一時間余りだが、気にしないでおこう。
「それで私達以外にはいないんですか? 同じ境遇の人」
それを聞いたカイエ上忍は遠くを見るような眼で、重々しく語る。
「オレが知る限り四人いたが、二人は第三次忍界大戦で、残りの二人は九尾の一件で、な」
「……ごめんなさい、先生。嫌な事を聞いてしまって」
ヤクモとユウナも期待していた半面、眼に見えて落ち込む。
やはり生き残れない者も出てくるだろう、と私は冷静に受け止める。
本編の記憶が全く通用しなかったのだから、さぞかし大変だっただろうと想像し、それでも生き延びて上忍になった青桐カイエの評価を数段押し上げる。
「気にするな、大昔の事だ。――本編が始まる前に生まれたからさ、その頃までに上忍になって部下の下忍をってのが皆の目標だったなぁ。叶えられたのがその事に一番難色を示していたオレだけってのが最大の皮肉だが」
本当の意味での仲間を喪い、異界で唯一人生き延びた彼は心細かったのだろう。私にもヤクモとユウナがいなければ、と考えれて心中察する。
「湿っぽい話は此処までだ。さあ、全力で来やがれッ! このオレから鈴を奪えるもんならな!」
意識を切り替えて、カイエ上忍は空元気に宣言する。
「いいんですか? 全力で」
「後悔しても知らんぜー」
ヤクモとユウナも意識を切り替え、二人は笑みを浮かべる。
二人とも視線を一度私に送った事から、彼等の言う後悔が何なのかをほくそ笑みながら悟る。
「ふ、青いな小僧ッ子が。これでもオレは上忍だぜ? テメェ等みたいな下忍未満の餓鬼が何人集まろうが赤子の手を捻るように一捻りよ! 刀だろうが白眼だろうが何でも使え!」
上忍自らの許可が下りたので、私は親しい仲の者にしか見せない、最高の笑みを浮かべる。
「それじゃ気兼ね無く全力で行かせて貰いますよ、カイエ先生」
両眼を写輪眼に変え、素のチャクラを挨拶代わりに発散させる。もはや隠す必要すら無い。
「――んなっ、写輪眼だとぉ!? それにその禍々しいチャクラはなんぞやー!」
「いやはや、今日は本当に運が良い。担当がカイエ先生じゃなければ役立たずの落第生を演じる予定でしたから。あ、写輪眼の事は里の人には内緒でお願いしますねー」
にっこり笑顔で凄む。カイエ先生は半眼で睨みながら口を蛸のように尖らせた。
「うわぁー、何この羨ましいまでの天才共ッ。オレなんて才能のサの字も無い凡骨だったのにっ! オリキャラ最強路線など読者が許してもオレが許さん! 徹底的に叩きのめしてくれるわぁ!」
半分以上自棄になりながら地団駄を踏む。うわぁ、物凄い雑魚キャラっぽい。私達三人はやや呆れて、可哀想なものを見守るように精一杯哀れんでやった。
「何だか物凄いハイテンションだな」
「周囲に天才しかいなくて鬱憤溜まってるんじゃね?」
「この漫画の登場人物は全員何かしらの天才だしね」
小者っぷりを堪能しながら、私達は戦闘態勢に移る。生き延びた三年間の猶予でどれだけ強くなったのか、目の前の上忍は試すのに最高の相手だ。
「もはや下忍仕官試験など二の次、ぶっちゃけどうでもいい! 我が積年の恩讐と憎悪と逆恨みを存分に極めてやるぞおおおおおぉーーー! よぉおおい、スタートッ!」
開始の宣言と同時に三人は隠れる事無く疾走する。
「――戯けッ、隠れもせず堂々と来る馬鹿があるか!」
勿論、彼等の辞書――特にうちはルイには正々堂々という概念は欠片も無い。
ルイは走りながら印を結び、五体に分身する。アカデミーレベルの者には通用するかもしれないが、上忍相手には余りにもお粗末過ぎる一手だった。
「本物なんざ見るまでもねぇ――!」
術の綻び、地に蹴り上げた際の音加減、幾多の戦場を渡り歩いた経験から、どれが本物かカイエは一目で見抜く。
「きゃ――」
他の分身を無視し、本体の腹部に掌底を打ち付ける。女の子という事で手加減するが、暫く行動出来ないだろう。
確かな手応えを感じた時、不意に背後から生じた風切り音を反射的に避ける。何故か物は見えないが、聞き慣れたクナイの飛翔音だった。
「な――に!?」
続いて飛んできた物を掴み取るが、感触はあれども眼には見えない。疑問に思う間も無く、分身が消えると同時に遠くに飛ばして横たわったルイも煙と共に消失した。本体と思われたソレは影分身だったのだ。
(分身四体と影分身一体の混合、更には本体を幻術で隠蔽して本命の一撃を放つだと。何時の間にオレに幻術を、そんな素振りは何処にも――写輪眼か!?)
口内を強く噛み抜き、あるべき物を視認させなくする奇妙な幻術を強制的に解く。
「てぇいッ!」
その立ち止まった隙を突くが如く日向ユウナが速攻を掛ける。独特な構えから繰り出される徒手空拳をカイエは体捌きだけで全て躱す。
「おっと! 日向の柔拳と組み手するなんざ御免被るぜッ!」
触れただけで効果を及ぼすが故に、カイエは唯一度も触れさせる事無く避け続け、生じた隙に合わせて頬に拳を突き出す。
男相手に加減の必要は無い。彼方まで吹っ飛ばす気概で振るった拳だが、着弾の瞬間に奇妙な違和感を覚える。まるで殴り応えが無く、ぬるっとしたものを殴って滑ったような感触だ。――危機の正体に気づいた時には独楽の如く回転され、彼の身体ごと勢い良く弾き返された。
(八卦掌回天。宗家に生まれたからとは言え、もう使えるのか!)
宙に飛ばされながらも猛烈に後退りしながら地に着地する。一瞬足らずだが、自由にならぬ隙を彼女達は見逃さない。
「ヤクモ!」
「あいよっ!」
停止地点に待ち構えていたヤクモは間合いの外から刀を横一文字に一閃し――刀から迸ったチャクラの刃がカイエ目掛けて疾走する。カイエは眼を見開いて驚いた。
(チャクラを形態変化させて、刃状のを放ったぁ!? 何処の格ゲーのキャラだてめぇ、てかあいつ絶対忍者目指してねぇ!)
一目見た時からなんで忍者なのに侍衣装なんだよと内心突っ込んでいたが、この世界のヘボ侍と違って極悪過ぎる、と評価を改める。
幾らなんでも受ける訳にはいかない、とカイエは瞬身の術で回避する。
行き場を失った刃は背後の木々を幾つも両断した。下手な術より殺傷力は高く、印を結ぶ必要が無い分、容易に連発出来るのだろう。
(しっかし、コイツら――全然、鈴狙ってねぇな。完璧なまでに殺す気満々じゃねぇか。此処は一つ、幻術で驚かせて灸を据えよう)
樹木の中に隠れ、複雑な印を瞬時に結ぶ。
カイエの姿を見失って周囲を忙しく探していた三人の表情が一変する。
突如、地が流動して足を咥え込み、一瞬で生え伸びた樹木が絡みつき、三人の身体を問答無用に束縛したからだ。
(魔幻・樹縛殺。大樹が絡み付いて縛られる幻像を見せて相手の動きを束縛するが――木遁なんて誰にも使えないから一発で幻術だとバレるお馬鹿な術だ)
だが、下忍程度が見破れる幻術ではない。能力的にどの班の下忍より優れている部下達に担当上忍としての面目を保ったと、彼はほっと一息ついた。
「――魔幻・鏡天地転」
動揺一つ無く笑いながら、ルイが術の名前を態々呟くまでは。
「ぬぁにいぃ!?」
自分の身体に樹木の枝という枝が絡みつき、カイエは隠れていた樹木の上から叩き落とされる。見間違える筈も無い、それは彼が三人に掛けた幻術だったのだから。
(馬鹿な、幻術返し、印すら組んだ様子も無いのに――これの何処がドベから二番目なんだ。サスケなんざ疾うの昔に通り過ぎてイタチの領域に踏み込んでるんじゃねぇのか?)
血の味しかしない口内を更に噛み切って己の幻術を解き、神速で印を結び上げる。
――風遁・大突破。口から吐く息をチャクラで増幅し、生じた風圧で追い討ちを掛けようとした三人を吹っ飛ばす。
「ぐおおおぉ!?」
「チィ――!」
ヤクモとユウナは踏み止まれずに後方に飛ばされたが、生じた風圧全てがうちはルイの右掌に出来た球体に吸い込まれ、一人だけ獰猛な速度で疾駆してくる。
その形態変化を極限まで極めた術をカイエは誰よりも知り尽くしている。チャクラを掌上で乱回転させて圧縮し、如何なる障壁をも抉る、文字通り必殺と呼べる術を。
「――螺旋丸!?」
今日は人生で一番驚いた日だと自信を持って断言出来る。
カイエが知る限り、この術の破壊力を上回る防御は存在しない。あくまで防御は、であるが。
カイエは己が右掌にチャクラを集中させる。チャクラは瞬時に渦巻く球体となり、ルイと同じ規模程度に留めた螺旋丸で螺旋丸を相殺する。
「――ッ!?」
写輪眼で此方の動きを捉える事は出来ても、このタイミングでは動きようがあるまい。一番厄介なルイを片付けて二人も料理しようと安堵した時、カイエの意識が突如暗転する。
疑問も生じる間も無い。ただ三つ巴の模様から変わった写輪眼が印象的だった。
「流石は上忍、螺旋丸を螺旋丸で相殺されるとは思いませんでした」
「あー、ルイ君? この幻術なんぞや?」
気づいたら其処はカイエとルイの二人だけしかいない世界だった。
床は黒く、地平線の果てまで続いている。試しに自分の頬を引っ張ってみたが、痛い。夢じゃないが、幻術も解けない。カイエは驚きすぎて危機感が麻痺していた。
「万華鏡写輪眼の幻術・月読ですよ。ほら、原作でカカシがイタチにやられた」
「もう二十七年もこっちだから、原作の内容なんて殆ど覚えてないぜ」
ふむ、とルイは可愛く思案し、すぐさまイメージを思い描く。
二人しかいなかった世界にゾロゾロと人が沸く。全て同じ顔、全て写輪眼持ちで刀を構えている。そして、唯一人だけ磔にされた生贄たる銀髪の忍者だけは違った。
「十二年経った私も細かい所には自信無いですが、確かこんな場面だったかと」
「うわ、うちはイタチが気持ち悪いぐらい一杯ッ! 十字架に磔のカカシがブッ刺されているなーって、ああ、これかぁ!」
次々に刀を突き刺す音は本物と何一つ遜色無く、悲鳴は嫌なぐらい耳に響く。
実際に目の当たりにしたら嫌な光景この上無いと、カイエの表情は引き攣った。
「はい、ご希望なら同じ体験も出来ますよ? 生きている間に死に匹敵する痛みを体験出来る貴重な機会ですよー」
「全力で断る、てか、やったら戻ってきた時にぶっ殺すぞー?」
カイエは笑顔で脅迫し、ルイは渋々了承する。
その詰まらなそうな表情を見て、本気でやる気だったなと冷や汗を掻いた。
「残念です。それじゃ解きますよー」
「ちょっと待てい。なんだその物々しい棘々の鉄バットは!?」
ルイの手に現れたのは無数の乱杭歯付きのニッケル合金製棘付きバットだった。夢にも出て来そうなぐらい凶暴極まる外見だった。
「あれー、先生知らないんですかー? 何でも出来ちゃう素敵な万能撲殺アイテムですよー」
本来なら殴っても絶対に死なない(死ねない)素敵仕様だったのですが、とルイは残念そうに解説する。
「知るかボケェ! て、ちょ、何頭上に掲げているの!? てか動けねぇ!? うわ何するやめギャアアアアアアアアアアアアアァーーーーーー!」
「あああああああああああぁ~~~……ッ!?」
元居た演習場に戻ったが、頭どころか股座まで引き裂かれた生々しい感覚は今でも鮮明に残っている。カイエは息切れしながら張本人であるルイの姿を探した。
ちりん、と鈴の音が背後から鳴る。腰元を見れば鈴が二つとも無い。案の定振り向けばうちはルイが鈴二つを見せびらかすように持って、悠然と立っていた。
「鈴取り成功、チームワークの勝利だね」
「ちぇ、良いとこ取りだなー」
小悪魔めいた笑顔を憎たらしげに睨みつつも、カイエは大きな溜息をついた。
このメンバーなら下忍に任官させても何ら問題無いだろう。優秀過ぎて逆に困るぐらいだと彼は苦笑した。
「ルイに関しては個人的に文句あるが、全員合格。明日から任務開始だ。――それとルイ、テメェのその曲がりに曲がりくねった性根を必ず矯正してやるから覚悟しとけ!」
「あらあら、それは是非とも期待しておりますわぁ」
ヤクモとユウナは互いの顔を見つめ合い、ささやかにカイエを応援した。……絶対無理だと内心思いつつも。