――例えば手元に二十面ダイスがあったとする。
何処かで見たようなそれは十九面が『大吉』で最良の結果を齎し、一面だけ『大凶』で最悪の結末を齎す。
そう、『HUNTER×HUNTER』のグリードアイランドだったか。それを手に入れたその時の私は生涯、絶対に賽を振らなかった。
出る目など最初から決まっている。百回振って百回とも『大凶』を出す自信がある。私の凶運は世界が変わっても変わらない不文律の一つなのだから。
普段の私ならば、それでも特に問題は無い。如何なる手段を用いて賽の目を変えるか、ダイスそのものを粉砕すれば良いだけの話である。
一体何が言いたいかというと、自らの運命を運否天賦に任せたら、確実に最悪の結末に至ってしまうという事。
つまりは、自らの凶運を自らの手で対処出来なくなった時、それが私の死期となる。
――そういう意味では、今の私はうちはイタチに遅効性の致命傷を負わされたと言っても過言ではない。
原作の流れから大きく外れ、それを止める術も無く、抗う力をも失った。
身に覚えのある絶望が嬉々驚恐と這い上がる。認めたくない。認めたくないが、今のこの現状は既に、詰んでしまったのだ――。
第五章 絶望への一本道
「……あの、カイエ上忍? 私の記憶が正しければ入院中の筈ですが?」
「いつも通り自主的に退院だ。んな事はどうでも良いから適当に依頼寄越せー、身体が鈍っちまう」
任務斡旋室で受付する彼女は見るからに重症患者である青桐カイエを「またもか」と呆れた目で眺めた。
左肩から腕まで大量の包帯に巻かれ、脚に負傷が無いのに関わらず松葉杖を付かなければ歩く事すらままならない。
恐らくは八門遁甲の体内門を幾つか開き、その反動で身体が御釈迦になっているのだろう。
九尾襲来から良く見慣れた光景だったが、此処最近は無かった為、この悪癖が治ったのかと期待していただけに、受付嬢は海より深い溜息を付いた。
「それではこれなどは如何でしょうか?」
逆に言えば想定内だったという事で、受付嬢は諦めた顔で一つの依頼の説明に入る。
「先の事件で里の防備が不十分だと判断した上層部は、戦力にならない下忍を指定した拠点に一纏めにし、上忍を配置させる事で警備を強化する方針を打ち立てました。貴方にはその一つである日向宗家に赴き、護衛の任に就いて下さい」
ほうほう、とカイエは任務の内容を吟味する。
今現在の木ノ葉は大蛇丸のせいで戦力が極限まで低下している。それを他国に見せない為に、上忍から中忍まで総動員している訳だが、それで将来の戦力である下忍達を犠牲にしては本末転倒も良い処だろう。
その原因の一端、いや主因が明らかにうちはイタチの一件だろうな、とカイエは内心苦笑せざるを得なかった。
「なお、任務のランクこそCですが、日向宗家には『うちはの二人』を初め、木ノ葉でも有数の名家の御子息が勢揃いしています。十分お気をつけて下さい」
これは丁度良い、とカイエは喜びを隠し切れずに笑う。
あの事件からルイは精神的に極めて不安定な状況に陥っている。身体を鈍らさない為に任務に就き、ルイ達を補佐出来る距離にいれる。まさに一石二鳥である。
だからカイエは気付けなかった。受付嬢が物凄く良い笑顔を浮かべていた事に。
「ぬおぉー!? まさかの『騙して悪いが』だとぉ!? 報酬が前払いじゃなかったのにかぁー! うぉ離せショッカーっ、脳改造は最後にしてくれ!」
無用心に、ほいほいと日向宗家に赴いたカイエに待っていたのは強制的な拘束及び一室に監禁されるという信じ難い事態だった……!
「……何を訳の解らぬ事を。まさかその怪我で本当に任務に就くとはな」
日向宗家の当主である日向ヒアシは呆れた顔で寝具に拘束された珍獣を見下ろす。
うちはイタチ達が襲来して三日経過した。
それに関わらず、最も重傷で、かつあの場で死んでも可笑しくなかった重症患者が本当にこの任務に赴いて来るとは彼とて思っていなかった。
「あー、御当主、これでは任務は遂行出来ないんですが?」
「自重して寝てろ。最初から貴様など用済みだ」
「酷っ! って、オレの代わりっているんすか?」
「ふん、ワシじゃ」
奥の襖障子を開けて現れた人物を目にして、カイエは瞬時に物凄く嫌な顔をした。
「エロ爺!? 御当主! 御息女とルイの貞操が危ないですよオォッ!」
「……小僧、貴様はワシを何だと思っとる?」
静かに怒りを籠めて、自来也は芋虫の如く転がるカイエを睨みつける。
初見の日向ヒアシも瞬時に察せる通り、この二人は破滅的に相性が悪かった。
自来也がカイエから「エロ爺」呼ばわりされているのに咎めないのは、呼び方の修正を完全に諦めているからである。
「あれ? てか綱手探しは?」
「……貴様は何処か抜けているようで時々鋭いのォ」
不機嫌さを全面に出しながら、自来也は腰を降ろす。
――自来也と青桐カイエの因縁は遥か昔、カイエが螺旋丸を習得した頃まで遡る。
自分と四代目――写輪眼の御陰でカカシも使えるが――以外に螺旋丸を会得した青桐カイエに自来也が興味を示したのは当然の帰結であり、弟子の技を受け継いだ弟子という気持ちで螺旋丸の更なる発展系を指導した処、決定的な亀裂が走る事となる。
曰く「大玉螺旋丸なんざ本来の用途から著しく逸脱した上に本末転倒、チャクラの無駄遣い」とか、「既に十分な破壊力を持つ螺旋丸に性質変化を合わせるなんてチャクラが有り余った馬鹿しかしないだろ。常識的に考えて」など聞くに耐えない暴言の数々は、二人の関係に修復不可能の損害を与える事となる。
だが、それでも時々ハッとする発言をするこの忍に一目置いているのは自来也自身も腹立たしいが、心の底では認めざるを得ない。
本人を前に口にする事は永遠に無いが。
「木ノ葉隠れの里がこんな状況だ。おちおち留守になどしてられん。まぁ、もう少し落ち着いたらワシ自らが探しに行くがのォ」
「そんな面倒な事せず、アンタが火影になればいいじゃねぇか。……個人的に、滅茶苦茶気に食わないが」
「一言余計じゃ。それにワシはそんな柄ではないわい」
ふん、とひねくれながら自来也はカイエを正面から見据える。
威圧感が漂う空気に、次が本題かとカイエは深く溜息付いた。
「単刀直入に聞くぞ、小僧。うちはルイと六尾の人柱力の事を包み隠さず話せ。全部だ」
「うーむ、うちは秘伝の封印術のようじゃな。厄介極まるのォ」
「……おいおい、まさか取れないのか? とことん役に立たないな、エロ爺」
それは三日前の出来事、イタチ達を追い払い、ルイの両眼に巻かれた奇妙な布を取っ払おうとした時だった。
外そうにも見えない力場で弾かれ、自来也によって複数の術で封印術の解除を試されたが、いずれも失敗に終わった。
「黙れ小僧。この類の術は基本的に口伝が相場じゃ。正式な方法で解けるのは、今となってはイタチ以外いないじゃろうて」
三忍の一人である自来也がお手上げしてしまっては、今の木ノ葉に解く手段が無いという事を暗に示している。
それを一番認められず、受け入れられなかったのは当然張本人たるルイであり、全ての可能性を模索し、思考の裡に消えて行った中で一つだけ残る。
「ナギ、渾沌の術でこれを――」
「待て、迂闊に手を出すな。無理に剥ぎ取ろうとすれば両眼を失うぞ。元々それはうちは一族が己が一族の罪人に施す封印術でのォ、被術者の安全など最初から考慮されておらん」
チャクラを吸う性質を持つ渾沌の術ならば封印術をどうにか出来るのでは――その結果は、後に試して炎上したルイの影分身の体験が証明したのだった。
「――これを機に、うちはルイを始末するべきじゃ」
今日も平和裏に要人の暗殺依頼を考案するダンゾウの下に、ご意見番の二人は開幕一言目にそう断言した。
「唐突な上に今更ですな。その話は既に決着が付いている筈だが?」
「惚けるなダンゾウ。イタチがルイに封印術を施した意味、解らぬとは言わせぬぞ……!」
そう、うちはイタチという忠実な忍は木ノ葉にとって不利益な事を絶対にしない。
ルイの写輪眼を封じたのは、彼女が木ノ葉に害する可能性があるという事を間接的に示している事に他ならない。
――うちは虐殺の夜から生じた最大の疑問はイタチによって解消される。
うちはルイがイタチの手心によって生き延びたのではなく、イタチの手から逃れて生き延びたのだ――。
「うちはイタチは里の意志に反し、完全に裏切った反逆者だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
対するダンゾウはイタチこそが里にとって害を齎す存在に成り果てたと糾弾する。
ホムラとコハルは顔を見合わせて驚きを隠せずにいた。自分達と同じ情報を共有して尚そんな結論に至るのか、心底理解出来ないと憤る。
「何故其処までしてうちはルイを庇う? あれは貴様の思っているような人間ではないぞ……!」
「同じ言葉を返そう。あれは御二人が思っている程度の人間ではないと」
確かに今現在のうちはルイはその力の大半を失い、相対的に価値が低くなった。
今、ルイを始末する事は非常に簡単だ。手練を一人送り込めば、翌日には良い知らせが届くだろう。
だが、一番の問題はイタチの封印術の御陰で彼女の写輪眼を回収出来ない事にある。
あれほどの天眼を無為に葬るなど、余りにも惜しいのだ。
うちはイタチが施した封印術を自力で解除するか否か――今後の彼女の価値は、その一点に尽きる。
「クク、ハハハ、クゥハハハハハハハハァッ! 天はッ、この大蛇丸を見捨てなかったァッ!」
小さな蝋燭が照らす暗闇の中、大蛇丸は最高に高まった感情を有りの儘に発散させていた。
腹心の部下である薬師カブトから齎された二つの情報は、永延と続く腕の激痛を軽く吹っ飛ばすぐらいの吉報であった。
「最高だわ! イタチ、今回だけは貴方に感謝しないとねぇ! さあ今すぐうちはルイを攫うわよ!」
「……あの、大蛇丸様? 先に綱手様の下に尋ねられた方が宜しいのでは? その腕では彼女の眼が塞がっていても何も出来ませんよ?」
最早冷静な判断を下せないぐらい感極まって最高潮に達している大蛇丸にカブトは若干引きながら進言する。
相変わらず、彼の主はうちはルイに酷く執心であり、彼女の事になると後先見えなくなり、本来の目的すら見失いがちだった。
「……それもそうね。愉しみは後に取っておくものよねぇ……!」
納得したのか、はたまた後のメインディッシュを妄想して大蛇丸は狂ったように笑う。
今まで腕の激痛で肉体的にも精神的にも病んでいたが、今は別の意味で病んでいる。カブトは医者の卵としては匙を投げて手遅れである事を宣告したい気分だった。
「少しでも正確で新鮮な情報が欲しいわ。四人衆は、別の任務だったわね……」
「それなら君麻呂が適任かと」
主の珍行に頬を引き摺らせていたカブトは、この時ばかりは大蛇丸すら引きかねないほど清々しい笑みを浮かべていた。
「使えるの?」
「ええ、問題無いです。"今の彼"ならば良い成果を期待出来るでしょう」
カブトは一部の言葉を強調し、彼等二人は暗闇の中、悪巧みをする悪代官と越後屋の如く笑い合った。
「クク。カブト、貴方ってさ、相当性格悪いわよね」
「いえいえ、大蛇丸様ほどではありませんよ」
巻の47 未来は変わり、木ノ葉崩しは再演を待つの事