――青桐カイエが自己犠牲を前提とした戦闘は、今までで二度しか無い。
一度目は初任務の時だ。本当の意味での同胞を二人殺され、それでも敵の一陣を仕留めたが、時間を掛け過ぎた為に複数の部隊に囲まれてしまった。
生存は絶望的であり、この時のカイエは玉砕覚悟で一人でも多くの敵を道連れにしようとした。仲間を殺された悲しみが、怒りが、憎しみが、彼から冷静な判断能力を完全に奪い去っていた。
『――ったく、どいつもこいつもオレより先に逝く気か。お前まで生き急ぐ事は無い。――死ぬ順番は年功序列だ、オレの分まで逞しく生きろよ』
結果として幼きカイエが生き延びたのは、彼の班の担当上忍が犠牲になったからだ。八門遁甲の体内門を開き、腕が千切れても足を切り落とされても戦い続け、最後には死門すら開門し、文字通りの血路を開いたからだった。
その壮絶な死に様は今でも鮮明に思い出せる。忍としての才能が余り無かったカイエが初めて完璧に会得した術、それは螺旋丸ではなく、八門遁甲の体内門だった。
二度目は九尾襲来の時――存在そのモノが"天災"という意味を、カイエは身を持って知る事となる。
端的に言えば、竹槍対核兵器だった。
何かと仲が悪かった三人目の同胞、初恋の相手だった四人目の同胞、この世界で知り合った多くの仲間達をこの一夜で失った。
大半の者は死体すら残らず、残っていたとしても原型を留めている者はいなかった。
此処でも生き延びる事が出来たのは悪運が強かった、それだけの話だった。
自分が殉職して里の英雄になる前に四代目火影が間に合った。事の顛末は原作通り、またもやカイエは死に損なってしまった。
それからカイエは暗部に潜り、自身を傷めつけるかのように、ひたらすら任務に没頭した。
ただ一芸のみを愚直に特化させ、青桐カイエは数え切れないほどの修羅場を潜り抜けた。
九尾襲来によって致命的なまでに戦力が低下した、木ノ葉隠れの歴史の中でも最悪の時期。それを乗り越えた頃には、青桐カイエの暗部時代の異名である"風穴"は、千の術をコピーした"写輪眼のカカシ"に匹敵するまでに他国から恐れられた。
死体に穿たれた風穴だけが痕跡の忍など、脅威でしかない。
自暴自棄になって荒れに荒れ、青桐カイエは精神的に摩耗していったが、木ノ葉隠れの里が再び力を取り戻した頃には、自身を見つめ直す余裕が若干出来た。
本人としては他人からの評価を「度が過ぎた誇張が招いた過大評価も良い処だ」と笑い飛ばしたくなるが、いつの間にか本人の意思を完全無視して"根"直属の暗部扱いにされていたり、しかもダンゾウの右腕だとか"根"の中で一番の使い手扱いされていたり、木ノ葉の鬼人だの殺人狂だの殲滅者だの、根も葉も無い噂が流行して里の忍から本気で怖がられたりした時は流石のカイエも参った。
更には「昔のお前はそんなんじゃ無かったぁ!」などと盛大に勘違いしたマイト・ガイと本気の取っ組み合いになったのは良い思い出、ではなく最大級の悪夢である。
ガイの誤解を解く為に一日中割と本気で戦い続けたのはもはやギャグでしかない。
二人の死闘の仲裁の為にカカシやテンゾウが投入されたり、三代目火影に直訴して"根"直属の暗部にされた事を撤回させたり、奇天烈な紆余曲折を経て、暗部を抜けて上忍として新参の下忍を担当する事になった。
まさか自身が此処まで生き延び、弟子を取るようになるとは思いもしなかった。カイエは感慨深く思う。
下忍になる以前、同郷の友は良く「せっかく原作前に生まれたんだから原作キャラの先生になる!」などと息巻いていた。
カイエ自身は「色々と面倒臭そうだな」と難色を示していただけに、彼等の遺志を引き継ぐ事になろうとは思いもしなかった。
だが、カイエが担当する下忍は不幸にも原作キャラではなく、「原作でサバイバル演習すら突破出来なかったモブかよ……」と酷く落胆させたが、幸運にも裏切られる結果となる。
……そもそも、担当する下忍にサスケ以外の"うちは"とヒナタの双子の兄の"日向"がいる時点でおかしいと気づくべきだったが。
――うちはルイ、黒羽ヤクモ、日向ユウナとの出会いは、カイエにとってまさに奇跡であり、そして救いだった。
過去に何度、自分の無力さを憎んだ事か。仲間を誰一人守れず、一人のうのうと生き延びた自分を何度殺してやりたいと思った事か。
あの時の自分には力が無かった。今の自分には上忍と名乗れるだけの力がある。
神様がいるなら感謝したい。もう一度、やり直す機会を与えてくれた事を。今度こそ誰一人欠ける事無く守ってみせると、カイエは亡き親友達に誓う。
――それ以来、カイエの忍道は「死力を尽くして彼等を守り、彼等の為に死ぬ」となった。土の国の一件でもう一人増えたのは予想外だったが、その誓いに揺るぎはない。
言葉になんか絶対に出してやらない。
これだけは、今まで何も成せなかった青桐カイエが亡き友に胸を張って誇れる、唯一無二の矜持なのだから――。
巻の42 木ノ葉隠れの風上、霧隠れの怪人を相手に死を覚悟するの事
「良い度胸ですねェ、実に削り甲斐のある方だ……!」
干柿鬼鮫は心の底から歓喜しながら、目の前に現れた活きの良い獲物を睨みつける。
彼の顔面を蹴り上げた茶髪の忍は感情の色を一切見せず、虎視眈々と殺す機会を覗っている。
この時点で、干柿鬼鮫はこの敵がただならぬ実力者である事を看破していた。
己が愛刀"鮫肌"で咄嗟に防げた蹴りを敢えて顔で受け、大きな隙を見せて誘ったが、この忍は見透かしたように挑発に乗らなかった。
あの時に一気に畳み掛けたならば、鮫肌でその胴体を真っ二つに分断されていただろうし、僅差で回避出来たとしても其処から生じる致命的な隙をイタチが見逃さなかっただろう。
「イタチさん、此処は私に任せて貰いましょうか。そんな手荷物を背負っていては印も結べないでしょう?」
紳士的な言動とは裏腹に、鬼鮫のその貌は剥き出しの獣性と荒れくれた殺意を漲らせる。
「……派手にやり過ぎるなよ。お前の技は目立つ」
イタチは暴走寸前の鬼鮫の抑制を諦め、この場を彼に任す事にする。
暗部時代の彼を知っているだけに、片手が塞がった状態で戦闘に入るのは余りにも危険過ぎる。
「――その人を侮るなよ」
今の鬼鮫の耳に入るかどうかは疑問視せざるを得ないが、イタチは最大限の警告をして瞬身の術で立ち去る。
その言葉を聞いた干柿鬼鮫は、はち切れんばかりの獰猛な笑みで顔を歪ませた。
「さて、短い間ですが自己紹介して置きましょうか。干柿鬼鮫、以後お見知りおきを」
干柿鬼鮫は丁寧に挨拶するが、青桐カイエは返答する事無く仕掛ける。
返す言葉は無く、交わすのは刃のみだと無言で告げるが如く――。
「つれない人ですねェ……!」
怪人の名に相応しき一太刀は尋常ならぬ速度で繰り出され、されども空を切って大地を木っ端微塵に粉砕する。
「ハッハァ!」
避けた傍から鬼鮫は"鮫肌"を振るい続け、息もつかぬ連撃を繰り広げる。
先端部分以外を白布に包まれた大刀"鮫肌"には切れ味らしいものが欠片も無く、むしろ打撃武器と見た方が正しいだろう。
だが、あの一閃を正面から受け切る事は不可能だろうとカイエは苦々しく判断する。
あんな馬鹿げた一撃を一回でも浴びたら、防御の上から骨という骨が砕かれかねない。切れ味があろうが無かろうか、致命打には変わりなかった。
「躱しているだけでは御自身の教え子は救えませんよォ……!」
鬼鮫の見え透いた挑発を受け流し、カイエはひたすら回避し続ける。
並大抵の相手ならば、これで勝手に疲弊して確実な勝機を掴めるのだが、鬼鮫の動きは一向に衰えない。
原作からして、二代目火影以上の水遁を軽々と行えるほどの膨大なチャクラの持ち主だ。力尽きるのは自分の方が早いだろう。
(――もう少し、手の内を暴いてから仕掛けたかったがな……!)
上段から振るわれた"鮫肌"を後方に一歩退いて避け、漸くカイエは太股のフォルダーからクナイを取り出し、反撃に乗じる。
鮫肌の一撃を避けた直後にクナイを投擲するだけの愚直な行為に、鬼鮫は若干失望する。
その程度の攻撃を防げないとでも思っているのか、舐められたものだと苛立ちを篭めて鬼鮫は飛んできたクナイを最小限の動作で"鮫肌"で切り払い、そのまま攻撃に転じる。
「イタチさんが評価していたと思えば、とんだ期待外れですねェ……!」
暴風の如き剣閃が幾重に繰り広げられる。線の軌道でありながら面制圧の域に達した即死の猛攻はクナイ程度の飛翔物など塵屑のように弾き飛ばし、青桐カイエの生命ごと削り取らんと迫る。
カイエは"鮫肌"を後退しながら避け続け、片っ端からクナイを投げ続け――本命の一刀を握り締め、チャクラを薄く鋭く研ぎ合わせるように練り込んで投擲した。
「小賢しいですね、――!?」
そのチャクラを篭めたクナイは、他のクナイとは比較にならぬ速度で鬼鮫の眼下に切迫する。
クナイの形状は同じだが、それがチャクラ刀の一種で、貫通力を極限まで高められる風の性質変化である事を鬼鮫は一目で看破する。
丈夫さにはある程度の自信がある鬼鮫だが、この一撃を受ければ流石に致命傷になりかねない。避ける事を諦め、鬼鮫は"鮫肌"を盾代わりにして防御する。
普通の武具ならば、呆気無く貫通する。同格の刀である首斬り包丁当たりならば術者共々素敵な風穴が開くだろうが、干柿鬼鮫が持つ大刀"鮫肌"は唯一の例外である。
――無論、通用しない事は青桐カイエも想定済みだった。
大刀"鮫肌"はまるで生き物が捕食するかのように、着弾前にチャクラ刀のチャクラを吸い取って無力化する。
だが、そのチャクラ刀の柄部分には起爆札が巻き付けられており、鬼鮫の間近で爆発する。
「――ッッ!?」
金銭的な意味で、高い代価を支払った一発芸で生じた硬直は一瞬、八門遁甲の体内門をこじ開けて初めて可能となる超加速で鬼鮫の懐に飛び込むには十分過ぎる時間だった。
「ッ、小癪な真似を……!」
爆風と煙で覆われた鬼鮫の視界は不可解な事に一瞬にして晴れ、ほぼゼロ距離に等しい間合いに青桐カイエは踏み込んでいた。
大刀"鮫肌"を振るうには距離が近すぎる――カイエは爆炎を吸い込んだ右掌の螺旋丸を鬼鮫の心臓部分に打ち付けた。
――これだけは、カカシにも自来也にも勝ると自負出来る、青桐カイエの十八番だった。
忍術は平凡以下、下忍級ならまだしも、中忍級以上の術など夢のまた夢。当時の担当上忍も適正無しと匙を投げる。
それでも諦め切れず、自身の適性である風の性質変化だけは何とか会得したが、風遁系の忍術を戦闘で使える域までは伸びなかった。
幻術はほぼ壊滅的、イタズラ目的のお遊びで魔幻・樹縛殺の術を会得したりしたが、実戦では全く使えずにお蔵入りとなる。
敵の幻術に掛かったら諦めろとさえ言われるが、今では幻術独特の違和感が生じたら自傷して自身のチャクラの流れを強制的に乱す癖が慣習付けられている。
体術だけは他と比較してマシな部類だったが、それ専門のスペシャリストだったガイにはどう足掻いても遠く及ばない。
ガイに匹敵する体術使いや、全てにおいて優秀なカカシみたいな敵が相手ならば、カイエでは一回触れるだけで精一杯だろう。
故に、その一回の接触で上忍級の相手だろうが問答無用に確殺出来る術――螺旋丸との相性は最高に良かった。
……完全に会得するまで数年以上の歳月を必要とし、更には修行中の未完成の状態を一見しただけの四代目火影が一分足らずで術を完成させた時は、才能の違い(チート)っぷりを本気で呪ったりしたが。
「……っ!?」
術が完成して以来、如何なる戦場も螺旋丸一本で突き通してきたカイエだからこそ、この言い知れぬ違和感に気づく事が出来た。
――仕留めた、と思いきや、手応えが薄い。心臓部分を綺麗に穿てず、チャクラの乱回転の圧縮に失敗して分散したような感触だった。
今更こんなミスを犯す訳が無い。チャクラ操作が一番難しい足裏ならいざ知らず、掌での螺旋丸を失敗するなど絶対に在り得ない。
「グガオォ――!?」
カイエの混乱を他所に、螺旋丸の直撃を受けた干柿鬼鮫はボロ雑巾のように吹き飛び、遥か後方の大木に激突する。
暁のメンバーが愛用する赤雲の黒衣は微塵に切り裂かれて原型すら留めず、胸部分は胸骨が露出するほど大きく損傷している。
戦闘続行が不可能なほどの重傷だが、螺旋丸の究極的な破壊力から顧みれば驚くほどの軽傷であった。
「……まさか、そのような大した術を、隠し持っているとはッ。舐めていたのは、私の方でしたねェ……!」
口から血を吐き出しながら、干柿鬼鮫は息も絶え絶えの様子で凄絶に笑う。
間髪入れず畳み掛けるべきか、得体の知れぬ謎を解明するのが先か――迷う刹那、鬼鮫の傷は驚くべき速度で再生し、瞬きする間に塞がって完治してしまう。
膨大なチャクラを持つ人柱力以外で、こんな巫山戯た真似をされるとはカイエとて思いもしなかった。
「道中で削り取っていなければ死んでましたね。流石は、イタチさんが警戒する訳です」
此処に至って、カイエは鬼鮫とは最悪の相性であり、絶対に出遭ってはいけない天敵であると否応無しに悟らざるを得なかった。
螺旋丸が鬼鮫に直撃する最中、あの大刀"鮫肌"がチャクラを吸い取った御陰で最大威力を叩き込めず、更には最悪な事に削り取ったチャクラを持ち主に還元する仕組みまであるようだ。
例えるならば、尾を持たない尾獣みたいなものだ。いや、此方のチャクラが一方的に削り取られて吸収される分、より性質が悪い。
あの"鮫肌"がある限り、勝機は無い。腕を千切ってでも振り落とさなければ――そのカイエの意図を見抜いた鬼鮫は、印すら結ばずに口から水遁を吐き出す。
印を必要とする忍術を印無しで行うなど、通常ならば大した規模になる筈も無い。
だが、彼の口から洪水と化した水が際限無く吐き出され続け、周囲一帯の空間を飲み込んで陸を水中にするほど溢れ返る。躱す間も無く、カイエは水中に放り込まれた。
「~~っっ!?」
水中でも息が出来そうな顔付きの鬼鮫とは違い、カイエは真っ当な人間だ。ただでさえ格上の敵なのに地の利が向こうにあっては話にもならない。
巨大水牢からの脱出が先か、鮫肌奪取が先か――敵を見据えた直後、カイエは鮫肌が鬼鮫と合体・融合して異形の半魚人になる悪夢めいた光景を自身の眼を疑いながら見届けた。
『さて、此処からが本番ですよ』