大地は法則性無く滅茶苦茶に隆起し、巨大な何かが何度も潜行して抉り裂けた底無しの大穴が点在している。
周辺に根付いていた緑樹もまた無事なモノは何一つ無く、或る巨木は根元から圧し折れ、或る古木は蜂の巣の如く穴だらけで、或る若木は真っ赤な火の葉を咲かせていた。
また至る処で火種が燻ぶっており、空は立ち昇る黒い煙霧で鎖されていた。
(……一体、どうなれば――)
――果たして、如何なる天変地異が発生すればこの惨状に成り得るのか、うちはサスケには想像だに――否、克明に出来た。想像する余地のある出来事が、事前に起きていたが故に。
サスケの脳裏に過ぎるは先程の戦い、巨大蝦蟇と巨大狸の衝突。あれと同規模の妖魔が戦闘すれば、この大惨事に至るのは自然の流れとして納得出来る。
中忍試験の時に遭遇した大蛇丸が、幾多の巨大蛇を口寄せしていたのはこの眼で確認している。だが、ルイ――もしくは他の誰かにそれに匹敵する存在を口寄せ出来るかと問えば、否だろう。
それこそナルトのように、無限に湧き出るような謎のチャクラでも秘められていなければ――現実逃避に似た思考の空白を消し去ったのは、微かな雷鳴だった。
彼が会得した千鳥とは違う、雷遁系の術であるという事を瞬時に察したサスケは全速力で音の方向に向かい――今までの全てを上回る衝撃が全身に走った。
「ま、まさかこの剣は十拳剣!? アナタが隠し持って――!?」
姿は違えども、その声の主は大蛇丸であるとサスケには容易に推測出来た。チャクラの質が若干異なるが、これほど邪悪な性質は中忍試験の時に遭遇した彼以外何者でもない。
その大蛇丸の胸には巨大なチャクラの刃が突き刺さっており、あの時の超然とした風格と揺るがぬ余裕は微塵も見当たらなかった。
「その眼ェ、その眼ェエエエェエェエェ――!」
剣に吸い込まれるように消え逝く大蛇丸の断末魔が、放心していたサスケの耳にまで届く。
その言葉に導かれるように、誘われるように、吸い寄せられるように、サスケは漸く大蛇丸を仕留めた者を目視する事となった。正確には、その者の瞳を――。
「――は?」
満身創痍で地に這い蹲る三つ編みおさげの少女を見間違う事など元より出来無い。
そしてルイの両眸に浮かぶのは普通の写輪眼ではなく、桔梗模様の写輪眼であり――うちはの歴史でも数人程度しか開眼者がいないと言われる伝説の瞳術、万華鏡写輪眼に相違無かった。
『――お前が開眼すれば、オレを含め、万華鏡写輪眼を扱う者は三人になる』
最早呪いのように、イタチの言葉が鮮やかに蘇る。
やはり最後の一人はルイであり、だからこそイタチは自分と同様に彼女を生かした。咄嗟に思いついた仮定は、されども自分さえ騙せない未熟な嘘だった。
ルイが万華鏡写輪眼を開眼させた時期は不明瞭だが、ルイが自身の実力を病的なまでに隠していた事はほぼ間違い無い。
大蛇丸の使役する大蛇と互角の闘争を演じ、果てには写輪眼でも如何いう性質か見抜けない、異質極まる術で仕留めてみせた。
成す術無く呪印を刻まれた自身とは、比べるまでもないだろう。
(……ルイ。お前は一体――)
三年前に見せた弱々しいルイの姿が幻影の如く霞んで消える。その穿たれた虚ろを埋めるは三年前に置き去りにした醜い嫉妬と――耐え難い疑念だった。
巻の36 うちはルイの虚実が暴かれ、真実が紐解かれるの事
――五歳の時、うちはサスケは家族間の付き合いでうちはルイと初めて出逢った。
交わした言葉までは記憶に無いが、後ろ髪を一つに纏めた三つ編みおさげが愛くるしく、笑顔が柔らかい少女だった事を今でも覚えている。
後にルイの家系が何代も写輪眼を開眼させていない、没落した血筋である事を人伝に知り、サスケは彼女の境遇を気の毒に思った。
写輪眼を開眼せぬ者はうちはに非ず、一族の者の共通意識は無意識の内にサスケの中に刷り込まれていたからだ。
それから彼の兄、イタチによってうちは一族が皆殺しにされ――自分の他の唯一の生存者として、四年振りの再会となった。
降り頻る雨の中、泣き崩れるルイを支える事すら出来無かった。
己の無力さと兄への憎悪と――それ以上に、彼女への罪悪感で押し潰されそうになった。彼女の両親を無惨に殺めたのは、他ならぬ自分の兄だったのだから。
兄への憎悪と彼女への罪悪感で板挟みになりながら、サスケは自身を痛めつけるように修行に専念する。
ルイとはあれから一言も言葉を交わせていない。仇敵の弟たる自分がどの面下げて話せば良いのか、解る筈も無い。
それでも彼女だけは何としても守らなければならないという決意が、サスケの中にはあった。それがせめてもの償いだと信じて。
――その決意が根本的に揺らいだのは或る昼下がりの事、サスケはルイの瞳に写輪眼の幻影を見た。
兄が最後に残した意味深な言葉が鮮やかに蘇る。イタチは万華鏡写輪眼を扱うもう一人の存在を示唆していた。
うちは一族の生き残りは最早三人だけであり、やはりルイが最後の一人なのではという疑念が醜い嫉妬と共に燃え上がる。優秀すぎた兄への劣等感が、落ちこぼれの少女に向けられた――。
――あの時の殴られた頬の痛みを、サスケは今でも鮮明に覚えている。
決闘紛いの私闘を経て、写輪眼の疑念が誤解である事が判明し、ルイの献身的な慈しみに涙を流した。
両親を殺され、悲しみのどん底に突き落とされたのに、彼女は仇敵の弟である自身を許す処か、我が身を顧みずに案じていた。如何し様も無いほど、サスケは今の自分が情けなくなった。
劣等感の塊だった幼年期に別れを告げ、彼女の献身的な想いに答えるべく、また一族の仇敵を殺す為、サスケは更なる精進を重ねた。
兄への復讐に総身を費やす傍ら、ルイとの逢瀬は荒んだ心を癒してくれた。日に日に増す彼女への思慕はサスケの生きるもう一つの理由となるほど、大きいものとなっていた。
――それだけに、今回の一件でサスケが受けた衝撃は計り知れなかった。
「カカシ先生、千鳥教えてぇー!」
ナルトの声が喧しく響き、いつも通りやる気を感じさせないカカシは適当に師事する。
それらの雑音が全く耳に届かないほど、サスケは一人悶々と思い詰めていた。
「……っ」
あれから二十日の時間が無為に経過し、サスケは未だにルイと逢わずにいた。
何が真実で何が虚実なのか、それはルイと対面すれば自ずと明らかになるだろう。
だが、それは同時に決定的な何かが崩壊する。そんな根拠の無い確信がサスケを酷く躊躇させていた。
(……くそ)
何故、ルイは写輪眼を隠していたのか。――落ちこぼれを装い、内心で自分を見下して嘲笑っていたのか。
何故、ルイが万華鏡写輪眼を使えるのか。――その眼を手に入れる手段は最も親しい者を殺す事であり、彼女は一体誰を殺したのだろうか。
あの屈託無き笑顔の下で、あの穢れ無きか細い手で。考えれば考えるほど思索の渦から抜け出せない悪循環に陥っていた。
「ね、サスケくん。一緒に修行しない? 傷とか治せるようになったし、役立てると思うわ!」
隣にいたサクラが活き活きと話しかけてくるが、不機嫌さと苛立ちを隠せずにいるサスケに、それに対応する余裕すら持ち合わせていない。
サスケが乱雑にあしらう前に、カカシがある単語に反応したのは幸運と言えた。
「ん? サクラ、医療忍術を誰に教わったんだ?」
「うぇっ!? え、えーと、それは……!」
カカシの当然の疑問にサクラは見るからに狼狽する。
サスケの事で頭が一杯だったサクラの脳裏に過ぎったのは、凍えるような殺意を写輪眼に滾らせて脅迫もとい最終勧告する、笑顔が怖いルイの姿だった。
(……ま、まずい……! 話題を強制的に変えなければ……!)
身震いが全身に走る。サクラが必死に話題を逸らそうと思考の回転数を上げた瞬間、カカシは惚けた顔で、ああ、と納得したように頷いて見せる。
「ああ、もしかしてルイからか。この一ヶ月間、サクラも見てない処で頑張っていたとは感心感心」
「ルイから……!?」
カカシは弟子の成長を喜ぶように笑い、サスケからは非常に剣呑な視線が向けられる。
最近上の空で見てさえくれなかったサスケに直視されたのは、サクラにとって大いなる前進だったが、ルイという生命の危機が首元まで迫って来ているので喜ぶに喜べない。
(な、ちょ!? カカシ先生の馬鹿ァ!? 空気読んでよ! で、でもまだ惚ければ誤魔化せる筈……!)
混乱の極致に達したサクラは逆に冷静に立ち戻る。
とりあえず、ルイの名だけを出さなければ良いのだ。架空の師匠をでっち上げてこの場を凌ぐだけで良い。
幸いにもサスケはルイが医療忍術を使った現場を見ていない。この間のヤクモとルイを治療した時も何故だか離れていたし、いのの心転身の術を知らないからまだ誤魔化せるとサクラは自分に強く言い聞かせる。
そんな継ぎ接ぎだらけのサクラの目算は空気を致命的に読めない、途中から放置されていた目立ちたがり屋の彼によって完膚無きまでに打ち砕かれた。
「サスケってば、もしかして知らなかったのかぁ? ルイちゃんすげーってばよ! 中忍試験の予選の時もヒナタの傷あっという間に治してたし! ヤクモやユウナの大怪我も綺麗さっぱり治してたってのによォ!」
ナルトの自分の事でも無いのに得意気に語る様とは正反対に、サスケの表情が驚愕に染まり、一気に暗くなる。
その時のサクラの心境はまさに言葉にならない絶叫そのものだった。内心で「しゃーんなろー!」の一声も出ない。
「サクラ、詳しく聞かせてくれるか?」
「……う」
意に反して外堀を完璧に埋められてしまったサクラに、誤魔化す術は無く――遠い脅威と目の前の脅威を秤に掛けて、暫し躊躇した後、折れた。
――紆余曲折を経て、サスケはルイの生家にて対面する。
「サスケ、どうして此処に?」
驚きを隠せずにいるルイの眼に輝くは、三つ巴の完全なる写輪眼だった。
実際に目の当たりにして、サスケの心は大きく揺らぐ。
「ルイこそ。……写輪眼、開眼したのか」
内心に渦巻く動揺を隠しながら、サスケは極めて慎重に問う。
ルイは敵意が無い事を示すように元の裸眼に戻し、いつもと同じように微笑んだ。
そう、いつもと同じだった。されども、今のサスケにはその笑顔が堪らないほど不自然に映った。
「あ、うん。この前、死にかけた時に開眼していたみたい。私にも、うちはの血が流れていたんだね」
――本来ならば我が事のように喜ぶべき事だが、サスケは相槌すら打てなかった。
ルイの口から当たり前のように吐かれた嘘に、サスケは今一度愕然とする。
サクラの話から、少なくとも中忍試験の時には開眼していた事は判明しているだけに、遣る瀬無かった。
「サスケ、どうしたの?」
その様子を不審に思ったのか、ルイは心配そうに顔を覗き込む。
彼女の真摯な表情も、今は何もかも偽りに見える。そんな現状が歯痒く、また我慢ならなかった。
「――本当の事を、話してくれないか?」
震えながら呟かれた言葉に、ルイの眼が大きく見開かれる。
「大蛇丸を仕留めた時、オレもあの場に居た。それに、サクラからも中忍試験の時には医療忍術を使っていたと聞いている。だから――」
継がれた二の句に、何かを喋ろうとしたルイは絶句した。
重い沈黙が場を支配する。ルイはサスケから眼を背け、深刻な顔で思い悩んだ後、恐る恐る口を開いた。
「ごめんなさい。私はサスケに、ずっと、嘘をついていた」
唯一度も眼を合わさず、ルイは淡々と語る。悲しげに伏した顔からは、罪悪感が滲み出ていた。
――覚悟していたとは言え、サスケが受けた衝撃は想像を超えたものだった。
今すぐにでも問い質したい。その逸る気持ちを無理矢理抑え、静かにルイの次の言葉を待つ。
「……私が写輪眼を開眼したのは七歳の頃だった。父さんと母さんは喜んだわ、私の家系はずっと開眼していなかったから……」
重々しく語られた言葉に、サスケは心底驚嘆する。あのイタチでさえ、写輪眼を開眼させたのは八歳だった。
自分など到底届かなかったイタチを上回るルイの逸脱した才覚に、サスケは無意識の内に妬み僻んだ。
今まで隠蔽されていた事も重なり、信頼を裏切られた憤りは水面下でぐつぐつと煮え滾っていた。
「――でも、それはこの眼を見るまでだった」
ルイの瞳に写輪眼が浮かび、模様が崩れる。イタチの三枚刃の手裏剣とは似ても似つかない桔梗の文様は、真の意味で万華鏡と言えた。
「私の両親は強く言ったわ。これは絶対に使ってはならないって。万華鏡写輪眼の瞳術は写輪眼とは比べ物にならないほど強大だけど、その代償に光を失う。使い続ければ、何れ失明してしまうから……」
ルイが言うまでもなく万華鏡写輪眼は特別な瞳術だ。過去に木ノ葉隠れの里を襲来した九尾さえ従わせる力があると一族の集会場の石版に書かれていた。
その比類無き瞳力の代償に、使えば使うほど視力を失う事も記されていた。だが、それだけでは今の今まで自分に隠していた理由にはならない。
「そしてもう一つ。万華鏡の事も、そして写輪眼の事も、絶対に誰にも打ち明けるなと何度も念を押されたわ。特に、同じうちは一族の者には――」
「それは、何故?」
「……万華鏡写輪眼の末路は失明しかない。だけど――その終焉を変える手段が、唯一つだけあるの」
ルイから言い知れぬ緊張感が漂う。
言い渋り、躊躇う素振りはまるで何かを恐れているようだったが、今のサスケには石版にも書かれていない事が明かせぬ理由と何の関係があるのか、疑問視すると共に、また自分を騙そうとしているのではと疑心暗鬼に陥る。
ルイが意を決して紡がれた言葉は、そんな勘繰りを吹っ飛ばすには十分なものだった。
「――他の万華鏡写輪眼の開眼者から瞳を奪い取り、自身に移植する。新しい宿主を得た万華鏡は永遠の光を得る処か、新たな瞳術も発現するらしい、わ」
まるで頭を槌で殴られたような衝撃が、サスケの中に走り、全ての謎が一つに繋がったような奇妙な感触を掴んだ。
『――お前が開眼すれば、オレを含め、万華鏡写輪眼を扱う者は三人になる。そうなれば、お前を生かしておく意味もある』
万華鏡写輪眼には失明する末路しかない。だからこそイタチは、その瞳力を永遠のものにする為に自分以外の万華鏡写輪眼――つまりは、自分の眼が必要だったのだろう。
ルイが打ち明けられなかった理由も納得出来る。万華鏡写輪眼の開眼者だと発覚していれば、幼き彼女は成す術無く眼を抉られていた事だろう。
「――ずっと、怖かった。どうしようもないぐらい怖かった……! 親しい人に眼を抉り取られる悪夢なんて何度見たか解らないぐらい見た……!」
瞳を涙で潤わせたルイの悲痛の叫びが胸に痛いほど響く。
ルイは眼を抉り取られる恐怖を、何年間も、ずっと一人で抱え込んでいた。打ち明けられなかった最大の理由は――同じうちは一族である自分さえも恐れていたから、だろう。
それなのに彼女はそんな素振りを微塵も見せなかった。其処にどれだけの苦悩があったかは想像すら出来ない。
三年前の夜の出来事が脳裏に過ぎる。自分はまた同じ過ちを繰り返してしまったのでは――出口のない自己嫌悪に陥る最中、一つだけ聞かねばならぬ事があった。
「――誰を、殺したんだ……?」
「ぇ……?」
空間が凍りついたような錯覚を感じるほど、ルイの表情が崩れた。
唇が見るからに震え、青褪めた顔に生気が消え失せる。それでも、聞かなければならないとサスケは自身に言い聞かせた。
「万華鏡写輪眼を開眼する条件は、最も親しい者を殺す事だ。イタチも、そうだった……ルイ、お前は――」
――一体誰を殺して開眼したのか。
「……サスケは知らないと思うけど、私には双子の兄がいたんだ。死産だった、らしいけど」
ルイの頬に大粒の涙が止め処無く零れ落ちる。
その絶望と悲哀に満ちた顔は、三年前の、うちは一族が皆殺しにされた後の状態と酷く重なった。
「人を殺した事なんて、一度も無かった。だか、ら――逆に辻褄が、合っちゃうんだ。兄が死産した、のは、兄を殺したのは、私なんだってっっ!」
胸を引き裂かれんばかりの悲痛な絶叫が木霊する。
余りにも不憫すぎる運命にサスケは絶句せざるを得なかった。
イタチは自ら望んで親友を殺して万華鏡を手にした。其処に微塵の迷いも、罪の意識も欠片もあるまい。
だが、ルイには選択肢すら与えられずに万華鏡に至ってしまった。望まずに兄殺しの咎を背負う事になった。本人には何の落ち度も無いのに。
「……軽蔑、したよね。生まれた瞬間から、私のこの手は真っ赤に血塗れていた。――サスケには、知られたくなかった。嫌われたく、なかったから……!」
――これ以上、サスケには我慢ならなかった。
自虐に自虐を重ね、今にも壊れて崩れそうなルイを強く抱き寄せた。
「ぁ……」
意表を突かれたルイは驚きの声を上げる。
ルイの体は想像以上にか細く、今にも折れてしまいそうな危惧さえ湧いてくる。
「嫌いになんか、なるものか。……すまない、オレはまた、ルイの事を――」
「サスケ……」
ルイはその間々抵抗せず、サスケに身を委ねる。
「もう、一人で抱え込まなくていい。オレに、頼っていいんだ。万華鏡の事も、それを狙うイタチの事も――ルイ、お前は、オレが守る」
それが、三年前のあの夜に誓った決意であり、弱き自分との決別なのだから。
「……ごめ、ん。ちょっと、胸、借りるね」
ルイは自身の顔をサスケの胸に埋めて、盛大に泣いた。
暫し曇った泣き声が鳴り響く中、サスケは優しく、されども離すまいと強く、泣き崩れたルイを抱き締めた。
――斯くしてサスケは、私の作り出した幻術を何一つ見破れなかったとさ。泣き落としって便利よね。
万華鏡写輪眼の事を知られたのは予想外であり、誤魔化しの作り話が即興となったが、見事に騙されてくれて良かった良かった。
(……誰を殺して万華鏡写輪眼を開眼させたかは私自身も解らないし、架空の双子の兄の真偽など皆殺しにされたうちは一族の者じゃなければ永遠に解明出来まい)
私にとって痛くも痒くもない嘘の弱味は、サスケにとっては負い目として引き摺る事だろう。益々扱い易くなる。
(でも、もし本当に双子の兄が居たなら、考えるまでもない。間違いなく殺すね)
そう、その席は未来永劫、過去永劫に埋まっている。私の兄は、無限に等しい並行世界で唯一人だけなんだから――。
――九歳の時、うちはイタチは家族間の付き合いでうちはルイと初めて出遭った。
何故うちはの代表であるフガク達の一門が、何代も写輪眼を開眼しない没落した家系と縁があるのかは、遠い過去まで遡る事になる。
木ノ葉隠れの里が創立される以前、うちはルイの祖先は最盛期を誇ったうちは一族の中心にいた。
兄弟で万華鏡写輪眼を開眼させ、その果てに兄に眼を奪われた不遇の弟、うちはイズナの末裔だった。
兄・マダラと同じく天賦の才の持ち主だったイズナは、されどもその子孫の瞳に写輪眼が発現する事は一度も無かった。
眼を奪われた時に子々孫々の瞳力までも全て奪われたと一族の中で根深く呟かれるほど、イズナの系譜は皮肉めいた運命を辿っていたのだ。
それ故に、一族の者達はその末裔のうちはルイを特別視していた。彼女が双子の妹として生を受け、双子の兄が死産だったその時から――。
うちはルイはイズナの生まれ変わりなのでは――そんな信憑性の欠片も無い噂を最初に呟いたのは一体誰だっただろうか。
一族の眼には、生後間もなく兄を失った妹が、兄を殺めて生まれたという風に見え、兄を深く憎悪して死したイズナを克明に連想させたのかもしれない。
増してや彼女はイズナの血筋であり、根も葉も無い噂を尚の事増長させた。
イタチが知る中では、生まれた瞬間に写輪眼を開眼させ、双子の兄の死に様を見下ろして嘲笑っていた、などという、考えた者の性根を疑いたくなるものまであった。
普通に考えて絶対に在り得ない事だが――当然ながら、うちは一族の大多数の者は信じなかった。されども、多くの者に心の何処かで恐れられていた。
早い段階で流麗に喋れるようになり、字の読み書きを完璧に習得するなど、幼子とは思えぬ聡明さが垣間見える度に、ありもしない噂は一族の中を駆け巡った。
身体能力が同年代の平均と比べて低く、保有するチャクラの絶対量が少ないなど、忍としての才能が乏しい事が解るまで、噂が下火になる事はまるで無かった。
渦中の人物であるうちはルイと対面した瞬間、イタチはルイと眼が一瞬だけ合い、彼女は咲き誇った華のように微笑んだ。それは年相応の目映い笑顔だった。
その一瞬こそがイタチが抱いたルイへの印象の全てだった。探るようにルイの瞳を覗いた時、彼女もまた同じように自身の瞳を覗き込んでいた。
まるで底知れぬ深淵を覗き込み、その深淵もまた此方を覗き込んでいたような、背筋が凍える心境に陥る。
僅か四歳で戦争を経験し、幾多の怪物じみた忍と遭遇し且つ打ち倒してきたイタチをもってしても、五歳の少女でしかないうちはルイは、もっと悍ましい何かであった――。