(……あの小娘、私から奪った草薙の剣を我が物顔で……!)
風影に扮した大蛇丸は心の中で煮え滾るような憎悪と憤怒を燃え滾らせていた。
草薙の剣は他に何振りか所有しているが、奪われて使用されている事実が気に食わない。あの時の一生の不覚を否応無しに思い返し、大蛇丸は小娘如きにしてやられた恥辱に身を震わせていた。
「良き試合でしたなぁ、風影殿」
「そうですね、流石はうちはの末裔ですな」
そうとは露とも知らず、親しげに話し掛けてくる三代目火影に大蛇丸は心にも無い事を言って相槌を打つ。
「全く、前評判など当てにならないものです」
大蛇丸にとって、今の試合など茶番に過ぎなかった。
やはり奈良一族の小僧如きでは写輪眼を使うまでも無い。殺そうと思えば一瞬で決着出来ただろうに、うちはルイは手抜きした上で偽りの策略戦を演じた。
(――風影の小娘、テマリなら写輪眼を使わせる事ぐらいは……だからこそ〝途中退場〟になったのか)
自らの右腕である薬師カブトがその才覚を計り切れずにいたのは仕方ないと言えよう。誰よりも才能を見抜くと自負する己が眼からも、うちはルイの才覚は器の底どころか縁すら把握出来ない。
これで男ならばサスケ以上の肉体として我が糧になっただろうにと、狂おしいまでの憎悪が大蛇丸の理性を蝕む。
――師を殺める事での歓喜よりも、あの少女への屈辱を晴らす事への執着心、その方に比重が高まっている事に大蛇丸は自分でも気づけずにいた。
(岩隠れの土分身に影縛りの術、それにチャクラ吸引術――カイエの報告には無かったが、どうやら開眼しているようじゃのう。九尾の力を安定した状態でコントロールしたナルトにも驚かされたが、あのルイが写輪眼を使わずに勝利を飾るとは……)
三代目火影は隣で負の情念を滾らせる風影に気づかず、ルイの試合に感心していた。
アカデミーの評価ではナルトと争うぐらいの落第生だったが、若者の成長は斯くも見違えるものだと、三代目火影は世代交代の波を感慨深く実感していた。
「ちょっと。なんでぇ!? せっかく中忍になれるチャンスだったのに、影真似でルイと握手してギブアップってどういう事よっ!」
一方、観客席では山中いのが今の試合結果に不満を爆発させていた。
「……ああ、なるほど」
その隣で、春野サクラは内心納得したように感心した。
大抵の者はルイが使った影真似の術を見て、シカマルが捕まえたと誤認している。
これは写輪眼を使えないという第一印象を逆手に取ったものであり、悪辣なルイが用意した予てからの決め手だったのだろう。
(見抜けなかった人にはシカマルの棄権で勝利を拾っただけと過小評価され、見抜いた人には写輪眼を使わずに勝利したと過大評価される。中忍に相応しいか審判する人は後者だから――)
そういう事も含めて、全て計算通りの試合展開だったのだろうと、サクラは恐るべしとルイへの畏怖を高めたのだった。
巻の25 サスケと我愛羅が術競い、中忍試験が終了するの事
(……やはり実戦じゃチャクラ消費が多すぎて使い物にならないな。だから特定の一族しか使わない秘伝の術になったのかな、影縛りの術は)
試合に勝って勝負に負けたと、私は盛大に溜息をついた。
テマリの強制退場とこの試合で全体の三割ほどのチャクラを消耗してしまった。これから最大の山場である木ノ葉崩しが開始されるのに看過出来ない失態である。
(……それにしてもシカマルに写輪眼の事がバレているとは思わなんだ。最近気が緩みすぎていたかな……)
この戦闘中、シカマルは一回も眼を合わさず、胴体や足の運びだけで此方の動きを把握していた。異常に伸びた身体能力や体術と言い、木ノ葉旋風みたいな蹴りから察するに、ガイが師事したのだろうか?
――まあ、この時期まで来れば写輪眼の隠蔽など些細な問題だが。後ろ盾が無かった三年前とは違い、今は隠す必要性が薄れつつある。
それに大蛇丸の一件や今回の事で大人数に露見されつつあるので、早々に明かした方が得策だろう。切り札の一つを曝せば、大体の者は他の切り札の存在を疑わないものだ。
それから試合での反省点を纏めている最中、観客席からナルトが降りてきた。
「バカッ!」
「うるせぇ、超馬鹿。藪から棒に何なんだ?」
ナルトはシカマルを指差し、短絡的に言い放つ。シカマルは面倒そうに言い返し、突然の言葉に疑問符を浮かべる。
「なんでギブアップしたんだよ!? あのまま勝てたじゃねぇか!」
「……うわ、もしかしてあの勝ち方も計算通りの展開なのかよ」
一瞬にして周囲との認識の違いを察したシカマルは私に怨めしい視線を向ける。
本当に思考が鋭く且つ早くて困る。何気に私怨が籠っているのは気のせいだろうか?
「何の事かしら? 私が言うのもなんだけど、シカマルは諦めが早すぎると思うなー」
私は内心ほくそ笑みながら、惚けて煙に巻く。
シカマルは頭を抱えて、狐に化かされたような苦々しい表情を浮かべた。狐なら其処のナルトの中にいますよ、と。九つの尾があって少々巨大で凶暴だけど。
「あー、もういいや。次の試合、ゆっくり観戦しようぜ……」
心底疲れた表情でシカマルはがっくりと項垂れた。
――記憶が非常に曖昧だが、やはり所々で私の知る原作から乖離している。今後、大筋が変わらない保障は何処にも無い。
勝って兜の緒を締めよ、昔の偉人は良い言葉を遺したものだ。
そのすぐ後、うちはサスケとその担当上忍であるはたけカカシは大量の木の葉をばら撒いて試合場に現れた。
まるで見計らっていたようなタイミングだと、シカマルは非常に冷めた視線で見ていた。
遅刻したのに申し訳無さや反省の色が欠片も無く、勝気な表情をしていれば、実害を被った者が反感を抱くのは当然だろう。
「へっ、随分遅かったじゃねーの! オレとやんのをビビってもう来ねーと思っていたのによ!」
「あれぇ、絶対来るって心配そうにしていたでしょ」
「なっ……! そ、そんな事無いってばよ、ルイちゃん!」
良い性格しているなぁ、とシカマルはナルトをからかって嬉々と笑うルイを横目に溜息をついた。
「久しぶり、サスケ。元気そうで何よりだわ」
「ルイもな。試合はどうだった?」
「勝ったよ、大勝利。私だって『うちは』だしね」
サスケに対してだけ、純真に微笑んだルイが妙に可愛く見える。
シカマルの脳裏に血迷った感慨が流れ、「在り得ない事考えた」と一人勝手に自己嫌悪に陥る。盛大に自爆したシカマルをナルトとカカシは不思議そうに眺めていた。
「そうか――」
それが我が事のようにサスケは素直に喜ぶ。
しかし、傍目から見てもこの二人は両想いにしか見えない。
アカデミー時代からサスケは何処か険しく、近寄り難い雰囲気を醸し出していたが、ルイと一緒にいる時だけは和らいでいる印象がある。
(まあ、オレには関係無い事か)
他人の色恋沙汰ほど面倒なものは無い。シカマルは思考を切り替え、サスケの試合を楽しむ事にした。
「それじゃサスケ、試合頑張ってねー!」
「負けんじゃねぇぞ、サスケ!」
ルイとナルトは此処から直接飛んで、観客席に舞い戻った。
そんな急ぐ必要も無いだろうにと思いつつも、一人だけ階段で上がっていくのも格好が付かないなとシカマルは面倒臭がりながら二人の後を追ったのだった。
「――行くぞ」
小手調べにサスケは二つの手裏剣を投げる。
それらは申し分無い速度だったが、我愛羅が反応するまでも無く、我愛羅の背負う瓢箪から這い出た大量の砂に防がれる。
術者の意思に関係無く、自動的に防御する砂の盾は本体の我愛羅を模り、砂の分身となって二つの手裏剣をその手に掴む。――ナギの混沌の泥で分身を作れば、更に性質の悪い罠になりそうだとルイは一人思う。
そう考えている内にサスケは正面から疾駆する。我愛羅の砂分身の胴体から砂が獰猛な速度で噴出して正面から迎い打つが、サスケは反射的に飛び上がって回避する。
「――!」
それを見越してか、我愛羅の砂分身は先程掴んだ手裏剣を投げつける。
二つの手裏剣を抜き打ち、叩き落したサスケは空中から回し蹴りを繰り出すが、砂分身の両拳で防がれる。――流形で脆いように見えるが、流石に絶対防御と銘打つだけはあるとルイは感心する。
体勢を崩して着地したサスケは両手を地に接触すると同時に回転するように起き上がり、その一連の動作を止めずに我愛羅の砂分身に裏拳を喰らわせる。
「! ――くっ!」
首元に当たった拳はされども崩れた砂で捕らわれて拘束されるが、崩れかけた砂の顔面を掌底で打ち抜き、サスケは漸く本体の我愛羅に手が届く距離まで切迫する。
無表情の我愛羅の顔面目掛けて放った拳の前に砂の盾が立ち塞がるが、サスケはにやりと笑った。――確かに砂の盾は自動的であるが故に脅威だが、同時に陽動し易い。
霞むような速度でサスケが背後に回り込んだ瞬間、我愛羅はこの試合で初めて表情を歪ませた。
サスケの拳が我愛羅の顔を殴り飛ばし、そのまま不恰好に倒れる。
受身すら取れずにいたが、砂がクッション代わりになり、尚且つ既に砂の鎧を纏っていた為、ダメージは皆無だろう。頬の砕けた砂が少しだけ零れ落ちた。
(……それにしても、一ヶ月程度の修行で重りを外したリーの標準速度まで上がるなんて、体術特化のリーなんて立つ瀬も無いし、私と比べても反則的な成長具合だね)
ルイは観客席でサスケに軽く嫉妬心を抱く。
担当上忍の青桐カイエの下、ルイとて修行を怠った覚えは無いが、同じ量をこなしても男性であるヤクモとユウナとは身体能力の差が著しく開く。
オマケに同性であるナギは人柱力で色々と規格外も良い処なので、ルイは一人不貞腐れた。
ルイが勝手にご機嫌斜めになっている間にも試合は進行し続ける。
砂の盾を掻い潜るサスケの猛攻も所詮はリーの二の舞に過ぎず、我愛羅の砂の鎧を剥ぎ取るまではいかず――我愛羅は砂全てを防御に回し、砂の球体の中に引き篭もった。
(――やれやれ、余興もそろそろ終わりか)
ルイは隣に座るヤクモ、ユウナ、ナギを順々に見回し、緊張感を高める。
全ての打撃を無効化されたサスケは向かいの壁まで飛び退き、足裏のチャクラで付着させて壁に立つ。そしてその右掌に莫大な雷のチャクラを集中させた。
(最初は単なる肉体活性だったのに、どう見ても雷の性質変化起こしているよねーアレ)
水と雷の性質変化が苦手なルイでは千鳥を写輪眼で見ても使えない。
あれが本当に無属性の肉体活性だったらコピー可能だが、一ヶ月前の大蛇丸との対戦の折にカカシの雷切を見ても使えなかったので、第一部の時から雷遁だったらしいとルイは渋々納得する。
壁からの助走を経て、最高速に達したサスケの突きは砂の迎撃を掻い潜って――砂の絶対防御を穿ち貫いた。
「うわああ! 血がぁ……オレの血がぁ!」
「ぐっ……!」
だが、致命打にならず――サスケの顔が苦痛に染まる。砂の中で腕を掴まれたサスケは更なる電撃を流し込んで無理矢理抜き取る。
砂の中から一緒に出てきた我愛羅の腕は人間のものでは無く、化け物じみた異形の腕だった。
周囲の眼に曝された異形の腕は引っ込み、砂の殻が崩れる。中から現れたのは右肩を負傷し、異常に息が荒い我愛羅だった。
そしてその瞬間、視界に無数の白い羽が舞った――。
(どういう事ぉ!?)
眼下に舞う無数の白い羽が何者かの幻術だと察したサクラは咄嗟に幻術返しをした。
眼を合わせただけで成立する不条理な写輪眼の幻術に幾度無く苦汁を飲まされたサクラにとって、不特定多数を対象した涅槃精舎の術など問題外の幻術だった。
(何で試合中にこんな幻術が……ああ、もう訳解んない!)
思考の回転が速いサクラと言えども、この状況を把握するのに数秒の時間を必要とした。
周囲の観客、それに同年代の下忍達が幻術で気絶し、観客席の真ん前には印を結んだ暗部の者を中心に音隠れの忍者が大勢集いつつある。その音隠れの忍と視線が合った――幻術で眠らなかった者を目指し、彼等は無慈悲に襲撃してきた。
「ひっ!」
忍として愚かしい選択だが、サクラは咄嗟に眼を瞑ってしまう。だが、襲撃者の攻撃は一向に来ない。
サクラが恐る恐る眼を開くと、其処には血塗れのうちはルイが立っていた。
両脇にはクナイで頭部を穿たれた音隠れの忍が絶命しており、写輪眼を惜しみなく出したルイは怖気が走るほど凄惨な微笑みを浮かべていた。
「ルイ、その眼……!」
「――おま、やっぱり出し惜しみかよ!?」
「って、シカマル! アンタ、幻術返し出来たのに寝たフリしやがったねぇ!」
隣で倒れていたシカマルはルイの名を聞いた瞬間、細目でルイの写輪眼を目の当たりにし、勢い余って叫んでしまった。
面倒極まるこの事態を狸寝入りでやり過ごす気だっただけに、シカマルは自分の短絡的な行動を即座に悔いた。
「これが写輪眼なのかー、チャクラの流れがハッキリ見えるわー」
「おお、遂にルイも写輪眼を開眼させたかぁー」
「この極限の状況下が写輪眼を覚醒させるに至ったのかー、自分感動した」
「ルイちゃんなら必ず開眼すると信じていたよー」
ルイは芝居掛かった仕草で仰々しく驚いて見せ、続いて血塗れた刀を片手に構えたヤクモが周囲を警戒しながら言い、白眼を発動させて日向流の構えを取るユウナが続き、最後に黒い泥を周囲に漂わせて右肩に黒犬のコンを乗せるナギがワザとらしく喜んで見せる。
「余裕だなお前等!? てか、全員棒読みかよ!」
シカマルは現在の危険な状況を顧みずに、大声で突っ込んだ。
四人は今この瞬間に写輪眼を開眼させたとでっち上げる気満々だが、信じさせる気は皆無としか思えないほど説得力に乏しく、且つふざけた物言いだった。