大切な人と一緒に居れば、それだけで楽しい。
喜びを分かち合って倍増し、悲しみも分かち合って半減する。それは人という文字のように互いに支え合い、如何なる苦楽も困難も絶望も乗り越えて行ける絆になる。
大切な人と一緒に過ごす日々が幸せであればあるほど、喪った時に心に穿たれる遺恨は大きくなる。支え合った者がいなくなるだけで立てなくなる。
積み重ねた幸福が絶望に早変わりする。その痛みにだけは――耐えられない。
だから大切な人など作らなければ良い。心に付け込まれる隙間を与えなければ良い。孤高という鎧を纏い、唯一人で満ち足りて、その他全てを己だけの為に利用すれば良い。
それならば自分自身を裏切らない限り破綻しない。不条理にはそれ以上の不条理を持って打破し、悪意にはそれ以上の悪意を持って凌駕する。敵という敵を返り討ちにし、血塗れた死骸が積み重なって出来た道こそ、私の進むべき道だった――。
巻の22 月夜の下、日向の宗家と分家が死闘を繰り広げるの事
(――見つけた)
探索・索敵こそ白眼の真骨頂である。
日向ネジは透視と遠視、更には写輪眼を凌駕する洞察眼を最大限に活用し、遂には里の外の岩山にいた日向ユウナを発見する。
この時の彼は文字通りユウナの姿しか見てなかった。
立ち塞がる絶壁を垂直に走って登り、あらゆる障害物を無視して突き進んだ。――あの、奇怪極まる黒い泥が飛翔して来るまでは。
(なんだこれは……?)
意識が強制的に戻され、それが予選での砂隠れの忍・我愛羅の砂のようだと思ったが、一瞬にして全く異質なものだと気づき、ネジは驚いた。
幾多の矢の如く一直線に突き刺さる黒泥を躱しながら、ネジは黒泥を解析する。攻撃の精密さと速度は疎かだが、この黒い泥は不可解極まるものだった。見て説明出来ないものなど初めてだった。
空振りに終わった黒い泥は百八十度反転して、再びネジを貫かんと疾駆する。されど白眼の視界はほぼ全周囲、ネジは振り向かずに回避する。
そして術者を見つけようと周囲の把握に力を入れようとした時、龍の形をした土流が眼下に雪崩れ込んだ。
上級の土遁だと察知したネジは足裏にチャクラを集中させ、足が飲み込まれぬようにチャクラを精密に操作しながら土龍を踏み越え――瞬時に詰んだと悟った。
「――な」
白眼を持つが故にネジは克明に見た。土龍に飲み込まれた黒泥が内部を突き破る一部始終を。
土龍から突き出た黒泥はネジの体に纏わりつく。
全身のチャクラを瞬時に発散させて振り解く前に、ネジは意識を失った。チャクラを吸われる気怠い喪失感と焦がすような灼熱だけが鮮明な感覚だった。
「……えー、ネジ君。君は里外の断崖絶壁まで態々女湯の覗き見に訪れ、三人の裸の美少女に性欲を持て余して突撃するという恥知らずな愚行を犯したと。何て羨ましい……じゃなかった、けしからん奴め。何か反論はあるかね? 無論、んなもん受け付けないが」
「ちょっと待て。最初から有罪が確定しているじゃないか……!」
「あれ、今頃気づいたの?」
上半身裸で縛られたネジは不当であると猛烈に抗議するが、カイエはさも当然の如く肯定した上で、やる気無く聞き流した。
既にこの場はネジの罪を問う審判では無く、女性陣による弾劾裁判と化していた。
一言でも弁護すれば同罪になりかねないので、ユウナとヤクモは哀れみの視線を送るだけで頑なに沈黙していた。売られて行く子羊を見ている気分である。
「あんなに堂々と覗き見に来たのは君が初めてだよ、一体何処に疑う余地があるかしら?」
「あの時感じた貞操の危機は忘れようにも忘れられませんわー」
「……アンタ達、ノリノリね」
ルイはじと目で断言し、ナギは演技全開でしかも棒読みで脅えた振りをし、サクラは呆れ顔だった。
このままでは冤罪で覗き魔や痴漢、果てには強姦魔という不名誉な烙印を押される。
人生最大の危機感を抱いたネジはユウナとヤクモに縋るような目線を送るが、二人は即座に目を逸らしてあっさり見捨てた。救う神は何処にもいなかった。
「ユウナとの決闘を目的にこんな僻地まで訪れ、私達にも眼中無く一直線に目指していた。まあ事実関係はどうでもいいけどさ――けじめが必要だよね。小指を詰めるか、両眼を抉るか、サクラに殴られるか、どれが良い?」
「何だその不条理な三択は!? そんなの最後しか選べないだろっ!」
この時、激昂していたネジは愚かにも見逃していた。
ルイが身の毛が弥立つほどの悪魔の微笑みを浮かべ、周囲の者の表情が見る見る青褪めた事に。
「だってさ。それじゃサクラ、全力でぶん殴りなさい。修行の成果を見せる時よ」
「……いいのかなぁ?」
何か致命的におかしい。言い知れぬ危機感を察知したネジが制止の声を上げようとした時、サクラは既に拳を振り被った後だった。
「うらぁっ!」
「――~~~ッッッ!?」
サクラの細腕から繰り出された必殺の右拳は容赦無くネジの腹を穿ち貫き、悲鳴すら叫べずに遥か彼方まですっ飛ばした。
「ああもう、この一撃をいのの時に出せれば……!」
「いやいや、普通に死ぬって」
サクラは内なる人格が表面化している状態でテンパっており、それをヤクモは冷静に突っ込む。
遠くに倒れているネジはまたもや昏倒していた。
「まだまだね。本家の綱手姫なら向かいの山まで吹っ飛ばしていたわ」
「どんな人外よ、それ……」
蝦蟇と同化して異形と化す色狂い仙人に、小指一つで地割れすら起こす博打狂に、本体が人外極まる白い大蛇のオカマでホモでショタでロリコンの殺人狂。木ノ葉伝説の三忍にまともな人間は一人もいない。
「……で、これどうするよ?」
「放置したら確実に死ぬわね。チャクラが枯渇した上に上半身の殆どが私の右腕より酷い状況になっているわ。オマケにサクラの馬鹿力で内部がどうなっている事やら」
倒れるネジを頭を抱えながら指差すヤクモに、ルイは面倒そうに説明した。
ナギの混沌の泥に数秒触れただけで酷い有様である。土の国では暴走状態から繰り出された恐るべき張力で胴体とか腕が千切れていたが――と思考したところで、ルイは良く自分が無事だったと回想する。
とりあえず応急手当して放置し、自分達は違う場所に陣取ろうとルイが提案しようとしたが、それより早くユウナの言葉が遮った。
「ルイ。完全な状態まで治療するとすれば、何日掛かる?」
ネジが再び目覚めた時には朝日が昇っており、目の前には見るからにご機嫌斜めのルイが自身の負傷を治療していた。
痛みは気絶する前より感じないが、上半身全体に行き渡る、内部が酷く焼き爛れたような痣は色濃く残っている。
日向の柔拳による致命打を瞬時に治癒させた彼女の手腕でも、あの黒い泥から受けた負傷には手を焼くらしい。
ネジは改めて黒い泥の術が如何に脅威であるか認識すると同時に一体誰の仕業だったのか、強い興味を抱いた。
「……不機嫌そうだな」
「違います、物凄く不機嫌です」
反射的に紡いだネジの第一声は、ルイの氷点下の回答で二の句を継げなくなった。
長く重苦しい沈黙が場を支配する中、治療だけは止まらずに続けられている。
傷を塞いで心を安らげる筈の医療忍術はされど何処か殺気が漂い、余りの居心地の悪さにネジの胃が痛んだ。
「天才の貴方とは違い、凡才の私には四日間の浪費が非常に痛いのですよ」
「し、仕方ないよルイちゃん。あれ以上続けたら体壊しちゃうし、丁度良い休憩期間だと……ひゃっ!」
黒犬を両手で抱えた黒髪紅眼の少女が苛立つルイをフォローするが、彼女の一睨みで一蹴され、可哀想なぐらい脅え竦む。
可愛らしさの欠片も無い不気味の塊の黒犬は中忍試験の予選の時、ルイの右肩に乗っかっていたものだとネジは気づく。
(……うちはルイの右腕にもオレと同じような痣がある。この女の言い分だとコイツの仕業なのか? ――ならば、あの奇怪な泥も?)
この頼りない同年代の少女は木ノ葉の額当ては持っていないが、一つ一つの体捌きからくノ一であると窺える。チャクラが平常時なら白眼で洞察出来るが、現在は枯渇しているので出来そうに無い。
それでもネジはこの黒髪紅眼の少女――本名・岩流ナギ、偽名・如月ナギサに言い知れぬ何かを感じ取った。その紅眼に燈る光と闇は、今まで見た事の無い輝きだったが故に。
「ユウナから言伝です。――立ち合うなら完治してから。完全な状態に回復するまで四日間は掛かりますけど」
「そうか――」
願っても無い。ネジは眼を瞑り、万感の思いで英気を養い、戦意を研ぎ澄ますのだった。
――何度、殺そうと思い悩んだ事か。ネジを治療する傍ら、私は芽生えた殺意を制御するのに精一杯だった。
ユウナはネジとの決闘を望んでいる。それが如何なる結果を生むかは未知数だが、二人の実力は大体五分。不慮な事態が起こらぬ保障は何処にも無い。
前には興味すら抱けなかったが、敵として対峙したのならば話は別だ。この場で殺し――いや、駄目だ。今この状況で殺したら誤魔化せない。その後の事を考えても不利益極まる。
始末するなら完全に事故扱いにしなければならない。逆に言えば、私の殺害手段でなければ大丈夫という事だ。今まで秘蔵していた須佐能乎の十拳剣で永久封印すれば死体すら無くなるので完全な行方不明に――。
「……ねぇ、ルイ。医療忍術でも人を殺せるの?」
殺意の坩堝に陥っていた私を現実に戻したのはサクラのちょっとした疑問だった。
「治すのと壊すの、どっちが楽かというと壊す方が楽だわ。この掌仙術も必要以上のチャクラを流し込めば気絶させる事も出来るし、私がその気ならこの場で引導渡す事も出来るわ」
ネジが驚いた眼を向けるが、無視する。結果的にサクラに釘を刺された形なので、非常に気に食わない。
……ふと、我に返る。この殺意の発端がユウナの安否を気遣ったものであると自覚した時、私は激しい自己嫌悪で押し潰れそうになる。
無価値な生命の死は心を動かさない。価値を認めた生命の死は許容出来ない。だから恐怖し、脅える。私にとって他人の死は、絶対に訪れる忌むべきものだから――。
今宵は半月、二つに分けられた明暗は正に今の二人の如く――何方が輝きを放ち、欠けたる影かはこの死闘の果てに決せられるだろう。
「――七年振りだな。あの時は引き分けだったか」
「ぬかせ、自分の勝利だろう。敗者の負け惜しみほど無様なものは無いぞ」
ネジが感慨深く且つ忌々しげに呟き、ユウナは真っ向からその言を否定する。
奇しくも同じ構えだった。既に白眼を発動させた彼等を隔てるものは何も無い。宗家と分家の立場も、監視の眼も止める者も、此処には存在しない。
「貴様こそぬかせ。あのような卑怯な手段で勝ちを誇るなど恥を知れ!」
「手段に自分勝手の貴賤をつけ、理外の手を卑怯と罵る矮小な己を恥じろ!」
ネジは過去から積み重ねた怒りを籠めて一喝し、ユウナもまた過去から積み重ねた恨みを籠めて吼える。
「――っ! それが宗家の跡取りである貴様が言う事かッ!」
「宗家宗家と一々喧しいわッ! それに日向の跡取りはハナビだ、自分じゃない!」
「ふざけんなァッ!」
ネジとユウナは合わせ鏡の如く踏み込み、牽制無しの掌底を次々と繰り出す。
それは予選のヒナタの時とは比べ物にもならない速度で且つ容赦の無い攻撃であり、二人は最初から殺す気で仕掛けていた。
「幼少の頃から事有る毎に喧嘩吹っ掛けやがって!」
「先に挑発したのは貴様だろ!」
「記憶を勝手に捏造するなぁ!」
ユウナが叫び、ネジが怒鳴り、またユウナが憤慨する。
猛攻に次ぐ猛攻を二人とも紙一重で捌き、避け、また呼吸すら惜しんで掌底を打つ。
そして最後の一撃が重なり、掌底と掌底がぶつかり合い、二人は飛び退くように距離が開く。
間髪入れずネジが重心を低くした特異な構えを取った時、ユウナもまた同じ構えを取り、二人はまた同時に駆け抜けた。
「「八卦二掌! 四掌、八掌、十六掌、三十二掌、六十四掌ッ!」」
二人が繰り出したのは柔拳法・八卦六十四掌であり、本来は日向宗家の跡取りのみに口伝される奥義である。
間合いに入った者の点穴を瞬時に六十四ヶ所突くそれは、されど互いに相殺され――否、在り得ない六十五掌目の一突きがユウナの右腕に突き刺さった。
限界を超えて一つ多く繰り出したのはユウナも同じであり、自身の届かなかった一突きに舌打ちした直後、ユウナは飛び退き、距離が大きく開いた。
「やはり日向の業では及ばないか。解り切った事だが」
高が一突き――されども、この決闘においては決定的な差だった。
右腕の点穴を突いてチャクラを正常の流れに戻し、ユウナは構えを変えた。右手を前に押し出し、左手を握り締める。
それは中忍試験の予選で見せた剛拳ではなく、柔拳との半々の構えであり――中途半端の業と断定したネジは鬼の如く形相で睨んだ。
「――何のつもりだ。そんな小手先の技でオレに勝てるとでも思ったか?」
「小手先の生兵法かどうか、試して見るが良い」
先手を打ったのはユウナだった。拳の届かぬ間合いで右手を振り被る。ネジの白眼はその右腕に収束するチャクラの流れを見抜き、即座に回避行動に移った。
「――ッ!」
掌底からチャクラを放ち、不可視の攻撃で敵を吹き飛ばす八卦空掌も、白眼を持つ者には不意討ちには成り得ない。その事を理解しているユウナは避ける事を見越してその先にクナイを四つ投擲していた。
「無駄だっ!」
ネジに着弾するかと思われたクナイは八卦掌回天で悉く弾き返される。
体中にチャクラを多量に放出し、自分の体を独楽のように円回転させる日向の絶対防御――その回転の終わり目を見計らって疾駆したユウナは左の拳打をネジの頬に叩き込む。
(……な!?)
それが只の拳打ならネジは容易に避け、手痛いカウンターを繰り出せただろう。その握り拳から人差し指と中指の二指が突き立てられ、眼を抉りに来なければ――。
「チィッ!」
頬を切り裂かれながらも紙一重で避けられたのはネジならばの反応だった。
(――甘い!)
だが、外した眼突きは即座に後頭部の髪の鷲掴みに変わり、下へと引き釣り降ろされると同時にユウナの膝蹴りが放たれる。
この避けられぬ一撃を、ネジは自ら進んで頭突きする事によって、着弾点を顔面中心から額当てにずらした。
「……っ!」
ネジの額当てが彼方に吹っ飛び、二つの衝撃が脳天を穿ち貫く。その中で掌底をユウナの腹部に叩き込めたのは執念の成せる業だろう。
「――ガァッ!」
血を吐きながらユウナは形振り構わず退く。
腹部の経絡系を致命的に損傷して咳き込んで喀血し、立っているのがやっとの状況だが、ネジもまた後頭部からチャクラを流し込まれた挙句に渾身の膝蹴りを叩き込まれたので追撃出来る状況では無かった。
「……何が、跡取りは自分ではないだ。戯言を……!」
「……宗家口伝の奥義を、独自に編み出したお前と比べれば、形無しだ……!」
二人は血反吐を吐き、息切れしながら互いに悪態をつく。
「貴様は、いつもそうだ。オレに無い全てを最初から持ち得ていた……! オレは分家に生まれた籠の中の鳥で、貴様は宗家の枠組みすら嵌らず自由に羽搏いていた! その在り方がどれほど怨めしかったか――心底憎かった、それ以上に羨ましかったッ!」
「……好き勝手言いやがって。いつまでも悲劇のヒーロー気取りか……! 一族の誰よりも日向の才に愛されている癖に、的外れな嫉妬抱いてやがって……! 羨ましいのは自分の方だ! 小手先の技術を必要とせず、正道の頂点を極めれる天才のお前を、凡才に過ぎなかった自分がどれほど妬んだか、解るかァッ!」
額の呪印が曝されたネジは全身全霊で心の裡を叫び、ユウナもまた積年の想いを曝け出す。余りの怒りに二人は目先の相手しか見えず、更に呼吸を乱していた。
――二人の最大の誤解はつまるところ、互いに嫉妬していた事に尽きる。だから唯の一度も理解し合えず、擦れ違った。
ユウナは日向の血継限界を守る為にヒアシの身代わりになったヒザシに負い目を抱き、ネジに憎まれるのは当然だと受け入れていた。
それ故に才能に劣る自分が宗家の跡取りに相応しくないと思い込んだ。
確かにネジは自身の父親であるヒザシの事で宗家を怨んでいる。だが、ユウナの才能だけは自分を凌駕すると認めていた。
誰よりも宗家の跡取りに相応しい彼が辞退するなど、望んでも叶わないネジに対する冒涜に等しかった。だからこそ許せなかったのだ。
「次で終わらせる――構えろッ!」
「……いいや、終わりだ」
ユウナの不可解な言葉と同時に、ネジの背中に衝撃が走った。
白眼の唯一の死角、第一胸椎の真後ろに着弾したのはユウナの忍術、水遁・浸水爆だった。
「――馬鹿、な。いつの間にこの水遁を……!?」
水遁・浸水爆は完全に手動操作であり、経絡系を損傷させるもさえないも自由だった。
今回の場合はネジの体の経絡系に隅々まで流れ込み、数秒余り全身の動きを封じた。無防備な相手を仕留めるには十分過ぎる時間である。
「この水遁・浸水爆は――ネジ、お前を倒す為だけに編み出した術だ」
最初から倒し方だけは決まっていた。この死闘が始まる前、ネジの白眼の範囲外である五十メートル先に待機させ、虎視眈々と死角から突き刺す機会を窺っていた。
「な、ユウナァアアァ――!」
ユウナは走る。立ち尽くしながら身動き出来ないネジの腕を掴み取り、逆関節に極めて一本背負いで投げる。
「――っっ!」
聞き慣れぬ音が鳴り響く。腕が在らぬ方向に折れ砕けて激痛が全身に駆け巡った時――技の切れが段違いだが、予選の時にヒナタが繰り出した奇妙な体術と同一だとネジは気づく。そして、これで終わりじゃない事も自ずと悟ると共に戦慄が走る。
(間に、合――!)
ネジが無事な腕に全神経を集中させて頭部への蹴りを防ごうとした時、ユウナの左掌にチャクラが渦巻いて完全な球体が形成される様を、ネジは絶望と共に見届けた。
「ネジィ!」
斯くして螺旋丸はネジに直撃し、その圧倒的な破壊力を無防備に受けたネジは殺人的な螺旋回転の果てに吹き飛ばされた。
二、三十メートル先でネジがぴくりとも動かない事を見届けた後、ユウナは白眼を解除し、全身から脱力するように尻餅付いて倒れ――その間々本当に倒れた。
瀕死の重傷を負った二人の治療後、ルイは荒れに荒れていた。
「ああ、もう在り得ない! 何で無駄に命賭けて戦うのよ! 治癒する身になってよぉっ!」
ユウナとネジの死闘の最中、オレは唇を噛みながら必死に堪えるルイの姿を見ていた。
多分、自分とユウナが戦っている時もこんな今にも泣き出しそうな顔して心配していたのかと思うと、胸が痛む。それと共に――ルイが一体何に悩んでいたか、漸く気づく事が出来た。
心底、情けなくなった。自分の不甲斐無さに、己の弱さと甘えに。
――オレはまだ、ルイに何一つ答えてなかった。臆病風に吹かれて覚悟を背負う事を拒否し、一人で何もかも背負う彼女に甘えていた。それでルイはあんなにも苦悩していたのだろう。
だから、今こそ答えようと思う。あの時、オレが答えるべきだった覚悟を――。
「ルイ、聞いてくれるか?」
「何よ。あれが有意義な戦いだってふざけた事を言う気!?」
癇癪を起こしかけたルイだが、此方の真剣味が伝わったのか、程無く静まる。
オレはゆっくり深呼吸をし、精神を落ち着かせる。鞘に納まった紫電をルイの前に突き出し、重い口を開いた。
「――この刀に誓って、黒羽ヤクモはうちはルイを守る。一人の忍として、掛け替えの無い友人として、全力で助ける」
人を殺した後悔の念で捕らわれていた時、励ましてくれたルイに言えなかった言葉がこれだった。
ルイは眼を見開いて驚き、掠れるような声で「あの時の、答え……」と震えながら呟いた。
「心配するな。オレだって多少は腕が立つし、簡単には死なねぇ。ユウナだって同じだ。だからルイ――おまえは、もっとオレ達を頼ってくれ。一人で抱え込まずに、さ」
ルイは俯いて体を小刻みに震わす。
「――……で」
「なんだって?」
「――絶対に、私より先に、死なないで……」
ルイが振り絞った弱々しい言葉に頷く事は、絶対に出来なかった。
「馬鹿、誰が殺させるか。一緒に生きるんだよ。木ノ葉崩し如きじゃ死ねないし、暁の連中が襲ってきても同じだ。どんな脅威が襲ってきても精一杯生きる、だ」
「――そう、ね。そうだよね。こんな事で、悩んでいたなんて、ホント馬鹿みたい……」
「ああ、この馬鹿め。おまえは人一倍頭良くて賢しいんだから、もっとオレ達を利用するが如く……って、な、なな、何で泣いているんだぁ!?」
突如泣き崩れて尻餅付くルイに、オレは何をどうすれば良いのか全く解らなくなり、激しく混乱した。
(こ、こういう場合、そっと抱き締めれば良いのか!? それとも隣にいてやれば良いのか!? 無理無理、恥ずかしすぎる、てかどうするどうするどうする! カイエ先生――は当てにならないから置いといて、ユウナ――は気絶中。ど、どうすりゃ良いんだ~!?)
「決闘なんかに感けるから先越されるんだ。ちなみに両者ノックダウンでドローな」
「……散々な結果で、得る物は何も無かったですけど――ま、木ノ葉崩しの後に巻き返しますよ。死ぬつもりなんて欠片もありませんし」
「当ったり前だろ。オレの半分も生きてない小僧小娘どもを先立たせて堪るかっ」
カイエとユウナは夜空を見上げる。何処までも澄み切り、幾多の星が輝きを放つ。
この世界でも輝く月は上弦、それはまるで光と影が抱き締め合っているように感じられ、欠落した半月も中々乙だとユウナは自身の価値観を少しだけ見直した――。