――うちはルイ。うちは虐殺を生き延びた〝二人目〟の生存者。この時点で在り得ない存在である。
年は九歳、うちはサスケやうずまきナルトなど主人公達と同年代の少女。
くノ一の卵としてアカデミーに通っている姿を、同じ学級に在席する日向ユウナは幾度無く見かけていた。
後ろで揺れる一本の三つ編みおさげが特徴的で、他の我の強いくノ一と一線を隔した可愛らしい顔立ちと優雅なまでの淑やかさを持ち合わせた、この世界では絶滅寸前の大和撫子である。
うちはの名を冠していながら、アカデミーの成績は下から数えた方が早い順位で何一つ特徴が無かったが、うちは虐殺で消えるには勿体無い人物だと常々思う。
本編に登場するヒロインがアレなのだから比較するのも愚かしいだろう。それに関してはヤクモと同意見である。
こんないたいけな少女をも平然と殺すうちはイタチに個人的な怨念を抱きつつ、諦めが肝心とばかりに冥福を祈る事にした。
だが、うちはルイは生き延びた。見た目通りの人物だったのなら生き残る可能性など万が一にも無いのに。
この時点で彼女が見た目通りの人物でない事が自ずと解る。だが、それだけでは足りない。――ヤクモの例がある。彼女もまた原作を知る者なのかもしれない。
些細な事で同じ立場の人間だと発覚した黒羽ヤクモ、彼とは一緒に知恵を絞って中忍試験と木ノ葉崩しを乗り切ると誓ったが、果たしてうちはルイは信頼出来る人物なのだろうか。
「うじうじ悩むまでもねぇだろ。虎穴に入らば虎子を得ずってヤツだ。大丈夫、我に秘策ありだ!」
そう言って懐から取り出したのはNARUTOの単行本に似た漫画本。中身も普通にあり、絵柄も原作と瓜二つで素人の犯行には見えないぐらい上手である。
ユウナは友人の才能の無駄使いに驚嘆の意を表すると同時に、元の世界では何をやっていたのだろうかという疑念が胸の内に燻ぶる。
何はともあれ、何処かズレていて物事を単純に考えすぎる友人に代わって見極めなければならない。うちはルイが敵か味方かを――。
巻の3 女狐の底深き腹を探り、常闇にて小石に躓くの事
うちはルイは清々しいまでにはっちゃけた人物だった。
第一印象が木っ端微塵に打ち砕かれる。此処まで強烈な個性を隠し通した演技力・擬態・猫被りには驚嘆するしかない。
まるで女版の新世界の神か、静かに暮らしたい殺人鬼だ。何方にしろキラだから、そう名乗った方が良いんじゃないかと本気で心配したくなる。
「目先の事? 暗部に監視されている状況か?」
「いや、そっちの事は自力で片付けるから問題無いよ。目先と言っても三年か四年後の事だ。死亡フラグ満載の中忍試験、木ノ葉崩しをどう乗り切るか、だね」
再構築した印象は少女が悪魔めいた頭脳の持ち主であり、油断ならぬ人物だと評する。
――少なくとも万華鏡写輪眼を開眼する際に一人殺している。だから写輪眼の話題を早々に終わらせたのだろう。
「やはり行き着く場所は其処でしょうね。乱戦の最中が一番怖い」
「うん、其処で相談なんだけど――本編の流れに介入するか、流れ通りに進めるか。どっちがいい? 私個人としては無駄に介入せず、本編通りの流れの方が良いと思うけど」
茶菓子を啄ばみながら提案するルイに、ヤクモはお茶を飲みながら頷く。
「それがベストだよなぁ。なんて言っても俺達は未来を知っているようなもんだし」
豪快に笑う友の姿に深い溜息をつき、その様子を眺めていたルイは苦笑する。
自分もあれぐらい単純明快で楽観出来たら苦労など欠片も無かっただろうと思わざるを得ない。
「果たして本編通りの流れに行くかが問題だな」
「そうね、割と死活問題だねー」
「あん? どういう事だ?」
一人だけ疑問符を浮かべるヤクモに対し、ルイは教え子を諭す先生役のように説明する。案外この二人は良い組み合わせかもしれない。
「私達が存在する時点で多少の差異が生まれている。それが最終的にどの程度まで本編に影響するかは未知数なのよ。何時の間にか全く違う方向を辿っていた、なんて気づいた時には手遅れだろうね」
代表的な例として「自分が生き残った時点で大蛇丸関連や暁関連に予期せぬ影響を齎すだろうしね」と、ルイは自分が最たる発端であると包み隠さず語る。
「とりあえず、些細な違和感や変わった事に気づいたらその都度連絡しましょ」
「もうこんな時間か。楽しい時間は早く過ぎ去るものだね」
「そろそろ帰らなきゃな。お袋が怖い」
それから他愛無い世間話が続き、互いに情報交換しつつ彼女の本質を見極めんと慎重に探る。信じたい気持ちは山々だが、完全に信じ切るには危険すぎる相手だ。
帰り際、ヤクモは思い出したように、それが世間話のように口を滑らせる。
「そういや、万華鏡写輪眼が使えるって事はよぉ~……その、つまり、あれだよな?」
ヤクモは途中で気まずそうになりながら質問する。普段なら空気読めと叱咤したところだが、今はナイスだと内心賞賛し、ルイの様子を覗う。
「私の場合、五歳の時から普通に使えたよ。最も親しい友人とか殺さなくてもね」
ルイの気負った様子の無い返答に嘘の気配は見当たらない。
欠片の動揺無く嘘八百を並べられるのか、真実を語っているかは見分けがつかない。今まで知らず知らず騙されていた故に、それが演技じゃないかと疑ってしまう。
「原作からして一族じゃないカカシが唐突に開眼しているし、使えるか否かは才能、というか眼と認識の問題じゃないかな?」
その例として「HBの鉛筆を指でベギッとへし折れて当然と思う事のように、万華鏡写輪眼を使えて当然と思うのだー。チャクラだってそうでしょ?」などとのたまった為、JOJOネタにも通じているのかと内心激しく突っ込む。
「そっか~。……あー、すまないな。変な事疑ってしまって」
「気にするな。私がヤクモなら間違いなく疑うよ」
本当にそうなのかと疑い、本編でカカシ如きが万華鏡写輪眼を使った時の呆れた感慨を思い起こしてしまう。
設定に結構矛盾が目立ったNARUTOを顧みると、十分に在り得るかもしれない。開眼条件である『最も親しい友を殺す』事からして滅茶苦茶な後天的要素である。
「そうだ。お詫びでも何でもないが、俺の本当の名前は瀬川雄介だ。此処じゃ意味の無い事だけどな!」
その瞬間、うちはルイの眸が驚くほど揺らいだ。
驚愕、憧憬、困惑、悲哀、多種多様の感情が忙しく移り変わり、最後には虚空を穿つように視線を彷徨わせる。
うちはルイから今までの覇気が消え失せ、悲しげに自嘲する。
「……ごめん、ヤクモ。――私、本当の名前だけは、どういう訳か思い出せないんだ」
ルイは何処か悲しげに呟いて俯く。
今までの覇気溢れる雰囲気が一瞬で決壊し、驚くほど弱々しく儚く霞む。
今この瞬間だけ、謎と疑惑多き彼女の本当の一端に触れたような、そんな気がした。
「あ、いや、謝る事じゃないだろそれ、な! そ、それじゃまた明日、アカデミーで会おうぜー!」
重苦しい空気に居た堪れなくなったヤクモは笑って誤魔化し、逃げ去るように疾走する。――否、逃げ出す。
自分も一礼してから後を追う。普段から今ぐらい空気読んでくれればな、とヤクモに対して思わずにはいられない。
あれほど揺るぎ無かった少女が最後に見せた弱々しさが脳裏を埋め尽くす。
結局、彼女の人物像が益々解らなくなったと頭を抱えるばかりだった。
「――名前、名前名前名前、名前、か」
二人が帰った後、私はその単語を舌に転がす。
無限に繰り返される世界、死さえ錆び付く永劫の果て、何時の間にか私は本当の名前を忘れてしまった。何処かに亡くしてしまった。
「名前なんて、生み堕とされた世界での記号でしかない」
それでも一番最初の名前だけは特別だろう。私を私として確立し、揺るぎ無きものにする真の名だ。もはや面影すら思い出せない本当の両親から貰った大切な宝物だ。なのに、どうして忘れてしまったのだろう――?
「くだらない。詰まらない。面白くない」
思考を止める。こんな解決する見込みの無い事柄に脳の要領を割く気分になれない。今日の出来事を全部保留にし、明日考えるとしよう。
「そうさ、こんなの私には似合わない。私らしくない」
今宵もまた生き残る為に策を講じよう。襖を閉め、家の中で影分身を作り出して蝿に変化させる。獅子身中の虫(蝿)バージョンである。
いや、変化と呼ぶには若干異なるだろう。影分身がそのまま小さい物に変化したのなら消耗量は人間状態と同じだが、影分身の構成要素の九割九部九厘を解体し、一厘の構成――つまり、蝿か蚤状態――に作り変える。その際、余ったチャクラは予備燃料として蓄える。
その御陰で何時でも影分身の状態に戻せるが、戻したらチャクラ消費が跳ね上がって稼働時間が減るのは当然の事か。月読か天照を使ったら完全な状態でも一発で消える。
「瞬殺されるような奴と生身で対峙する趣味は無いからねぇ」
その事を知ったら彼はどんな顔をするだろうか、想像するだけで腹の底から黒い笑みが零れる。
嗚呼、いつもの調子に戻ってきた。これが今の私、これがうちはルイである。
「こんばんは、今宵の月は格別だね」
真っ暗闇に鎖された自室で、己が部屋の如く寛ぐ不遜な少女・うちはルイに対し、薬師カブトは心底呆れた表情で溜息をついた。
「……僕が言うのも何だけど、女の子が一人、夜中に男性の部屋に来ちゃいけないって両親に教わらなかったのかい?」
生家を暗部で護衛されている状態で良く抜け出して来れたものだ。
いつでも殺せそうなぐらい無防備な姿を曝け出しているのは自身の力量を舐められているのか、スパイである自分を信頼しているのか。いや、理由無く気紛れで遊びに来たという線も濃厚である。
カブトは相変わらず底知れぬ少女を計り兼ねていた。
「九歳の幼女に欲情するような如何わしい性癖の持ち主だったかしら?」
「いやいや、そういう問題じゃなくて」
殺された両親に対して少しでも気まずくなる、しんみりと感傷に浸る、といった世間一般の反応は期待出来ないようだ。
一体この少女の精神構造はどうなっているのか、頗る興味が沸く。
そういえばあの御方も木ノ葉隠れの里出身だったりするので、こういう精神が普通じゃない忍が育ち易い土壌なのか疑いたくなる。
半分以上真面目に調査してみるか思案している最中、カブトの反応を愉しむように少女は微笑んだ。
「何はともあれ、良い仕事だったよ。あのうちはイタチの眼をも欺いたんだから誇っていいわ」
「――まるでうちは虐殺が予定調和だった、と言わんばかりの言葉だね」
一体何の為に自分の死体が必要だったのか、もはや語るまでも無いとばかりにルイは凄艶にほくそ笑む。
寒気が出るほど悍ましい。人の形をした何かとはあの御方とこの少女の為にある表現だろう。
「さて、夜の逢瀬を愉しむような仲じゃあるまいし、手早く済ませるわ。――〝暁〟よ。うちはイタチが欲しければそれを探るといいわ」
「……何故、それを僕に?」
「それより情報の真偽を疑った方が良いと思うなー」
コミカルにブーブー文句言う少女が余りにも可愛らしく、思わず笑ってしまう。
むー、と不満隠さずに膨れっ面になるが、ころころ移り変わって元通りの悪役顔になる。
「利害の一致よ。私はうちはイタチが邪魔極まりない、貴方の主はうちはの器が欲しい。私にとって二つの問題が片付くから喜んで提供するわ」
「やれやれ、とことんスパイ泣かせだね。君は」
本当に全てを見通しているんじゃないかと、疑いを通り越して信じたくなる。
(あの写輪眼を渡したのも、一族以外の者では使いこなせないと確信していたからだろう。本当に食えない少女だ)
自身が大蛇丸の器候補である事すら見通し、自身にとって最も邪魔な存在を差し出して二虎競食を仕掛けようとはつくづく九歳の少女の考える事じゃない。
此処まで来れば恐怖や驚愕よりも尊敬したくなる。一体どうしてこの里からこんな異物が生まれ育ったのか、最大の謎である。
「あーあ、私も貴方みたいな優秀な手駒が欲しいわ。今の主に嫌気が差したら私の元にいらっしゃいな。……待遇は応相談で」
余り冗談に聞こえない、この軽い勧誘に思わず悩んでしまった。この悪の極致たる少女は平和惚けした木ノ葉隠れの里で何を目指し、何を望んで、何をやらかすのだろうか。
その成長性は今から目を離せないぐらい、愉快で痛快でこの上無く楽しい事になるだろう。
「うーん、妙にせこく聞こえるのは気のせいかな?」
今はまだおくびに出さず、観察し続けるとしよう。