「おー、見ろ見ろ。ネジの奴、すげぇ眼してルイを睨んでいるぞ。完全に目を付けられるなんざ、ルイらしからぬ不手際だな。珍しやぁー珍しやぁー」
「そりゃ先生、敵にすら値しない奴なんて見向きもしないでしょ。対戦ダイヤグラムで言うなら10対0でルイに軍配上がるし」
「なにぃ? おいおい、9対1でネジだろ」
万華鏡写輪眼や尾獣の口寄せを躊躇無く使うならまだしも、通常時の猫被り状態ならば圧倒的に不利である。
得意の幻術による撹乱も白眼の前では一切無効化されるので、策略云々で勝つのも至難の業と言えよう。
それを理解した上で、ヤクモは首を横に振る。
「ルイは勝つ為に手段を選ばない。ネジは日向の分家で、ルイは三年間も日向宗家にいる。此処から導き出される可能性は一体何だと思います?」
彼女が手段を選ばないのは至極普通の事だが、とカイエは首を傾げる。
次に日向の分家と思考したところで――思い至って納得し、カイエは心の中で十字を切った。
「おいおい、幾らなんでもそりゃ在り得な――いとは言い切れないな。あの性悪女狐なら真っ先に着目するよな。……今の内に日向分家の皆さんに黙祷でも捧げるか」
「もし日向分家に生まれていたら、白眼使えなくなっても構わないから呪印を外す方法を模索するね。……手綱じゃなく、命綱を握られちゃ安心して寝れないぜ」
巻の18 予選最終戦にて若き竜虎相搏つの事
「――サクラ、お前が行って何をしてやれる。お前の励ましなんか貰っても辛いだけだぞ……」
手摺を乗り上げたサクラをカカシが制止させる。既に此処から見ても気絶している様子なので、励まし以前の問題なのは気のせいだろうか?
九回戦目、我愛羅対リーは写輪眼的に見所は無かったが、派手で見応えある試合だった。
人間、頑張ればあんな動きも速度も出せるものかと感心すると同時に、八門遁甲を開いて動いた結末を目の当たりにし、絶対に体術には使わないと私は強く誓う。
「……ッ、ならルイ! お願い、リーさんを看てあげて!」
「え?」
いきなりサクラに声を掛けられ、私は自分でも気抜けた返事を返してしまう。
愛弟子のリーが再起不能の重傷を負ったのに関わらず、ガイは一度は視線を送ったものの毅然と自重したのに、この女は一体何をほざいているのだろうか。
「サクラ、ルイには試合が残っている」
「――ッ、でもリーさんが!」
「……ごめんなさい、サクラ。医療忍術は莫大なチャクラが必要なの。ヒナタの治療で私のチャクラは七割は消耗しているわ」
心底申し訳なさげにしょんぼりして見せる。
鯖読む事、五割程度。何の対価無しに他力本願するなど片腹痛いし、君の中では私の将来を決める試合よりリーの方が大事なのは良く解った。
(――己の無力さ加減を存分に悔やむが良いさ)
顔色一つ変えず、内心壮絶に毒づく。
――でもまあ、ヒナタを治療したのは緊急性を要したのと、普段からの感謝のお返しである。自分で言うのも何だけど、他人には薄情だけど身内には義理堅いのよ?
「しっかし、此処まで残るとはねぇ」
「全く、偶然とは思えんな」
ヤクモが愚痴り、ユウナはげんなりと受け答える。
残っているのは五人、音隠れの包帯巻いている人っぽいのと秋道チョウジに、私ことうちはルイと黒羽ヤクモと日向ユウナである。
此処まで来れば最後の一人まで残って戦わずに本戦突破したいところだ。
十試合目、注目の対戦カードは――は? 見間違えかな、チョウジ対ドスなんて原作通りの展開じゃなかったけ?
「ジャーッチ! なぁんでオレの班だけ同じ班員同士なんだぁ~! チェンジチェンジ、其処の二人との入れ替えを要求するッ!」
「……あー、カイエ上忍。運が悪かったと思って諦めて下さい。ゴホッゴホッ。考えようによっては二人も本戦に出場出来る訳ですから割と御得かと」
目の下の隈が目立つ月光ハヤテは激昂するカイエに気怠げに説明する。
さて、身内対決が確定した訳で、両隣にいる二人は完全な敵という訳だ。
ならば私が取るべき行動は一つしかないのだが――仕掛けようとしたところで、二人は尋常ならぬ速度で振り向き、咄嗟に離れやがった。
「あれぇ、なんで二人とも逃げるように離れたのー?」
流石に三年以上も一緒にいれば敵意が漏れなくても勘付かれるか。
二人には突然体調崩して治療室行きになって貰いたかったのに、物凄く残念だ。
「逃げるようにじゃなく逃げたんだよッ!」
「……危うく試合前に終了するところだった。油断も隙もありゃしない……!」
ヤクモは刀に手を掛けた上で、ユウナは油断無く身構えながら。
結局私達は周囲の奇異な視線に曝されながらも、試合などそっちのけで互いの隙を窺うように見合ったのだった。
十回戦目は長引いた九回戦とは違い、ドスが即座に勝ち上げた。
(あの電光掲示板もどきに名前が出なければ楽なんだけどなぁ~)
手の内を曝す事を極端に嫌うルイは最後の一人に残る事を願う。手の内を見せる見世物など彼女にとっては論外と言えよう。
(頼むからルイだけは勘弁してくれ! 頼むッ!)
ヤクモは手を合わせていもしない神に必死に祈る。その神が邪神かネタの神じゃない事を切に願って。
(ルイに当たったら……うん、迷わず棄権しよう)
どうせ木ノ葉崩しで中忍試験どころじゃ無くなると、ユウナはやる気皆無だった。
当事者の三人どころか、試合を終えた者達全員が注目する中、掲示板に示された名前は『クロハ・ヤクモ』と『ヒュウガ・ユウナ』だった。 三人は揃って安堵の息を零した。
「なぁ、ユウナ。ぶっちゃけさ、ジャンケンの勝敗で良くないか?」
「魅力的に提案だ。身内対決はいつでも出来るしな」
やる気無く下の試合場に赴いたヤクモとユウナの二人は、審判のいる中で馬鹿げた物言いを本気で思案し出す。
虚弱体質を自称するハヤテは予選すらも長引いたので、そうするのも一向に構わないと静観していたが、その儚い希望は外野のでかい野次によって破壊される。
「おいコラ、二人とも本気で戦えぇー! ジャンケンで出場者を決めるなんざ先生が許しませんッ!」
「「えぇー?」」
テンションが独走状態のカイエは怒号を発する傍ら、ルイは隣で苦笑する。
「やる気ねぇなテメェら! よし、解った。この勝負、勝った奴は好きな女の子に告白な! 決定ッ!」
「……カイエ先生、それじゃ競って負けるでしょ。普通負けたら、じゃないですか?」
一体何処の小学生の罰ゲームやらとルイが呆れ惚ける中、ヤクモとユウナは互いに見合い、揃ってルイの方へ視線を送る。
「――そういえば、ユウナと本気で戦う機会なんて無かったな」
「不思議とそういう機会に恵まれなかったな」
二人が妙にやる気出した事にルイは頭に疑問符を何個も浮かべたが、カイエは当然と言わんばかりにえっへんと胸張って威張った。
「それでは、始めて下さい」
開始の号令とほぼ同時に、抜刀からの迅速な居合いは、ユウナの繰り出した蹴りに柄頭を捉えられ、鞘に押し込まれて封殺される。
「――ッ!?」
如何に名刀妖刀と言えども抜刀出来なければ鈍らも同然である。
ヤクモの動揺の隙を突いてユウナは必殺の掌底を叩き込もうとしたが、そうせずあっさり後ろに飛び退く。
――ほんの一瞬前まで彼がいた場所に、脇差からの抜刀が虚しく空振りとなる。
「その脇差、飾りでは無かったんだな」
「良く言うぜ。完璧に躱しておいて」
脇差を納刀し、ヤクモは己が愛刀『紫電』を静かに抜き取り、片手で肩に担いだ。
ただそれだけの動作で場の空気が豹変する。ヤクモから放たれる極限まで研ぎ澄まされた鋭利な殺意は、生存本能を刺激する死の恐怖を煽り立てる。
周囲の者達は固唾を呑んだ。忍の常識が通用しない――剣鬼が、其処にはいた。
その間合いに足を踏み入れた者は死あるのみ、と初見である筈の者達が理解せざるを得ないほど人外魔境と化した。
(……全く、本当に生まれる世界間違えているよ)
ユウナは日向流独特の構えを崩し、両の手を強く握り締め――じりじりと、間合いを詰めていく。
見る立場の者からしても正気の沙汰ではない、心臓を圧迫するほど異なる光景だった。
気の遠くなるほどの速度で死の間合いを詰めていき――多くの者達がまだ安全圏内と思っていた距離で、その秘剣は音を置き去りにして振るわれた。
「――ッッ!」
大抵の者の予想を裏切って不可解に伸びた一閃は、されども既に其処が致死圏内だと理解していたユウナにほんの一瞬だけ疾く斜め横に踏み込まれて回避される。
ユウナは止まらず駆け抜ける。足裏に著しく集中したチャクラは驚くべき瞬発力を生み、間合いを切迫する。
(チィ、やはり踏み込んできやがったか――!)
――此処に至るまで高度なやり取りはあれども、これは単純に間合いの勝負と言っても過言では無い。
刀が役に立たぬ零距離まで踏み込むか、踏み込まれる前に斬り伏せるかの勝負である。元より日向の業は相手の懐に入らなければ意味を成さず、如何に躱して踏み込むかが命題と言えよう。
「貰ったァ!」
「チィッ!」
絶好の機会を得たユウナの拳が心臓目掛けて撃ち放たれ、ヤクモの苦し紛れの二の太刀が胴元に振るわれる。
鍔元では如何に鋭利な刃と言えでも切り裂けて一寸程度。対してユウナは一撃で
内外を破壊する凶悪な致命打――早々に勝負がついたと思いきや、ヤクモの刀身から目映い紫色の閃光が生じる。その銘の通り、紫電は駆け抜けた。
「――ぐあぁ!」
「んぐぅ――!」
結果としては相討ちになって、互いに不恰好に吹き飛び、再び距離が開く。
ユウナの拳は心臓部分を穿ち貫くも経絡系までチャクラを流せず、ヤクモの刀から放たれた苛烈な雷も全身までは浸透しなかった。
「~~ッ、相、変わらず反則的だな! 柔拳か剛拳か、どっちかにしやがれ……!」
「痺れ、たァ……! いつの間に雷の性質変化を。この非常識な奴め!」
「――嘘。ユウナはともかく、ヤクモまでこんなに強いなんて……!」
「ヤクモの太刀、異常に伸びたってば!? 何だかビリビリしてるし!」
サクラは驚愕の表情を浮かべ、ナルトも手摺から身を乗り出して試合を眺めている。
アカデミー時代のヤクモは他人に真剣を振るう事は一度も無かった。理由は簡単、大抵一撃で殺傷してしまうからである。
「けれど、柔拳使ってりゃ今ので勝負決まってたんじゃねぇのか? どうなんだよ、ルイ」
珍しく話しかけてきたシカマルに、手の内を解説するのもなぁと難色を示したが、自分のじゃないのである程度は良いだろうと勝手に妥協する。
「掌底でしか経絡系にチャクラを流し込めない、そんな固定概念は最初から存在しないわ。日向流を極めれば肘でも膝でも内部を破壊出来るし、剛拳を使えない理由もまた無いわ」
「まあ、今回の場合はあの電流受けて身体の機能が一瞬麻痺し、正確に流し込めなかっただけだな」
後半の解説はカイエのものである。余程暇だったのだろうか?
「じゃあじゃあ、あの紫色の雷は?」
「ありゃチャクラ刀の一種だな。術者のチャクラの性質に従って変化する忍具だが、雷の性質変化とは珍しいな」
それに反応したのは同じく飛燕の使い手であるアスマであり、彼はしみじみとカカシの方を見て語る。
「……性質変化ってなんだっけ?」
ナルトは首を傾げ、さも当然の如く質問する。
それぐらいの基本知識、ちゃんと覚えておいて欲しいが、これが作者の劣化補正なのか本人の頭の出来の悪さなのかは永遠の謎である。
「……またお馬鹿な発言を。いい? チャクラには性質と呼ばれる特徴があって、基本的に火・風・水・雷・土の五種類で、これが忍五大国の名の由来でもあるの。ある程度以上のレベルの忍術には、この性質をチャクラに持たせた上で使用する術が多く存在し、『火遁』『風遁』『雷遁』『土遁』『水遁』などと呼び、これらを性質変化というの」
「……ん~、えー、おぉ、なるほどぉ! 流石はサクラちゃん!」
「本当に解ったのかしら……?」
それが必要になる頃には再び説明しなければ駄目だろう。
しかし、思うのだがサスケにしろ誰かにしろ、そういう基本的な性質変化の修行を通り越して火遁・豪火球の術を会得したりしているのはどういう事なのか。非常に理不尽である。
私だって性質変化の修行は広く浅くやった。
持ち前の火の性質変化の熟練度が十だとすると、土が四、他の性質変化は一未満である。水と雷とは致命的に相性が悪いので、写輪眼で術を盗んでも即座にコピーまでは出来ないのである。
「ていう事は、あれって水の性質変化?」
「え?」
そんな何気無いナルトの言葉に意識が戻される。
先程から一変した下の試合場を俯瞰し、何方も無事じゃ済まないな、と私は少し危惧した。
「――第二ラウンド、開始という処かな」
ユウナの分身体が試合場を埋め尽くす。
数にして数十体余り。通常の分身の術と違い、宛も実体があるように錯覚させる、幻術の色合いが強い朧分身の術である。
「……げ。まさかそれで――」
全てのユウナの掌から、次々と小さな水の球体が生じる。
水の性質変化によって作られた拳大の水球は所狭しと周囲に展開され、一斉にヤクモに殺到した。さながらそれは弾幕が如く――。
(――水遁・浸水爆。ユウナが開発したオリジナルの忍術。高密度に圧縮された水のチャクラはユウナの完全制御下にあり、一発でも触れたら最後、経絡系まで水のチャクラが浸透して内部をズタズタに破壊される。言わば日向の柔拳の飛び道具バージョンであり、純度100%のチャクラである分、破壊力は上という反則技じみた仕様――)
経絡系を視る事が出来ない写輪眼ではコピーしても無駄な忍術、とルイは勿体無さげに締める。
万能技と呼んでも差し支えない術だが、弱点が無い訳ではない。
一つは外的衝撃で簡単に霧散する事と、もう一つは見た目の割にはチャクラ消費が激しくて乱用出来ない事である。
その二つの欠点を補う為の朧分身の術も、写輪眼や白眼の前には透けて見える。事実、百近くの水球がヤクモに押し寄せているものの、今現在の本命は唯一つしかない。
――つまりは見抜く眼が無い者にとって、これほど悪辣な攻撃手段は他にあるまい。砂漠の中に埋もれた一粒の真珠を探す事と同じような次元なのだから。
「――グ、このォオオオォ!」
そしてヤクモが取った行動は、刀の柄に両手を添え、全方位から迫る水球を悉く薙ぎ払うだった。
莫大なチャクラが刀に注ぎ込まれ、刃渡り二倍以上のチャクラの雷刃が形成される。それをヤクモは四方八方、縦横無尽に振るいに振るった。斬り応えの無さを歯痒く思いながら。
「てやああああああぁ!」
此処に至ってヤクモが初めて疾駆する。迫り来る水球を悉く斬るだけには留まらず、幾多の分身体を次々と辻斬り気味に薙ぎ払っていく。
「――ッ!?」
幾ら朧分身が消えないとは言え、この調子ならば偶然斬り伏せられる可能性がある。
危機感を抱いたユウナ達は右掌に水球を、左掌の指の間に四本のクナイを挟み、撃ちに撃って投げに投げた。
(なんじゃそりゃ!? 弾幕に厚み増しやがって……! テメェこそいる世界間違えてるぞッ!)
眼を覆いたくなるほどの水球とクナイが織り成す、幻想的な弾幕が繰り広げられる。
その殺人的と呼べる物量は既に捌き切れる許容量を超えており、ヤクモは水球を優先的に捌いて驚異的な脚力で駆け抜けるものの、右頬や左上腕に胴体など、偶発的に掠るクナイで小さな負傷を増やしていく。
(これじゃ浸水爆に当たるのも時間の問題だ。下手に見えているから性質悪いな――)
――ならば、その処理出来ない圧倒的な視覚情報こそ邪魔だと、ヤクモは自ら眼を瞑った。
余りの自殺行為に見物していた周囲の者達から悲鳴が漏れる中、視界が鎖された暗闇の中で聴覚・嗅覚・触覚に意識を爆発的に集中させて――一筋の光明を見出した。
何て事は無い。其処には飛翔する数本のクナイと左右から迫る二つの水球、そして唯一人のユウナしかいない。
自分に迫り来るクナイを叩き落し、ついでに二つの水球を一太刀で斬り捨て、驚愕を浮かべてるであろう本物のユウナに斬り掛かり――手応えこそ感じたものの、浅いと舌打つ。
「……やりゃ出来るもんだ」
眼を開けば溢れんばかりの朧分身は消え失せており、薄皮一枚で済んだが、余波の雷で焼かれ、動きを止めたユウナが苦痛で顔を歪ませていた。
「……まさか心眼で見破られるとはな」
「便利な眼に頼りすぎなんだよ」
「言えてるな」
二人は息切れしながら凄絶に笑い合う。
互いにチャクラとスタミナを大量に消耗した今、次の攻防が勝負を別つ事を理解した上で――。
「最終ラウンド、だな。頼むから死ぬなよ」
ヤクモは剣の握りを変え、自身の眼下に刀を水平に構え、刃の穂先を指の間で挟む。
歯が砕けんばかりに食い縛り、柄を掴む右の二指と穂先を摘む左の二指にチャクラが集中し、仄かな紫電が激しい音を立てて迸る。
「……うわぁ、殺す気満々じゃないか」
ユウナに死相が浮かぶ。全身の細胞が恐がり、戦闘そのものを拒否する。
恐怖に飲み込まれる前に、ユウナは自身の点穴を突けるだけ突き、自身のチャクラを極限まで増幅させる。
体内の末端神経まで駆け巡る凄まじきチャクラの胎動を実感し、するものの――相当分の悪い賭けだと内心毒づく。
ヤクモのあの構えに対峙するのは初見だが、完成形を知っているユウナにとって初見ではないようなものだ。
しかし、あの魔技を破れるかと問われれば――否、だろう。
普段のヤクモの剣閃でさえ紙一重で躱せるかどうかなのに、それより圧倒的に上回る斬撃が来れば呆気無く死ねる。
(――だが、手が無い訳でもない)
止め処無く滲み出る口内の唾を呑まず、ユウナは全神経を目の前の敵に集中させる。今までに無いほど眼の周囲の毛細血管が力んで浮かぶ。
――その膠着状態はほんの一瞬だったが、二人にとっても見守る者達にとっても永遠と錯覚するほど長い時間だった。
「……ッ!」
ユウナに生じたチャクラの一瞬の揺らぎをヤクモは見逃さず――来ると感じ取った瞬間、不意に訪れた右眼からの強い衝撃に気取られて、意図せず瞑る、否、潰された。
(んな、唾をチャクラで増強して目潰しだぁ!? コナクソオオオオオオォ――!)
刹那の狂いが生じて神速の魔剣が解き放たれた時、ユウナは出来上がったヤクモの死角に死中の活を拾わんと飛び込んでいた。
その尋常ならぬ疾走は地を滑降するように極限まで低い姿勢で滑り込むものであり、それを見ずに理解したヤクモの剣閃が下向くが、その刃の穂先にユウナの体は一部分足りてもなかった。
(――勝った……!)
地から跳ね上がるユウナの右掌には莫大なチャクラが濃縮された水の球体が握られていた。
ユウナが独自に開発した忍法、水遁・浸水爆が最も効力を発するのは直流しである。宙を飛翔する際に消耗するチャクラをも攻撃に費やせば、相手の身体の全権など一瞬にして掌握出来よう。
「――!?」
勝利を確信したユウナの誤算は唯一つ。刃先を解き放って自由になったヤクモの左掌に渦巻く雷のチャクラの存在だった。
それは凄まじい稲妻を撒き散らしながら乱回転して渦巻き、最終的に完璧な球体まで圧縮して振り下ろされた時、ユウナは理解するより疾く自身の水のチャクラに同様の乱回転を加えて押し留め、雷の球体目掛けて振り上げた――。
ルイの写輪眼だけが二つの螺旋丸の衝突を、その一部始終を見届けた。
完璧な球体が衝突し合い、天から振り落とされた紫の稲妻と地から振り上げられた蒼の渦潮が苛烈に鬩ぎ合うが、拮抗は一瞬にして崩壊する。
紫の稲妻は乱れに乱れ、ヤクモの左腕を容赦無く焼きながら激烈に迸り、蒼の渦潮は崩れに崩れ、ユウナの右腕を遠慮無く引き裂きながら猛烈に流れ――チャクラが弾けて、二人は彼方の壁際まで吹っ飛んだ。
(――術の構成が甘い。素の螺旋丸でさえ完全に留め切れないのに、性質変化させたものを制御するなんて不可能だわ。奥義級の忍術の衝突だけど、二人とも完全無欠なまでに自滅だね……!)
冷静に術を分析しながらも、ルイは二人の安否が気懸りで居ても立ってもいられなかった。死の可能性さえ在り得ると思案し、脳裏に過ぎった最悪の予感を必死に否定する。
「――審判ッッ!」
弾幕が撃ち放たれた辺りから観客席に避難していたハヤテに、カイエはすかさず叫んで試合の審議を求める。
「……えー、二人とも戦闘続行不能と見做し、予選第十一回戦は通過者無しです」
ハヤテの宣言と同時に、ルイは慌てるカイエより疾く試合会場に飛び込んだ。
二人の安否を心配して涙ぐんでいた顔が、仮面を投げ捨てて素を曝け出した表情だと、一瞬遅れたカイエだけが気付いたのだった――。