(良く二名の犠牲で済んだものだ。やはり原作の主要キャラは死なないように補正でもあるのかねぇ?)
暗部の名無し二人は額をクナイで穿たれ、既に死亡確認している。生憎と某中国人の診察じゃないので生存フラグでは無い。
他の重傷者も医療班が来るまで持たないので、私が応急手当する事になった。
麻痺や気を失っていた者も多かったので、私の写輪眼については誤魔化せるだろうが、生兵法の医療忍術を披露する事になるとは予定外である。
――まあ、大局に支障は無いだろう。この段階まで来れば、実力に関する猫被りは一人を除いて必要無くなる。
「良く生きてますね、テンゾウさん。三人目の犠牲者になるかと思ってましたよ」
「……何だか、余計な手間を増やしやがって、という顔をしているのはボクの気のせいかな?」
上半身裸になるまで私に衣服を剥ぎ取られたテンゾウは暗部の仮面を外し、能面な顔で苦笑する。
因みに彼とはダンゾウと面談する時にちょくちょく出会っている。
「出血多量と麻痺で幻覚まで生じているようですねー、お痛ましいや。そういう貴方には増血丸をプレゼント」
丸薬を口に放り込み、袈裟斬りされた致命傷級の裂傷を掌仙術で塞いでいく。
だが、一次試験からの変化の持続と二次試験以降からの獅子身中の虫、最後に全力の天照の行使により、私のチャクラは全体の二割程まで使い切っている。完全に塞ぐにはチャクラ不足だ。
――なので、足りない分は八門遁甲の体内門を開けて補っていく。二度と開けたくなかったが、いざという時は役立つものだ。
二門のチャクラが尽きるまで注ぎ込んで、半分以上力技のゴリ押しで切り裂かれた内臓及び肋骨を治癒する。惚れ惚れするぐらい綺麗な切り口じゃなければ、こうはいくまい。
「はい、次の患者さんー。次に酷いのはガイ先生ですね。致命傷じゃないとはびっくりです。ギリギリのところでズラしてましたか」
間近でガイの姿を見るのは初めてだが、濃い。非常に濃い人だ。――という第一印象は横に置き、衣服をクナイで切開して負傷箇所を確かめる。
草薙の剣で胴体を突き穿たれたと思っていたが、脇腹で済んでいる。野獣みたいに鍛えられた肉体を眺めながら、そう簡単に死ぬような構造してないなと苦笑する。
三門を開き、全身に漲ったチャクラを無駄なく使い、傷を一気に塞ぐ。後々が怖いが、三次試験まで五日もあるから問題無いか。
「この年で高度な医療忍術に、足りないチャクラを補う為に八門遁甲の体内門を……!?」
「カイエ先生の指導の賜物ですわ」
ガイとアスマ、そして麻痺して首しか動かせないカカシが、カイエに「下忍に教える術じゃねぇだろ」という批難の目が向けられる。
「な、うぉ、い……!」
痛々しい視線に曝されたカイエは「勝手に盗み取ったし、ガイも同じ事してるだろ!」と猛烈に抗議したかっただろうが、如何せん麻痺して口の呂律すら回らない。
動けぬカイエから怨めしい視線が届いたが、喜んで無視する。
「テンゾウさんもガイ先生も安静にして下さいね。傷を塞いだだけなんで」
血塗れた手で額を汚さないように、流れた汗を拭う。早くも全身の力が抜けるような怠惰感に襲われる。
私のチャクラ切れにより、診察終了とのたまおうとした時、まだ意識が戻らない紅をお姫様抱っこしたアスマが物凄い勢いで迫ってくる。このバカップルめ、それと脳震盪を起こしているかも知れぬ患者を動かすな。
「ルイ、紅の容態は!? どうなんだ!」
「はいはい、落ち着いて下さいねアスマ先生。ユウナ、中身の透視お願い」
「白眼をレントゲン扱いかいな――頭部は大丈夫だが、左の肋骨二本に皹が入っている」
疲れ果てているユウナに鞭打つ。……日に日に思うのだが、白眼使える日向こそ医療忍術を習得すべきじゃないだろうか? チャクラの扱いにも長けている事だし。
折れた骨が内臓を損傷するという最悪の事態に至っていないので、残りのチャクラで何とかなる。
「はい、すぐに目覚めるでしょうから、後は安静に~」
兵糧丸を自分の口に放り込み、遠くで倒れている暗部の仮面被った人のところに赴く。
歩み寄る私を見て、彼は暗部の仮面を取って、地面に投げ捨てた。
「お久しぶりです、奈良シカクさん。見たところチャクラ切れなんで、私特製の兵糧丸をどうぞ」
「……ああ、感謝する。この歳で暗部の仮面を被る事になろうとはな。人生何があるか解らないものだ」
奈良シカマルの父親シカクは溜息一つ吐いて、私が手渡した兵糧丸を口にする。
何故暗部でも無いこの人が暗部の仮面を被っていたかと言うと、私の入れ知恵であり、推薦したからである。
大蛇丸の足止めの為に御家芸の影縛りに特化した彼が適任だったし、大蛇丸に顔を知られている恐れがあったが故に素性を隠す仮面を被ったのである。
「……ふぅ。はい、治療終わり。後は医療班の人に診せて下さいな」
「ル、ルイ、ちょっと、待てぃ! カカシは、ともかく、オレの麻痺をぉ~!」
「お、おま、普通は、自分より、他人を優先、するでしょ……!」
芋虫か両足を千切られたゾンビのように地を這い蹲るカイエとカカシの姿を見下ろして悩む事数秒余り、私は素敵な笑顔を浮かべてこう答えた。
「すみません、もうチャクラ切れですので自然治癒か医療班の方々にお願いして下さい」
巻の16 大蛇退け、試験の予選にて忍の業を競い合うの事
「……よもや大蛇丸が、のう」
「即刻、中忍試験を中止にし、里に戒厳令を発令すべきです! 暗部の独断専行は後々追及させて貰います!」
「……あの、ですから――」
第二試験開始から五日後、演習場の中央の塔にて、猫の仮面を被ったテンゾウは胃が痛みながらも、三代目火影と中忍試験官であるみたらしアンコへの説明に苦戦していた。
木ノ葉の精鋭を集めた大物取りは里の正式な任務だったとテンゾウは主張するが、どういう訳か里のトップである三代目火影に話が通っていない。
そして大蛇丸と因縁深いアンコが蛇の如く執拗に噛み付いて、話は一方通行の袋小路に迷い込んだが如く進まなかった。
あの師匠にしてこの弟子あり、とテンゾウは仮面の下で盛大に疲れ果てていた。
「――暗部の独断専行とな。どうやら意見の食い違えがあるようだ」
部屋にいた全ての者の視線が声の方向に振り向く。
暗部の護衛二人を引き連れて執務室に現れたのは左眼部分を包帯に覆った、三代目火影と同じ世代の年老いた男だった。
「あ、貴方は……!」
「……久しいのう、ダンゾウ。貴殿自らが御出でになるとは」
一度は失脚すれども、未だ暗部に強い影響力を持つ影の重鎮を前に、アンコは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「この度の任務は木ノ葉上層部から出された正式の任務だ。木ノ葉の精鋭を結集させて仕留め損なったのは誠に遺憾であるがな。今の木ノ葉の現状に嘆くべきか、御主の嘗ての弟子を褒め称えるべきか」
ダンゾウは皮肉げに笑い、懐から一つの巻物を取り出して眼下の机に広げる。
(……っ。ご意見番の署名まで――!)
食い入るように目を通したアンコは不備の無さに内心舌打ちする。
それは大蛇丸暗殺の極秘指令書であり、里の大役の名前がずらりと並んでいる。こうまでされては文句の付けようが無い。
「ふむ、それは初耳よのう。何故儂に知らせなんだ? 弟子の不始末は師の責任。今の木ノ葉において、彼奴に対抗し得る忍は――」
「おらぬよ。三代目火影、御主とて例外ではあるまい。四代目亡き今、火影の座に空席が生じればどうなるか、御主が一番理解している筈だが」
対峙する三代目火影とダンゾウの間に重苦しい雰囲気が漂う。
試験官及び雑用係として居合わせた中忍二人が息を呑む中、その空気を打ち破ったのは別の者の中間報告だった。
『報告します。第二試験、通過者総勢二十四名。中忍試験規定により、第三試験は五年ぶりに予選を行います』
険悪な空気が霧散し、三代目火影とダンゾウは互いに「ほう」と呟く。
穏健派と過激派、それぞれ立場と主張が異なる主導者なれども、今年の下忍の豊作具合に感心するのは里の未来を想う者達にとって当然の反応だろう。
「……とりあえず、試験はこの間々続行する――」
(――二次試験通過、二十四名。私達以外は原作通りの展開か。……そこらへんの記憶は曖昧だけど。そして音隠れの担当上忍の姿は無い。まあ、当然か。逃げ延びたとは言え、天照の直撃を受けたんだから一ヶ月はまともに動けないだろう)
巻物争奪戦を勝ち抜いた七つの班を見渡し、うちはルイは自分達以外の異分子の存在がいない事に安堵する。
ルイは時折サスケの方を観察する。疲労した様子で左肩を押さえており、大蛇丸によって呪印が刻まれた事は間違い無いだろう。
「よぉ、またあったじゃん」
「初めまして、砂隠れの忍さん達」
隣にいたカンクロウが自信満々に話しかけてくる。
これはカンクロウにとっては五日前の「次の機会は無い」という捨て台詞を覆した事への当てつけだったが、ルイは本当は出会ってないという事実を内心嘲笑う。
(確かにルイちゃんがルイちゃんとして逢うのはこれが初めてだよねぇ~)
子犬状態の渾沌に変化したナギはルイの右肩にて、二人のやり取りを愉しげに見ている。
次の機会が無いというのはナギ自身の事であるので、あの発言に間違いは無い。
(嘗めた事、言いやがるじゃん。だが、コイツも我愛羅と同じく無傷か――)
カンクロウは腸が煮え繰り返る思いを抱きながらも、一方で弟の我愛羅に向けるのと同質の恐怖を覚える。今のルイは彼から見て、底知れぬ何かがあった。
そんなやりとりを聞いてか、または無視してか、我愛羅が一歩前に踏み出し、ルイと真正面から睨み合うような形になる。
「――名乗れ」
「あら、レディに名を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないかしら」
黒羽ヤクモと日向ユウナが強い警戒心を抱き、カンクロウとテマリが弟の暴走にまたかと冷や汗を流す中、我愛羅は無表情の顔で凄み、ルイは凄艶な微笑みで受け流す。
「……我愛羅だ」
「うちはルイよ、よろしく」
互いに一歩も引かず、両チームメイトの心臓に悪い自己紹介が簡素に完結する。
(他国の尾獣の封印はナルトの封印式と違って、粗悪なのかしら? まあ尾獣は一匹手元にあるし、暁に奪われる予定の阿呆狸はいらないわね)
(あの男と同じ――うちは、か)
ルイは我愛羅の内に潜む尾獣を見透かすように彼の眼を射抜き、我愛羅もまた異彩を放つ彼女の眸を見定めるように射抜く。
傍目から睨み合う中、遠くからサスケはルイの安否を確認してほっと一息つく。
(……どうやらルイは無事のようだな。しかし、一次試験では刀など持っていなかった筈だが……?)
サスケは左肩の激痛を歯を食い縛りながら耐え、ルイの腰にある鞘無しの刀を不思議そうに眺める。
抜き身の刀は白い包帯が巻かれているだけの御粗末な状態であるし、彼女本人は剣術の心得など無かった筈だ。
「ぐっ……!」
そう考えている間にも痛みは刻一刻酷くなり、現状では思考に回す余力が無いほどサスケは疲弊していた。
処変わって、ガイ班の面々は木ノ葉のルーキーがこれほどまでに残った事に驚きを抱いていた。
(目ぼしいところが揃ったな。――日向ユウナ、やはり貴様達も残ったか)
日向ネジは目をつけた者達――サスケ、我愛羅――を順々に眺め、最後に憎々しげにユウナを睨み付ける。
いつもの彼からは窺えない鬼気迫る様子を、背後でリーが観察していた。
(……彼がネジが敵視するユウナ君ですか。容姿は双子のように瓜二つですが、その額だけは異なる。それが分家と宗家の致命的な違いなのでしょう。……それにしても、目付きの悪いサスケ君とは違い、うちはルイさんは可憐ですね!)
リーが色々と熱い情念を燃やす中、今期のルーキーである紅班のキバとシノは我愛羅達とルイ達を交互に見合わせる。
(砂の奴等に……やはりルイか。黒犬の方は全然感じなくなったが……?)
(まるでうちはルイと黒犬の存在感がその間々入れ替わったような、言い難い違和感を覚えるな……)
一次試験が始まる前とは雰囲気と存在感が違う事に、二人は首を傾げた。
一方、そんな二人に気づいていないヒナタは頬を赤く染めながらナルトだけを見ていた。
(――サスケ君に呪印が刻まれたが、うちはルイには無い……? 大蛇丸様の御眼に叶わなかったか、否、大蛇丸様の眼をも欺いたからか? それにあの腰に差している抜き身の刀は……まさか草薙ッ!?)
班員の二人が苦悶するサスケに集中している事を余所に、薬師カブトはルイが堂々と携える刀を凝視する。
カブトが幾多の可能性を視野に入れた上で悶々と思考している中、音隠れのザクとキンはサスケを眼の仇にし、ドスだけはルイを観察するように眺めていた。
(アレが殺るように命令されたもう一人の目標、うちはルイですか。見たところ、呪印は無いようですし、此方の方は見込み違いだったのでしょうか……?)
二十四名の受験者の思惑が交差し、或いは擦れ違う中、それらを一歩退いて客観的に眺めたシカマルは心底から溜息を付いた。
(――どう考えても場違いだよな。面倒クセェ、さっさと終わらんかねぇ)
第三試験は個人戦でかつ各国の大名を招いた見世物じみたものであり、二十四名の勝ち抜き戦をするほどの時間の余裕は無い。
なので、まず予選を行い、進出者を減らす必要性が出てくる。
――この説明がされた時点で薬師カブトが棄権し、人数の合計が奇数になった為、最後の一人は戦わずして本戦に出場を果たせるそうだ。
(是非とも戦わずに突破したいが、これは高望みか。……そんな事よりも――)
大蛇丸が直接観戦していないのに情報収集役が辞退する理由、恐らく彼は私が大蛇丸を返り討ちにした事に気づき、急ぎ己が主の下へ馳せ参じるのだろう。
解り易いように草薙の剣を態々見せていたのだから、そうして貰わなければ困る。私は心の中で嘲笑う。
(ナギに蒔かせた疑心暗鬼の種が如何なる結果を招くか、楽しみだわ。願わくは同士討ちしてくれるのが幸いだけどね――)
それこそ望外な望みであり、この程度で片付くなら苦労しないか、と私は楽観視をやめる。
「やはり一回戦はこの組み合わせか」
「そうね」
小さく呟いたヤクモの言葉に、私は頷いて同意する。
第三試験の予選一回戦、うちはサスケ対赤胴ヨロイであり、楽しみにしていた試合である。
どれくらい楽しみにしていたかというと、変化で眸を隠蔽した写輪眼で観戦しているほどである。
思うのだが、この第三試験はうちは一族の為にあるようなものでは無いだろうか。
所詮は下忍レベルの小競り合いだが、他国と他人の術を盗み取るにはまたとない機会である。
「えー、これから第一回戦を開始しますね。はい、始めて下さい」
(――この程度か、うちはサスケ)
満身創痍で苦戦するサスケを日向ネジは冷めた眼差しで見ていた。
幾ら二次試験で消耗していてもこの程度の敵に梃子摺る筈が無い。
どうやら種と仕掛けは赤胴ヨロイの掌に集中した特異なチャクラにありそうだが、一見した程度では如何なる術か判別出来ない。
そう思っていた時、少し遠くから大声が耳に入る。
「むむっ、あの術はッ!」
「なにぃー!? 知っているのか雷電ッ!」
其処には腕を組みながら唸る日向ユウナと大袈裟に驚く黒羽ヤクモがいた。
自分が知らない術をよりによって彼が知っているのか、いや、それ以前にその『雷電』とは一体何の事を指すのか、ネジには訳解らなかった。
「あれは自身の掌に触れている生物からチャクラを奪い取る異端のチャクラ吸引術、その恐るべき暗殺拳の起源は握手にあるとされる!」
その説明を聞きながら、道理でサスケの動きが徐々に鈍っていった訳だと納得する反面、何故其処で握手が出てくるのか、ネジを含め、周囲の下忍達が揃って首を傾げた。
「古来より忍者は要人を暗殺するのにありとあらゆる手を講じた。その一つに好意の証である握手に目をつけたのは至極当然の成り行きと言えよう。紳士達にとって握手の拒絶は礼儀に反する行為であり、差し出された手を断る術は無いに等しい。笑顔で握手を求める忍に握り返した者は、全てのチャクラを吸い尽くされて無念の形相で立ち往生したという。――自分の形勢を不利にする〝悪手〟の語源が此処にあるのは、もはや説明するまでもない」
物凄い勢いで繰り出される説明に周囲の下忍達――果てには砂隠れの者達もが感心し恐れ戦く中、担当上忍であるカイエが腹を抱えて大笑いし、ルイが呆れ顔で半目になっている事に誰も気づかない。
かというネジも半ば信じてしまい、自分以上の知識の深さに的外れの嫉妬を抱いてさえいた。
試合中にも関わらず、サスケもその恐るべき暗殺拳を使う忍に畏敬の念を抱き、対戦相手である赤胴ヨロイは「え? そんな大層な謂れあんの?」という風に困惑していた。
違った意味で注目度が高まった試合であるが、空中に蹴り上げてから繰り出された高速体術により、赤胴ヨロイは沈んだ。
蹴り上げる動作が同じ班のリーの動きと被っていた事にネジが驚いていた時、またしても同じ方向から声が聞こえる。見るまでもなくユウナとヤクモだった。
「あの一連の体術はッ!」
「なにぃ、知っているの――」
「影舞葉から繰り出される表蓮華の予備動作。尤も、後半はオリジナルの高速体術のようね」
ヤクモの驚きを遮って、ルイが呆れ顔で手短に解説する。
その時、ネジは漸く先程の解説がとんでもない嘘だった事に気づき、一人勝手に深い自己嫌悪に陥った。
己が主が愛刀を手離すまでの手傷を負った、そう推測した薬師カブトは木ノ葉の暗部の眼を掻い潜りながら、主人の特異な血の気配を辿る。
程無くして潜伏場所と思われる洞窟を発見し、カブトは迷う事無く進んだ。
血の臭気に身体を蝕む麻痺性の毒、肉が焼き爛れた酷い臭い、間違い無く此処に潜伏しているとカブトが確信した時、暗闇から彼の額目掛けて放たれたクナイを彼はギリギリのところで掴み取る。
「……追手にお前を寄越すとは、何処までもえげつないわねぇ。あの小娘は――ッ!」
常人ならそれだけで殺せる殺意と憎悪を撒き散らし、全身が酷く焼け爛れた大蛇丸らしき人影は激しい雷鳴の如く怒鳴り散らした。
「大蛇丸様、御無事で――」
「何? 今更惚けるつもり? 本当、残念だわ。よもやうちはルイに懐柔されているとは思わなんだわ」
自身に向けられる絶対零度の殺意に、本気で殺すつもりだと悟ったカブトは心底から恐怖する。
その反面、この危機的状況を乗り越えるべく、高速で思考を巡らせ――全ての元凶であるうちはルイを思い浮かべた瞬間、カブトは如何にしてこうなったのかを大方理解する。
「――それは、うちはルイの口から?」
「その通りだわ。さあ、くだらぬ戯言は此処までよ。殺してあげるわ」
常人なら既に息絶えているだろう重傷を負っても、彼には自分を殺せるだけの力を有している。手負いの獣の獰猛な殺意に当てられ、カブトはごくりと唾を飲み干す。
「大蛇丸様。仮に私がうちはルイの軍門に下っていたのならば、彼女が自ら暴露する事は絶対に在り得ないでしょう。――此度の妄言は我等を疑心暗鬼に陥らせて、共食いさせようと目論んだものかと」
冷静に話し合える余地があるかは甚だ疑問だったが、カブトは一分の望みに賭ける。
相変わらず最悪の手を打つ、とカブトは人外の殺意に身を曝しながら嘲笑っているであろううちはルイに内心毒づく。
「その火傷では如何に大蛇丸様と言えども大事に障ります。――治療を。信頼出来ないのであればこの首を掻っ切って構いません」
大蛇丸の敵意と殺意は一向に収まらない中、カブトは恐る恐る近寄り、全てのチャクラを使い切る勢いで治療に尽くす。
「……クク、アハハハハハ――」
「大蛇丸様?」
まるで生きた心地がしない中、大蛇丸は狂気をもって哄笑する。
気づけば、その苛烈なほど燃え滾った殺意と憎悪は自分以外の誰かに向けられていた。
「これほどの屈辱はイタチ以来だわ。――決めたわ。サスケ君を手に入れ、うちはルイも我が掌中に堕とす。絶望という絶望をその身体に刻み込み、女に生まれた事を一生後悔させてあげるわぁ……!」
意中の相手の身体で手篭めにし、延々と弄ぶ気であろう主人の悪趣味にカブトは苦笑する。
――だからこそ、この御方に仕えるのは止められない。彼もまた主人に匹敵するほどの悪趣味であるが故に。