後一歩で満開、といった風に咲いている桜が春一番でそよぎ、運ばれてくる風からは薄い緑の匂いが感じられる。空の海原を泳ぐ雲は薄く、降り注ぐ陽光は柔らかだ。良い天気。柔らかに今日という日を祝福してくれているかのよう。アカデミーの校門には、飾りはないが自己を強調するような文字で書かれた看板がある。『木ノ葉隠れアカデミー卒業式』そう、今日は最上級生の門出を祝う日だ。卒業式の形式は向こう側と変わらないのか、卒業生の保護者もアカデミーへと出向いている。師匠も日向宗家当主なので来賓として呼ばれているらしい。俺も俺で、なんかネジが卒業するんだから正装しろなどと言われて堅苦しい格好なんですがね。梅を元とした家紋の羽織。その下には着慣れていない和服。重厚じゃないのが唯一の救いか。いつも巻いている鉢巻きがないせいで額が少し寂しいが、それも式が終わるまでの我慢。それにしても、アカデミーの卒業式ってどんなもんなんだろうね。 in Wonder O/U side:U大きな違いはないかしら、と期待したものの、肩透かしを喰らったり。向こう側と大差ない。祝辞があって、卒業証書代わりに額当ての授与があって、忍となるにあたっての心構え、火の意志云々の説明。ちなみに先輩は卯月の紋羽織を着ているっつーのに顔はストロンガーのマスクで隠していたり。馬鹿だ、きめぇ。額当てを授与した三代目の顔が引き攣ってたぞ。最後は在校生の合唱した後教室待機。その後、校舎から校門まで人の壁を作って卒業生を送り出す。やはり感慨というのものはあるのか、アカデミーから去ってゆく者の中には涙を流していたり、名残惜しそうに在校生と抱き合っていた。俺も来年はあの中の一人か。随分先のように思えるが、一年ってのは意外と短いものだからそうでもないのかな。「あー、終わった終わった」声を上げたのはキバだ。彼は息苦しいとでも言うように着物の首元を緩めると、首をこきこきと回す。「明日から下忍任官試験、それで任務か。ちくしょー、羨ましいぜ」「あんま羨ましがるもんじゃないと思うけどなぁ」「ばっか、何言ってるんだよ。 忍になるためにアカデミーへ通っていたんだから、現場に出たいって思うのは当たり前だろ?!」「そうかもしれないけどさぁ」「……そう言うなキバ。何故なら、玄之介は開発班に行くのだから。嫌味とも聞こえるぞ」「……そっか。あー、悪い」「いや、気にはしてないんだけど」どこか気遣うように声を掛けてくれたシノくんに少しだけ申し訳なくなったり。俺の進路は半ば確定している。開発班への推薦状。あれを無下にするつもりはないし、開発班で色々とやりたいこともある。それこそ、前線に出て戦うよりも大事なことがてんこ盛り。なんだかんだ言って裏方だからね、俺。主人公格にはなれないのさ。戦いなんかくだらないぜ! 俺の歌を聴けぇ!……俺がいうと説得力ない気がする。「けど、惜しいよなー。玄之介とシノ、俺でスリーマンセルとか組みたかったのによ」「……確かに、そうだな」「いやいやお二人とも。そんなむさっ苦しいスリーマンセルで良いのかよ。紅一点とかないじゃん」「女子とか邪魔なだけじゃねーか」と、迷わず発言したキバ。……そうか。イチャパラ読んでてもそういうこと言えるお前が、俺には眩しいよ。予言してやろう。お前は彼女を作りたいと思う頃になって苦労する。その後、卒業生が完全にアカデミーの敷地内から出て行ったところで生徒は各教室へ。そして適当にHRを終え、解散。シノくんやキバに遊びに行こうと誘われたが、俺は俺で用事があるから断らせてもらった。正装しているからか、帰り道で突き刺さる視線が痛かった。それをなんとかやり過ごし、日向邸へと帰宅。とっとと自室に戻って作務衣に着替えると、宴会の準備をするために女中さんのところへ行った。宗家の祝い事ってわけではないから盛大じゃない、ささやかな宴会だ。勿論、それはネジのため。今日はネジママもくるらしく、身内だからこそ規模は小さいが楽しくなりそうだ。「主どの、お帰りなさい」「ただいま、薙乃。俺は何をすれば良い?」「そうですね。では、私と一緒に半月盆の拭き掃除を」「おっけー」山になっている半月盆を手に取り、布巾で一枚一枚汚れを拭う。毎月ってわけじゃないが、頻繁に宴会をやっているからかそれほど汚くはない。水滴の残った盆の表面は黒光りする鏡のようで、それに映った俺の表情はどこか楽しげだった。ふーむ。自分のことじゃないってのに、何を楽しんでいるんだか。「卒業式はどうでしたか」「ん、泣いてる卒業生とかいたねー。 俺にはあんまり分からない感じだけど、やっぱり長い年月を過ごした学舎との別れは胸にくるものがあったんじゃない?」向こう側でも、卒業式で泣いたこととかなかったしなぁ。しかし薙乃はそれを違う風に受け取り、盆を磨く手を休ませずに苦笑する。「主どのはアカデミーに入ってまだ一年ですからね。 六年間を過ごした人と比べれば、積み重なった思い出の量が違いますよ」「だね。あー、だったら来年とかは春野が泣いたりするのかな。大穴でキバとか」シノくんは黙って感慨に耽るとかだ。多分。ナルトは純粋に喜んでいそうだし、サスケは任官の方に目が行ってるやも。ヒナタは……まあ、ナルトの様子に苦笑してそうだ。「なんにしたって後一年。それが大きな転換期さ」その後は原作展開へ突入だ。木ノ葉崩しまでの時間は、残り一年と少ししか残らない。それまでに出来ることと言ったら、俺の場合は忍術の開発と裏から主役級キャラのサポート。地味だぜ。遣り甲斐はあるが。「……しかし、主どのもあと一年で一人前ですか。早いものです」「そう? 俺は薙乃さんと会ってから今までの時間が、長く感じられたけどな」「ええ。……ですが、振り返ってみればあっという間でした。 抜け忍を狩っていたのも、砂隠れへ行ったのも、数日前のように感じられる」「そんなもんかな。密度の高い毎日を送ってたから、俺には随分と昔のように思えるけどさ」ま、そこら辺は価値観の違いか。その後、盆の拭き掃除が終わると広間の掃き掃除へ。風遁使ってたら畳が痛むとかで師匠に怒られた。理不尽だ。「ねーねー玄之介。お酒って美味しいの?」「……美味しくないデスヨ」師匠やネジママが談笑しつつ口に運んでいる御猪口を見て、お姫様はそんなことをおっしゃりました。いやー、味に慣れると美味しいんだけど、そんなことを言ったらこの子がどんな反応するか目に見えてるしなぁ。しかし俺が嘘を吐いたのは見透かされているのか、ハナビちんはふくれっ面になりそっぽを向いたり。ああ、ちなみに今日はお客さんが少ないから俺も宴会の席に座らせてもらっている。速攻で席移動してハナビちんが隣にやってきたが。師匠はネジママを交えてネジと話をしていたり。いかつい顔を崩しながら負い目なく言葉を交わす姿からは、以前の雰囲気を感じられない。完全に許し合った、ってわけじゃないだろうけど、絶縁状態からはリカバリーしたのかな。うむ、良いことである。そんな様子を眺めつつ、目を離した隙に酒を飲もうとするハナビちんを制止したりしていると時間は過ぎてゆく。んで、宴もたけなわって時だ。「……ねえ、玄之介」「何ー? お酒は二十歳になってからですよ」「もうそれは分かったよー。そうじゃなくて……ね、玄之介って好きな人いるの?」……唐突にませた質問を。俯き加減で発せられ、ともすれば談笑するみんなの声に掻き消されそうな細い質問だ。うーむ。この場合は何を聞かれているのか分かってはいるのだけれど。……ま、王道よろしく逃げさせてもらいましょ。「いるよ」「え?! ……そ、それは」「ハナビちん」と、彼女の名前を出せば薄く赤らんでいた頬が目に見えて赤くなる。……ついでに、後ろで派手に盆をひっくり返した音が聞こえたけれど、怖くて振り向けません。まだ俺のターンは終了してないのです薙乃さん! だから落ち着いて!!「それに薙乃でしょ? 師匠だって好きだし、カンクロウとか我愛羅とか、テマリんとか……あ、この三人は砂隠れにいる奴ね」「……そ、そうじゃないよ!」ま、ませてるなー。しかしここで素直に答えたたら祝いの席が血濡れの惨劇に変わる。『嫌な事件だったね……まだ見付かってないんだろう?』なんて……嫌すぎる。そういうわけで、絶技すっとぼけ。「え、違うの?」「違うよもー! 私が聞いたのは違うの!!」「じゃあどういう意味?」と、素で返すと、ハナビちんは口をもごもごとさせて言葉にならない声を色々と出したり。よし、一気に押し切る!「愛するとかそういうのはまだ俺には分からないかな。ほら、お子様だからさ」不服そうにするハナビちんの髪を撫で、なんとか注意を逸らそうとしたり。……いやあ、それにしたって予想外。んなこと聞かれて堂々と答えられるほど、俺は度胸が据わってません。我ながらヘタレだなぁ。宴会が終わった後。酔い覚ましということでネジママが休んでいる時、ネジに声を掛けられた。宴会は奴にとって楽しいものだったのか、明るさの余韻が表情に残っていた。二人で森の方へと向かい、屋敷から離れたところで脚を止める。「で、どうしたのさネジ」「ああ。……区切りも良いし、どうだ、一勝負」「良いけど。 ……アカデミー最後の勝負が黒星とか、みっともないんじゃない?」ほざけ、と苦笑し、ネジは柔拳の構えをとる。ほう、やる気まんまんですね。んじゃ、俺も――半身となり、左手を突き出し、右腕を脇に添える。「思えば、こうしてお前と戦うのも随分と長いな」「そうだね。 ……最初にお前と顔を合わせた時は、なんつー嫌な奴だと思ったものですよ?」「……言うな。俺だって思い出したくないんだ」ああ、アレか。自分の中二病は思い出したくないのと同じか。そうするとネジの中二病期間はすげえ長いことになりますが。「……無駄口はこれぐらいにして、始めるか」「ああ。んじゃま、レディー――」「何やってるの二人とも!」声をかけられ、ピタリと俺とネジは動きを止めた。ギギギ、と首を曲げてみれば、視線の先にはハナビちんが。彼女はほっぺをふくらませながら、いやに不機嫌そうな顔をしておりますよ。「……なんでござんしょ」「もう、こんな日でも喧嘩なんて何やってるの?! 兄上も、アカデミーを卒業したんだから落ち着きをもってください!」そこから始まる六歳児の説教。……うわぁ、そういやあネジとのやりとりに水を差されるのもあのときと一緒かぁ。視線をそれとなくネジの方にずらしてみると、野郎はどこか苦笑していた。もしかしたら俺と同じことを考えているのかもね。……まあ、いいか。決着はつかず終いって感じだが、それはそれで俺らしいやも。ううむ。「ほらほらハナビちん。あんま怒ってばかりいると、可愛い顔が台無しですよー」「もう、怒らせてるのは玄之介と兄上じゃない! 喧嘩は駄目なの!!」そうですね。ごめんなさい、と二人して頭をさげる。しかし俺とネジ両方が笑いを噛み殺していたせいで、不満げなハナビちん。「もう、怒ってるんだからもっと怖がってよー!」「だってねぇ……」「なぁ……」いいつつ、頭を撫でたり。むー、と声をあげて、ハナビちんは肩の力を抜いた。うむ。この子は気を張り詰めているよりも天真爛漫の方が似合いますよ。「んじゃあ帰るか。時間も良い感じに遅いしねー」「そうだな」「あ、玄之介肩車してー」「よござんす」そうして、俺たちは日向宗家へと脚を向けた。鉢巻きをずらそうとしてくる悪戯っ子をたしなめつつ、視線は夜天の月へと向かう。向こう側と変わらぬ満月。一歩踏み出せば争いが跋扈する世界だが、平穏な日常の暖かさだって大差ない。……いつまでも続くといいね、こういうのが。いくつもの蝋燭に照らされた部屋がある。ちろちろと舐めるように躍る灯りが浮かび上がらせるのは、数多もの試験官と、それに詰められた実験体。漂うホルマリンの匂いは濃く、常人が足を踏み入れたならば顔を顰めるだろう。その部屋の中には、二つの人影があった。一人は眼鏡を掛け、音隠れの額当てをした青年だ。彼は手に持った報告書を眺めつつ、微かに口の端を持ち上げている。「大蛇丸様。ミズキを撃退した忍についての調査が、ようやく終わりました」「そう。じゃあ聞こうかしら」促され、小さく礼をして応じると、カブトは書類の束を捲りあげる。「案の定でした。隠蔽工作を行っていたのは三代目火影自らです。 これはおそらく、アカデミー教師が里抜けをしようとした事実の隠蔽よりも、誰に撃退されたか、という事柄を隠そうとしたのでしょう」「勿体ぶるわねぇ。……早く言いなさい」「きっと驚きますよ。 ……日向宗家の娘の拉致を二度も阻止したのは、如月家の長男、如月玄之介です」「如月……そう」言葉は短いが、声色には愉しげな色が滲んでいる。そんな主の反応に気を良くしたのか、カブトは更に先を続けた。「そして、これは僕の予想ですが……。 如月玄之介というのは、あの時――かぐや一族を手に入れた夜に出会った少年でしょう」特徴的な片手印。資料にある写真にもあの時の面影がある顔が映っていた。そして、三年前の時点で既にあそこまで戦えたのだ。ミズキを撃退してもおかしくはないだろう。見所はあると思ってはいたが……この歳で中忍を倒すほどに成長しているとは。大蛇丸は体を震わせ、カブトから玄之介の写真が貼り付けてある書類を受け取る。うちはよりも優先度は低いが、それでも血継限界として目を付けていた少年がこうも育っているとは。ああ、ここに来てまた一つ幸運が転がり込んでくるなんて――「たまらないわねぇ。……あなたもそう思わない?」大蛇丸が首を傾げて顔を向けた先には、いつの間にか一人の男が立っていた。頓着していないのか、元は綺麗であろう赤毛はぼさぼさになっている。その下に隠れている目は、酷く無機質だ。「……ふん」それだけ返し、男は壁に背を預ける。愛想の欠けた仕草に嘆息しながらも、大蛇丸の――そして、カブトの表情には薄い笑みが張り付いたままだ。「停まった風車を回す刻……本当に楽しみになってきたわ」