「ちょ、頭大丈夫ですか師匠。五歳児にどこまで高望みしてんですか」思わず口に出したら、アッパーカットでぶっ飛ばされた。 in Wonder O/U side:Uヒナタとの組み手から一月が経った。あれからヒナタとはどうにも、ぎくしゃくしている。俺は俺で普通に話し掛けるんだけど、会話が続かない。苦手意識でも持たれちゃったのかしら。数少ない近い年の友達――中の人は二十歳過ぎだけど――を失うのは寂しい。なんとかならないもんか、と思いつつも、今日も今日とて稽古の日々さ。よくよく考えてみれば、ヒナタと会う時間がものすごく少ないのだ。朝は掃除を終わらせればヒナタは稽古。朝食を食べれば彼女はアカデミーに行ってしまう。精々が、いってらっしゃい、というぐらいだ。帰宅してきても俺は午後の稽古でぶっ潰れているか、たたらの爺さんの工房へ行っている。もしくはハナビちんにせっつかれて遊んでる。ヒナタを交えて遊んだこともあったが、そうするとハナビちんが怒るのだった。……何故だ。あーもう。よくよく考えてみればヒナタと会う時間がないんじゃなくて、俺の空き時間がないんだ! あっても他の予定が詰まってやがるよ。夜の稽古が終わったらヒナタは速攻で就寝の準備に入るしなぁ。いや、子供が早い時間に寝るのは正しいことです。俺も早く寝ないと筋肉痛と体力がヤバイしね。どうにかならないもんかね、と思いつつ、俺は首を傾げる。「……玄之介!」なんて考えごとをしていたら、ハナビちんに怒鳴られた。はいはいお姫様。昼休憩を使って、俺はハナビちんと積み木遊びをしていた。といっても普通の積み木遊びなどつまらないから、前衛的なデザインの建物を造ってジェンガじみたことをやっている。「玄之介の番だよ」「おうとも」急かされつつ、俺は隙間だらけとなったオブジェに視線を送る。ふむ。まだ土台に余裕はあるね。けれど、ここは少し嫌がらせをしてやろう。俺は底辺になっている長方形の積み木を掴みつつ、揺さ振りながら抜き取った。見事に引き抜けたんだけど、オブジェは今にも崩れ落ちそうだ。それもそのはず。下手くそな取り方をしたせいで、土台が不安定になっているのだから。そしてハナビちんのターン!何も知らずに中央から積み木を抜き取ると、オブジェはあっさりと崩壊した。「いえー、五連勝ー」「……もう一回、もう一回!」「ああ、残念だねフロイライン。もう稽古の時間なのだよ」むー、とほっぺを膨らませるハナビちん。「それじゃあまたね」といって去ろうとすると、お約束のように引っ張られる鉢巻き。だが、人間は成長する生き物である!「効かないぜ!」首に力を込め、折れるかもしれない恐怖に内心ガクブルなりながらも、俺は不敵な笑みを浮かべてみせる。だが――それはそれで良かったのか、ハナビちんは笑い声を上げながら、鉢巻きに掴まってぶら下がっていた。「な、なんだってー?!」折れる! 首が折れる! 嫌な音がする!しかし今の状態で力を抜いたら間違いなく後頭部強打コース。ハナビちんと遊んでいて気絶しました、なんていったら師匠に殺されかねない。鍛え直す必要があるな、とかいわれて。うっわ、なんてリアルな未来。マジ勘弁。「……は、ハナビちん。ちょーっと離してくれないかな?」「だめー」「そこをなんとか……」「じゃあ遊んで! 続きしようよ!」「……助けて師匠ー!」「……何をしているお前達」こりゃもう駄目だ、と断じてそんな風に叫ぶと、師匠が姿を現しましたよ?アンタずっと部屋の外にいたのかい。父親の姿を見て、ハナビちんは名残惜しそうに鉢巻きから手を離す。首に掛かる負荷がなくなったことで溜息を吐くと、思わずその場にへたり込んだ。いや、きついってこれ。悪気はないんだろうけど、その内殺されるんじゃないか俺。何か対策を考えねば。コキコキと首を鳴らしつつ立ち上がり、恨めしげに視線を送ってくるハナビちんに別れを告げる。さらば……っ。俺だって遊びたいけど許してもらえないのだっ。師匠の後を追いつつ、腕を組んで首を傾げる。さて、どうしたもんか。俺の主観だけれど、どうにもハナビちんはフラストレーションが溜まっている気がする。まあ、そりゃあそうだよなぁ。遊ぶのは大抵家の中だし。今度は外で遊ぶとしましょうかね。「師匠師匠」「師匠は一度で呼べ。で、なんだ」「今日の稽古は何をするんですか?」「いつも通り、組み手だな。昨日の続きで、攻め方を覚えろ」「それなんですけどね。そうそろっと忍術が覚えたいんですが」俺が稽古内容のリクエストをすると、師匠は脚を止めて振り返った。眉間に不満そうな皺。いや、この人は普段から眉間に皺があるけどさ。「体術だけでは、不満か」「そういうわけじゃあないんですけどね。じゃあ聞きますが、どの水準まで体術を鍛えるつもりなんですか? なんか終わりが見えなくて仕方がないんですが」「終わりなぞあるか。最低でも中忍レベルまで育たない限り、忍術などさせん」……What? おい、なんつったこのおっさん。 中忍レベルっていうとアレですよ。体格と筋力で劣りまくっているから、その分練度が高い必要がありますよ。終わらない! 終わるわけがない!!「ちょ、頭大丈夫ですか師匠。五歳児にどこまで高望みしてんですか」思わず口に出したら、アッパーカットでぶっ飛ばされた。天井に突き破った頭が痛い。木片が刺さる首筋がチクチクする。「言葉に気を付けろ」「……ふぁい」天井に頭を突き刺した状態で、そんな風に返事をする。「今の段階で忍術に移れば、器用貧乏となるのは必然。ならば先に体術を会得し、それで足りないものを忍術で補完するべきだ」それがアンタの忍育成論かい。偏ってるよ。攻撃手段を一向に覚えようとしない俺がいうのもなんだけど。あー、くそ。俺の血が泣いてるぞ。なんのための同時片手印ですか。まあいいや。それで失敗したら師匠を責めてやる。今に見てやがれ。なんて思っていると、師匠は庭へと歩き始めた。それが分かったのは、足音が聞こえたからだ。「俺は放置ですかー?!」「たたらの爺さん、きたよー」薄暗い小屋を覗きながら、呼び掛ける。人の気配を感じて隠れていたのか、たたらの爺さんは周りを見回しながら姿を現した。「……ヒアシはいないな?」「多分。ハナビちんを押し付けてきたんで、これないでしょう」「そうか」安堵の溜息を吐くと共に、たたらの爺さんは額の汗を拭った。そんなに怖いのか師匠。「で、どんな感じです?」「まあ見てみろ」促され、作業台に乗せられた鉄塊に視線を向ける。そこには、数日前にきたときよりも形となったブツがあった。作業台に転がっているのは、まだ未塗装の部品だ。真っ当な用途に使うサイズじゃない杭。六つの空洞が空いた回転式弾倉。部品だけ見れば拳銃に思えるだろうが、コイツはそんなもんじゃないんだぜ?「しかしまあ、お前の頭はどうなっているんだ?」「何がですか」「俺も長い間、創作忍具を造ってきたがな。あからさまに欠陥忍具だってのを好んで欲しがる馬鹿がいるとは思わなかったぞ」「……そうですかねー。破壊力は折り紙付きだってたたらの爺さんもいってたじゃないですか」「阿呆。破壊力だけを見るな。反動がどの程度かなんて儂にも分からんぞ。やはり、使用するのは火薬で……」「いや、起爆札で。武器が威力落としてどうするんですか」「……狂っていやがる。これと比べたらチャクラムシューターの方が数倍マシだ」アーメン、って感じで空を仰ぐたたら爺さん。失礼な。「……とかいいつつ、造るの楽しんでるでしょう」「……まあな」はあ、と溜息を吐く二人。お互い様だよね。「まあいい。ほら、造ってやってるんだから、話を聞かせろ」「あいあい。じゃあ今日は、0083の兵器について」うむ。この数字の羅列から分かるとおり、俺は変態忍具を作ってもらう代償として宇宙世紀の機動兵器っつーか、変態ロボットの説明をたたら爺さんにしているのだ。なんでも、発想がどれもこれもぶっ飛んでいてインスピレーションが刺激されるんだとか。これで職人技で造られた忍具を造ってもらえるのだから、なんだか悪い気がしてしまう。「デンドロビウムという代物がありましてね」「ほ、ほう……」ごくり、と擬音が聞こえてきそうな程、目を見開いて話を聞くたたらの爺さん。あんたいい歳なんだから、そんな子供みたいな反応やめい。「玄之介。稽古に身が入ってないぞ」「はあ」そんなことをいわれても困るのである。夜の稽古が終わると、俺は師匠に呼び出された。どうやら呼び出した目的は説教のようだ。としても、俺は身に覚えがない。稽古は死なない程度にこなしているし、この稽古内にマスターしろといわれれば、まあなんとかする。それのどこが不満だというのだこの人は。話が通じてないと思ったのか、師匠は頭を抱えつつこめかみに筋を刻む。……怒ってる?「……シショウ」「……気迫が足りん。気概が足りん。そんなんで日向の弟子が務まると思っているのかお前は」「いやー、そんなこといわれても。どうも最近調子が悪くって。きっとそのせいですって」「……白眼を欺けると思うな」「すみません、つい」「何がつい、だ! 大体貴様は――!」そっからスーパーお説教タイム。生活態度からハナビちんの扱い、そっから飛躍して貴様がきてから自分の威厳が減ってきただのなんだのと、言い掛かりを付けてくる。ひっでぇ。……あれ? 気迫とか気概はどこへ?「師匠、話が脱線してます」「む、そうか」「威厳がなくなってきている原因は、今みたいなことをするからじゃあないでしょうか」「……小賢しいわ!」一蹴された。発言力の弱い子供って不便だ。その後、説教は日付が変わるまで長引いた。本当、勘弁して欲しい。日向家のお手伝いさんに起こされて起床。家事と稽古の始まりか。寝間着から着替え、掃除用具を持って薄暗い外へ。木の葉が一年中温暖だとしても、やはり朝は冷える。だだっ広い塀の周りを掃除できるわけなんてないので、俺の担当は正門周辺だ。それを一時間ほどこなせば、太陽が昇ってくる。今日もいつもと同じように、朝日が顔を覗かせた。僅かに浮かび上がった汗を手ぬぐいで拭き取り、朝焼けの広がる空を見上げる。……俺、何やってんのかねぇ。ここ最近の思うことベスト1がこれだった。ふとしたことで、そんなことを考えてしまうのだ。例えば稽古中だったりとか、ハナビちんと遊んでいるときとか。此方側の世界にきて、もうすぐ二ヶ月。向こう側の世界が恋しいわけでもないのだが、どうもね。思うのだけれど、俺のような異邦人にとって、この世界は広すぎる。いや、物理的な広さじゃないんだ。そういうのじゃない。向こう側の俺には、あやふやとしていたけれど、それなりにの目標があった。適当に就職して、適当に結婚して、適当に歳をとって……。そんな、平凡な人生を送るのだと思っていた。ある意味、目標がなかったともいえる。だからこそ、この世界では何をすればいいのか分からなかった。憑依――でいいのだろうか。正直、如月玄之介に乗り移ったことを、俺は夢かなんかだと思っていた。例えどんなにリアルだろうと、そういうものだと割り切っていたのだが。しかし、こうも長くナルトの世界に居続ければ、いい加減これも現実と思わなければならなくなる。結果、俺には目標がなくなってしまうのだ。ごっこ遊びなんかその場しのぎにしかならない。この世界で行くてゆくのであれば、この世界のルールに沿った人生を歩まなければならない。ならば忍になるのか? いや、無理だ。俺に人殺しなんてできない。肉体がどれだけ幼くとも、中に収まっている精神は二十年もの人生を送ってきているのだ。短いとも長いともいえないその中で凝り固まった常識は、覆りそうにない。いっそ、精神も幼くなっていたら、とすら思ってしまう。……まあ、いいさ。これからの人生長いんだ。なるようになるっしょ。っていうかこういうの考えるのってキャラじゃないぜ。大学選ぶのすら一瞬だった男ですよ俺は。「今日の朝飯なーにっかな」掃除道具を片付けつつ、俺は日向の屋敷に戻った。