春野が森から出てくる前のこと。早朝稽古を終えて朝食を食べた後、さて稽古だと思ったのだが、師匠は祭事なので出掛けるとか。そりゃそうかー。日向宗家だもんな。九尾の慰霊祭とかでも出張るしね。で、俺ですが。日向宗家でもちょっとした宴会をやるらしく、その準備を手伝うことに。まあ準備って言っても厨房のお手伝い、宴会の準備のための掃除なんだけどさ。それらが一段落して昼食を摂り、さてこれからどうしようかと思っていた時だ。「如月玄之介はいますか?」祭りの日だってのにもかかわらず、クソ白目が尋ねてきた。 in Wonder O/U side:U師匠がいないと言ってもやはり日向邸に入るのは気後れするのか、忌々しいとでも思っているのか。屋敷に上がりたがらない白目をなんとか宥め賺して押し上げると、俺たちは道場の方へ。外へ出ても良かったのだが、流石にヒナタも先輩のところに行っているし、薙乃さんは今も厨房の手伝いをしているしでハナビちんが一人なのだ。お祭りの日に一人寂しい思いをさせるのはどうよ、と思ったわけである。……けど、それは失敗だったかもなー。遠い目をしつつ、背後の雰囲気をなるたけ無視して脚を動かす。うむ、俺の後ろでは無言の威圧合戦が行われているのですよ。片方はやはり白目。奴は目に入る物全てが気に入らないとでも言うように、溜息と舌打ちを頻繁に行っている。そして、隣にいるお子様にも無遠慮な視線を投げ掛けていたり。大人げないぞ。で、そのお子様――ハナビちん――は、やはり白目を快く思っていないのか、珍しく黙り込んで俺の後を着いてくる。な、なんだろうこれ。白目はともかく、なんでハナビちんが不機嫌なんだ。「ね、ねえ二人とも。なんか空気が悪くないかなぁ」ははは、と乾いた笑いを浮かべつつ言ってみるも、「気のせいだろう。意外と神経が細いんだな劣等」「いえ、気のせいではありません。何故か紛れ込んでいる異物のお陰で楽しい祭日が台無しです。折角の二人っきりを、よくも……」……こんな感じ。理不尽だー! っていうか不機嫌通り越して怒ってますねあなた?もう良い。とっとと終わらせて白目にご退場願おう。と、思ったのだが――いざ道場に辿り着くと、盲点に気付いた。はい、屋内じゃ忍術が使えません。師匠が不在の時に道場ぶっ壊したなんて言ったら大目玉じゃ済まない。……えぇー。じゃあ純粋な体術同士の組み手? そんなぁ。庭でやれば、とも思うが、この白目は最近、瞬身を普通に使いこなしているので外れた火遁で火災が発生、外したカマイタチで自然破壊が行われます。どの道駄目かよ。「……普通の組み手かぁ」「久々だな。今日は俺の勝ちか?」「ほざけよ。お前が勝ってるのは体格だけだろ」溜息と共に声を上げ、白目と対峙する。まあ、事実白目が俺に勝っているのは体格だけなのだが、そこら辺は五歳の時から師匠に指示してもらっていた結果である。いくら才能があっても師匠の有り無しで随分と変わるものですよ。……多分コイツが日向宗家で稽古を始めたら、一気に伸びるんだろうなぁ。原作でもたった二年半で上忍になってたし。ハナビちんは少し離れたところで俺たちの組み手を見るようで。正座したまま真摯な眼差しを向けられて、なんか居心地が悪い。『負けないよね?』『勝って当たり前だよね?』とか目が物語っていますよ。純粋すぎて直視出来ません。嫌なんだよなぁ、ただの組み手は。白目相手の場合だと。『……よろしくお願いします』同時に口を開き、頭を下げる。俺も白目もなんだかんだ言って真面目に体術をやっている類の人間。気に食わない相手でも、最低限の礼はする。んじゃまあ――身を半身にし、左手を突き出し、右腕を脇に構える。対して、白目は両腕を開いた真っ当な柔拳の構えだ。そのまま数秒間対峙し、痺れを切らしたように白目が掌を打ち込んでくる。それもそうだ。俺は自分から攻めるつもりなど毛頭無いのだから。専守防衛ですよ。いきなり顔面狙いの掌を、首を傾げつつ手の甲で逸らす。次いで繰り出される腹への掌も同じく左手で弾く。一歩踏み出し、顎狙いの掌低。回避されるのは予測済みだ。更に一歩を踏み出して脚をネジの後ろに回すと、身体ごと当たって投げ技へ繋ごうとする。しかし、そこら辺は流石と言うべきか。脚を支え棒のように後ろに突き出してバランス崩しを防ぐと、飛び込んでくる俺へ零距離から肘鉄を慣行しやがる白目。それを寸でのところで掌で受け止め、僅かな間合いを空けると掌での応酬が始まる。が、それも唐突に終わりを迎えたり。三歩後じさり間合いを空けると、白目はチャクラを掌に集中。そして腕を振りかぶり、踏み込みと共にチャクラを撃ち出す。柔拳の遠当て。空掌だったかな、確か。原作では二部から登場のこの技。どうやら俺と喧嘩を重ねたせいか、ネジは原作通りの取捨選択を行わなかったらしい。体捌きよりも掌の届かない範囲の敵を打倒できる技を、とか考えたのだろう。何故この白目が奥義の一歩手前どころか十歩手前の技を使っているかと言うと、単純に俺への当てつけである。負けず嫌いなネジは、遠距離、中距離戦で一方的に嬲られるのを良しとしなかった。んで、当て付けの方だが、柔拳使うくせに忍術に頼り切っている俺を柔拳のみで倒したいのだろう。きっとそうすることで完全勝利を狙ってやがる、この野郎は。俺はチャクラを掌に張ってなんでもないかのように空掌を弾く。威力なんて牽制の当て身程度。師匠レベルの柔拳使いならば比喩ではなく目標ごと岩をも砕く威力を秘めているのだが、この未熟者じゃ脅しにしかならない。それも射程だって絶好調で五メートル。ま、何度も模擬戦やってるから分かるのだ。空掌を弾いたことで、俺の構えに若干の乱れが生まれた。それを好機と見たのか、ネジは踏み込みと共にチャクラを張った両掌を放ってきた。……あー、いつものペースだわこれ。「――偽・八卦十六掌」迎撃にしては大仰な技を繰り出し、真っ向からネジを叩き潰すために掌を乱舞させる。だが、打ち込む身体に手応えはない。そう、俺が掌を打ち込んだのはネジの上着である。しかも丸太じゃなくて上着を変わり身に使うのは俺のパクリ。この野郎、人の技術を簡単に真似やがります。「てめえやっぱり忍術使うんじゃねーかよ!!」叫び、柔拳から剛拳へスイッチを切り替える。躊躇なしに背後へと後ろ回し蹴りを放つと、踵に重い感触。見れば、ネジはこめかみを痛打されてたたらを踏んでいた。――好機。「焔――」叫び、身体を捻子り、腕を捻子る。「――捻子」と、やべ。やっちゃった。掌を鳩尾に受け、ネジは中身をぶちまけそうな勢いで息を吐き出す。だが、野郎の目的は達成されたようだ。ネジは両手で俺の右腕をしっかりと掴むと、そのまま引っ張る。予想はしていたが自分が下手打ったせいで虚を生み出し、俺は為す術なくその場へと押し倒された。そして始まる泥試合。ネジはマウントポジションから顔面目掛けて掌を打ち下ろしてくる。それを必死に防ぎ、胸元を掴んで引き下ろすと転がり上下を入れ替え。今度は俺が上から殴り掛かるも、白目は上体を跳ねて頭突きを慣行。ああもう! こうなるから組み手は嫌だったんだよ!!てめえこの野郎! 殺してやる劣等! などの汚らしい罵詈雑言を叫び合いながら、拳を振るう我ら。まあ、そんなことをしていたら案の定ストップが入るわけで。「や、やめなさいみっともない! 不様ですよ分家! 玄之介も、駄目!」悲鳴じみた声に俺もネジも動きを止め――と言っても二人ともお互いの頬に拳をめりこませているが――同時に舌打ちして離れる。「……おい白目。これは組み手じゃなかったんですかい。 いつから変わり身の術は体術になったんだよ馬鹿」「ふん。あっさりと背後を取られて悔しいのか? このまま殴り合えば俺の勝ちだったものを」「はあ? ふざけんなよ。 後ろ回し蹴りの直撃喰らってフラついてたのはどこの誰ですか? その筋繊維で出来た脳味噌に聞いてみろ」「それは貴様の方だろう。 脳細胞まで経絡系で構成されているような忍術馬鹿が!」「残念でしたぁー。粗末なてめえ様の頭よりも数段賢いですぅー」「はっ、評価不能を下された愚か者が粋がっているな。 笑い話にもならないぞガキが」「どっちがガキだこの野郎! ふざけんな頭にきた!! 庭に出ろ、すぐに豪火球でウェルダンに焼いて差し上げますよ?!」「忍術が使えなければ俺を倒すことも出来ない輩が何を言うか!」「どの口が! 忍術使わないと何も出来ないのはお前の方だろ!! 偽・八卦十六掌受けたら完全にノックアウトだったじゃねーかよ!!!」「貴様の粗悪品ならぬ粗悪術で動けなくなるわけがないだろう! 寝言は寝て言え!!」「止めろと言っているのが分からないのですか!」と、不毛な争いを行っていたら俺とネジはハナビちんに不意打ちされた。んで、同時に崩れ落ちる。……経絡系狙いの柔拳はやめてください。悶絶しつつなんとか膝立ちに。白目は柔拳を喰らうことに慣れてないからか、未だに蹲っております。よし、勝った。……打たれ強さで勝っても虚しいな。つまりはそんだけぶちのめされてるわけだし。しかし、立ち上がった俺を見てハナビちんは不思議そうに首を傾げる。「……手加減はしなかったんだけどなぁ」「いや、あのね。止めるのはいいけど手加減はして欲しいですよ?」「急所は狙わなかったじゃない」「経絡系って急所じゃないんだ……」えへー、と誤魔化すように笑うハナビちんに思わず脱力。思わず溜息を吐いていると、ようやくネジは復帰したり。「ぐ……不覚」「おーおー、響いてるみたいだな」「黙れ。……今日は引き分けということで勘弁してやる」「そりゃこっちの台詞だ。……ところでネジ」「なんだ」「空掌よりも忍術鍛えた方がいいんじゃない? 威力の割に燃費悪いでしょ、あれ」「そうか。 ……いや、燃費云々は俺が未熟だからだ。 それに忍術は好かない。印を組んでいる時間があるなら掌を打ち込む方が良い」む、そうか。どうやら白目は印を組む時間と空掌を天秤に掛けて、威力よりも速射性を選んだようだ。まあ、戦闘スタイルは個人で決めるべきだしいいかな。俺は近、中、遠距離を一人でカバーってコンセプトだけど、ネジは近接一点特化だし。空掌はあくまで接近するための手段なのだろう。鍛えれば恐ろしい威力になるんだけどさ、空掌。小さく頷き、変に干渉するべきじゃないか、と内心で呟く。今はガイ先生がついてない時期だから、間違った成長をしているならばアドバイスぐらいはしてやるべきだけど、そうでないならば余計なお世話か。「……しかし、宗主も何を考えているんだ」「何がさ」「前々から思っていたのだが……何故お前が空掌の存在を知っている」「あー、それは……」師匠と組み手していると、あの人は面白半分で奥義とかぶっ放すから隠す意識が薄れるんだよね。ちなみに空掌は海で使われました。これが空掌である! と叫びながら放たれる空掌を海上で避け回ったのは悪い思い出。で、それを話したらネジは珍しく気の毒そうな表情となったり。「……やはりお前も宗家に振り回されて苦労しているんだな」「……当たり前だろ」なんだろうね。師匠は俺に何やっても生きてるとか思ってるんだろうか。その内ちょっとしたうっかりで命を失いそうで怖いよ。まあいい。「さて、と。これからどうする白目。お茶でも飲んでくか?」「結構だ。用事があるので帰らせてもらう」そりゃ残念。あ、そうだ。「そうそう。 今日、日向邸に名家の皆様方が集まって花火見るんだけど、お前も来るの? 別にいても不自然じゃないし」と、声を掛けるも白目は鼻で笑ったり。「誰が好きこのんで宗家に遊びにくるものか。 貴様に用事がなければ一歩だって近付きたくもないんだ」そこまで吐き捨てるように言うも、不意に陰りを浮かべ、「……それに、母さんを一人残して宗家になど来れるわけがない」表情を隠すように俯くと、ネジは踵を返した。「また新学期、アカデミーで。それまでに精々腕を磨いておけ」「そりゃこっちの台詞だっつーのに。じゃあな」片手を上げてネジを見送り、苦笑する。偏屈な野郎だ、本当に。などと思っていると、ハナビちんが袖を引っ張ってきた。「何? ハナビちん」「……玄之介って兄上と仲が良いの? 悪いの?」「悪いよ」即答すると、ハナビちんは困惑をより濃くする。「でもでも、空掌にアドバイスしたりとかしてるよね? 嫌いならそんなこと言わなくても良いと思う」「嫌いなのと仲が悪いのは違うよ、ハナビちん」と言うも、分からないよ、とハナビちんは唇を尖らす。うーむ。まあ、仕方ないか。なんだろ。性格面で気に食わないところは多々あるが、ネジの強さに対して貪欲な姿勢は好ましい。多分、そこら辺が俺と被るのだろう。仲が悪いのは同族嫌悪ってやつだ、きっと。強さに貪欲だからこそ、自分より格上にいる存在を倒していかに自分が力を持っているのか誇示したい。原作だと日向宗家への当て付けだけで強さを求めていたみたいだけど、最近はそれが歪んでいる気がする。取り敢えず目の前にいる邪魔な小僧を排除したい、とかそんな方向に。まあ、他人の考えなんていくら頭を悩ませたところで分かるわけがない。未だに不満そうな顔をしているハナビちんの頭をくしゃくしゃと撫でると、俺は苦笑する。「ま、大人になったら分かるさ」「……もう大人だもの」「そう言う子は大体が大人じゃないの。 さ、たたら爺さんのところに行って遊ぼうか。それとも、稽古でもする?」「稽古!」む、なんか俺と白目のやりとりに触発でもされたのか、やけにやる気まんまんといった様子で声を上げるお姫様。しゃーない。宴会が始まるまでお相手致しますか。そして夜。犬塚のマダムやシビさんに酒を注いで回ったり、料理を下げたりしていたら花火大会が開始された。観戦ムードとなったので俺も解放され、作務衣姿のままハナビちん、薙乃さんと共に子供の集まっている庭へと急ぐ。ちなみに薙乃さんは和服の上から割烹着を着けたまま。外せばいいのに。「あ、薙乃さん!」と、行ってみるも、キバの野郎は俺じゃなくて薙乃の方に声を掛けたり。この野郎……。まあいい。「こんばんはシノくん、キバ。おーおー、すっかり日焼けして」「ったりめーだろ。ずっと野外で演習だったんだからな」そう言い、疲れた、それでも充実した笑みを浮かべるキバ。うむ、どうやら演習は満足のいく内容だったらしいね。「お前も日焼け……したな。微妙に」「ま、海行ったって言っても一週間だけだからね。 それ以外は屋内で稽古だったし」「……森にも行ったぞ」忘れられてるとでも思ったのか、不意にシノくんが声を上げる。……あー。フォーグラー戦はあんまり思い出したくないのですが。「んで、お土産だけど、花火大会終わったら渡すよ。価値は兎も角、珍しさならそれなりだぜ」「似たようなもんか。俺と」「……俺もだ」三人ともネタ行動に走ってんのかよ。まー、日持ちしない食べ物とかだと駄目になるからそれも当然かもしれないけど。んで、何やら静かなハナビちんと薙乃さんですが。ハナビちんは赤丸を興味深そうに見ており、その赤丸は薙乃に抱きかかえられて尻尾を振り回している。……抱きかかえている薙乃さんは石化してただただ頬を舐められてますがね。「あ、赤丸?! お前何やってんだ!!」慌ててキバは赤丸を腕の中から引っ張り出すと、赤丸の頭を押さえつつ薙乃さんに頭を下げたり。「犬……犬が……」「薙乃さんカムバーック。ほらほら、花火が始まるよ」「そ、そうですね。失礼しました」石化状態からリカバリーすると、咳払いして姿勢を正す彼女。っても……。「ねえ玄之介。庭からじゃ良く見えないよ」「そうだね」そうなのである。屋敷の中心にある中庭から空を見上げるせいで、あまり景色がよろしくない。むーん。ならば。「ちょっと失礼」と言いつつハナビちんをお姫様抱っこ。そして瞬身を発動すると、反発と共に屋根の上へ。一階を踏み台にして、日向邸の上へと降り立った。うお、流石に屋根の上は汚い。仕方がないのでハンカチで座るスペースを確保し、ハナビちんをそこへと降ろした。「ここならどうよ」「良く見えるよ! 流石だね!!」いや、何が流石なのでしょうか。まあ、ハナビちんはこれで良いとして、だ。「お前らも上がってこいよー」「無理に決まってるだろうがー!」あら、そうなんですか。しかし、声を荒げるキバに対してシノくんはクール。腕を組んだまま屋根上を見上げており、蠱を解放すると、それに自分を運ばせて彼も上ってくる。「裏切りやがったなシノー!」あ、本気で上れないのかキバ。まあこの屋敷は割と天井が高いからなぁ。普通の民家ならともかく、この屋敷はキツイか。歯噛みして地団駄を踏むという分かり易いリアクションを取り、赤丸は主の足下で鼻を鳴らしていたり。不憫だ。どうすっかな。ハナビちんならともかく、キバを抱きかかえて屋根に上がるのはちょっと。変に力を込めて屋根瓦を踏み抜いたら嫌だし。操風で押し上げるか。いや、キバぐらいの重量だと大旋風? ……下手したら花火の代わりにキバを打ち上げる羽目になるやも。などと思案していると、薙乃が呆れたように溜息を吐いた。「仕方がありませんね。キバさん、掴まってください」そう言いつつ薙乃はキバを脇に抱えると、屋根上へと一っ飛び。赤丸はキバの脚に噛み付いています。……ぬーん。流石、と言うべきか。一発でここまで上るのも凄いけど、キバを担いでいるのに着地の衝撃を完全に殺すことろとか、今の俺には真似できない。キバは薙乃に降ろされると、大袈裟に礼を言いながらあたふたと離れる。何やってんだ。落ちるぞ。まあいい。丁度開始時間となったのか、庭のラジオから開始の合図が流れ始める。キバは構わずその場に座り、シノくんは相変わらず腕組みしながら夜空を睨んでいる。そういやあ夜でも黒眼鏡だけど大丈夫なのだろうか。さって、俺も立ったまま見るかね。いつもの格好ならともかく、今の俺は手伝いから直行したので作務衣なのですよ。洗ったばかりなので座って汚すのは気が引ける。開幕の挨拶が終わると、次は一発目の花火のスポンサー紹介。ん、山中花店? いののところか。そして間を置いて打ち上げられた花火はおそらく二尺玉。花を表現しているのか、夜空に瞬く華は薄紅色。四尺玉とか上がらないかなー、連続で。横十連で連続発射とか、地元だと当たり前だったからこの程度だと物足りないのよね。聴覚を奪うほどの轟音と夜空を染め上げんばかりの散華は圧巻なのだよ。ま、いいんだけどさ。一発上がる毎にハナビちんはうわーとか歓声を上げる。キバもキバで見惚れているようだ。シノくんは……どうなんだろう。花火がサングラスに映ったりしていてなんかシュールだ。「……主どの」「ん、どうしたの?」不意に声を掛けられ、薙乃の方に顔を向ける。彼女は割烹着の帯を解くとそれを屋根に敷き、腰を下ろした。そして隣を軽く叩き、「座って見ましょう。立ったままだと疲れるでしょう?」「いやでも、割烹着が汚れるってば」「もう敷いてしまいましたし、私が座ったので手遅れです。 さあ、腰を下ろしてください」む、と声を上げるも誘いを断れず、俺は大人しく薙乃の隣に座る。まあハナビちんに貸したハンカチよりも広いけど、いかんせん二人で陣取るには狭い。自然と肘とかが触れて、軽く窮屈ですの。「ごめんね」「い、いえ。私はかまわないので主どのは気にしないでください」と言ってもやはり薙乃さんは座りづらいのか、軽く身体をもじつかせたり。悪いなぁ。あまり喋るのも鑑賞の邪魔だと思い黙って夜空を見詰める我。キバやシノくん、ハナビちんや薙乃と一言二言交わしつつ見続けて、花火大会は終わりへと向かう。そして最後の一発なのだが――『最後は三代目火影様が火遁で――』……えぇー、それって花火なんですか?なんて思いつつも、三代目の技が見れるのが楽しみで目を凝らす。そして空へと昇ったのは、暗闇を引き裂く一本の柱――いや龍だ。火龍炎弾か。それにしたって遠くからでも目視出来るのだから、威力と範囲、共に最高峰なのだろう。火龍炎弾は一発で止まない。一発目が消える前に二発目、三発目と夜空を赤く染め、最終的には八発目まで上がり――そして、木の葉隠れの里を照らしながら、炎の龍はその身を弾けさせた。「……すごいな」「ええ。忍術とは、こういう使い方も出来るものなのですね」俺の言葉は三代目の術に対してなのだが、薙乃さんは違う受け取り方をしたご様子。それにしたって、二人共火龍炎弾が綺麗と思ったわけではないわけで……どうにも擦れてるなぁ。思わず笑ってしまい、つられるように薙乃も忍び笑いを上げたり。なんとも穏やかな夜だ。こういう時間がいつも、いつまでもあれば良いのに、などと思ってしまうぐらいに。馬鹿げた考えだ。これが壊される未来を俺は知っている。……いや、それ故に、だろう。ほんの些細な出来事に一喜一憂して心身共に傷付くことなど滅多にない。そんな日常が――向こう側では当たり前だった日常が、此方側では酷く難しい。だから、こうやって友人と集まって遊ぶことが心底楽しく感じられる。願わくば、この毎日を維持できる力を得られんことを。そんなことを内心で呟き、俺は苦笑した。