ゲロ臭い。なんでまたそんなことになっているかと言うとなんですが……。「……やっぱ無理なのかもねー、これ」少しだけ茶化して呟いてみるも、声に力が籠もっていないせいで諦めの色が濃く感じられる。鼻の中に漂う異臭に顔を顰めつつ、深呼吸してなんとか落ち着こうとした。早朝の自己鍛錬。少し前は螺旋丸の練習をしていたのだけれど、今は海で見せてもらった如月秘術の試し打ちをやっている。しかし、結果は螺旋丸以上に芳しくない。成果と言ったら、俺じゃあ如月秘術が撃てないのかもしれないということが分かっただけだ。無論、母さんに相談してみたりもした。それでも原因は分からず、心因性の何かじゃないか、と憶測しか立たないのだ。心因性って何さ。家族仲だってなんとかなったし、自惚れているわけではないが、性質変化を必用とする忍術だってそこそこの域に達していると思ってる。けど、さっぱりなのだ。何をどうやったって如月秘術が発動しない。数をこなせばなんとかなるだろ、と楽観して試してみても、一度不発となる毎に嫌悪感と違和感は増し、汚い話だが今日に至っては胃の中身をぶちまけてしまった。やばいなぁ……体術だって後続に追い付かれそうだし。このままじゃ良いとこなしの忍になってしまう。困った。溜息を一つ吐き、吐瀉物を火遁で焼却、風遁で灰を飛ばすと屋敷へ戻った。 in Wonder O/U side:Uさて、今日で春野が森に籠もってから二週間が経つ。一昨日たたら爺さんのところに行ったら、詰め込み時期だから日程が終わるまで来るな、と釘を刺されてしまったのだ。故に、今の春野がどんな具合となっているのかは分からない。ぬーん。もし何か一つの要素でも追い抜かれていたら嫌だなぁ。確かに春野はチャクラコントロール方面に対してすんげえ素質を秘めているけどさ。むう……けど、俺だってずっと鍛えてきたんですよ? それを二週間で追い付かれても、すぐ後ろに着かれても、かなり焦ります。……まあいい。嫉妬とかみっともないし。さて、と。春野も稽古を頑張っているだろうし、ご褒美の準備でもしましょうかね。日向宗家が所有する森の奥。そこには二つの人影があり、剣戟の音と気迫が空気を震わせていた。たたら翁とサクラだ。彼らの周りは稽古の厳しさを示すように荒廃としている。そう、荒廃だ。本来ならば平穏とした森林が生い茂っている大地には切り株が散見でき、断ち切られた樹木は放置されっぱなしとなっている。地面を埋め尽くさんと成長を続けていた雑草の類は踏みにじられて半ばで千切れていた。その違和感しかない広場を囲む木の表面はどれもかしこも砕かれた痕が残っている。チャクラコントロールの基礎である木登りを行った名残だ。この惨状がどれだけの時間を掛けて消え去るのかなど、誰にも分からない。その中心で、たたら翁はサクラと刀を切り結んでいた。たたら翁は兎に角、サクラの刀を振るう姿は二週間前と比べものにならないほど様になっている。腰から背筋に掛けては真っ直ぐに伸び、膝はしっかりと曲げられて重心が低くなっている。両手で握る刀の切っ先は震えもなく師へと向いている。その姿にたたら翁は、随分とまあ、と内心で呟く。サクラが自分の下に来たその日、たたら翁はこうして刀を振るっている状況を想像出来なかった。玄之介に言った柔軟体操と準備運動だけで伸びてしまったというのは冗談でもなんでもない。初日のサクラは泣き言を溢すばかりで自分を高めようなどとまったく考えてない様子だった。二日目も酷かった。まず、持たせた逆刃刀が重いと文句を言い出し、終いにはこんなところに来るんじゃなかったなどと漏らす。まあ、気持ちは分からないでもなかった。サクラがここにいるのは、玄之介に騙されたようなものなのだから。だが教えると言った手前、じゃあ帰れ、というわけにもいかない。どうするか、と思案した結果、たたら翁が辿り着いたのは一つの結論だった。死んで元々。生きてたら儲けもの、だ。年頃の女の子をどう扱って良いのかなどたたら翁には分からない。どの程度が丁度良い厳しさなのか、というのも同じく。人にものを教えるのが初めてというわけではなかったのだが、付きっ切りというのには経験がなかったのだ。体調管理も含めてどこまでやって良いのかなど、分かるはずもない。かと言ってヒアシのように生かさず殺さずという絶妙な指導力もない。しかし、指導するならば中途半端はいけない。故に、詰め込めるだけ詰め込もう、というのが諦めと同時に思い付いたアイディアだった。そうして始まったのが人を人と思わないような稽古内容だったのだが、結論から言えばサクラは耐え抜いた。倒れたら水遁で水をぶっかけて叩き起こし、体力が尽きたら兵糧丸などでブーストを掛ける。このような内容で最初の五日間はやりすぎた、と思ったものだが、サクラの基礎体力が伸び始めると共に彼女は稽古へ正気で真面目に取り組むようになったのだ。まともな思考が復活すると同時に、サクラは剣術というものを論理的に理解し始めた。サクラは元々賢い娘だ。この年頃ならば感覚で稽古をこなすものだが、サクラは教えられたことの意味をきちんと理解してものにした。教えられたことが今後身に付ける技術にどう役立つのか。自分の未来図を想像することで、その理想へと歩むことが出来る少女。大したものだ、と思ったのは一度や二度じゃない。ヒアシから聞いていた玄之介の様子に似ている。彼も歳不相応な理解力で稽古に臨んでいるらしい。最近の子供は賢いのだろうか。今のアカデミーも馬鹿に出来ない、などとたたら翁は苦笑する。サクラもサクラで、たたら翁と同じように驚いていた。それは、自分の成長に対して、だ。忍術も体術も平均をやや下回り、筆記テストの点数で全体的な成績を平均へと持って行っていた。そんな彼女だからこそ、自分は忍に向いていないのではないか、と思ったことも一度や二度じゃない。しかし、こうやって蓋を開けてみて分かったことがある。それは、成長を止めていた要因は自分の甘さだということだ。どうせ才能がないのだから伸びない。ならば、努力して伸びる部分を頑張ろう。そんな思考は間違ってはいない。長所を伸ばそうとするのは人として当たり前のことだ。ただ、彼女の場合は本当に才能があるかどうかを確かめず、好き嫌いだけで自分の得手不得手を決め付けていた。殴り合いなど野蛮だし、怪我をしたら傷が残るかもしれない。そんな甘えが邪魔をして、逃げるように消極的な姿勢をとっていた。思えば、アカデミーへ入った理由も友人が入ったから、というだけだ。突き詰めて考えれば、きっと自分は忍になるつもりなどなかったのだろう。だが、そんな考えも変わる。こんな森に放り込まれて、受けたこともない酷い仕打ちを、何故夏休みを潰してまで体験しているのか。誰のせいでこうなったのか、など簡単に思い付く。如月玄之介。へらへらとして授業にもまともに出ない不良な同級生だ。だが、なんのためにこんなことをしているのか、と考えた時、サクラは腹を据えた。自分がここへと来た理由は、憧れて眺めているだけでなく、隣に立って一緒に歩きたかった少年がいたためだ。今になって分かる。土俵が違ったのだろう。ただひたすらに忍へとなる鍛錬を積んでいる彼に、騒いでいることしか出来ない自分なんかが近付けるわけがなかった。外見が格好良い。だが、それ以外に自分はサスケの何を知っているというのだろう。何も知らない。そんなことを痛感し、もっと知りたいと願った。そのためには彼に近付かなければならない。振り向いてもらうのではなく、真正面から向き合って対話がしたい。そのためにはまず、強くなることだ。サスケが強さを求めて前進するならば、私もそうしよう。今はまだ背中を追うことしか出来ないとしても、いずれは――「……休憩にするか」「は、はい」不意に上げられた師匠の声で、サクラは切っ先を下げると逆刃刀を鞘へと収める。切り株へと腰を掛け、手拭いで顔に浮かんだ汗を拭く。その時腕に幾筋も走っている瘡蓋や青痣が目に入り、軽く眉尻を下げた。……痕、残るかなぁ。ある程度吹っ切れたと言っても、やはり気になるものは気になる。だが、傷付くだけ強くなれるのだったら安いものか。……どうだろう。売り捌くなら、もっと別のものを売って強くなりたいものだ。「今日でこの稽古も終わりだな」「はい、そうですね。ありがとうございました」不意に掛けられた声に、サクラは顔を上げて応える。そんな様子にたたら翁は苦笑し、水筒の縁に口を付けた。「どうだ。少しは強くなった実感が湧いたか」「はい。 ……けど、なんだろ。 強くなったって言うより、前の自分が弱かったのを自覚したって言うか」「それも立派な進歩だ。……玄之介もたまには人のためになることをするものだな」「……そう、ですね。あまり納得したくありませんけど」たたら翁は、あの実体不明の子供が仲が良いわけでもない者を助けたことが心底意外だったのだが、サクラは彼の言葉に含められた意味を汲み取ることが出来なかった。玄之介という少年は、思いやりと自分本位が同居しているような違和感満載の人間だ。自分と仲の良い者だけは力になるが、それ以外の者に対しては酷く無関心である。アカデミーの授業をエスケープしている事実が、最も分かり易い例だ。もし玄之介が担任と仲が良かったならば、彼はそんなことをしなかっただろう。もしイルカが玄之介に授業へ出るように言ったところで、知るか、の一言で切り捨てるはずだ。事実、怒られた際の応える口調はふざけ半分だが、何度注意されても玄之介は授業を普通に受けようとしていない。砂隠れにいる友人からは時折手紙が送られてくるらしいが、果たして木の葉に友人と呼べる者がいるのだろうか。そんな親の心配にも似た感情を持っていたので、サクラを助けたことは、彼にささやかな安心を与えていた。サクラはサクラでたたら翁の心配を余所に、まあ許してやるか、などと思っている。錯乱しまくっていた時は玄之介への怒りだけで動いていたが、いざ正気に戻ってみれば、この機会を与えられなかったら以前の自分とまるで変わっていなかったのだ、と思えるようになった。まあ、この稽古が終わったら真剣を使用した遠慮無し躊躇無しの模擬戦を挑んでやろう、などと思っているが。「そういえばずっと聞いていなかったが、サクラは玄之介と仲が良いのか?」「えっと……どうなんでしょう。 まともに話をしたことなんて、片手で数える程度なんですけど」そうなのだ。玄之介はキバやシノ、ヒナタなどとしか会話をしない。授業中は姿を消していることが多いので、自然と休み時間に親しい友人としか会話をしない。そのくせ気まぐれに実技の授業に現れて周りをあっと言わせるのだから、変な奴だ。その変な奴、というのがサクラの玄之介に対する認識だった。友人の中には飄々とした態度で好成績を叩き出す玄之介に興味を持っている者もいるのだが、彼女らの神経はサクラに適応されなかった。もっとも、サクラはサスケ一筋なので、それ以外は眼中外なだけなのだが。「……まあ、玄之介は言動が破天荒だが悪い奴ではない。 良かったら仲良くしてやってくれ」「あはは、まるで玄之介のお爺ちゃんみたいな言い方ですね」「む……まあ、確かにな」顎に手を当てて渋い顔をする師匠に堪えきれず、サクラは笑い声を上げる。思えば、この師匠も相当な変人だ。師事を受けていて分かるが、この老人は中忍なんかで終わる器ではなかっただろう。刀から始まり、稽古中に忍具を投擲する様。サクラが気付けるように視界の隅から攻撃してくるのだが、ノーモーションからの投擲術は事前に知らされてなければ避けることなど出来ないだろう。その上、下の者に技術を教えることも得意なのではないだろうか。たったの二週間で見違えるほどに自分は変われたのだ。教師であるイルカがこの老人を見れば、惜しい、の一言ぐらいは上げるだろう。「さて、サクラ。そろそろ仕上げに入る」「え……あ、はい」切り株から腰を上げたたたら翁に従い、サクラも立ち上がる。なんだろうか、とサクラは内心で首を傾げた。たたら翁の口調におかしなところはない。だが、何故か、違和感じみたものを抱いたのだ。「サクラ。この二週間で、お前は随分と成長した。 完璧とは言い難いが飛天御剣流を三つ会得し、チャクラコントロールもお前の年代ならば頭一つ抜けているレベルに達しただろう」「えっと……サスケくんや玄之介ぐらいでしょうか」「どうだろうな。 サスケ、という小僧を俺は知らないし、玄之介の実力だって熟知しているわけではない」そっか、と軽く落胆するも、サクラは師匠の話から注意を逸らさず、先を聞く。「これでようやく半人前まで後一歩、といったところだ」「……そうですか」「そうだ。その後一歩を――これから、お前に刻み込む」そう言い、たたら翁は帯に手を這わせて口寄せを発動した。煙と共に現れたのは二振りの刀だ。一つを腰に下げ、もう片方をサクラへと差し出す。彼女が刀を手に取ると、たたら翁は距離を取って対峙する。「……あの、師匠?」「それを抜け、サクラ」言われ、サクラは訝しげな顔をしながらも手渡された刀を抜く。そして、息を呑んだ。何故ならば、鞘から僅かに浮かせた刀には、逆刃刀と違って真っ当な刃があったのだ。なんでこんな物を、と思った瞬間、サクラは鳥肌が全身に立つのを自覚した。「あ、あの――師匠?」思わず声を掛けるも、さきほどまで温厚は笑みを浮かべていた老人は応えてくれない。は、と息を吐き一歩後退る。それに応えるよう、たたら翁は真剣を抜き放つとそれを正眼に構えた。彼の眼に宿っているのは、刃物のように鋭い光だ。そこから意志を読み取ることは出来ず、サクラはただ困惑する。「技は教えた。 ただ、それは強さに直結などしない。 本当に必要なのはだな、サクラ。心構えだ」「……どういう」こと、と言葉を続けることは出来なかった。唇は震え、歯の根は合ってくれない。たたら翁が叩き付けてくるのは闘気でも気迫でもなく、純粋な殺意だ。他者から殺意を向けられたことなど一度もないサクラに、ましてや、前線を引いても未だ現役と言えるかもしれない忍が向けるのだ。数分前までは親しく言葉を交わしていた師から向けるなど露程思っていなかったのだ。対応しろ、というのは無茶だろう。「今だから言おう。 俺は、好きな奴のため、という動機で忍になろうとしているお前が気に食わない。 故に、選べ。最低限の力は与えた。それを使ってお前は忍となるのか、それとも、普通の人として一生を過ごすのかを」「そんな……待ってください! 今更そんなことを言うなんて、なんで!!」「さて、な。そんなことはどうでも良い。 ……なあ、サクラ。人の心は移ろいやすいものだ。 今はそれで良くとも、芯をなくした時、お前はどうするのだ? 忍を止めるのか? それとも、腑抜けのまま忍を続けるのか? それをここで決めろ。好きな者の後を着いていきたいなどという甘い考えは、今すぐ捨てろ」「そん、な――」「……命までは取らない。ただ、曖昧な気持ちで打ち込んで来るならば腕の一本は覚悟しろ」もう話すつもりはないのだろう。たたら翁は全身から気迫を放ち、サクラが刀を抜く瞬間を待っている。サクラは震える手で刀の柄に手を掛け、どうすれば、と自問する。選べ、と言われた。それは、サスケが好きだから、という理由を捨てて、忍として生きるかどうかを決めろということだろうか。なんでそんな、と思うと同時に、そうしなければならないのか、と問い掛ける。確かに、不純と言われればそうだろう。始まりは友人と離れたくないからであり、今は好きな人と離れたくないから忍になろうとしている。里のため、一族のため、という理由を持つ人から見たら、鼻で笑えるようなものか。試されている。甘い幻想を捨て、ただ刃のような決意を持って忍になるかどうかを選ばされている。自分は――――逆刃刀を帯から抜き、地面に落とす。がちゃ、と耳障りな音が届いて息を詰めた。師匠が言った、人の心は移ろいやすいという言葉。それは、いつか自分もサスケを好きじゃなくなることを指しているのだろうか。……もしそうなったとしたら、どうなるだろう。この場に立っている理由も、アカデミーを卒業して忍になりたいという意志も、全て自分の気持ちが根差している。それが変わった時、自分は……。――刀を帯に差し、柄に手を掛けて鍔を鳴らす。そんな風に変わった自分がどうかだなんて……。「――っ、分かるはずがないじゃない!」叫び、サクラは刀を鞘から浮かせた。そんな様子に、たたら翁は片眉を持ち上げる。「……ほう?」「先のことなんて分かるはずがない。 たった一つの目的があって、私はここに立っているの! 間違いだとか正しいとか、気に入らないとか!! そんなこと私には関係ないのよ!!!」言いつつ、深く息を吐き出し、「師匠がそれを悪いって言うなら、かまわない。 腕の一本でも欲しいならくれてやるわ。その程度で私の想いは揺るがない」サクラはチャクラを刀身に纏わせると、歯を食い縛った。「しゃーんなろー!!」そして、腰の動きに連動し鍔を鞘へと叩き付ける。龍の嘶きの如き鍔鳴りが、荒廃した森に木霊した。「……やってんなぁ」春野の両親からいつ帰ってくるのか聞かれたため仕方なく様子を見に来たわけだが。うん、なんだろう。何が飛び出るのか分かってなかったら、俺もただじゃ済まなかったと思うぜ。耳に当てていた両手を下げて、思わず溜息。なんだよ畜生。たたら爺さん、基礎しか教えないんじゃなかったのか。ま、お邪魔したら悪そうな雰囲気だ。その内帰ってくるでしょ、と勝手に結論付けて、俺は日向邸へと戻ることにした。「……それで良い」サクラの叩き付けた二撃――双龍閃を両方とも刀で受け止め、たたら翁は緊張していた表情を和らげた。不意に緩んだ彼の雰囲気に、思わずサクラも刀に込めていた力を抜いてしまう。「そうだ。必要なのはそういう決意だ。 不安や曖昧な気持ちなど、重要な時には重荷にしかならない。 胸に秘めた想いがどんな代物だろうと、他人の言葉を気にせず貫きなさい。 俺なりに、だが、それが最も大切なことだろう。 重要なのは決意と、それを果たせるという自信だよ」「……え? でも、気に食わないって」「あれは嘘だ」何それ、とサクラは脱力し、がっくりとその場に膝を着く。「……じゃあ私の怒り損?」「そんなことはない。なあ、サクラ。先程の言葉、以前の自分が言えたと思うか?」「それは――」どうだろう。自分のことなので断言は出来ないが――きっと、あんな大見得は切れなかったはずだ。なんだかんだ言って、サクラは自分に自信がなかった。頭が良い、という自負はあったが、それがどうした、とも思っていたのだから。最後の最後で、大切なことを教えて貰ったのかな?そう考えることで理不尽に納得することにする。「……と、ところでどうでしたか? 私の龍鳴閃と双龍閃」「龍鳴閃は不意打ちならば確実に掛かるだろう。 間違っても、今みたいに真っ向から使おうとは思うなよ。 双龍閃は――まあ、要精進、だ」「……そうですよね」厳しいなぁ、と肩を落とし、サクラは立ち上がる。そして刀を鞘に戻すと、帯から抜いてたたら翁へと差し出した。しかし、たたら翁は苦笑しつつそれを手で制す。「それはお前の刀だ。サクラは間違った使い方をしないだろう?」「え……でも、私は」「今のお前はようやく半人前だ。だから、お守り代わりと思って持っていれば良い」そして、警備の者に捕まったら面倒だから腰に差すなら逆刃刀にしとけ、と付け足す。たたら翁の言葉を聞きながら、サクラは手の中にある刀に視線を落とす。もしかして、これは自分専用に作ってくれた代物なのだろうか。刃の重心など、稽古で使った刀の中で最も手に馴染んだ。……この人には、感謝してもし切れないな。頭を下げ、サクラは逆刃刀ともう一振りの刀を帯に差した。お、帰ってきた。縁側でハナビちんと遊んでいたら、たたら爺さんの工房への道から春野がやって来た。ふむ。流石にお疲れだね。着ている胴衣は土や埃で汚れ、汗を吸ってくたびれている。それでもみすぼらしい感じがしないのは、足取りに力があるからか。「春野、お疲れー」「……覚悟しろ玄之介!」あ、あれ?俺の姿を目にすると同時、春野は荷物を投げ捨てて刀の柄に手を掛けた。どうしてピリピリしているんだろう。「……玄之介。あの人誰?」「ああ、春野だよ。俺の同級生」「そういうことじゃなくて! あの人玄之介のなんなの!!」……なんだろう。今それを応えたつもりなんですけど。ハナビちんは春野と俺を交互に見て頬を膨らませている。――って、「ちょっとタンマー!」瞬身を行使して一気に間合いを詰め、春野は袈裟切りに刀を叩き付けてくる。わーい逆刃刀を素手で受け止めると痛いよー。「は、春野さん? なんなんでしょうかね。 小生、人に恨まれることはあまりしない善良な小市民なのですがっ」「……確かに、私はまだまだみたいね」俺の疑問に応えず、春野は一人納得すると納刀したり。なんぞ。っていうか瞬身の術まで会得したのですかあなた。思った以上に成長したのね。「……なんでいきなり斬り掛かってきたのさ」「玄之介がどんなものか知りたくてね。……えーっと、この子は?」そういう春野は頬を引き攣らせつつ、睨み付けてくるお子様のことを聞いてくる。「ああ、ハナビ様ですよ。日向宗家の跡取りですげー偉いのですよ?」と、威厳を一ミクロンほども引き立てない紹介をしてみたり。いやぁ、この子なんだかんだ言ってもお子様だから、家名を前に出して相手を竦ませるのを嫌っているのですよ。口には出さないけど、良い大人が頭を下げている光景に眉尻を下げていたことがあったのだ。しかし、俺の説明のいい加減っぷりとハナビちんの立場があまりにもミスマッチだったからなのか、春野は軽く頬を引き攣らせる。「あー……は、初めまして、ハナビさ――」「ちゃん、ね」「……初めまして、ハナビちゃん」ぎこちなく挨拶するも、ハナビちんはそっぽを向いて軽く無視する。うーむ。「こらハナビちん。ちゃんと挨拶を返さないと駄目でしょうが」「……初めまして、日向ハナビと申します。失礼ですが、あなたは」「あ、ごめんね? 私は春野サクラ。ヒナタや、玄之介の同級生で――」「そうではなくて! その、玄之介とは……」徐々に尻すぼみとなるハナビちん。それに何かを感じ取ったのか、春野は呆気にとられるよう目をぱちくりさせると、すぐに満面の笑みを浮かべてハナビちんを抱き締めた。「可愛いー!」「な、何をするのですか?!」「安心して。この馬鹿なんて眼中外だから。 でも、そっかー。頑張るのよー?」離してください! とハナビちんの悲鳴が上がるも、春野は抱き付いたまま離れようとしない。……へー。なんだろ。立ち振る舞いに余裕が出来たな。なんつーか、周りを見る余裕が出来たって言うか。たたら爺さんに意識改革でもされたのかね。まあいい。「そうそう春野。今日、割と面白イベントあるんだけど覚えてる?」「……なんのこと?」「花火大会。サスケとか誘った?」と言ったら、春野は瞬時に青い顔になったり。そりゃそうだよねー。ちなみにただ今の時刻は午後の四時。開始まではあと三時間です。家に帰って準備し、浴衣とかを着るんだったら残り時間が微妙だよね。「ど、どうしよう……」「……だろうと思ったよ。さて、ここで一つ良いことを教えてあげようー」そう言い、恭しく一礼してみたり。しかし、そんなジェントリーな仕草はテンパってる春野に効きませんでした。「は、早く帰って着替えないと……っ。 いや、それよりも先に約束?! いや、こんな姿でサスケくんの前になんか……」「あのー、俺の話を聞いて貰えませんでしょうかね」ブツブツと呟く春野の姿は割と異様。「先輩とサスケとヒナタ、あとナルトは一緒にうちは邸で花火を見るんだってさ」「もう先約があるんじゃないのよ!」だから話を聞けって。「で、春野もそれに参加することになっているから」「……は?」怒り狂った様子は一瞬で消え、軽く目を見開く。うむ。これが森籠もりで頑張った春野へのご褒美である。先輩経由で春野をサスケと一緒に花火を見られるようにお願い。恩人からのお願いなのでサスケは断れず、更に舞台をうちは邸にすることによって退路を断つ。どうよこの完璧な作戦。自分自身の華麗な手腕に惚れ惚れするぜ。しっかし春野は信じられないのか、軽く首を傾げていたり。「……先輩って誰?」ああ、そっちか。「ああ、卯月朝顔。知ってるでしょ?」「……あの人か。 まあ、二人っきりじゃないのは嫌だけど、この際仕方ないわね」「贅沢言うなよ」「分かってるわよ。 それに、私が自分で言ってもサスケくんが誘いに乗ってくれるか分からなかったしね」言いつつ、照れ臭そうに笑い、「ありがと、玄之介。色々と勉強になったわ。じゃあね」春野は荷物を手に持つと、脱兎の如き勢いで日向邸を後にした。……ところで、なんで俺の服の袖が引っ張られているんでしょうか。「……何? ハナビちん」「……私のだから」……何がですか。その後も師匠に見つかるまで、ハナビちんはずっと袖を引っ張ったままだったり。なんなんだろうか。ま、俺もそろそろ花火大会の準備を始めるとしますかね。