「良く見ておくんだ、ハナビちん」「はいっ!」元気良く手を挙げるハナビちんに一つ頷き、俺は目の前にある木偶人形を見据えて右手にチャクラを集中させる。そして――「流派ぁ、日向流柔拳の名の下に!」掌に柔拳の要領で纏ったチャクラを性質変化させた。「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ。 ……勝利を掴めと、轟き叫ぶ!!」叫び、印を組まずに純粋な性質変化を続ける。その結果掌からは陽炎が立ち上り、紅蓮の灯りが点る。「爆熱・熱波溶断掌!!!」そして充分な熱量を保った掌を掲げ、瞬身を発動。一息で木偶人形へと接近し、その頭部を鷲掴みにした。高熱を保つ掌に握り締められ、木偶人形の頭はゴムボールか何かのようにぐにゃりと変形した。そしてその勢いに任せ、「ヒイィィィィィィトォ、エンドっ!」右腕を突き出し、それと同時に保っていた熱を解放。衝撃すらも伴った一撃で、木偶人形の頭は跡形もなく吹き飛んだ。ふむ、なかなか上手くいったね。千鳥を参考にした、火遁版千鳥って感じなのだが。速度は数段千鳥に劣るけど、悪くないとは思う。こちとら性質変化を極めた訳じゃないが、そこそこのレベルだとは自負してますの。解放せずに一点に熱量を集中し、それで目標を溶断、爆砕することぐらいは可能だぜ。「……どうよ?」「すごいすごい! どうすればこれ出来るの?!」「性質変化の練習をすれば出来るようになるよ。 これは印がいらないんだ。 ただただ性質変化を一定以上のレベルでモノにすれば会得することは出来るのさ」「そっか。……ところで、玄之介」「なんだい?」「……なんでゴッドフィンガーじゃないの?」ふむ、流石はハナビちん。着眼点が違いますな。「これは忍術ですよレディ。片仮名を付けたらなんかお約束を破っているみたいでしょ?」そうなのかー、と分かったような分かってないような返事をするハナビちん。まあいい。あ、そうそう。ちなみに、海への旅行でハナビちんは性質変化の練習を始めたわけですが、彼女に発現したのは火属性でした。……うーむ。性格に合っているのかなぁ。まあ、性格診断出来るわけじゃないけどさ、属性で。と、考え事なんぞをしていたら。「……主どの」「さあハナビ様、性質変化の練習を始めましょう。遊ぶ暇なんてありませんからね?」「ええ、分かっています。始めましょうか玄之介」「……バレバレの芝居はいいですから」あ、一瞬で見抜かれた。はい、別に師匠に解禁されたわけじゃないけど、流石にハナビちんの視線が痛くなってきたので我慢するのが無理だったのです。我ながら忍耐ないなぁ。「まったくあなたは……またどうしょうもない技を編み出して」「は、はい、すみません。 ……でも我ながら悪くないと思いますよ?」「まあ、威力は。 しかしこんな技、簡単にカウンターを喰らうではありませんか」「いやいや。 そこら辺千鳥を参考にしているんで問題はないですよ? そもそもこれは高速移動して掌を突き込む技ってわけじゃない。 ヒートエンドを前倒しにすることで、つまりは熱波を撃ち出すことで、威力は下がるけど中距離にも対応。 防御にだって使えるし、拘束されたらこれで忍具を断ち切ることすら可能です」まあ、そんなことしたら自分が大火傷を負うけどね。そこら辺はスルー。ちなみに、実戦じゃ流派云々は叫ばないこと推奨。陽動する場合なら話は別だけどさ。「汎用性は悪くないと思うんだ。写輪眼のない普通の忍でも使えるじゃん?」「そうかもしれません。しかし……」「……薙乃、前から言おうと思っていたのですが」納得しかねる、といった様子の薙乃に、ハナビちんは何故か唇を尖らせて不機嫌そうな表情を浮かべる。む、どうしたんだろう。「何故父上も薙乃も玄之介が劣等生のような言い方をするのです。 皆が言うほど、玄之介は駄目なんかじゃない。むしろ優秀な忍でしょう」最後の方は疑問系じゃなく断言だった。……うわ、なんか感動。そんなこといわれたの初めてのような気がするよ俺。いっつも馬鹿とかいわれてたからなぁ……。しかし、そんな俺と違って薙乃さんはそっぽを向く。「そ、そんなことはありません。 主どのは駄目駄目です。 考えが浅はかだし、デリカシーに欠けているし、心の機微というものに疎すぎてお話になりません。 こんな人が優秀だなんて、有り得ません。ハナビ様だって主どのの成績表を見たでしょう? あれが――」「アカデミーの成績が全てだと? 馬鹿げた考えです、薙乃。 こうやって玄之介は私に忍術を教えてくれているし、私が寂しがらないようかまってくれるし、稽古にだって真面目に打ち込んでいます。 どこが駄目だと言うのですか」……あ、あれ? 何かおかしな方向に進んで――「……ハナビ様。 確かに主どのは優れている部分があります。 しかし、駄目な部分から目を逸らしてそんな言い方をしては、この人のためになりません。 主どのはすぐに増長するのですから」「……知ったような言い方をしますね。 玄之介のことを良く知っているような、そういう類の言い方ですね? それは」――待って。なんでこんなに険悪になっているの。なんかいつぞやのことを思い出すように、ハナビちんと薙乃は視線をぶつけて火花を散らしている。うわぁ……どうすんだよこれ。俺、悪くないよね? 何もしてないもんね?いや、ゴッドフ……もとい、熱波溶断掌をお披露目したのが原因を言われれば俺が悪いんだけれども。ううむ。なんだろ。嫌な予感がするぞ。「……主どの! あなたは駄目な人ですよね?!」「玄之介! 玄之介はすごいよね?!」何その問い。っていうか薙乃さん、自分で自分のことを駄目と認めることほど虚しいことはないよ? んでもってハナビちん。俺、そこまで自信過剰じゃないっす。マズイぜ。いつぞやよりもヒートアップしてる。これは……。「ご、ごめーん! これからシノくんとの用事があるんだー」「あ、待ってください主どの!」「待ちなさい玄之介!!」背中に怒号が届くけれども、気にしない。うへぇ、帰ってきたらどんな目に遭うんだろう。 in Wonder O/U side:U木の葉隠れの里を出て十里ほど。時刻は昼過ぎ。崖っぷちから眺める一面には青々とした広大な森が広がっている。もしかしてここ、将来はテマリんに大規模伐採される場所じゃないだろうか。そんな場所へと、俺は油女親子に連行されて来た。あ、ちなみにシノくんの親父さんの名ははシビさんだそうです。これで謎が一つ解けた。さて、ここまで来る途中何度か声を掛けてみたんだけど、シビさんとはまともに会話が成り立ったためしがない。いや、返事はしてくれるのよ。しかし必用最低限の応えを返してくれるだけで、会話に発展性ってもんがない。それはシノくんも同じだったり。彼はシビさんよりもまともだけどさぁ。そんな感じでしばらく進むと、シビさんは脚を止めて鞄の中から巻物を取りだした。ようやく目的地かしらん?「……では、始める」「あの、何をですか?」「……シノ。伝えてなかったのか」「親父が自分で説明すると言ったんだろう。 ……まあいい。何故なら、玄之介を巻き込んだ責任は俺にあるからだ」そりゃそうっすよ。っていうか、巻き込むとか、すげえ嫌な響きなんだけど。なんだろう。いつもの如くトラブルでしょうか。「……今日からここで演習を行う。 三日と伝えたが、運が良ければもっと早く終わるかもしれない」「う、運が悪かったら?」「……さあ」うおーい!気まずそうに視線を外すシノくんに突っ込みを入れたくなるも、全力で我慢。「……その演習の内容だが、親父」「説明しよう。これらを――」そう言い、シビさんは巻物を広げて口寄せを開始。血を塗りチャクラを込め、爆煙と共に登場したのは全長十メートルほどの蟷螂。……カマキリ?!「――倒せ」「なんですかこの化け物! っていうか良く見たら蟷螂じゃないし?!」そうなのだ。特徴的な前足の鎌は変わっていないが、柔らかな腹とかそういう部分は鈍い光沢を放つ甲殻で覆われている。どないせいっちゅーねん。「シノ、これに蠱を憑けろ」「いやいやいや、こんな化け物どうやって倒せっていうんですか?!」「分かった、親父」「スルーかよっ!」思わず地団駄を踏む。何これ。なんで木の葉から出て模擬戦なんぞを……しかも相手は虫かどうかも怪しい化け物て。「こいつの特徴を教えておく。 昆虫網大怪蠱目に属する、フォーグラーという蠱だ。 一応羽はあるが退化しており、主に威嚇のために使用される。 食性は肉食性で、生物ならば見境なく口にするだろう」大怪蠱フォーグラー……おい、突っ込んで良いか。っていうかなんでも口にするって、それは僕もなんでしょうか。大変怖いのですが。「こいつに勝てれば合格、逃げ延びても合格だ。 ただし後者の場合は五日間逃げてもらうことになる。 ……何があっても責任は取らない」「すいません試験ってなんでしょうかっていうかなんでそんな重要な説明をたった今されているんでしょうかっていうかこれって命に係わることなんじゃないでしょうかっ!!」「……細かいことを気にするんだな、如月」あ、あれ? なんかすげえ苛立った視線で睨まれたんですけど。「では始め。十分後にフォーグラーを解放する」「ちょっと待てぇええええええ!!」「……行くぞ玄之介。何故なら、もはや退路はないからだ」シノくんに首根っこを掴まれ、そのまま崖下へとダイブ。何故そんな危険なことをっ?!「ちょ、シノくん、落ちたら死ぬよ普通に!!」「……アレから逃げるには、半端なことじゃ無理だ」そんなやりとりしつつも頭から崖下に向かうお子様二人。「シビさんの説明足りなかったから聞かせて欲しいんだけど、そもそもこのイベントはなんなの? なんで俺が巻き込まれているのかな」「……油女の試練だ。別にクリアしてもしなくてもいいのだが」そこまで言ってシノくんは溜息を吐き、「……駄目だった場合、怒られもなじられもせず、ただ失望される」……そりゃキツイ。「それで俺にアシストを頼んだと?」「ああ。 一人だけ友人に協力を頼んでも良い、というルールだった。 だから玄之介、お前を頼りにさせてもらったんだ」……まあ、同学年の人間にサポート頼むなら俺が一番だろうさ。友人、って括りがなかったら、あとは先輩とかな。まあいい。悠長にこんなことしていたら地面に激突する。「んじゃまあ、取り敢えず着地しようか。俺に任せて」そう言い、右手で鉢巻きを解きつつ左手で風遁・大旋風を発動。そして鉢巻きを振り回し、シノくんに巻き付ける。なんか伸びている気がするけど、気のせいですの。不自然な上昇気流が発生し、落下速度が一気に下がる。ここで出力調整を失敗したら崖の上に戻る羽目に張るんだけど、そこら辺は大丈夫。伊達に海で術のコントロール鍛えてません。着地すると同時に鉢巻きを解除し、再び額に巻き付ける。軽く溜息を吐くと、俺はシノくんの方に身体を向けた。「……気のせいかもしれないが、その鉢巻き、伸びてなかったか?」「気のせい気のせい。コミック力場だと思って欲しいね」「……力場?」まあ実際はそんなネタ理由で済ませられるわけじゃないけど。鉢巻きにはチャクラを通す金属――例を挙げるならアスマの使っていたアイアンナックルの素材――が髪の毛ほどの細さで縫い込んである。それ故にチャクラを鉢巻きに通すことである程度の形状変化は可能なのだ。材質である元が特殊合金であり、それを更に精密加工なんかしたから、たった五本しか縫い込んでなかったとしても俺の装備の中で最も高価なのがこの改造鉢巻きである。多分ジャケットとか破かれても大して怒らないけど、鉢巻きだけは別である。……ま、思い入れもあるからね。それも込みで大激怒するさ。「そんなことより、これからどうする? 俺としてはフォーグラーと一戦交えて、どの程度なのか確かめておきたいんだけど」「……危険だぞ、あれは。巨大だから動きが鈍いと思ってはいけない」「……そんなに?」呆れつつ聞き返すと、シノくんは黙って頷く。シビさん、あんたは息子とその友人を殺そうとしているのですか。なんてことをしていると、甲高い咆吼と共に上から岩石が落ちてくる。何事、と思っていると、そこには徐々に大きくなるフォーグラーが。んじゃまあ、取り敢えずは様子見で。風遁・カマイタチ。何も考えずそこそこの出力で真空刃を放つ。一拍置いて肉薄する不可視の刃。フォーグラーはそれに向けて爆走、もとい爆落下を続け――なんでもないことのように、真空刃は甲殻に弾かれた。「……嘘だぁ」何あの化け物。人智を超越してないか。「……安心して良い。大怪蠱と言っても所詮は蠱。火遁には弱い」そういう問題か。豪火球ぐらいなら弾くだろあれ。俺たちとの距離が縮まってくると、フォーグラーは鎌を構えて前傾姿勢となる。獲物はやはり俺達か。シャレになんないって、アレ。「取り敢えず逃げるよ!」「元よりそのつもりだ」シノくんを急かし、俺たちは脱兎の如く逃げ出した。くそう。薙乃さんを連れてくれば良かった。生々しい水音を上げ、時折生木が折れるような音が森に響く。木々の向こう側にいるフォーグラーは、捕らえた野犬や野生の馬を捕らえては見境なしに捕食していた。馬とか頭から丸かじりですよ。わきわき動く顎は長時間眺めていると、自分が噛み砕かれる錯覚を抱くほど禍々しいぜ。「シノくん。 フォーグラーが一匹いるだけで、生態系が破壊されると思うんだけど」「……その通りだ。 それ故にフォーグラーは討伐され、現在は厳重な管理の下で絶滅しないよう保護されている」……保護する必用あんのかなぁ、あれ。向こう側の世界で絶滅動物リストとか見ていた時は惜しい動物を殺しおって、とか思っていたけど、実際に滅ぼすべき目標を目にすると価値観が変わるよ。フォーグラーはマジ危険。普通の下忍だったら間違いなく歯が立たない。逃げるコマンド推奨。ちなみに今は姿を隠しているけど、その前は色々と牽制をしてみたりしたのだ。苦無投擲→鎌で切り払われる。苦無+起爆札→無傷。出鱈目だ。トンボの目を焼いたら大惨事、ってのを思い出して頭部に向かい豪火球→羽で巻き起こされた突風で吹き飛ばされる。間接部目掛けてカマイタチ→図体の割には俊敏で間接が狙えない。体術・螺旋丸・偽・八卦十六掌などの接近技→絶対にやりたくない。こんな感じ。「……シノくん。火遁は効くんじゃなかったの?」「そう思っていたし、図鑑にも載っていた。 しかし、親父が養殖したフォーグラーは一味違うようだ。流石は親父」「そこ褒めるところじゃないから。 どーすんのさ。使ってないネタがあるにはあるけど、接近戦は挑みたくないよ?」諦めムードの俺。シノくんは申し訳なさそうに俯くと、溜息を吐いた。「……すまない。俺が甘かった。まさか本気で殺しに掛かるとは思ってなかったんだ」「いや、殺しには掛かってないと思うけどさ」うむ。どうやら大人が考えることは似ているらしいのだ。この試験、なんか身に覚えがあると思ったら薙乃と出会った夜と大変似ている。限界を一歩超えた実力を引き出さなければ勝てない相手を用意し、それに当てる。俺も虎太郎の相手した時は死ぬかと思ったからなぁ。シビさんだってシノくんの親父さんだ。どうせ俺たちに蠱を取り憑けて現在位置を知っているんだろう。きっと命が危なくなったら助けに入ると思う。……思う。まあそれにしたって、出来るところまでやらなきゃいけないわけだが。「シノくん。君の持っている蠱ってどんな性能なの?」「フォーグラーに憑いている尾行用のものと、人間に群がってチャクラを食い散らかす類、そして蠱分身用のもの。これぐらいだ」「……フォーグラーにチャクラってあるの?」「あの巨体を維持しているんだ。 チャクラを普通に使って生きているとしか考えられない」「だよねー」ふむ。「じっくりじっくりとフォーグラーのチャクラを喰って、弱ったところを袋叩きとかどうよ?」「それよりも速い速度で獲物を捕食し、チャクラを回復するだろう。 蠱は人間と違って単純な分チャクラの変換効率が良いんだ」そうなのかー。じゃなくて。「真っ向から叩き潰すのと、逃げ延びるの。後はどんな手があるかな」「……徐々に削り取る、という手段がある」「どんな作戦かな」ちら、とフォーグラーの方に視線を向け、奴が食事に集中しているのを確認すると、シノくんの話を聞くべく集中を始める。「大怪蠱と言えど、蠱だ。 根本的な感覚は虫と同じ。 俺が陽動をする間、玄之介がフォーグラーにダメージを入れてくれればいい。 それを繰り返すんだ」「どうやって注意を逸らすの?」「これを――」そう言い、シノくんはコートの隙間から蠱を排出する。……やっぱ身体の中に飼ってるのね。「フォーグラーの触角にまとわりつかせ、空間認識を封じる。 残るは視覚だが、構造上フォーグラーは背後を視界に収められない」「OK。それじゃあ俺はフォーグラーがパニくってる間に背後から攻撃すればいいんだね」「ああ。 ……ただ、気を付けて欲しい。 一撃与えたらすぐに離脱するんだ。 あのフォーグラーを既存のフォーグラーと考えたら、絶対に痛い目を見る。 親父のことだから改造の一つや二つはしているだろう」……シビさんって一体何者ですか。まあいい。話はまとまった。「おっけ。取り敢えず一回目は必殺の覚悟で臨むよ」「……分かった。くれぐれも――」「油断するな、でしょ? それは君もだよ」そう言い付け、足音を立てずにフォーグラーの背後へ。フォーグラーは頭を上下させつつ相変わらず食事を続けている。正面からじゃないと言っても相変わらず恐ろしいことには変わらないので、深く考えず待機。そうして二分ほど経った頃だろうか。フォーグラーの触角に一匹、また一匹と羽虫が止まる。それが繰り返され、あっという間に稲穂にも似た大怪蠱の触覚は黒く実る。よし、行くか。打撃攻撃を行って効かなかったらマズイ。故に、ここは――お、という低い呻き声を連続させ、一つの叫びとする。左手で右手首を握り、チャクラを火に性質変化。柔拳の要領で掌に高熱となったチャクラを宿し、それを脇に構えてフォーグラーを見据える。殺す目的では使うまい、と思っていたが、人が相手じゃないならば話は別だ。膝を折り、重心を低くしてタイミングを計る。一。大怪蠱は鎌で触角の羽虫を取り除こうと、不様なダンスを踊っていた。二。苛立ちでもしているのか、小刻みに羽は展開されて、障子のように薄い広がりの向こうには食い散らかされた残骸が見て取れる。三。そして――「――熱波溶断掌」瞬身の術を発動。完全に羽が展開された瞬間を見切り、柔らかな腹を踏み越えて右手を翳す。人間で言えば延髄に当たる部分。そこ目掛け、俺は陽炎を立ち上らせる掌を打ち込んだ。一拍送れてフォーグラーが全身を引き攣らせ、凶悪な顎からは咆吼が上がる。だが遅い。灼熱を宿した掌は甲殻を熔解し、肘の寸前まで腕が突き込まれる。そして、これで終わりだ。溜まりに溜まった熱を一気に解放し、次いで、フォーグラーの上半身は比喩ではなく泡立つ。熱により不自然な膨張を起こし、生まれた水ぶくれは一瞬で破裂、体液が一面に飛び散り、中身のなくなったフォーグラーは力なく地面に倒れた。すぐに腕を引き抜いてフォーグラーから飛び降りると、息を吐きつつ腕を交差して下げる。うむ、我ながら恐ろしい殺傷力。人間相手に使う術じゃないな。完全なオーバーキルだ。「どうよシノくん」「……冗談かと思ったが、本当に一撃で倒すとは」草陰から姿を現したシノくんは、どこか呆れた様子だ。それもそうか。俺、アカデミーじゃ実力隠してたからねぇ。でも今はそんなことしている場合じゃなかったから仕方ない。「しっかし、割とあっけなかったね。 最悪、突き込んで出来た穴に起爆札放り込むか、内側に手を突っ込んだ状態で豪火球を放つつもりだったんだけど」「……容赦がないな」「まあ、ね――?!」帰るか、と踵を返そうとした瞬間だ。不意に背後から聞こえた音に、俺は真横へと跳躍する。いやいや、フォーグラーは完全に倒したはずなんだけど……。目を細めつつ、久々のスイッチオン。スライディングしつつホルスターから苦無を取り出して、地に這うように体勢を低くする。そして、俺の背後にいた代物だが――そこには、十匹ほどの小型フォーグラーがいた。……どういうこった。さっきまではいなかったはずだが、と思いつつ、目を凝らし、納得する。小型フォーグラーが出てきたのは大型フォーグラーの体内――正確には熱波が届かなかった腹部――だ。つまりは、幼虫か。幼虫にしたって元が元なだけにサイズが桁違いだ。高さは一メートル三十センチはあるだろうか。おそらく、全長は二メートルを超えているはず。なんて厄介な。しっかし、シビさんの言い渡したフォーグラーを倒せって指令は終えたはず。この森の生態系には悪いが、トンズラを……。いや、待て。シビさんはなんて言った?『これらを、倒せ』……これら、って言ってたな、そう言えば。ファック! 最初から織り込み済みかこの事態は!!舌打ちし、両掌にチャクラを込める。小型フォーグラーは俺たちを食料と見なしたのか、親の仇と見たのか。威嚇するように羽を広げ、鎌を振り上げて襲いかかってくる。真っ直ぐに俺へと向かってきたフォーグラーの鎌を掌で受け流し、弾き、身体を開かせる。そして一歩踏み出し、がら空きとなった胴へ――「焔――」打ち込む。「――捻子」人間だったら悶絶必至の技だが、そこはやはり昆虫か。焔捻子を受けて小型フォーグラーは吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がって俺へと身体を向け直す。ああ、昆虫って痛覚ないんだっけ? どちらにしろ、あのタフさは厄介。燃やそう。先程打ち込んでみて分かったが、生まれたばかりだからなのか胸部の甲殻はそれほどの硬度じゃなかった。ならば火を弾くことも出来ないはず。羽だって炎を吹き飛ばせるほど安定はしてないだろう。そう結論づけて右手で豪火球の印を組み始めたのだが――「シノくん?!」俺に向かっているのとは別の、三体の小型フォーグラーに群がられているシノくんの姿に目を見開いた。マズった。ハナビちん誘拐の時に知ったように、彼やキバは得意技以外が最低限の水準にすら達していないのだ。フォーグラーを相手に出来るほど体術が磨かれているわけがなかった。舌打ちし、印を中断。チャクラを右手に集中させ、再び熱波溶断掌を構築。熱波溶断掌は意外とチャクラを喰う。常に放電し続ける千鳥よりは燃費が良いが、それでも高熱で自らが焼かれないよう掌を保護しなければならなかったりするのだ。今の俺では撃てて五発。そしてこれは本日三発目。それ以外にも豪火球やカマイタチを放ったから今日は高威力の術を連発するのは絶望的だろうが――「かまうかよ!」瞬身を行使し、通り抜けざま一体の頭部を消し飛ばす。そして地面を抉りつつ無理矢理ブレーキを掛け、転倒しそうになるのにもかまわず下段足払い、木の葉旋風。首をへし折る嫌な感触に顔を顰めつつ、すぐに体勢を整える。これで二体だ。フォーグラーに群がられていたシノくんの姿を視界の隅に収めると、俺は最後の一体に向けて右の掌を突き出した。そして宿っていた熱を解放。方向性を持たせられた熱波に襲われ、フォーグラーは頭部を膨張、破裂させる。息を吐く間を置かず、倒れ込もうとしていたシノくんを抱きかかえた。そして瞬身を行使すると、俺は一目散にその場から逃げ出した。サバイバルキットで簡単な治療を施すと、ようやく一息吐けた。シノくんは二人分の痛み止めが効いて今は寝ている。あまり薬が効かない体質なのか、酷く寝苦しそうにしているが。現在俺がいるのは、あの広場から一キロほど離れた洞窟だ。フォーグラーがここへ来ることもなく、今のところは休戦状態。しっかし、どうするかなぁ。視線を掌に落とし、溜息を吐く。俺の右手は包帯に覆われていた。軽度の火傷をしていたのだ。保護が完全じゃなかったのか、少しの間を置いてじくじくと痛み出してきた。ううむ。無茶すりゃあ使えるが、右手は使用したくないな。すると左手で戦うことになるが、使用可能なのは風遁と柔拳・焔捻子、蹴り技、投げ技、変態忍具各種だけか。戦力半減どころじゃないな。火遁中心の戦闘構築も考え物か。出来れば今日は戦いたくない。チャクラが底着く寸前だし、怪我人一人いるしなぁ。薙乃さんを口寄せ……いや、駄目だ。この夕方から夜に掛けての時間帯はいつ風呂に入っていてもおかしくはない。そんな時に喚んだら蹴り飛ばされるだけじゃ済まない。いや、そんな理由で、とか思われても重要なことですよこれは。ぐおー、と頭を悩ませていると、もぞりとシノくんが起き上がりましたよ。「や、お目覚め?」「……そうか。すまない、迷惑を掛けた」どうやら状況を把握したのか、会話のキャッチボールをすっ飛ばして一人納得→沈むというコンボをやり遂げる彼。「まあまあ、そう沈まずに。傷、痛まない?」「……少し」うっそだー。胸を袈裟に引き裂かれて、肩とか囓られてたよ? ありったけの増血丸を放り込んで一命を取り留めたんですよ?しかし、そこは同じ男の子。痩せ我慢を指摘する無粋はなしだ。「もう夕方だけど、どうする? 夜戦はちょっと勘弁かな。 森の中だと視界が悪いし、感覚を頼りにしているフォーグラーの方が有利っしょ。 数も向こうが多いしね」「……そうだな。本当にすまない、玄之介」「そんなに謝らなくて良いって。 しっかしどうするか。 あれから時間経ったし、フォーグラーの甲殻も堅くなったでしょ?」「……あのサイズなら、火遁で――」「ごめん、右手は出来れば使いたくないんだ」そう言い、ひらひらと包帯に包まれた右手を振る。「使おうと思えば術も可能だし、柔拳も放てるけど、痛いんだよね。無茶して腐らせたくないし」「……腐るって……ち、治療は?」「応急処置はやったよ。 俺も、君もね。 両方とも化膿しない内にちゃんとした治療を受けた方がいいけど」うん。そうなのだ。俺はともかくシノくんが若干ヤバめ。「……あー、言い辛いんだけどさ」「……なんだ」「ごめん。 肩の囓られたところ、縫合のやりようがなくて焼かせてもらったから、派手な火傷痕が残ると思う。 ……い、一応努力はしたよ?」こう、最低出力の熱波溶断掌でジューっと。ちなみに俺の分の痛み止めをぶち込んだのはこのせいです。し、しょうがなかったんよ? 傷口塞がないと出血止まらなかったんだからね?はい、すみません。しかし申し訳なさマックスの俺と違い、シノくんは大して気にしてない様子だった。「……気にしていない。 何故なら、そうしなければ危なかったのだろう? ならば感謝こそすれ、責めることなどしない」は、ハードボイルドだ。この歳でなんてダンディズムを。若干感動している俺。しかしシノくんはそんな俺にもかまわず、再び横になった。寂しいです。「……今日は休もう。決戦は明日だ」「分かった。 ……けど、フォーグラーがちりぢりになったら集めるのが面倒じゃない? 足止めだけでもしないと」「それなら手はある。安心して良い」そうなのかー。まあ、彼が考えなしに他人を安心させる発言はしないだろう。信じるとしますかね。寝ているシノくんを飛び越えて洞窟の入り口に辿り着くと、岸壁に背を預けて両腕を組む。ま、一応は警戒しないとだしさ。そして、レム睡眠にレッツゴー、と瞼を閉じようとした時だ。「……玄之介」どこかおずおずとした口調で、シノくんが俺の名を呼んだ。「何さ」「……今日のことは、感謝している。 連れ出して危ない目に遭わせたというのに……本当にすまない。だから――」「いいって」なんだか気恥ずかしくなったので切り上げようとする。しかし、彼にそのつもりはないようだ。「――玄之介。 お前は俺の友だ。 そして友情とは、ただ行動でのみ示される。 お前の敵は俺の敵だ。いつでも呼べ。 俺は非力で、お前よりも弱いが、戦う覚悟はある。 そして覚悟が役に立つ時は案外多いものだ。 立ち向かう覚悟があれば、どうにかなる」どこか歌うように、彼はそんな言葉を紡ぎ続ける。「……俺は、必ず強くなる。 今日や、日向ハナビが攫われた時に力になれなかったような醜態は二度と見せない」 「……ん。その時は、アテにさせてもらうよ」それだけ返事をして、俺は狸寝入りを決め込む。しかし、そうか。ハナビちんの一件はシノくんも気にしてたんだね。……なんだろう。カンクロウの時にも思ったけど、やはり友人ってのはいいもんだ。翌朝。まだ日が昇って間もない時間、既に起床した俺とシノくんは洞窟の中でスタンバっていた。洞窟の奥行きは二十メートルほど。ここを使って、殺到してきたフォーグラーを一網打尽にするという。作戦は、こうだ。シノくんが蠱を使い、フェロモンでフォーグラーをここへと誘導する。そして一列に並んだところを最大出力のカマイタチでまとめて一刀両断。なんとも簡単な作戦である。しかし……。「シノくん、蠱にチャクラ喰わせてるんでしょ?」「……良く知ってるな」「あ、あははは。 嫌だなー、前に話してくれたじゃないの。 そんなことより、大丈夫? その身体で蠱を常駐させる分と操作する分のチャクラ作れるの?」「……大丈夫だ」そう言う彼の姿勢は、俯き加減で合掌している状態。チャクラを練っているのだろう。捻り出さないとマズイレベルなのか。「……適当に集めてくれれば、俺一人でもなんとかなると思う。無茶はどうかと」「……これは試練だ。 無理無茶無謀が必用とされるのは当然のこと。 それに――お前一人に危ない橋は渡らせない」……なんとも頑固だねぇ。ならば信頼しよう。彼も限界に挑戦するならば、俺も挑戦しなければならないのだから。さて、俺の役目だが、敵の殲滅担当だ。役目だけ聞けば楽そうだが、実は割とシビアである。まず、最大出力でカマイタチをぶっ放す。これはいい。問題は、余波でこの洞窟が崩壊しないかどうかだ。それを回避するには、威力が高く、洞窟の横幅ギリギリのカマイタチを放たなければならない。キツイぜ。熱波溶断掌が使えるなら、一直線に敵を溶断して外へと出れば良いだけなんだけど。しかし、それは出来ない。一晩経って右手の状態は更に悪くなっていた。膿は湧いてくるわ水ぶくれが酷いわで、正直動かすだけでも苦痛だ。触りたくなんかない。くっそ、火遁が使えればな。風遁の扱いは火遁ほど慣れてないんだよなぁ。ネジとの喧嘩で風遁をもっと使っておけば良かった。小さなことでも積み重ねれば経験になるもんだぜ?「……来るぞ」シノくんの声が上がると同時に、フォーグラーが洞窟の入り口に顔を覗かせる。一匹入り、更にもう一匹。手に汗握る、とはこのことか。奴らに喰われるか、一網打尽にするか。一つ失敗すれば命取りとなる状況が揃い始めている。もう後戻りは出来ない。やるしかないのだ。五匹目が洞窟へと侵入する。しかし、その頃には一匹目のフォーグラーがすぐそこまで迫っていた。しょうがない。舌打ちし、左掌にチャクラを集中。「玄之介、カマイタチはまだ――」「分かってる!」シノくんの警告に応じ、振り下ろされる鎌を払うと複眼に手刀を突き込む。強いて言えばトマトを握り潰す感触に似ているか。やや硬質の目を貫いた感想はそんなところだ。目を潰されたことで、俺を敵と認識したのだろう。フォーグラーは金切り声を上げ、それに続く形で後ろのフォーグラーも威嚇してくる。くそ、左手だけじゃやりづらい。捌くのが若干キツイぜ。六匹目が洞窟内へ。同時に、俺が相手をするフォーグラーが二匹に増える。身体を押し合いながら鎌を振り回す状況は、ちょっとシャレにならん。風遁・操風の術。風を収束、フォーグラーを押し出して少しの余裕を生み出す。そして――七匹目が入ってくる。「玄之介!」「おうとも!」大旋風を解除、蹴りを入れてフォーグラーとの距離を生みつつ、「風遁・カマイタチ――」左手で印を組み、叫ぶ。「――最小規模・最大出力!」腕の一閃と共に放たれる真空の刃。それはフォーグラーの胴を袈裟に一つ、また一つと引き裂いて出口へと向かう。だが、やはり無理だったのか。カマイタチのサイズは通常よりも小さいが、洞窟の岸壁を削っている。まずい。崩れるよりも早く脱出しないと、生き埋めになる。「シノくん、出るよ!」叫び、瞬身を発動。フォーグラーの死骸を飛び越して一気に外へと出るが――振り返った瞬間、洞窟の奥で倒れているシノくんを見て息を呑んだ。考えている暇はない。すぐさま手甲に指を這わせ、一番ボタンを。煙と共に現れるのは忍具チャクラムシューターだ。「シノくん、腕だけでも上げて!」叫び、ブレードを射出する。真っ直ぐに鋼線が伸びるも、シノくんに反応はない。もう一度洞窟に入って瞬身で、と考えた刹那、シノくんは蠱を使って腕を押し上げていた。それを見逃さず、俺はブレードを操作して鋼線を巻き付ける。そして巻き戻し用のモーターをロックし、振り返って右腕を前に突き出しつつ瞬身の術を発動。投手のゴムチューブを使った練習のようだ。ぎ、とチャクラムシューターが悲鳴を上げるが、今はたたら爺さんの作った忍具の頑丈さに賭けるしかない。そして、鋼線でシノくんの腕が裁断されることも。一瞬の拮抗の後、一気に俺の身体は前へと進む。それに続いて現れるのは、鋼線を腕に巻き付けたまま宙を舞うシノくんだ。背後で崩落の音を聞きながら、俺は慣性に耐えきれずその場へと倒れ込む。次いで、シノくんが地面へと叩き付けられる音。……うわぁ、受け身取れたかなぁ。そんなことを考えつつ、俺はいそいそと身を起こした。「……二日で終えるとは思ってもみなかった」「あのー、シビさん? むしろこれって長期戦になればなるほどキツくありません?」「……やはり如月は駄目だな。シノのためにならない」……ぐっおー、人の話聞きやしねぇ!!シビさんはシノくんを肩に担ぎ、俺たちは木の葉隠れへと向かっている。フォーグラーを殲滅すると、シビさんはすぐに姿を現した。どうやらずっと見ていたらしい。やっぱ息子が心配なのかね。「……シビさん。質問よろしいでしょうか」「……許そう」「フォーグラーって、かなり危険な蠱ですよね? っていうか実際かなり危険でしたよ。 なんでそんな代物を下忍にもなっていないシノくんに当てたんですか」「……シノが、お前に助力を乞うと言ったからだ」……そうなんだ。っていうか、なんだ? 俺が偏差値を引き上げたとでもいうのですか。そりゃーそこいらの下忍より強い自信はありますが。「って、シビさん、俺がどの程度の実力があるのか知っていたんですか?」「いや。 ……ただ、如月の絶技を使われたら簡単にこの試験は終わっていただろう。 それを考えてフォーグラーを用意したのだが、お前は絶技を一つも使わなかったな」如月の絶技の威力、この人は知っているのか。ぬーん。やっぱり一族の技は最低でも一つは使えてないと駄目なんでしょうか、この歳だと。キバだって四脚の術を使えるし、シノくんだって蠱使えるし。いのなんかも心転身の術使えそうだな、成績優秀っぽいから。あの気持ち悪ささえなけりゃ、俺だって……。「俺は如月の技をまだ使えないんですよ。 その代わりにこう、体術なんかを嗜んでみたり?」「……そうか」……突っ込みがないのは寂しい。「如月玄之介」「なんでしょう」「こいつは俺に似て無愛想だ」「……まあ、そうかもしれませんが」「だが、悪人に育てた覚えはない。……これからも、コイツと仲良くしてくれ」そんな発言が飛び出たため、思わず目を見開いた。……なんだろう。厳しい人、ってイメージがあったから意外かも。まあ、言われなくても仲良くするけどさ。夏の恐怖体験にしちゃあベクトルが違う代物を味わって、俺は日向宗家へと戻った。