「私マーメイっ」はてさて、この世界にマーメイドなんて単語はあるのだろうか。っていうか英語って体系化されているのだろうか。なんて俺が考えることが伝わっているはずもなく、ハナビちんはご機嫌な様子で教えた歌を口ずさんでおります。そんな彼女を横目で見つつ、俺はアカデミーへの登校準備。「いってきます」「いってらっしゃい」と、返事があったので振り返ってもそこに姿はない。ふむん。あの一件以来、俺とハナビちんは必要以上に話したりするな、と師匠に厳しく言いつけられていたり。俺も俺で色々と考えるところがあったから、あんまり遊んであげないわけなのだけど、今のようにさりげなーくハナビちんから反応があったりする。……ずっと相手にしなかったら、その内怒りそうだな。どう見てもアレ、かまってくれってアプローチだし。むーん。やはり師匠に怒られた時反論しただけあって、ハナビちんにとって誘拐事件は彼女なりの解釈があるようだ。んでもって、すげえ不服そう。まあいい。外へ遊びに出掛けるのは絶対駄目、と言われているけど、ほとぼりが冷めれば以前のようにしても、と師匠から言われているしね。大人の事情だが、それで丸く収まるのならば大歓迎だ。さて、行くか。今日はアカデミーの終業式。っつってもこの後に待っている夏期休暇は向こう側の学校と比べて短いんだけどさ。通知票はどうなってるかねー。 in Wonder O/U side:U「それじゃあ通知票を返すぞー」イルカ先生の発言により、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。どこも同じか。みんな大変だねぇ。「……おい玄之介。てめえ、なんでそんなに余裕なんだ」「お前さんと違って、こちとらテストの点数は良好でしてな」「授業サボりまくっていたクセに……っ!」歯軋りしつつ地団駄を踏む、キバ。ふははは。「で、お前の予想はどんな感じ? 成績は」「……体術は◎だとは思うけどなぁ」「ほう。他は?」回答は、沈黙。そして名を呼ばれたキバは教卓まで行くと、その場で絶叫を上げた。ふむ、哀れ。「次、如月玄之介」「はいー」さて、どんなもんかしら。イルカ先生から通知票をもらって――評価:オール評価不能。『―』で評価欄が埋まっています。「な、なんだってぇええええ?!」と、思わず声を上げたらクラスの皆様が静かになり、視線を向けてきた。居心地悪いぞこん畜生。まあ、取り敢えず、だ。「異議あり! このような不当な評価を受けるいわれはない!!」ダン、と教卓を叩いて声を上げるも、「……そういうことは、まず授業に出てから言おうな、玄之介」そう、イルカ先生は生暖かい目で語った。くそ、この野郎。今まで見た中で一番穏やかな眼差しだぞ。そんなに嫌がらせ成功したのが嬉しいのか。あ、ちなみにイルカ先生には迷惑掛けっぱなしです。授業をエスケープするので、顔を合わす度に説教されたりとか。「……つまり俺、補講ですか?」嗚呼……俺の夏休みが……砂隠れへ遊びに行こうと思っていたのに……。まだ行ってもいない出来事が走馬燈のように過ぎ去ってゆく。しかし、そんな俺の心配は杞憂だったようだ。「いや……どうせお前を拘束してもサボるだろうし。免除だ」「……いいの?」「成績だけはいいからな。 内申は評価出したくな――出せないぐらい壊滅的だが」ですよねー。っていうか、今本音が出なかった?いや、素行悪くないよ? 授業サボるだけで。……充分悪いか。「じゃあいいです。どうもー」「気にするのは夏期休暇が減るかどうかだけなのか……? 普通はその通知票でガッカリしないか?」「数字なんてのは飾りですよ。偉い人にはそれが分からんのです」「……補講にご招待してやろうか?」「うわぁ。どうしようこんな評価喰らって。 師匠とパパンママンに大目玉くらっちまうよー」「……わざとらしい演技はしなくていい」疲れた溜息を吐くイルカ先生。気苦労ばっかり掛けてて悪いなぁ。「だっせー、評価不能なんて初めて見たぞ!」「言いたいだけ言えばいい」「……虚しいぞ、キバ。 何故なら、本来は圧倒的にお前が負けているからだ」分かってるっての! とシノくんに八つ当たりするキバ。授業は半ドンだが、俺たちは食堂で昼食を摂っていた。まあ、アレだ。夏休みの予定ってやつを話し合うのだ。「で、二人はどんな夏休みを過ごすのさ」「……俺は里の外に拉致られて、夏の間は演習だぜ」そう言い、がっくりと肩を落とすキバ。ふむ、大変だね。「シノくんは?」「キバと似たようなものだが……玄之介、少し頼みがある」「何?」「後で話す」それっきり黙り込んでしまうシノくん。ふむ、なんなんだろうね。「じゃあ玄之介はどうするんだよ」「俺? うーん。取り敢えず、父さんと母さんに稽古つけてもらって、砂隠れへ行って……。 後はまあ、温泉行ったり海行ったりするんだろうなー、と。後は日数の配分を決めるだけかな」「それが血継限界を宿す一族の予定かよ。遊んでばっかりじゃねえか!」「ばっか野郎、父さんと母さんの稽古舐めんな! この間なんか川の水沸騰させろなんて無茶言い渡されたんだぞ!! チャクラ切れた状態で水に流されて死ぬかと思ったわ!!!」ちなみにそれは、火遁の性質変化の練習です。熱量の伝播方法を鍛えるんだとか。にしたって度が過ぎている。水面歩行しながらですよ?あと砂隠れへの遠征だけど――まあ口寄せで喚んで貰うから遠征というか微妙だが――どうせカンクロウと模擬戦三昧だろうし。テマリんには木の葉の甘味買い込んでこいと指令受けてるし、バキ先生は絶対有り得ない量のアルコール用意してるだろうし。海とか温泉とかも酷いぞ。湿った空気を風遁で乾燥させ、更に火遁の練習。温泉はどうせ俺が沸かすんだよ。強くなるために必用な修行で埋まっていますよ。うう……ハナビちんと遊んで虚しさを紛らわすか。……いや、玄之介ばっか外行ってずるいとか言われるんだろうなきっと。気が重くなる。折角のサマーバケーションが。「……お前も大変なんだなぁ」「そりゃお互い様。 ……お土産持ち寄ろうぜ、新学期」「……そうだな。 あと、出来たらでいいけど、最後の数日時間作らないか? そんでもって、遊ぼうぜ」「いいねー。シノくんはどうよ?」「……了解した。 何故なら、折角の夏休みに嫌な思い出だけなのは癪だからだ」あ、シノくんも夏休みは修行で潰されるのね。その後、適当に雑談して解散。で、別れた直後にシノくんに呼び止められた。「どうしたの?」「……さっき言った頼みだ」「ああ、何?」「夏休み、時間を作って欲しい。キバが言っていたのとは別に、だ」「んー……大事な用事?」さっきも言ったように、俺の予定はキツキツなのだ。しかしシノくんの頼み事はよほど大事なことなのか、俺が考える素振りをすると寂しげにする。いやー、シノくんは表現するのが苦手なだけで、感情は豊かなのですよ。ただ、些細な変化に気付かないと駄目だけど。「ま、いいよ」「……いいのか?」「いいよいいよ。 全日程を一日ずつ削ればなんとかなるっしょ。 何日ぐらい必用なの?」「おそらくは三日ほどだ。日程が決まったら教える」「オッケー、そんじゃねー」そう言い、手を振って別れる。さて、夏休み。どうなることやら。で、日向邸へと帰宅したわけですが――「主どの! なんですかこの成績は!!」「ひいいいい、ごめんなさいもうしません許してください!!」般若の如く怒った薙乃さんに説教くらいました。「ヒナタ様の成績表を見せて頂きましたが、こんな……予想の斜め上を行き過ぎです!」「返す言葉も御座いません」「こんな評価を出すなんて、アカデミーで何をしていたのですかあなたは!」「こ……木の葉流剛拳の稽古?」素直に言ったというのに、薙乃さんは深い溜息を吐く。「隠れてそんなことをしていたのですね……」「あ、はい。すみません、つい」「……まあいいでしょう。 その稽古も無駄ではないようですし」「いいの?」「ええ。 私が一番心配だったのは、あなたがアカデミーで何も得ないことです。 その点、期待を裏切らなかったようなので、これぐらいにしておきます」苦笑し、通知票を俺に返してくれる。うーむ。甘いなぁ。心地良すぎて駄目だぞこりゃあ。「はい、説教はここまで。 それで、主どの。砂隠れへはどれぐらい滞在するのですか?」「んー、一週間……いや、五日かな」シノくんとの約束があるし、そのぐらいか。「そうですか。楽しみですね」「そうだね」「ええ。テマリとも話すことが溜まっています」楽しげに笑う薙乃。やっぱり年齢が近いから話し易いのかな、テマリんとは。あー、そうだ。「そうそう薙乃さん」「なんでしょうか」「師匠から聞いてる? 海へ稽古に出るって。……日向宗家&如月家でさ」「え……ヒアシ様達も参加されるのですか?」そうなのである。休暇中に両親と一緒に海へ稽古に行く、と師匠に伝えたら、そんなことを言われたのだ。どうやら師匠は、この夏の間にハナビちんに性質変化を覚えさせたいようである。そのために如月家に動向するんだと。……ごめん、真相知ってる。最近稽古が終わるころ、ハナビちんが「父上、今年はどこにも行かないのでしょうか」と強請っているのだ。いや、流石に師匠も誘拐事件があったので自重していたのだけれど、連日のように――いや、一時間に五回のペースで呪詛の如く呟かれれば折れるわな。そして、暗部ではなく海には上忍である日向ヒアシ様が護衛として参加ですよ。うむ。変なことしたら狼藉者として海の藻屑とされそうだ。「どうよ薙乃さん。 特訓があると思ったら、今度は師匠のお出ましだぜ? 俺、夏は如月の技を会得するのに集中したかったんだよ……」「ま、まあ、いいではありませんか。 忍術に集中して身体が錆び付くのはマズイでしょう? おそらく、海へと同行するのはヒアシ様の配慮なのですよ。多分」ああ、薙乃さん、なんでそんなに眠たい物言いを。っていうかあなたも師匠が来るのを素直に許せないのね。「……ヒアシ様も、主どののことを言えませんね。簡単に折れてしまうなど」「知ってたんだ。まあ、そうだね。基本あの人親バカだからしょうがないよ」二人揃って溜息。「まあ、師匠は稽古きっちりするだろうけど、きっと遊びの時間も貰えるだろうから水着とか買い込めばいいと思うよ」「それは既に――」そこまで言い、得意げに胸を反らす薙乃さん。へぇ……。「どんなの買ったの?」「な――っ、何をですか?!」あ、どこか得意げな表情が一瞬で真っ赤に染まった。っていうか分かり易い誤魔化し方だね。 「色はー? タイプはー? 個人的にパレオとか着いていたらポイント高いんだけど。 あー、でも、あんまり大人っぽいのは薙乃さんに似合わ――」「余計なお世話ですっ!!」無造作に振るわれた脚。それを腕で止める、が――一撃目はフェイク。彼女はすぐに身を入れ替えると、二撃目を――「木の葉旋風?!」軽く驚き、ぶっ飛ばされる。燦然と初夏の太陽が輝く空は、なんとも眩しかった。……石畳に落下したんだけど、すげえ熱かったよ。