「御伽噺をしてあげよう。これは、とある勇者王の残した神話である」「ねえねえ、そのお話に、忍は出てくるの?」「いいや。出てくるのはサイボーグだね」 in Wonder O/U side:U昼食の後、午後の訓練が始まるまで少しだけ休憩がある。まあ、食ったばかりで運動すると――しかも師匠のしごきだと――間違いなくリバースするんで当たり前っちゃあ当たり前だが。その時間に俺には日課があった。「玄之介」きたきた。部屋でだらだらしつつゴムボールを弄んでいると、いつものようにお姫様がご登場なされた。襖を開けて部屋を覗き込むのは日向ハナビ。今年で二歳児。今は一歳児である。普通だったら会話ができるかどうかも怪しいレベルなのだが、この世界の幼児は普通に喋るらしい。まー、身体能力からしてチートなんだから、変に思ったって今更だろうよ。ハナビちんは俺の姿を見付けると、花が咲くように笑顔を浮かべた。うむ。普通に可愛ゆい。こう見えても、向こう側じゃあ、俺は大家族の長男だったのだ。子守だったら任せろ。なんてことは誰にもいえず。師匠辺りにいったら、嘘を吐くな馬鹿めが、と殴られるだろう。ハナビちんとはトコトコと歩み寄ってくると、断りなしに胡座を掻いている俺の身体にすっぽりと収まった。どうやらここは彼女の指定席らしいですよ。「ねえねえ、お話を聞かせて」「いいとも。何が良い?」「昨日の続き!」「よし。じゃあ今日は『滅ぶべき右腕』だな」うん。そうなんだ。俺はハナビちんにロボットものの英才教育を施しているんだ。だって! だって同じ話題で盛り上がれる仲間が欲しいじゃん! ヒナタにいったら、良く分からないって一刀両断されたしよー。「……ねえねえ。そのお話で、勇者王は死んじゃうの?」「死なないよ」「でもでも、ヘルアンドヘヴンは効かなかったよね?」「微妙に違うけど、そうだね。けど、この話じゃあもっと凄いのが出てくる。それでやっつけるんだ」「本当?!」目をキラキラさせて期待を膨らませるハナビちん。……いいね。よし、終わるまでかなりの時間がかかるけど、次は勇者特急だ。魔を断つ剣とか夜明けの童貞とかの話はまだ早いだろうしね。それから三十分。ゴルディオンハンマーが炸裂してハッピーエンドで話を終わらせると、俺はハナビちんの頭を撫でた。「今日はここまで。続きは明日ね」「……続きが聞きたい」「だーめ。稽古に遅れたら師匠に怒られるからね。だから、また明日」ぶーたれるハナビちんを降ろすと立ち上がる。「じゃあね」といって離れようとすると、鉢巻きを引っ張られて軽いブリッジ体勢に。「……続き!」「ぐおおおおおお! あかんてハナビちん! それ下手したら首が折れる。折れてまう!!」思わず似非関西弁になっちまったじゃないか。案の定ヒナタにもらった鉢巻きは長く、よくこんな感じで引っ張られる。懐かれるのは嬉しいんだけど、これはどうよ。そんな俺の気分も知らずに、きゃっきゃと笑うハナビちん。ピエロか俺は。「……そういう悪い子にはおしおきしないとだねー」んでまあ、テンプレ的にくすぐり攻撃へ。笑い声を上げながら暴れるハナビちん。たまーに下手すると点穴狙ってくるから要注意だ。んで、そんなことをしていると――「……何をしている玄之介」「……シショウ」「もう時間だぞ」おや。割と死を覚悟したのに優しいですね。流石に親にいわれては駄々をこねられないのか、ハナビちんは大人しく俺から離れる。またねー、と手を振って離れると、庭へ。移動している最中、師匠が珍しく柔らかな口調で声を掛けてきた。「……玄之介」「はい」「すまんな、遊んでもらって」「いえいえ。お安いご用です」「そうか。しかし、ああいう風に身体に触れるのは感心しない。今日は覚悟しろ」……ちくせう。師匠は嘘を吐きませんでしたよ。いつもの1.5倍ぐらいのキツさでしごかれたよ畜生。ガクガク震える全身を叱咤激励しながら、なんとか立っている状態です。そんな俺を見ながら、師匠は休憩を入れてくれた。地獄で天国。いや、天獄? 休ませたらまた再会なんだろうしね!「玄之介。この間お前が見せた技だが」「えっと、どれでしょう」割となんでもかんでもやっているので見当がつかない。二重の極みは不発だったしなぁ。「あの掌を使った技だ」「ああ、焔螺子ですか。そうがどうかしました?」「あれを教えたのは弾正か?」む。パパンの名前が出てきた。九鬼先生と双七くんの真似です、なんていえないしなぁ。「はいそうです」そういうわけでごめんパパン。けれども師匠は納得したらしく、しきりい頷いている。「簡単にあの技を説明してみせろ」「体の捻りを使って掌を叩き付け、更に当たった瞬間に掌を半回転。内蔵破壊ですね」「む……こうか?」そういって、師匠は地面に突き刺さっていた丸太に掌を打ち込む。早すぎて焔螺子かどうか分かりません。掌を叩き付けられた丸太は粉砕玉砕。悔しいから大喝采はしない。「……速すぎて分かりません」「……そうか」少しだけ残念そうな師匠であった。午後の練習を終えると、俺はぶらぶらと敷地内を散歩していた。部屋に戻って休むことも大切だけれど、すぐに動きを止めると筋肉痛が酷くなる。それ故の散歩。それに、今日の散歩には目的があった。行ってみたい場所があるのである。日向宗家の敷地は馬鹿みたいに広い。その中で、まだ知らない場所があるのだ。別に立ち入り禁止区域ってわけじゃあない。単純に遠いのだ。そこは忍具の工房らしかった。白い煙が立ち上っているのを何度か見たことがある。鋼を鍛えたりしているのか。庭と呼ぶのもはばかれる森を抜けると、年季の入った作業場があった。トタン屋根で、壁はボロボロ。しかし、脇には立派な釜がある。鍛造するのは室内なのか。好奇心は猫を殺すというけれど、生憎と俺は猫以下の人間様なので躊躇いなしに近付いて行く。「……おい小僧」「はいなんでしょう」背後から掛けられた言葉にノータイムで返事をする。振り返ると、そこにはビバ職人って感じの老人が立っていた。「どこから忍び込んだ。ここは日向家の敷地だぞ」「あ、俺、今月弟子入りした如月玄之介といいます。よろしくお願いします」あんた誰、とかそういう反応はしない。するのは馬鹿かガキだ。老人はふむ、と頷くと、皺の寄った顔を綻ばせた。「そうか。俺は鋼たたらという。しかし、貴様があの玄之介か」「知ってたんですか?」「ああ。ヒアシが弟子を――というか、日向家が弟子を取るなぞ、俺が今まで生きてきてなかったからな。巷じゃ話題になっているぞ」ああ、そうだったんだ。割とあっさり決まったから自覚がありませんでしたよ。「で、どうしたこんな所で」「はい。忍具を作っている工房があると聞いて、一度見てみたくて」「そうか。なら、くるといい。見せてやろう」わしわしと頭を撫でられ、たたらの爺さんは着いてこいと言わんばかりに小屋へと向かい始めた。その後を追いながら、俺は老人の頭に巻かれた捻り鉢巻きに気付く。もしかしたらヒナタにプラシーボ効果を吹き込んだのはこの人か。小屋の中には、苦無やら手裏剣やらが置かれていた。そのどれもが、切れ味を現すように冷たい輝きを放っている。けれど、変態武器とかがないのが残念だ。ドリルとかハンマーとか。「……すごい。なんていうか、武器として優秀そうなのばかりですね」「そりゃそうだ。俺は日向お抱えの忍具職人だぞ? そこら辺の奴らと一緒にするな」お世辞ってわけでもなかった。忍具の専門店に並ぶ武器だって、ここにある物を比べれば霞んでしまうだろう。そんな物を見て興奮したせいか、うっかり口が滑ってしまう。「……忍具しかないんですか?」「馬鹿もん。忍具職人が忍具以外を造ってどうする」「いや、既存の忍具ではない創作忍具とか」「――む」「向上心のない者は馬鹿だ、とどこぞの人もいっています。……あるんじゃないですか?」「……いい勘をしてるな、小僧」にやり、と、悪戯ごとを思い付いた子供のような笑みを浮かべる。ヒアシには内緒だぞ、といいつつ、たたらの爺さんは作業台をスライドさせた。するとビックリ! 変態忍具があるじゃあありませんか!!「……おお」「これはな、俺が三十代の時に考えついたものでな」そっから、スーパーうんちくタイム。そして自慢。けれど、そういう子供心は良く分かるので飽きなかった。一通り話し終えると、たたらの爺さんは満足そうに溜息を吐いた。「いやあ、悪かったな。今まで誰にもいえなかった。同業者にいってバラされたらヒアシに解雇されたりするかもしれなかったからな。楽しかったよ」「いえ、俺もそんな忍具があるなんて知らなかったので」「当たり前だ。俺の創作だぞ」がっはっは、と笑うたたらの爺さん。またくることを約束して、俺は工房を去った。たたらの爺さんと出会ってから少し経ってからの稽古。「……なんだそれは」「チャクラムシューターです」篭手に装着された機械を見て、師匠は眉根を寄せる。ふふふ、爺さんに頼み込んで作ってもらったこの超兵器。ようやく完成したのだ!「……たたらめ」「ああ、俺が無理いって作ってもらったんで、たたらさんは関係ないです」「ほう、そうか。ちょっと使ってみろ、それ」「はい。――チャクラム、GO!」手首の動きで射出されるチャクラム。高速回転するブレードからは、鋼線が伸びている。――チャクラムなら、やれる。今こそ積年の恨みを晴らす時!師匠の脇を通り過ぎた途端、チャクラムは軌道を変えて拘束すべく回り込む。だが――「――小賢しい!」「お、俺の魂が――?!」高速回転する師匠。弾き飛ばされるチャクラム。引っ張られて宙を舞う俺。落下すると同時に、下敷きになった俺の夢は粉砕された。あの技が八卦掌・回天だってことは、後で知った。