師匠の叩き付けてくる掌を、チャクラを乗せた掌で弾き、受け流す。チャクラを放出ではなく、掌に留めておく。割と神経使うんだけど、螺旋丸の練習を何時間も続けていたりしたから慣れればなんとかなる。それでもまあ、捌くために思考しながらだからチャクラの集中は感覚で覚えないとなんだけどね。柔拳を辛うじて覚えた俺。連続使用は現段階で五分ほど。実戦での打ち合いなんて数分だからこの程度で充分やも。しかし、未だに精度が甘い。それは自分自身でも良く分かる。師匠の掌には一定のチャクラが張ってある。それと比べ、俺は多かったり少なかったり。適量を超えるか少なかった場合、反動を受けて体勢が崩れてしまう。故に、完璧な精度で扱えるのは二分ほど。それ以降はド根性出しても掌の応酬に気がいっちゃって不安定になるのだ。そんな状態に達するだけでも一週間が経った。難しいもんだぜ。「時に玄之介」「はっ、な、なんですか師匠」こっちは息切れしてるっつーのに向こうは平気な顔してやがる。「白眼を持たないお前では、柔拳の真価を発揮することは出来ないぞ?」「ああ、経絡系が見えませんからね」「む――まあ、そうだ」「でもいいんですよ。 相手を完全に行動不能には出来ないでしょうが……」うむ。不殺を決めている俺にとって、白眼はすごく欲しい。しかし、無い物ねだりをしたって始まらないのだから、しょうがない。「けれど、経絡系が見えなくとも柔拳で手足の筋組織を麻痺させれば、相手を動けなく出来るでしょう? 全くの無駄じゃない。それに、チャクラ系の技にも対応出来ますから」そうだ。割と残酷だが、両手足を動けなくすれば命を奪わずに済む。ある意味、俺にとっては最高の攻撃手段だろう。……あれ? 螺旋・焔捻子と柔拳・焔捻子って、オーバーキルじゃね?い、いいのだ。きっと柔拳の効かない奴とか出てくる。その時に必要となるのだよ!――ファッキン小僧のカブトとかな。「そろそろ、捌くのも上手くなってきたな」「ありがとうございます」「良い頃合いか。ならば、これはどうだ? 往くぞ――」そう言い、半身を引きつつ両手を広げ、「――八卦六十四掌」剣指での六十四撃を叩き込まれた。これが噂の奥義ですか。――って、「俺を再起不能にする気かアンタ!」盛大にぶっ飛ばされ、全身に耐え難い痺れを覚えつつも、文句を言って跳ね上がる。「いや、それなりに送り込むチャクラの量は加減したのだが。 ……屍人かお前は。何故動ける」ゾンビね。「酷いなぁ」そう言いつつ立ち上がり、再び掌を構える。……構えたんだけど。「師匠。チャクラが出せません」「チャクラなしで捌いてみせろ」「んな無茶な?!」「戦場では何が起きるか分からんぞ? ――死にたくなければ、抵抗してみせろ」そんな悪役台詞を楽しそうに言うなや、いい大人が。 in Wonder O/U side:U午前中の稽古……って言うか。一方的なリンチをなんとか乗り切り、昼休憩。今日は久々にハナビちんにお伽噺を聞かせているのだった。「そこで名無しのヴァンはこう言ったんだ。 『俺は童貞だ!』ってね」「……ねえ、玄之介」「なんだい?」「どうてい、って何?」「む、それはだねー」さて、少し早めの性教育となるのかしらん?などと考え、口を開こうとしたら、だ。障子を突き破って薙乃さんがダイビングしてきました。そしてスパイラルキック。側頭部直撃である。「何教えようとしているんですかアンタは!!」「……すいません、つい」窓ガラスに頭突っ込みながらそんなことを言う。喉がチクチクします。痛いです。死の気配を感じます。「ちょっと薙乃! 何をしているのですか!!」「いえ、しかし、ハナビ様。主どのは本当に馬鹿げたことを――」「だからってこんなのは酷すぎるでしょう。早く助けなさい」そうハナビちんに言われ、しぶしぶ俺を引っこ抜こうとする薙乃。ちょ! 首が切れる切れる!!「大人しくしてください」「イエッサー」苦無で尖ったガラスを取り除きつつ、薙乃に救出された。ふむ、なんか視界が赤いけど気のせいだろね。「玄之介、痛くない?」「大丈夫。慣れてるから」怖々とした手つきでガラスの破片を俺の頭から取ってくれるハナビちん。悪いなぁ。「ね、もうそろそろ午後の稽古だよ」「あ、ごめん。 俺、チャクラが出るようになるまでは休んでろって言われたんだ」そうなのだ。体術の稽古だけでも出来るだろうに、師匠はそんなことをのたまった。くっそ、柔拳のコツを掴んできたってぇのに。……まあ、最近休んでなかったし丁度良いかな。仕方ないもんは仕方ない。「回復したら合流するよ」「ずーるーいー! 私も休む!!」「……主どの。こうなることが分かっていて言いましたね?」「すいません」溜息を吐きつつ、薙乃はハナビちんの首根っこを掴んで引き摺る。「ほらほら、行きますよ」「やーだー!」ドップラー効果を伴って消える二人。なんだかんだ言ってもハナビちんはお子様だなぁ。手拭いで額を拭きつつ、換えの鉢巻きを装着。さて、外へ出るとしますかね。兵糧丸をちびちびと食べつつ向かったのは演習場。髪飾り紛失、ペド軍団参上事件以降、俺はここへ何度か足を運んでいた。ハナビちんもここの人達を気に入っちゃったみたいで、薙乃、ハナビちんと夕食前の散歩で良く来るのだ。確か、今の時間帯は特別上忍の皆様が使っているはず。フェンス越しに忍術の練習している人――中でも火遁を練習している人――を見る。砂隠れに行ったから風遁はそれなりに出来るようになったんだけど、逆に今度は火遁がおざなりになっちゃったんだよね。せめて牽制ではなく、キチンと攻撃になるような技が欲しいんだけれども、片手印という特異性のせいで、師匠の指導はあまり当てにならない。一応、如月の秘伝書を預かっているらしいのだけど、やはり内容が難解なのだろう。そのせいで指導がイマイチぴんと来ないのだ。だから俺は、散歩がてら演習場に来ることがあった。ぶっ放されている火遁を見て、糧にしているのだ。フェンスに張り付きガン見する。そんなことをしていると、「お、玄之介じゃないか。珍しく一人か」真横からゲンマさんに声を掛けられた。「あ、どうも」まあ入れ、と言われたので、フェンスを跳び越えて演習場の中へ。しかしチャクラが練れないので、最後の方は這い上がっていた。無様だ。「……どうした?」「いやぁ、師匠に経絡系を麻痺させられたんで、チャクラが練れないんですよ」「今度はどんな悪さをしたんだお前」おしおきだと思われてる?「嫌だなぁ。 紳士でバロンなこの俺が、悪さなんてするわけないでしょう?」「そう思っているのはお前だけだ馬鹿」ふむ。どうやら認識のズレがあるようで。「しっかしチャクラが使えないって存外不便ですね」「だろうな。それでもこのフェンスを登れたりするんだから、人外じみてるよ。俺も、お前も」咥えた楊枝を上下させながらそんなことを言うゲンマさん。「で、何しに来た。両手に花を持ってないお前に用はないぞ」「ペド……幼児趣味なのかアンタも」「いや、俺じゃなくてだな。演習場に詰めてる連中が何故か活気付くんだよ」うわぁ……薙乃も、ってことはペド野郎だけじゃなくてロリコンもいるわけか。木の葉って思ってた以上に腐ってるナリ。「ところでゲンマさんは訓練しなくていいの?」「ああ、俺は休憩中。これから遅めの昼食だよ。一緒に来るか?」「行く行くー。 ……と言いたいんですけど、昼飯食べた上に兵糧丸でブースト掛けたから、太ります。ノーサンキュー」「ほう、そうか。よし、甘味を奢ってやろう」太ると言っているのに、この人は楽しげにそんなことを言った。性格悪い人間ばっかだ。まあいいか。経絡系の回復まで時間掛かるし。ゲンマさんはある意味俗っぽい人間なので此方側じゃあ新鮮だった。飯食べてるっつーのに、あの女はどうのこうの、とかそんな話題を振ってくる。いやあ、好きなんだけどねそういう話。「……あの、俺、一応子供なんですけど。 刺激が強いんじゃないかなぁ、そういう話」「はっ。子供は酒呑みつつどうでもいい話なんて出来ないだろ」ごもっともで。確かにあの時は歳不相応な質問をしちゃったしね。んで、ゲンマさんは昼食を摂ると再び演習場へ。俺は俺で麻痺が取れてきたから日向宗家へ。さて、せっかく八卦六十四掌を見せてもらったんだし、真似でもしてみようかな。なんて思っていると、だ。ばったりと白目な少年と出くわしました。彼は俺を見た瞬間に顔を強張らせ、俺は俺で眉間に皺を寄せる。ネジくんですよ。まあ、下校時間だから出くわすのも有り得なくはないか。これが初めてってわけじゃないしね。演習場に行った帰りとか良く擦れ違うのだ。大抵は薙乃かハナビちんがいるから彼は話し掛けてこないけど。しかし今日は俺一人。だからなのだろう。彼は俺の通せんぼをすると、仁王立ちしつつ口を開いた。なんぞ。「如月玄之介」「なんでせう」「いつまで日向宗家にかかわっている気だ」「さあ、いつまででしょうねぇ」首を傾げつつ通り過ぎようとして、また塞がれた。何この嫌がらせ。「何か用?」「そうでなければ呼び止めたりはしない。少しは考えたらどうだ?」……へぇ。挑発しますかお子様。ちなみに俺のネジくん評価は割と最低です。里を出る前はルール破ってフルボッコしやがったし、ハナビちんには無様なところ見られたしね。二年近く前のことだけど、俺は根に持ってるぜ。「あーん? おうおう兄ちゃん。 いきなりガン飛ばしておいてその言い様はないじゃねえのかい?」と、チンピラ風に返してみたけど、彼は鼻で笑いました。うっわ、神経逆撫でするのが上手いな此奴。ファッキン。「お前のような下郎を弟子にするなど、宗家も落ち目だな」「……別に俺をなじるのはかまわないけどさ。 師匠とかを馬鹿にするのはどうよ?」「真実を言ったまでだ。品性を疑う」「……ああ、そういうこと。 喧嘩売ってるなら最初からそう言えよ。 オーケー買ってやるぜその喧嘩」「お前の実力は以前の手合わせで分かっている。別に――」「へー、ほー。すげえなアンタ。 一回戦っただけで相手がどう成長するかまで分かるんだ。 日向の分家ってすごいね! 宗家も真っ青だぜ!!」「……なんだと?」ぴくり、と瞼を引き尽かせる彼。かまうもんかよ。「他意はないっすよ。分家マンセー。 いやぁ、ネジくんとは戦う必要性を感じないね」こっちの世界にないスラング――っつうか勘違い外国語で扱き下ろしたんだけど、悪口を言ってるってことは分かったみたい。白い肌を茹で蛸の如く真っ赤にしたネジくんは、歯を噛み慣らした。「家に来い。庭が丁度良い広さなんだ。お前の墓を作る程度には余裕があるぞ」「左様で御座いますか。失礼ながら大爆笑ですな。 まあ、俺としては君がぶっ飛ぶための滑走距離が稼げればそれでいいんだけどね」バチバチと火花が散るとでも言えばいいのだろうか。そんな感じで、俺と睨み合うネジくん。ぜってー泣かす。そう決心し、俺はネジくんの後に付いていった。