木の葉第二十五演習場。雰囲気は死の森に近く、不自然に巨大化した植物が鬱蒼と生い茂っている。時刻は六時を少し回ったぐらい。夕日は山間に沈み始め、街には夕闇が降り始めている。――だと言うのに。「遅いな」「遅いですね」何やってんだ先輩。こっちの世界に来ても時間にルーズなのか。こうやって演習場の前で待ち続けて三十分。時間ピッタリに来たというのに、なんで待ちぼうけ喰らってんだ俺たち。などと思っていたら、不意に蹄の音が聞こえてきた。珍しいな、と思いつつ顔を向けると、そこには馬に跨った先輩が。……何やってんだろう。「ごめん。遅れた」「アンタはまだ遅刻癖を直してないのかよ! いい加減にしやがれ!!」「そう怒らないでやってくれ。 姉に演習場の鍵を借りるのに時間が掛かったのだ」……おい。しゃべったぞこの馬。しかも口調が偉そうだ。馬の癖に。「……薙乃さん」「なんでしょうか」「馬って喋るの?」「私も喋っていますが」それもそうか。……いいのかこんな納得の仕方で。まあ、蛙も狐も狸も亀も喋るわくわく動物園だしなこの世界。「お久し振りです」「ああ、久しいな薙乃。一年半振りか」「あれ? 薙乃顔見知りなの?」「ええ。主どのが両腕を切断され掛けた時に運んで下さったのですよ」礼を言え、と無言のプレッシャーを掛けてくる薙乃。言われなくてもするってば。「その節はどうもありがとうございました」「気にするな。 ……しかし、良い具合に尻に敷かれているな」外から見てもそうなのかい。俺、自分の未来が心配になってきたよ。「彼は道中仲間になった馬。 ほら、自己紹介よろしく兄やん」「我が名はトロンベ」思わず顎が落ちる。「……おい先輩」「なんだ?」「なんのつもりだ馬鹿」「いや、いい名前でしょうよ」「ああ、気に入っているぞ」わけ分からねぇ。どんな神経しているんだよ。まあいい。取り敢えずメンツは揃った。先輩が演習場の鍵を開け、その後に続く。鬱蒼とした森の下で、俺は先輩と力試しをすることとなっていたのだ。 in Wonder O/U side:U「んじゃまあ、どっちかが致命傷を負うようなアクションを喰らったら負けってことで」「オーケー。実際に致命傷を負わすのは駄目ってことで」お互いにルールを確認しつつ、二十メートル程度の距離を取る。観客は薙乃とトロンベ。……なんか違和感あるんだよなぁ、この名前。まあいい。「あ、そうだ。先輩! 単純に戦うのは燃えませんから、何か賭けませんか?」「えぇー。じゃあ、一楽の醤油チャーシュー大盛りを賭けよう。美味いよ?」「何それ。危機感がまるでないですよ。 もっとスリリングな物を賭けましょうってば!」仕方ない、と言った感じで首を振る先輩。「じゃあ、この綱手様注釈付き下忍指導要綱でどうよ」そう言い、懐から取り出された本。……む。なんだそれ。三忍の注釈入りってマジでか。普通に考えたらすごい貴重品だよな。それに、なんだかんだ言っても俺だって下忍の鍛錬で取り溢したこともあるだろうし。よし、乗った。「お前は何を賭けるの?」「じゃあ薙乃で」「何言ってるんですかあなたは!!」大人しく見ていると思っていた薙乃が素っ飛んできて跳び蹴りをかましてくれました。錐揉みしながら大木にぶつかり、全身の関節から嫌な音がっ。……痛い。これから試合なんですよ?「じょ、ジョーク。ジャパニーズジョークですよ」「なんですかそれは! 大体ですね、賭け事をするってだけでも駄目なのに、その上私を差し出すとは何事ですか。 あなたは私の主としての自覚が――」「ごめんマジごめん冗談です出来心ですもう言いません愛してるから許して」ひたすらに平謝り。そうしたら薙乃さん、何故か顔を赤らめて収まってくれましたよ。「ま、まあ、しょうがないですね。 許してあげましょう」そう言い、元の場所に戻る薙乃。先輩とトロンベが呆れたように溜息を吐く。「……で、何を賭けるんだ後輩」「んー、じゃあこれで」そう言い、手甲の二番ボタンを押す。現れるのは封印した変態忍具リボルビングバンカー。ごめんたたらの爺さん。あの指導要綱に釣り合う代物がこれしかないんだ。爆煙と共に現れた凶器を見て、先輩は目を見開く。うむ、良い反応だ。「ちょ、欲しい。欲しい……」「これを賭けましょう」あー、なんかやる気を出させちゃったみたいだよ。やたらと張り切って屈伸運動とか始めてる。まあいい。俺も先輩が賭けた物が欲しいしね。さてと。取り敢えず螺旋・焔捻子は封印。あと大旋風を使ったファーストブリッドもかな。使っても操風でのファーストブリッドだろう。あとはリボルビングステークと全力でのカマイタチ? 割と使用禁止が多いなぁ。「では先輩。 Are you ready?」「OK」「そんじゃま、いざ尋常に――」「――勝負」掛け声が響くと共に、俺と先輩は行動を開始する。まずは相手の力量を計るべき。そう思ったのは同じなのか、鏡合わせのように俺も先輩も苦無を投擲する。俺の投擲技術は並。それはあちらさんも同じだったようで、動き続ける的に当たることはない。ふむ、ならば苦無の無駄か。牽制にならない牽制を続ける必要はない。ならば得意とする忍具で勝負。先輩の投げる苦無を回避しつつ、俺は手甲の一番ボタンに指を這わせた。ボタンを押し込むと同時に口寄せカードが排出され、爆煙と共に忍具が顕現する。現れたのは一番変態忍具・チャクラムシューター。さて、リビルビングバンカーであんな反応をしていたのだから――俺は躊躇うことなくチャクラムを射出する。先輩は俺の腕に装着されたチャクラムシューターを凝視して動きを止めていた。取るならば今。弧を描いて先輩に鋼線が巻き付き、拘束する。さて、接近してトドメだ。と思った瞬間、巻き付いていたワイヤーが切断される。あの体勢から暗器を取り出す余裕はないはずなんだけども。使い物にならなくなったチャクラムシューターを外し、俺は半身に構えつつも相手の両手を注視する。先輩の手からは、青白い剣――確か、シズネの使っていたチャクラ剣――が伸びていた。トゥーソード。まあ、二刀流だね。成る程、力試しをしたいと言うだけのことはあるか。チャクラの形態変化。確か上忍レベルの技術のはずだが――まあいい。身のこなしやチャクラムシューターに絡め取られたことを考えれば、それ以外は俺並かそれ以下。高等技術を持っていたとしてもその一点のみにしか特化していないのならば、やりようはある。瞬身の術を発動。一気に間合いを詰め、クロスレンジへ。取り敢えずは先輩の剣技がどの程度なのか確かめるための行動だ。脳裏に過ぎるのはカブトのチャクラのメス。一度戦ったことのあるタイプだ。迂闊に接近すればあの時の二の舞を踏むことになるだろうが、今の俺ならばある程度は対処できる。加速の途中で苦無を投擲。それを切り払われ、反応はそこそこと判断する。続いて掌を叩き込むべく腕を構えたのだが、先輩の行動はそれよりも早かった。「小太刀二刀御神流、奥義之陸・薙旋」何か来る、と知覚し、逆噴射の要領で脚を止め、チャクラで地面を抉る。読みが当たり、横薙ぎに振るわれたチャクラ剣が虚空を引き裂いた。右が振られ、引き戻されると同時に左が。二撃目を繰り出したところで俺に当たらないと判断したのか、腕は止まってしまう。ああ、駄目駄目。例え空振りだとしてもそのまま続けていれば牽制にはなっただろうに。そんなことを考えつつ、再び瞬身の術を発動。今度こそ先輩の懐へ飛び込み、その途中で右腕を捻子った。「焔――」そう言えば先輩はこの技を知らないか、と思いつつ、「――捻子」全力ではなく、相手の機動力を奪う程度の掌を打ち込んだ。しかし、ナルトを救うと豪語しただけはあると言うべきか、先輩は寸でのところで瞬身を発動。緊急回避を行って離脱する。掌には掠った感触しか残っていない。ダメージと言えるものは与えていないだろう。さて、次はどんな手で来る。どんな手を持っている。狩りに掛かっている自分に苦笑しつつ、俺は脚を止めて息を整える。先輩は接近戦は拙いと判断したのか、距離を取りつつ印を組む。印の形から見て、アレは変化の術なんだけれども――「……おいこの野郎」「なんですか主どの」ファッキン。なんか目の前にいたクソ小僧は薙乃の姿になりましたよ。なんだろう酷く苛つく。様子見なんて知ったことか! 正面から粉砕してくれるわ!!と、勢い込んで突っ込んだのは良いものの。拳振り上げて、フルボッコにしてやんよ、と叫んだ瞬間、先輩の姿が三つに増えた。……あ、馬鹿みたいな挑発に乗っちゃった。けど、そう思った瞬間にはもう遅い。虚を突かれてしまった俺は思わず脚を止め、その隙を突いて先輩は先程の剣技を再現する。「小太刀二刀御神流、奥義之陸・薙旋」一撃目。二の腕から胸に掛けての斬撃を回避。しかし、その挙動で左側に寄ってしまったために二撃目をかわし切れなかった。骨には達しないが、それなりの深さまで引き裂かれる。思わず顔を歪めつつバックステップを踏み、三撃目を掌で受け流し、四撃目を完全に避けた。右手の平が軽く裂けたが、掌を放てないレベルじゃない。一度外れてしまったスイッチを再び入れ、俺はどう攻めるかと目を細める。今の連撃で分かったことだが、振るわれるチャクラ剣の速度はそれほど速くない。それに結局は腕の延長として振るわれる術だ。射角には限界がある。ならば――俺に手傷を負わせたことで調子に乗ったのか、先輩は連撃を振るうために踏み込んでくる。だが遅い。おそらく、追うか否か、と考えたのだろう。そのために生まれたタイムラグで、俺に行動を許す刹那を生み出してしまっていた。火遁・炎弾。右手を忙しなく動かし、剣指を地面へと向ける。ちらり、と先輩を見れば、彼は目を見開きつつ動きを止めていた。好機だ。撃ち出された炎弾は地面に激突して爆炎となる。炎の壁の向こう側に人影があるのを認めつつ瞬身を使い――――背後へと回る。先輩は無防備な背中を晒しつつ、両手で襲い来る炎から顔を庇っていた。背後にはチャクラ剣も届くまい。口元が歪むのを堪えきれず口の端を釣り上げ、俺は右拳を構える。そして左手で風遁・操風を行使し――「――衝撃のファーストブリッド!」みしり、という鈍い手応えと共に、先輩はくぐもった悲鳴を上げた。ありゃ、やりすぎたか?骨を折らないように手加減した一撃だったのだが、予想外に生々しい感触が返ってきたため冷や汗が背中を伝う。そんな風に考えた瞬間、動きを止めてしまった。その際に先輩は脱兎の如く距離を取ると、腰をさすりつつ俺のことを睨み付けてくる。む、腰をやったか? こっちの世界でも腰が悪いのかしら。まあいい。さて、次はどうしてくれようか、と考えた時だ。「……バスタァァァァァ――!」「ま、まさかっ?!」なんだあの男。バスターマシンの技を再現したとでも言うのか? この俺のように?!思わず一歩後じさり、左手を構える。なんだ? この距離ならば近接技はないだろう。ならばバスタービームかバスターミサイル? あれらを再現するなんて、一体どんな――と、警戒しまくったのだけど、それは徒労に終わった。先輩は腕を振り上げ、何かを投擲してくる。おそらくは厄介なものだと予想したのだが、実際のところ飛来してきたのはただの苦無。騙された、と思うよりも早く脊髄で行動し、左手で印を結ぶ。風遁・操風の術。巻き起こった風で苦無は軌道を逸らされ、全てが地面に突き刺さる。ほ、と一息吐きつつも舌打ちし、視線を上げる。文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、予想に反してそこには誰もいなかった。ならばどこに――「イーナーズーマー……」声は真上から聞こえた。見上げれば、先輩は黒のジャケットを翻しつつ跳び蹴りの体勢へと入っていた。「キィィィィィィィィック!!」足下に来た木を踏み台にし、目標を定めると先輩は突っ込んでくる。まー、やりたいのは分かるんだけどさ。「焔――」そんな真っ直ぐな攻撃は、「――錐」カウンター入れてくださいって言ってるようなもんなんだよね!迫る脚を紙一重で避け、擦れ違い様に手刀を肋骨の隙間から肺へと叩き込む。彼は自分の全体重と俺の突き出した手刀、捻子った腕の捻りを全て受け止める。結果、立てるはずもない。先輩は気の毒に思えるほどか細い息を吐きつつ、胸を押さえて悶絶する。まあ、あれだ。「俺の勝ちですね」そう言い、俺は苦無を先輩の首筋に当てた。「いえー。見てた薙乃ー」「ええ。まあ、良くやったのではないでしょうか」手厳しいのかそうじゃないのか微妙な判定です。一方、先輩はと言うと。なんだか反省会でもしている雰囲気で、膝を抱えつつ地面にのの字を書いていた。よし、なんだか落ち込んでいるみたいなので傷口に塩を塗り込んでやろう。「いやー悪いですね先輩」「……へーんだ」「いや、そんなに拗ねないで」うわ、存外凹んでる。「……まあいい。ほれ」「あ、ども」無造作に先輩が賞品を手渡してくれる。パラパラと捲ってみれば、いろんなところにアンダーラインと注釈が書かれていたり。「はい、確かに受け取りましたー」「おい後輩」「なんでしょうか」さて、家に帰って中身を熟読するべ、と帰宅コースに乗った僕ですが、なんだか呼び止められましたよ。「……お前、片手印とか卑怯だろ常考!」「いだだだだだ!」唐突に顔面を掴まれアイアンクロー。「何するんですか?!」「バスターコレダーだっ!!」なんか理不尽を感じる。俺勝負に勝ったのに、なんで責められてるのー?